隊長たちの休日-2014秋の特別編-
[隊長たちの休日-2014秋の特別編-2]
なんだかんだ言っても、しょせん僕たちは高校生だ。
今この時期だけの楽しみに、うつつを抜かしても許される立場にある。
つまり、小難しい話は置いといて、当初の予定どおりの休日を満喫すべし、ということだ。
ミルクティーを飲みながら、御船との談笑に夢中になった。
どうってことない話題ばかりだけど、僕と御船の会話は止まることなく続いた。
詰まらなそうなのが若干一名いるにはいるけど、御船にも言われたことだしちゃんと無視しておいた。
「JKかよ」
たまにそんな呟きを漏らしていたけど、僕と御船を止めるほどの威力はない。
「それにしても、彼おとなしいね。もっと反抗的なイメージがあったんだけど」
カップの中身も減ってきた頃、御船にそれをぶつけてみた。
高橋君のコーヒーはとっくに空で、退屈そうにしているくせに僕たちの邪魔をしようとはしない。
「そりゃ、バイトだからね」
御船が意地悪く言う。
「もしかして、ナンパ撃退のために雇ったとか?」
「うん、プラス荷物持ちでね」
「どんだけ自己評価高いのよ」
高橋君の、いかにも馬鹿にした言い方に、自意識過剰だったかと少し恥ずかしくなる。
「バーカ、正当な評価なんだよ。僕と鳥山が一緒で、ナンパされないわけないじゃん」
「はいはい、その通りですねー」
「あれ、雇い主に楯突いちゃう?」
「まさかー」
「だよねー」
ハハハと目線を合わせて笑い合う二人に、ブルッときたのは内緒だ。
◆
さて、この高橋昭という後輩、知れば知るほど実に不思議な男という印象を持った。
それは伊藤君や佐藤君とも関連した不思議さではなくて、もっとこう、なんていうのか……。
「日当5000円、プラス飲食代」
「そんなことで、今日一日付き合うことに同意したの?」
「5000円はでけーっつの」
「今の高橋には、1000円でも大金だよねー」
「うっせ。言っとくけど、4時までだからなっ」
「分かってるって。その後は、別のバイトがあるんだっけ?」
「うちの学校、バイト禁止だよ……」
「ばれなきゃいいって考えだからね、心配するだけ無駄だよ」
それは誰でも考えることなだけに、咎める気はない。
だけどそもそも、どうしてそんなにお金がないんだろうか。
その疑問は、すぐに御船によって解き明かされた。
「古いジーンズなんかの、何がいいんだか」
「ヴィンテージって言えよ」
「ボロボロで穿けもしないのに何十万も出すとか、ホント終わってるね」
「ほっとけっ」
なるほど、彼はそういった物にお金をかける主義なわけか。
御船が呆れるのも分かるけど、だからといって非難されるものでもないと、僕はそう思っている。
藤村様もそういうところがあるしね。
「アンティークにはまるようなものだよね」
「そうそう、そういうこと。鳥ちゃん、分かってるじゃん」
「と、鳥ちゃん……」
以前にもそう呼ばれたけど、本当にこのコは遠慮がないなぁ……。
「骨董って考えたら少しは理解もできるけど、佐藤君の食費を使い込むとなったら別だよ」
まかさの使い込みとは、これはフォローできない。
「だからー、反省して働いてるじゃん……」
佐藤君の名前を出されたからか、高橋君は急にしおらしくなった。
東峰様を含めた佐藤君と御船の関係は、つい最近教えてもらった。
最初はかなり驚いたし、あの当時の藤村様が会長様に粛清されなくてよかったとホッとしたものだ。
「東峰様からいただいたお金は、佐藤君の食費だって分かってるっ!?」
「……重々承知してるー、っつーかさ、いつもの半分しか金がねーのに、いつも通り食いまくるほうも悪くね!?」
それを聞いた御船が、鬼の形相で腕を振り上げた。
すかさず高橋君は頭を庇い、逃げの口上。
「暴力反対っ! つか、反省してる、してます!」
「しっかり稼いで、ちゃんと返すんだよ」
「心得ております」
御船が高橋君を呼んだのは、ナンパ防止と荷物持ちのため。
そのために、5000円という安いのか高いのか分からない金額で雇ったわけだけど、そもそもは佐藤君に頼まれたというのが根底にあったらしい。
高橋君のせいで不足した食費は、佐藤君のお小遣いで補われたということだった。
つまり高橋君は、佐藤君に借金した形になったわけだ。
うちの学園は、基本的にバイトは禁止している。
なぜ基本的にかというと、東峰様や葛西のように高校生でありながら、父親の事業に関わり報酬を得てる者が少なからずいるからだ。
なんともうちの学園らしい。
だけど『16歳以上、高校生可』なんて堂々謳っているものは、一切禁止。
だから苦肉の策として、佐藤君は御船や知人に高橋君のことをお願いしたらしい。
ズバリ、お手伝いさせるからお駄賃あげて、ということだ。
そう考えると、ちょっと可愛いらしいな。
「まずは服でも見にいこっか」
ようやくカフェテリアを脱出し(高橋君の分は御船が支払った)、次はウィンドウショッピングと決まったところで、高橋君がこれみよがしに溜息をつく。
これを目敏い御船が、見逃すわけがなかった。
「なんか文句あるの?」
「いーえ、ございません」
「よろしい。日当欲しけりゃ、イイコにしてるんだよ」
「Yes,sir」
殊勝に返し、高橋君は僕と御船の背後にピタリと着いた。
5000円のためと分かっていても、素直に従う高橋君はどこから見ても先輩に顎で使われる金欠の後輩だった。
この男の詳細を、僕は何一つ知らないままだ。
だけどおそらくは、藤村様や東峰様に近い立場、もしくはそれ以上だと思っている。
今の彼は、いわば普通の高校生に徹しているだけ、いや、擬態してると言ったほうが正しいのかもしれない。
それは高橋君だけに限ったことではなく、佐藤君、伊藤君、彼らに深く関わる人物皆に言えること。
その中には、藤村様も含まれているのだろう……。
「鳥山、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。行こうか」
妄想を振り払うように、軽く頭を振る。
御船は特に気にせずに歩き出したから、僕もすぐに後を追った。
後ろからは、高橋君がおっくうそうに付いて来ていて、そのお陰か誰にも声をかけられることはなく、ショッピングを堪能することができたのだった。
お昼に何を食べたいか。
こういうとき、
「何でもいいよ」
と応えてしまうのは、決して優柔不断からじゃない。
本当にそう思っての発言だ。少なくとも、僕は。
「とか言っといて、いざ決めたらエーって不貞腐れるのが、女の特徴なのよねー」
「鳥山は女の子じゃないし、僕はちゃんと意見を述べる派だから、心配無用だよ」
「そりゃ良かった。で、ミフネッチは、何が食いたいの?」
普段、意識せずに歩いている町並みは、実は思いのほか複雑だ。
大都市のデメリットかもしれないが、予備知識なく歩いていると、メイン通りのみで終わることが多々ある。
たまにしか来ない観光客ならそれでもいいが、地元と言い切ってしまえる僕らからすれば、それは非常に情けなくはあるまいか。
とか言ってる僕自身、そして御船ですら、実はそういった方面には精通しておらず、いつもいつも代わり映えしないショップでの買い物、食事、適当にブラブラして帰宅というのが日常だったりする。
とてもじゃないが、地元民とは思えない行動だよね。
そこに一石を投じてくれたのは、高橋君だった。
彼が案内してくれたショップは流行りのアイテムが揃っていて、値段は手頃で種類は豊富しかもお洒落という念の入り様だった。
僕と御船はすっかり魅了され、試着しては別の物を、また試着しては別の物と、飽きることなく楽しんでから数点ばかり購入した。
その荷物は、高橋君の手にあるけどね。
そんな高橋君に、次は昼食に連れて行ってもらうことになった。
気分はすっかりガイド付きの観光客だ。
「僕ねー、一回でいいから行ってみたいところがあるんだよね。こういうときでもないと、絶対行けない様なとこなんだけど……」
「どこよ?」
「えっとね…」
「うぜっ、早く言えって」
「おい、バイト」
「ごめんなさい」
ことあるごとに5000円ネタを持ち出す御船に、高橋君の悔しそう顔。
普段見れるものじゃないだけに、かなり価値がある。
今日だけで何度拝ませてもらったことか、御船に感謝したくなっちゃうね。
「一回でいいから、牛丼屋に行きたいんだよねー」
「……はぁっ!?」
「牛丼屋? 牛丼屋って、まさかあの牛丼屋のこと?」
「そう、その牛丼屋のこと。一回行ってみたかったんだー」
「おっさんかよ」
「僕はただ牛丼が食べたいだけなのっ」
「高校生なら、せめてマックにしなさいっ」
「そういうところも、いつか行ってみたいけど、今日は牛丼! 高橋なら慣れてるでしょ」
「俺のイメージ捏造すんな! つか、マックすら行ったことないとか、どこのお姫様ですかー!」
「うるさいなー、いいから連れてけっ」
呆れた。
まさか御船が行ってみたい場所が、牛丼屋とは、本気で呆れた。
特段、何が悪いわけでもないが、さすがに牛丼屋というのは敷居が高いように思えたのだ。
だってさ、だってね、ああいうところって、悪く言えばオヤジという種類の人たちが行くイメージがあるんだもの。
そんな店に、高校生で外見だけは可憐な僕と御船に、高橋君――今日気が付いたけど、彼ってそこそこイケてるんだよ――が行くなんて、場違い以外のなんでもないよね!
思いとどまらせる言葉を考えあぐねているうちに、高橋君が渋々といった調子で頷いた。
「連れてくけど、あとで文句言うのはなしな」
「言わないよー。もとから期待してないしね」
あ、これ、決定ってことだよね。
付いて来いといわんばかりに、高橋君が背を向けた。
その手には、僕たちが購入したあれやこれやが入ったペーパーバッグが、しっかりと握られている。
5000円の威力は絶大なのか、彼は購入した本人に、一度としてそれらを持たせるようなことはしなかった。
そして歩く速度はいかにも速そうなくせして、常に僕たちに歩調を合わせいたのだ。……なんとなくムカつく!
なんという理不尽な、と自分で自分にツッコミをいれただけ、まだ冷静だね。
うーん、なるほどね。
今日の御船は、あまりにも子供じみていて、いつもの毅然とした隊長様はどこいったんだと目を疑うほどだった。
隊員が見たら、御船が乱心したと大騒ぎするだろうと思えるほどにね。
それほどに、御船は素をさらけ出しているのだ。
彼にとって、僕は肩肘を張る相手ではないということなんだろう。
そして、高橋君。
彼もまた、御船の奇行の原因のひとつ。いや、そのもの、といったところか。
彼一人の存在感が、御船から見栄などの要素を剥ぎ取らせてしまったのだ。
不思議な安心感を与える少年、それが僕の彼に対する感想だった。
でも、それがやや不満でもある。
たとえばこれが、藤村様や東峰様相手ならば、素直に安心感に身を任せている。というか、喜んで甘受させていただく。
だけど高橋君には、口惜しいという気持ちが僅かばかり溢れてくるのだ。
御船も同じように思ってるに違いない。
だから子供っぽく甘えながらも、我儘をぶつけたくなってしまうのだろう。
どこまで甘やかしくれるのか、その限界を試しているとも言える。
まるで反抗期に見る試し行動のようではないか。
だけど、違う。それとは微妙に違っている。
残念なことに、この気持ちを明確に表現する言葉は見つからなかった。
ならば、どう例えればしっくりくるのだろう……うーん、難しい。
本当に難しい、この高橋昭という少年は。
なんだかんだ言っても、しょせん僕たちは高校生だ。
今この時期だけの楽しみに、うつつを抜かしても許される立場にある。
つまり、小難しい話は置いといて、当初の予定どおりの休日を満喫すべし、ということだ。
ミルクティーを飲みながら、御船との談笑に夢中になった。
どうってことない話題ばかりだけど、僕と御船の会話は止まることなく続いた。
詰まらなそうなのが若干一名いるにはいるけど、御船にも言われたことだしちゃんと無視しておいた。
「JKかよ」
たまにそんな呟きを漏らしていたけど、僕と御船を止めるほどの威力はない。
「それにしても、彼おとなしいね。もっと反抗的なイメージがあったんだけど」
カップの中身も減ってきた頃、御船にそれをぶつけてみた。
高橋君のコーヒーはとっくに空で、退屈そうにしているくせに僕たちの邪魔をしようとはしない。
「そりゃ、バイトだからね」
御船が意地悪く言う。
「もしかして、ナンパ撃退のために雇ったとか?」
「うん、プラス荷物持ちでね」
「どんだけ自己評価高いのよ」
高橋君の、いかにも馬鹿にした言い方に、自意識過剰だったかと少し恥ずかしくなる。
「バーカ、正当な評価なんだよ。僕と鳥山が一緒で、ナンパされないわけないじゃん」
「はいはい、その通りですねー」
「あれ、雇い主に楯突いちゃう?」
「まさかー」
「だよねー」
ハハハと目線を合わせて笑い合う二人に、ブルッときたのは内緒だ。
◆
さて、この高橋昭という後輩、知れば知るほど実に不思議な男という印象を持った。
それは伊藤君や佐藤君とも関連した不思議さではなくて、もっとこう、なんていうのか……。
「日当5000円、プラス飲食代」
「そんなことで、今日一日付き合うことに同意したの?」
「5000円はでけーっつの」
「今の高橋には、1000円でも大金だよねー」
「うっせ。言っとくけど、4時までだからなっ」
「分かってるって。その後は、別のバイトがあるんだっけ?」
「うちの学校、バイト禁止だよ……」
「ばれなきゃいいって考えだからね、心配するだけ無駄だよ」
それは誰でも考えることなだけに、咎める気はない。
だけどそもそも、どうしてそんなにお金がないんだろうか。
その疑問は、すぐに御船によって解き明かされた。
「古いジーンズなんかの、何がいいんだか」
「ヴィンテージって言えよ」
「ボロボロで穿けもしないのに何十万も出すとか、ホント終わってるね」
「ほっとけっ」
なるほど、彼はそういった物にお金をかける主義なわけか。
御船が呆れるのも分かるけど、だからといって非難されるものでもないと、僕はそう思っている。
藤村様もそういうところがあるしね。
「アンティークにはまるようなものだよね」
「そうそう、そういうこと。鳥ちゃん、分かってるじゃん」
「と、鳥ちゃん……」
以前にもそう呼ばれたけど、本当にこのコは遠慮がないなぁ……。
「骨董って考えたら少しは理解もできるけど、佐藤君の食費を使い込むとなったら別だよ」
まかさの使い込みとは、これはフォローできない。
「だからー、反省して働いてるじゃん……」
佐藤君の名前を出されたからか、高橋君は急にしおらしくなった。
東峰様を含めた佐藤君と御船の関係は、つい最近教えてもらった。
最初はかなり驚いたし、あの当時の藤村様が会長様に粛清されなくてよかったとホッとしたものだ。
「東峰様からいただいたお金は、佐藤君の食費だって分かってるっ!?」
「……重々承知してるー、っつーかさ、いつもの半分しか金がねーのに、いつも通り食いまくるほうも悪くね!?」
それを聞いた御船が、鬼の形相で腕を振り上げた。
すかさず高橋君は頭を庇い、逃げの口上。
「暴力反対っ! つか、反省してる、してます!」
「しっかり稼いで、ちゃんと返すんだよ」
「心得ております」
御船が高橋君を呼んだのは、ナンパ防止と荷物持ちのため。
そのために、5000円という安いのか高いのか分からない金額で雇ったわけだけど、そもそもは佐藤君に頼まれたというのが根底にあったらしい。
高橋君のせいで不足した食費は、佐藤君のお小遣いで補われたということだった。
つまり高橋君は、佐藤君に借金した形になったわけだ。
うちの学園は、基本的にバイトは禁止している。
なぜ基本的にかというと、東峰様や葛西のように高校生でありながら、父親の事業に関わり報酬を得てる者が少なからずいるからだ。
なんともうちの学園らしい。
だけど『16歳以上、高校生可』なんて堂々謳っているものは、一切禁止。
だから苦肉の策として、佐藤君は御船や知人に高橋君のことをお願いしたらしい。
ズバリ、お手伝いさせるからお駄賃あげて、ということだ。
そう考えると、ちょっと可愛いらしいな。
「まずは服でも見にいこっか」
ようやくカフェテリアを脱出し(高橋君の分は御船が支払った)、次はウィンドウショッピングと決まったところで、高橋君がこれみよがしに溜息をつく。
これを目敏い御船が、見逃すわけがなかった。
「なんか文句あるの?」
「いーえ、ございません」
「よろしい。日当欲しけりゃ、イイコにしてるんだよ」
「Yes,sir」
殊勝に返し、高橋君は僕と御船の背後にピタリと着いた。
5000円のためと分かっていても、素直に従う高橋君はどこから見ても先輩に顎で使われる金欠の後輩だった。
この男の詳細を、僕は何一つ知らないままだ。
だけどおそらくは、藤村様や東峰様に近い立場、もしくはそれ以上だと思っている。
今の彼は、いわば普通の高校生に徹しているだけ、いや、擬態してると言ったほうが正しいのかもしれない。
それは高橋君だけに限ったことではなく、佐藤君、伊藤君、彼らに深く関わる人物皆に言えること。
その中には、藤村様も含まれているのだろう……。
「鳥山、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。行こうか」
妄想を振り払うように、軽く頭を振る。
御船は特に気にせずに歩き出したから、僕もすぐに後を追った。
後ろからは、高橋君がおっくうそうに付いて来ていて、そのお陰か誰にも声をかけられることはなく、ショッピングを堪能することができたのだった。
お昼に何を食べたいか。
こういうとき、
「何でもいいよ」
と応えてしまうのは、決して優柔不断からじゃない。
本当にそう思っての発言だ。少なくとも、僕は。
「とか言っといて、いざ決めたらエーって不貞腐れるのが、女の特徴なのよねー」
「鳥山は女の子じゃないし、僕はちゃんと意見を述べる派だから、心配無用だよ」
「そりゃ良かった。で、ミフネッチは、何が食いたいの?」
普段、意識せずに歩いている町並みは、実は思いのほか複雑だ。
大都市のデメリットかもしれないが、予備知識なく歩いていると、メイン通りのみで終わることが多々ある。
たまにしか来ない観光客ならそれでもいいが、地元と言い切ってしまえる僕らからすれば、それは非常に情けなくはあるまいか。
とか言ってる僕自身、そして御船ですら、実はそういった方面には精通しておらず、いつもいつも代わり映えしないショップでの買い物、食事、適当にブラブラして帰宅というのが日常だったりする。
とてもじゃないが、地元民とは思えない行動だよね。
そこに一石を投じてくれたのは、高橋君だった。
彼が案内してくれたショップは流行りのアイテムが揃っていて、値段は手頃で種類は豊富しかもお洒落という念の入り様だった。
僕と御船はすっかり魅了され、試着しては別の物を、また試着しては別の物と、飽きることなく楽しんでから数点ばかり購入した。
その荷物は、高橋君の手にあるけどね。
そんな高橋君に、次は昼食に連れて行ってもらうことになった。
気分はすっかりガイド付きの観光客だ。
「僕ねー、一回でいいから行ってみたいところがあるんだよね。こういうときでもないと、絶対行けない様なとこなんだけど……」
「どこよ?」
「えっとね…」
「うぜっ、早く言えって」
「おい、バイト」
「ごめんなさい」
ことあるごとに5000円ネタを持ち出す御船に、高橋君の悔しそう顔。
普段見れるものじゃないだけに、かなり価値がある。
今日だけで何度拝ませてもらったことか、御船に感謝したくなっちゃうね。
「一回でいいから、牛丼屋に行きたいんだよねー」
「……はぁっ!?」
「牛丼屋? 牛丼屋って、まさかあの牛丼屋のこと?」
「そう、その牛丼屋のこと。一回行ってみたかったんだー」
「おっさんかよ」
「僕はただ牛丼が食べたいだけなのっ」
「高校生なら、せめてマックにしなさいっ」
「そういうところも、いつか行ってみたいけど、今日は牛丼! 高橋なら慣れてるでしょ」
「俺のイメージ捏造すんな! つか、マックすら行ったことないとか、どこのお姫様ですかー!」
「うるさいなー、いいから連れてけっ」
呆れた。
まさか御船が行ってみたい場所が、牛丼屋とは、本気で呆れた。
特段、何が悪いわけでもないが、さすがに牛丼屋というのは敷居が高いように思えたのだ。
だってさ、だってね、ああいうところって、悪く言えばオヤジという種類の人たちが行くイメージがあるんだもの。
そんな店に、高校生で外見だけは可憐な僕と御船に、高橋君――今日気が付いたけど、彼ってそこそこイケてるんだよ――が行くなんて、場違い以外のなんでもないよね!
思いとどまらせる言葉を考えあぐねているうちに、高橋君が渋々といった調子で頷いた。
「連れてくけど、あとで文句言うのはなしな」
「言わないよー。もとから期待してないしね」
あ、これ、決定ってことだよね。
付いて来いといわんばかりに、高橋君が背を向けた。
その手には、僕たちが購入したあれやこれやが入ったペーパーバッグが、しっかりと握られている。
5000円の威力は絶大なのか、彼は購入した本人に、一度としてそれらを持たせるようなことはしなかった。
そして歩く速度はいかにも速そうなくせして、常に僕たちに歩調を合わせいたのだ。……なんとなくムカつく!
なんという理不尽な、と自分で自分にツッコミをいれただけ、まだ冷静だね。
うーん、なるほどね。
今日の御船は、あまりにも子供じみていて、いつもの毅然とした隊長様はどこいったんだと目を疑うほどだった。
隊員が見たら、御船が乱心したと大騒ぎするだろうと思えるほどにね。
それほどに、御船は素をさらけ出しているのだ。
彼にとって、僕は肩肘を張る相手ではないということなんだろう。
そして、高橋君。
彼もまた、御船の奇行の原因のひとつ。いや、そのもの、といったところか。
彼一人の存在感が、御船から見栄などの要素を剥ぎ取らせてしまったのだ。
不思議な安心感を与える少年、それが僕の彼に対する感想だった。
でも、それがやや不満でもある。
たとえばこれが、藤村様や東峰様相手ならば、素直に安心感に身を任せている。というか、喜んで甘受させていただく。
だけど高橋君には、口惜しいという気持ちが僅かばかり溢れてくるのだ。
御船も同じように思ってるに違いない。
だから子供っぽく甘えながらも、我儘をぶつけたくなってしまうのだろう。
どこまで甘やかしくれるのか、その限界を試しているとも言える。
まるで反抗期に見る試し行動のようではないか。
だけど、違う。それとは微妙に違っている。
残念なことに、この気持ちを明確に表現する言葉は見つからなかった。
ならば、どう例えればしっくりくるのだろう……うーん、難しい。
本当に難しい、この高橋昭という少年は。