隊長たちの休日-2014秋の特別編-
[隊長たちの休日-2014秋の特別編-1]
御船とは、そもそも仲は良かったほうだ。
出会いは中学一年のとき、僕と彼は同室だった。
僕はすぐさま藤村様のFCに入り、御船は当然のごとく東峰様のところへ。
そのときも、二人の関係は特に問題なかった。
擦れ違いが生じたのは中学二年のとき。僕が、藤村様のセフレの一人となったときだった。
あの頃は、そんな自分が惨めに思えていた。
でも今なら分かる。
あの頃の僕は、惨めな自分という悲劇に酔っていただけのこと。
何も行動せず、自分が変わることをも否定して、ただ安穏と受け入れた立場が心地よいと感じていたんだ。
楽だった。
何も考えることなく、すべてを藤村様の責にして過ごす日々は、思いのほか楽なものだったんだ。
御船はそれを見透かしていた。
気が付けばお互い疎遠となり、僕は何も成長せぬまま高校生となった。
もちろん同学年である藤村様も、高等部に上がることになる。
そこで待ち構えていたのは、先に卒業入学を果たしていた先輩方だった。
当然のように組織立ち、親衛隊ができていた。
僕も自然と参加していた。
御船とは、言葉も交わさないままに……。
驚いたことに東峰様の親衛隊隊長は、発足した当時から御船が務めることになった。
東峰様自らの指名だったらしい。
もちろん二年三年は反発したが、東峰様の強い意志のもと容易に捻じ伏せられてしまったそうだ。
そのことで、御船が身体を使って取り入ったと噂されたが、東峰様も御船も一切否定しなかった。
むしろ認めたといっていいほどに、親密な関係を周囲に見せ付けていたのだ。
僕は羨ましい反面、矢面に立たされた御船を気の毒だとも思っていた。
単なるセフレにすぎない自分のほうが、恵まれている気がしたのだ。
この頃から、自分の境遇を悲観することは減っていた。
不思議なことは、高校一年も終わりに近づいたときに起きた。
三年が卒業することで空席となる隊長を決めるとき、なぜだか僕の名を挙げる生徒が数多くいたのだ。
美形に靡くという性質上、親衛隊というのはどうしても愚鈍というか享楽的というか、とにかくちょっとおバカで軽い生徒が多い。
その中にありながら、理知的だと思える面々が僕の名を列挙したことで、僕は唖然としたものだった。
あまりにも不思議で、どうして僕をとそのときは考えていたが、今から思えば御船が手を回していたのだろう。
彼は僕という人間に、期待していたのだ。
自分と同じ位置に立つ事を、いつの日か這い上がってくることを、おおいに期待しチャンスを与えてくれた。
結果は、一度ならず二度までも彼の期待を裏切ったことになったが、それすらも彼の想定内だったのかもしれない……。
◆
僕たちが普段生活している寮は、結構な山奥にある。
街まではバスで30分ほど、どうしても出不精になる生徒が多い。
とはいえ、僕は外出が好きなほうだった。
麓の街だけで終わらせることが多いけど、たまに遠出するときもある。
そのほとんどは美容院に行ったり服を買ったり、映画を見たりといったところか。
隊員たちと出かけるときもあるし、クラスメートや友人と出かけるときもある。
つまりは、美形で家柄よく金持ちばかりが通う学校の、親衛隊なんて特殊な組織の長であれ、普通の男子高校生となんら変わりはないということだ。
それは誰にでもいえること、もちろん学園最大規模の親衛隊隊長にも、ね。
卒業まではまだ大分あるけども、思い出作りの一環に一緒に出かけようと誘ってくれたのは、御船だった。
とっくに溝は埋まり、いくつかの秘密を共有できるまでになった、いわば盟友ともいえる相手からの誘いに乗らないはずはない。
「鳥山と出かけるのって、久しぶりだよね」
「そうだね、中二の……GWが最後だっけ?」
「そうそう、それくらいだったよね」
それまでは、御船とはかなりの頻度で行動を共にしてたように思える。
詰まらない意地で、疎遠になっていたのが実にもったいない。
バスに乗り、電車に乗って、向かったのは我が国最大の都市。
人が多くそれ以上に物が溢れる街は、とにかく雑多ではあるけども、それが醍醐味でもあるのだ。
予定としては、服を見て後は適当にブラブラ。
ま、どうということはない、友人と過ごす休日だね。
とはいえ御船と二人きりというのは、いつも以上に気を使う。
何にかって?
ナンパだよ、ナンパ。
バスを降りたときから、常に不躾な視線に晒されてきた。
これはもう仕方がないことだ。
批判覚悟で言ってしまうが、僕も御船もその辺の美女では太刀打ちできないほどに美しい容姿をしている。
女性と比べるのは正直どうかとは思うけど、それが真実なのだから致し方ない。
こればかりは持って生まれたものだけにどうしようもないし、僕も御船も慣れっこと言い切ってしまえる現象だから、お互い特に意識してはいなかった。
だけど目的の駅に到着して改札を抜けたあたりで、いつもとは少々異なっていることに気が付いた。
そう、普段のお出かけともなれば、防壁ともなれそうな人物たちを連れて行くのだが、今日の連れはまったく真逆の存在なのだ。
盟友と二人きり、じっくりと休日を満喫するつもりでいたけども、早くも断念せねばならないのだろうか……。
既に数人の男たちが、僕らをロックオンしていた。
声をかけやすいコに声をかける。これはナンパの定石ではあるけども、玉砕覚悟で高望みする輩も数多くいるものだ。
二人連れというのは警戒心が緩みやすいことから、ナンパの成功率も上がるらしい。
とても、とても面倒くさいんじゃないだろうか。
もちろんナンパに乗るはずもないし、そもそも僕たちが男であることから断るのも簡単といえた。
だけどこの先、それらのやり取りを何度繰り返すはめになるんだろう。
「どうしたの?」
うんざりとして足を緩めた僕に、御船が声をかけてくる。
御船のほうはこれからの楽しみのほうに重点を置いてるようで、うきうきと、僕から見ても実に愛らしいと思える笑顔を浮かべていた。
「あ、もしかして面倒だなぁとか考えてる?」
「う、うん…」
さすがは御船だ。
僕が考えてたことなんて、既に想定してたらしい。
しかし、こうして立ち止まっていては、ナンパ師どものいい口実となってしまうだろう。
早くどこかに、できればカフェにでも入ってしまうほうがいいだろうか。
「大丈夫、大丈夫。せっかくの鳥山とのお出かけなのに、つまんないことで邪魔なんかさせないよ」
「対策でも練ってるのかい?」
「うん、バッチシ」
「さすがは会長様親衛隊の隊長様だと、褒めていいのかな」
「任せてよ」
御船が自信満々に言うってことは、本当に何かしらの手を打ってあると見ていいだろう。
こういったことを見越していたあたり、さすがは御船。
最初のナンパだけは防ぎようもなかったが、僕にとっては慣れっこの対応、つまりは自分は男だと怒りも露に訴え、それを冗談、もしくはそれでもいいと思った輩を無視して去って行くというパターンで蹴散らした。
そして駅構内を抜け、大きなカフェテリアで暫しのティータイム。
僕はミルクティーを御船はレモンティーを頼んでから、携帯でメールを送っていた。
「もしかして、誰か呼ぶの?」
それは、普通のことに思えた。
さすがのナンパ師も、男連れにはそうそう声はかけないからだ。
だからこそ僕は、出かけるとき隊員や友人を連れて行く。
「うん、知り合いとね、待ち合わせることになってるんだ。あ、事後承諾でごめんね」
「ううん、いいよ。その方が、気楽だしね」
それは本音ではあるけども、他人がいることで余計な気遣いもせざるをえないのが残念でもあった。
御船とならば、自分を偽ることなくいれるというのに。
「大丈夫だからね」
「え、何が?」
「僕たちの時間を邪魔するような奴じゃないから、というか、無視していいし、荷物持ちにもなるし」
「え、これから来る人のこと? 無視って、そういうわけには……」
些細な不満を容易く看破されたことより、相手を無視していいと言われたことに戸惑った。
さすがにそういうわけにはいかないだろうし、荷物持ちとして扱うわけにもいかない。
「いいのいいの、本当に適当でいいから。ぬり壁とでも思っててよ」
さすがにそれは、相手に悪いんじゃないだろうか。
「だーれが、ぬり壁だってー?」
ほーら、怒られ……。
「え……?」
僕たちのテーブル横に、仁王立つ人がいた。
その人物はさっさと御船の横に座り、コーヒーを注文する。
「遅いよ」
「たかが10分じゃん」
「日当から引いとくか」
「ごめんなさい」
短い攻防の末、敗北したのは新たに現れた人物――"高橋君"だった。
まさか御船が呼んだ人って、高橋君!?
って、まさかも何も、現状目の前にいるわけだし、御船とよく分からない攻防を繰り広げたわけだし、今さら疑問に思う余地もないわけで……ようく考えたら、御船とはもともと知り合いだったはずだよね。
藤村様と伊藤君のことを高橋君に尋ねてくれたのは、御船だったんだもの。
「なに?」
思いのほか長い足を組み替えながら、高橋君が僕に話しかけてくる。
どうやらマジマジと見すぎていたらしい。
「いや、あの、ビックリして」
「鳥山も、高橋は知ってるでしょ」
「そうだね、顔くらいは知ってるけど……」
嘘だった。
藤村様と伊藤君の、そこに至るまでの静かな変事。
それだけではなく、見えないところで起こっていた出来事の数々。
詳細は何も知らないし、聞いてもおそらくは理解しきれない。
だけどその渦中にいただろう人物たちのことは、漠然と察していたのだ。
「鳥山、僕に取り繕う必要はないよ。もちろん、こいつにもね」
こいつと言いながら、なんの躊躇もせず、御船は高橋君の頭を叩いた。
「叩くなっつの」
当然のごとく、高橋君からは不満の声が漏れる。
だけど本気で怒ってるわけではなく、どことなくなすがままに見えた。
まるで兄と弟のやり取りみたいで、ちょっと微笑ましい。
「鳥山もさ、藤村様とは長い付き合いになりそうなんでしょ。だったら、こいつとも親しくしといて損はないと思うよ」
フフと、そこらの女性以上に魅力的に笑う御船。
「どういう意味よ」
まったく同じことを僕が尋ねる前に、当の高橋君が先に口を開いた。
それを白々しく感じたのは、僕だけじゃないだろう。
「そのまんまの意味だよ」
「"まんま"って、その"まんま"が分からないんですけどー」
「鳥山が分かれば、それでいいの」
ネッと、御船がウィンクを寄こしてくる。
それだけで、納得した気分に陥った。
そんなこと、端からすれば僕がどうかしてしまったと思われることだろう。
だけども、藤村という肩書きを背負って立つ方の手足となる決意をした僕には、それだけで十分といえた。
理解しえない存在だからこそ、こちらの正体は明かしておく。
それはきっと損にはならない。むしろ藤村様に有利に働くのではと、そう考えたのは正しいことなのだ。
御船とは、そもそも仲は良かったほうだ。
出会いは中学一年のとき、僕と彼は同室だった。
僕はすぐさま藤村様のFCに入り、御船は当然のごとく東峰様のところへ。
そのときも、二人の関係は特に問題なかった。
擦れ違いが生じたのは中学二年のとき。僕が、藤村様のセフレの一人となったときだった。
あの頃は、そんな自分が惨めに思えていた。
でも今なら分かる。
あの頃の僕は、惨めな自分という悲劇に酔っていただけのこと。
何も行動せず、自分が変わることをも否定して、ただ安穏と受け入れた立場が心地よいと感じていたんだ。
楽だった。
何も考えることなく、すべてを藤村様の責にして過ごす日々は、思いのほか楽なものだったんだ。
御船はそれを見透かしていた。
気が付けばお互い疎遠となり、僕は何も成長せぬまま高校生となった。
もちろん同学年である藤村様も、高等部に上がることになる。
そこで待ち構えていたのは、先に卒業入学を果たしていた先輩方だった。
当然のように組織立ち、親衛隊ができていた。
僕も自然と参加していた。
御船とは、言葉も交わさないままに……。
驚いたことに東峰様の親衛隊隊長は、発足した当時から御船が務めることになった。
東峰様自らの指名だったらしい。
もちろん二年三年は反発したが、東峰様の強い意志のもと容易に捻じ伏せられてしまったそうだ。
そのことで、御船が身体を使って取り入ったと噂されたが、東峰様も御船も一切否定しなかった。
むしろ認めたといっていいほどに、親密な関係を周囲に見せ付けていたのだ。
僕は羨ましい反面、矢面に立たされた御船を気の毒だとも思っていた。
単なるセフレにすぎない自分のほうが、恵まれている気がしたのだ。
この頃から、自分の境遇を悲観することは減っていた。
不思議なことは、高校一年も終わりに近づいたときに起きた。
三年が卒業することで空席となる隊長を決めるとき、なぜだか僕の名を挙げる生徒が数多くいたのだ。
美形に靡くという性質上、親衛隊というのはどうしても愚鈍というか享楽的というか、とにかくちょっとおバカで軽い生徒が多い。
その中にありながら、理知的だと思える面々が僕の名を列挙したことで、僕は唖然としたものだった。
あまりにも不思議で、どうして僕をとそのときは考えていたが、今から思えば御船が手を回していたのだろう。
彼は僕という人間に、期待していたのだ。
自分と同じ位置に立つ事を、いつの日か這い上がってくることを、おおいに期待しチャンスを与えてくれた。
結果は、一度ならず二度までも彼の期待を裏切ったことになったが、それすらも彼の想定内だったのかもしれない……。
◆
僕たちが普段生活している寮は、結構な山奥にある。
街まではバスで30分ほど、どうしても出不精になる生徒が多い。
とはいえ、僕は外出が好きなほうだった。
麓の街だけで終わらせることが多いけど、たまに遠出するときもある。
そのほとんどは美容院に行ったり服を買ったり、映画を見たりといったところか。
隊員たちと出かけるときもあるし、クラスメートや友人と出かけるときもある。
つまりは、美形で家柄よく金持ちばかりが通う学校の、親衛隊なんて特殊な組織の長であれ、普通の男子高校生となんら変わりはないということだ。
それは誰にでもいえること、もちろん学園最大規模の親衛隊隊長にも、ね。
卒業まではまだ大分あるけども、思い出作りの一環に一緒に出かけようと誘ってくれたのは、御船だった。
とっくに溝は埋まり、いくつかの秘密を共有できるまでになった、いわば盟友ともいえる相手からの誘いに乗らないはずはない。
「鳥山と出かけるのって、久しぶりだよね」
「そうだね、中二の……GWが最後だっけ?」
「そうそう、それくらいだったよね」
それまでは、御船とはかなりの頻度で行動を共にしてたように思える。
詰まらない意地で、疎遠になっていたのが実にもったいない。
バスに乗り、電車に乗って、向かったのは我が国最大の都市。
人が多くそれ以上に物が溢れる街は、とにかく雑多ではあるけども、それが醍醐味でもあるのだ。
予定としては、服を見て後は適当にブラブラ。
ま、どうということはない、友人と過ごす休日だね。
とはいえ御船と二人きりというのは、いつも以上に気を使う。
何にかって?
ナンパだよ、ナンパ。
バスを降りたときから、常に不躾な視線に晒されてきた。
これはもう仕方がないことだ。
批判覚悟で言ってしまうが、僕も御船もその辺の美女では太刀打ちできないほどに美しい容姿をしている。
女性と比べるのは正直どうかとは思うけど、それが真実なのだから致し方ない。
こればかりは持って生まれたものだけにどうしようもないし、僕も御船も慣れっこと言い切ってしまえる現象だから、お互い特に意識してはいなかった。
だけど目的の駅に到着して改札を抜けたあたりで、いつもとは少々異なっていることに気が付いた。
そう、普段のお出かけともなれば、防壁ともなれそうな人物たちを連れて行くのだが、今日の連れはまったく真逆の存在なのだ。
盟友と二人きり、じっくりと休日を満喫するつもりでいたけども、早くも断念せねばならないのだろうか……。
既に数人の男たちが、僕らをロックオンしていた。
声をかけやすいコに声をかける。これはナンパの定石ではあるけども、玉砕覚悟で高望みする輩も数多くいるものだ。
二人連れというのは警戒心が緩みやすいことから、ナンパの成功率も上がるらしい。
とても、とても面倒くさいんじゃないだろうか。
もちろんナンパに乗るはずもないし、そもそも僕たちが男であることから断るのも簡単といえた。
だけどこの先、それらのやり取りを何度繰り返すはめになるんだろう。
「どうしたの?」
うんざりとして足を緩めた僕に、御船が声をかけてくる。
御船のほうはこれからの楽しみのほうに重点を置いてるようで、うきうきと、僕から見ても実に愛らしいと思える笑顔を浮かべていた。
「あ、もしかして面倒だなぁとか考えてる?」
「う、うん…」
さすがは御船だ。
僕が考えてたことなんて、既に想定してたらしい。
しかし、こうして立ち止まっていては、ナンパ師どものいい口実となってしまうだろう。
早くどこかに、できればカフェにでも入ってしまうほうがいいだろうか。
「大丈夫、大丈夫。せっかくの鳥山とのお出かけなのに、つまんないことで邪魔なんかさせないよ」
「対策でも練ってるのかい?」
「うん、バッチシ」
「さすがは会長様親衛隊の隊長様だと、褒めていいのかな」
「任せてよ」
御船が自信満々に言うってことは、本当に何かしらの手を打ってあると見ていいだろう。
こういったことを見越していたあたり、さすがは御船。
最初のナンパだけは防ぎようもなかったが、僕にとっては慣れっこの対応、つまりは自分は男だと怒りも露に訴え、それを冗談、もしくはそれでもいいと思った輩を無視して去って行くというパターンで蹴散らした。
そして駅構内を抜け、大きなカフェテリアで暫しのティータイム。
僕はミルクティーを御船はレモンティーを頼んでから、携帯でメールを送っていた。
「もしかして、誰か呼ぶの?」
それは、普通のことに思えた。
さすがのナンパ師も、男連れにはそうそう声はかけないからだ。
だからこそ僕は、出かけるとき隊員や友人を連れて行く。
「うん、知り合いとね、待ち合わせることになってるんだ。あ、事後承諾でごめんね」
「ううん、いいよ。その方が、気楽だしね」
それは本音ではあるけども、他人がいることで余計な気遣いもせざるをえないのが残念でもあった。
御船とならば、自分を偽ることなくいれるというのに。
「大丈夫だからね」
「え、何が?」
「僕たちの時間を邪魔するような奴じゃないから、というか、無視していいし、荷物持ちにもなるし」
「え、これから来る人のこと? 無視って、そういうわけには……」
些細な不満を容易く看破されたことより、相手を無視していいと言われたことに戸惑った。
さすがにそういうわけにはいかないだろうし、荷物持ちとして扱うわけにもいかない。
「いいのいいの、本当に適当でいいから。ぬり壁とでも思っててよ」
さすがにそれは、相手に悪いんじゃないだろうか。
「だーれが、ぬり壁だってー?」
ほーら、怒られ……。
「え……?」
僕たちのテーブル横に、仁王立つ人がいた。
その人物はさっさと御船の横に座り、コーヒーを注文する。
「遅いよ」
「たかが10分じゃん」
「日当から引いとくか」
「ごめんなさい」
短い攻防の末、敗北したのは新たに現れた人物――"高橋君"だった。
まさか御船が呼んだ人って、高橋君!?
って、まさかも何も、現状目の前にいるわけだし、御船とよく分からない攻防を繰り広げたわけだし、今さら疑問に思う余地もないわけで……ようく考えたら、御船とはもともと知り合いだったはずだよね。
藤村様と伊藤君のことを高橋君に尋ねてくれたのは、御船だったんだもの。
「なに?」
思いのほか長い足を組み替えながら、高橋君が僕に話しかけてくる。
どうやらマジマジと見すぎていたらしい。
「いや、あの、ビックリして」
「鳥山も、高橋は知ってるでしょ」
「そうだね、顔くらいは知ってるけど……」
嘘だった。
藤村様と伊藤君の、そこに至るまでの静かな変事。
それだけではなく、見えないところで起こっていた出来事の数々。
詳細は何も知らないし、聞いてもおそらくは理解しきれない。
だけどその渦中にいただろう人物たちのことは、漠然と察していたのだ。
「鳥山、僕に取り繕う必要はないよ。もちろん、こいつにもね」
こいつと言いながら、なんの躊躇もせず、御船は高橋君の頭を叩いた。
「叩くなっつの」
当然のごとく、高橋君からは不満の声が漏れる。
だけど本気で怒ってるわけではなく、どことなくなすがままに見えた。
まるで兄と弟のやり取りみたいで、ちょっと微笑ましい。
「鳥山もさ、藤村様とは長い付き合いになりそうなんでしょ。だったら、こいつとも親しくしといて損はないと思うよ」
フフと、そこらの女性以上に魅力的に笑う御船。
「どういう意味よ」
まったく同じことを僕が尋ねる前に、当の高橋君が先に口を開いた。
それを白々しく感じたのは、僕だけじゃないだろう。
「そのまんまの意味だよ」
「"まんま"って、その"まんま"が分からないんですけどー」
「鳥山が分かれば、それでいいの」
ネッと、御船がウィンクを寄こしてくる。
それだけで、納得した気分に陥った。
そんなこと、端からすれば僕がどうかしてしまったと思われることだろう。
だけども、藤村という肩書きを背負って立つ方の手足となる決意をした僕には、それだけで十分といえた。
理解しえない存在だからこそ、こちらの正体は明かしておく。
それはきっと損にはならない。むしろ藤村様に有利に働くのではと、そう考えたのは正しいことなのだ。