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平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-

[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-15]


アーちゃんの肩を借りながら、瞳子さんが呼んでくれたタクシーに乗った。

「あれ、アーちゃん?」

アーちゃんは乗車することなく、外から助手席の窓を開けさせて、運転手さんに話しかけながら何かを手渡している。
お父さんが持ってるから、すぐに分かった。
あれは、タクシーチケットというやつだ。

アーちゃんが行き先を告げ、後部席のドアがパタンと閉じられた。

「ア、アーちゃんっ」

急いで窓を開けた。

「明日の夕方には帰るから」

「と、泊まるの? 外泊届け出してないよ」

僕の家に一泊するという届けしか出してないから、これでは無断外泊になってしまう。
とはいえ、アーちゃんがそんなことを気にするとも思えないけどね。

「うん、夜の予定変更させちゃったからね、その埋め合わせ」

「そ、そっか……わかった。明日の夕方には帰るんだよね。
それじゃ、えっと、いろいろとありがとう。瞳子さんにもよろしく伝えといてね」

「了解。次こそ映画行こうね。今日はお疲れ様」

「うん、お疲れ様」

長い距離を走り続け、ようやく寮に到着した頃には、辺りはすっかりと日が暮れていた。
玄関先ではアッキーが待ち構えていて、それがアーちゃんが連絡したからだと、教えられなくてもすぐに分かった。
本当に、どこまでも気が回る。

こうして僕とアーちゃんの泊りがけでのお出かけは、いろいろあったわりには概ね無事に終了した。
期せずして、アーちゃんのプライバシーに触れた一日だったけど、僕はともかく、アーちゃんが後悔してなければいいと願う。



翌日は、晴天。
いつまたゲリラ豪雨に襲われるかわからないけど、今日は寮から出ないからどんとこいだ。
昨日買った本を読むのもいいけど、それよりもと、僕はアッキーたちの部屋を訪ねることにした。

とうに朝食が終った時間帯、リビングにはアニメを鑑賞中のアキがいて、なぜだかそこには明石君と藤村先輩までもがいた。

「早く大型乗りてー」

「あれ? 乗れねーの?」

「大型免許は、18からなんだよ」

「ふーん、同じ18なら車のほうがよくね?」

「会計さんは、バイクに興味ねーもんな」

「まったくないねー」

しかも、楽しげに談笑までしてるし。
いつの間にそこまで親しくなってたんだろうとは思うけど、これはこれでいい雰囲気だよね。

アッキーや藤村先輩とおしゃべりしたり、アキや明石君とゲームしたりで、連休三日目としてはなかなか有意義なすごし方だ。
やがてアキが、これまた日課のようになったお昼寝に突入したから、冷えないように毛布をかけておく。

寝ているアキを起こさないように、残った四名で暫しのティータイム。
そうして雑談に花を咲かせるなか、ふとその人を目で追う自分に気が付いた。

連休初日から、どうもおかしい。
小さなこと、これまでなんとも思わなかった部分、そういったものがどうしても気になってしまうなんて。
切欠はアーちゃんだった。そして今回は、藤村先輩。
僕はいったいどうしちゃったんだろう。

明石君と藤村先輩は、この学園を代表するほどの美形といえる。
タイプはそれぞれ違うけど、そこに優劣をつけるのは実に難しいほど二人ともとても男前だ。
だけどそれは、容姿のうえでの話ではないだろうか。
外見は、どちらも周囲の目をひく存在。
だけどそこに、日常的な動作を付け加えたら、目を奪われるのは確実に藤村先輩だった。
カップを持つ指先とか、何気ない視線の動きとか、軽く首を傾げる動作だったり、そんな些細なものが、藤村先輩と明石君では断然に違っている。
そして、藤村先輩とアーちゃんは、とても似通っているように思えた。

不意に、瞳子さんが言っていた言葉の意味を理解した。
彼女はアーちゃんを、イイ男として認識してるらしい。
それは単に、容姿の問題ではないはずだ。

たとえば、明石君とアーちゃんの顔写真を比べたら、男前なのは明石君だと断言できる。
だけど動いているアーちゃんと明石君が並んだ時、ましてやそれが外だったりしたら、僕はどちらに視線を奪われるだろうか。
答えは、断然アーちゃんだった。

アーちゃんと藤村先輩は、魅せるという面が共通しているんだ。
たぶんそれは、無意識にしてる行動。
だけどそこには、相手を魅了するほどのなにか、たぶん色気とかそんなものが含まれていて、それを感じ取ってしまったがために気になってしまう。

これが、瞳子さんの言っていたイイ男の正体なんじゃないだろうか。
利香も、道行く人々も、そんな色気を感じ取ったからこそ、アーちゃんを強く意識しちゃったんだろうな。



藤村先輩のおかげで、また一つ成長したなどと無理矢理己を納得させ、夕方間近にアッキーの部屋を出た。
アーちゃんが、帰ってくるはずだったから。
正確な時間は知らないし、本当に夕方には戻るつもりでいるのかも分からないけど、僕は彼を出迎えるべく玄関に向かっていた。

正門と裏門があるけど、予想は裏門だ。
念のため、途中でアーちゃんが戻ってるか確かめたけど、案の定まだ戻ってはいなかった。
そして滅多に使用されない裏門で、アーちゃんを待とうとしていた僕の視界に、大きな背中が飛び込んできた。

「一条先輩?」

広い背に向かい、ソッと声をかければ、相手はあからさまに肩を強張らせた。
そこまで驚かせてしまったのかと、激しく後悔する。

「わ、わた、なべ……?」

一条先輩は、大きな体を精一杯小さくして、隠れるようにして木陰に潜んでいた。
とはいえ、実際全然隠れきれてないんだけどね。

「何をなさってるんですか?」

「……あ……」

困ったように俯かれて、これまた悔いることになってしまった。

一条先輩は、言葉を発するのがとても苦手だ。
それは相手を嫌ってるとかそういうことではなく、相手を気遣いすぎてのこと。
だから、応えてもらえないことに、ショックを受けることはない。

だけど僕は、失敗したと後悔していた。
彼がここにいる理由、それに心当たりがあったからだ。
どうしようかと一瞬悩み、退散すると決めるまで、暫し間が空いてしまった。
決断が遅かったこどで、僕は三度後悔することになる。

「あれ? 珍しいツーショット」

「昭…」

「アーちゃんっ」

なんというタイミングの悪さだろう。
まさかこんなときにアーちゃんが帰ってくるとは。

「もしかして、逢引?」

「ち、ちが……う」

「もうっ、そういう冗談はいいよっ」

「はは、二人揃ってお出迎えね。ゴクローサン」

笑いながら、アーちゃんが僕の腕を取る。
それの意図するところを察し、その場で軽く足踏みした。

「足は、大丈夫だよ。ちょっと歩くくらいなら平気」

「そりゃ、良かった」

一条先輩が、僕の足元を窺うように目線を落とした。
たぶん僕が怪我をしてると知って、心配してくれてるんだ。
無口で無表情な人だけど、実はとても感情豊かな人なんだよね。
ただ、それを察するのは非常に難解で、最近では少し分かるようになってきたのが秘かに嬉しかったりする。

「いつまでもこんなとこにいれないし、帰ろっか」

「え、でも、」

一条先輩は、アーちゃんを迎えにきたのだ。
アーちゃんに会いたくて、できればその後一緒に過ごしたくて、だからここで、いつ戻るかもしれない相手を待っていた。
それなのに、僕が邪魔してしまった。

「来週の、…土曜、いや日曜、Ладно?」

焦る僕の前で、アーちゃんが一条先輩に話しかける。
最後は不思議な響きで、問いかけているようだった。

「да!」

すかさず応える一条先輩。
それはもう嬉しそうにして、喜びを隠すことなく笑顔を見せていた。
こんなに綺麗な表情は、初めて見たかも……。

「行こっか」

「え、あの」

アーちゃんが、僕の背を押す。
腕を支えてもらいながら、仕方なくアーちゃんに合わせて歩き出した。
振り返れば一条先輩はまだそこにいて、僕たちを見送ってくれていた。
さようならと声をかけて手を振ってみたら、驚いたことに振り返してくれたのだった。
ニコニコと、小さく手を振る一条先輩は、失礼ながらとても可愛く見える。

大きくて綺麗なのに可愛いだなんて、なんだか不思議だな。
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