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平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-

[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-14]


食後、乾いた服に着替えて、ようやくバスローブから解放された僕は、ふと考えた。
ウェイターの制服を貸してくれても、よかったんじゃないのか、と。
でも今さら言っても、似た者同士の二人に言いくるめられるのは分かってるから無駄なことはしない。

映画に行けなくて残念だったとか、そのおかげで瞳子さんと会えたとか、そんな他愛もない会話をしながら、雨が弱まるのを三人でのんびりと待っていた。
そして、もとから図太いのか、それともやはり瞳子さんのおかげなのか、そこにアーちゃんがいるという安心感からなのか、とにかく僕はソファに横になっていて、体の上には毛布がかけられていた。
それを朦朧とした意識のなかで感じ取り、感謝しつつまたウトウトしながらも、周囲から微かに響く声に自然と耳を澄ましていた。

「ホント、可愛いコねぇ。同じ年なのに、あのコとは大違い」

「あんなのと一緒にすんなって、いてっ」

ボソボソと小声でしゃべる二人。
瞳子さんとアーちゃんだ。

「あまり賢くはないけど、顔だけはイイコなんですからねっ」

「うん、それは認める。おバカさんなのも、って、だから殴るなってば、ドSっ」

「最近はお利口さんになったのよ」

「知ってますよ」

「あんなにイイコになるなんて、もともと単なる反抗期だったのかしらね」

「そうなんじゃないの? ちょっと昭和のノリだけど、概ね反抗期っぽい行動だったしね。プラス中二病ってところか」

「不良になって、喧嘩ばっかりして……パパもそういうところが、ちょっとあったらしいけど」

「じゃ、遺伝かもね」

「確かに遺伝ね、特に顔。兄弟のなかで、一番パパに似てるもの」

「モテモテだったんだって?」

「若い頃ね。大勢の女性の中から自分が選ばれたって、ママなんかいまだに自慢してるわ」

「はは、○○物産社長令嬢の肩書きは強いねー」

「あら、政治家に政略結婚は付き物よ。その肩書きも、ママの魅力の一つってこと」

「でも、瞳子さんはイヤなんだよね、政略結婚」

「兄さんの駒になるのは、真っ平よ」

「長男さん、じいさんの地盤継ぐんだっけ? もう決定?」

「ええ、早ければ次の選挙でね」

「ふーん、次男には、いずれ親父の地盤を与えるのかな。いいねぇ、将来が確約されてるやつは」

「あんたの将来も確約されてるんじゃないの」

「フツーの高校生に何言ってんだか」

「こーんなの買ってるくらいだし、もう決まったも同然なんじゃないの」

「ちょっと、人のバッグ勝手に漁らないでよっ」

「難関校過去問シリーズ、T大の理系数学ですって? はっ、バッカみたい」

「バカには解けません」

「医者にでもなるつもり?」

「脳活性化の一環で、いてっ」

バシッと何かがぶつかる音がした直後、バサリと何かが落ちる音がした。

「看護師と医者。実にお似合いですこと」

「なんでそういう風に受け取んのかねー? ひねくれすぎじゃない?」

「いいとこのお嬢さんなのに、大学も行かず看護師になるとか、それもあんたの差し金だったの!?」

「だから、なんでよ?」

「親戚なんでしょ! ホントは、すっごく昔からの知り合いなんじゃないの!? 二人で示し合わせて将来を決めたの!?」

「はぁ?」

「まさか、許婚じゃないでしょうね!?」

なんだか雲行きが怪しい。
瞳子さんは音量に最大限気を配りながらも、アーちゃんをキツク詰った。
怒りのためか、どことなく震えてるように聞こえ、もしかしたら泣く寸前なんじゃないかと気になるほどだ。

「どうやったら、そんな発想が、あ、もしかして更年期?」

珍しくも、瞳子さんの手は上がらなかったらしい。
あのキツイ瞳で、睨みつけてるのかもしれないけど。

「だって、いつまでも独身寮に住んでるじゃない。
お給料は悪くないのに、全然出ようとしないじゃない、あんたのせいじゃないの!?」

「あのね、出ないのは病院のすぐ側で便利だから。
しかも食堂がついてて、駐車場は相場の半額よ。あいつが出てく理由がないでしょ」

「あいつなんて呼ばないでっ」

「シオリ」

「呼び捨てにするなっ」

「どうしろってのよ」

「栞様」

「りょーかい。栞様は瞳子さん並みに、料理ができないでしょ。だから賄い付きの寮を出るわけないの」

「実家に帰ればいいじゃない」

「勤め先まで一時間以上かかるよ」

「だったら、私とルームシェアすればいいじゃない」

「いくら看護師の給与がよくても、ここの家賃半分は無理でしょ。つか、ここも病院まで遠すぎじゃんか」

「転職すればいいじゃない。家賃だっていらない……」

「無理無理、栞様はそういうの大嫌いじゃん」

「……」

「栞様は仕事を辞める気も病院を変える気もないの。
瞳子さんは都会を離れる気はサラサラないし、快適な生活を手離す気もないでしょ。
我儘ばっか言って、叶えられないからって、俺に当たんないでよ」

どう聞いても、単なる八つ当たりとしかとれない内容だった。
そんな、瞳子さんの子供のような癇癪を、アーちゃんは一つ一つ丁寧に受け止めていた。

「だって、我慢なんてしたくないもの」

「女王様だもんね。もっとも、そんな瞳子さんを、あいつも俺も気に入ってんだから、そのままでいたらいいよ」

アーちゃんがことのほか優しく言えば、反発するように瞳子さんは鼻を鳴らす。
その気の強さをとても愛しく思えるのは、彼女の魅力の一部だからなのだろう。

「あんたの訳知り顔が、キライなのよ」

「知ってる。でも、俺は瞳子さんのこと好きだよ」

「ドMだものね」

「だから、違うっつの。痛いのは大嫌いです」

「ピアスも開けれないなんて、ホント臆病な男ね。寝てる間に開けとこうかしら」

「いいよ、どうせすぐに塞がるし」

「そしたら、もう一回開ける」

「やだよ、痛いのは一回で充分だ」

そこで、二人の痴話喧嘩とも雑談ともいえる会話は中断した。
が、すぐに続く物音に、半分以上眠っている僕の眉が若干しかめられる。
チュ、チュと、微かに聞こえてくるこれは……?
鳥のさえずり? にしては、もっと濡れた感じで……。
寝ている僕の眉が、ピクピクと勝手に上下した。

「ん……」

ん?
チュチュという音は止むことなく続き、時折甘えたような声が混じっている。
なんで?

僕の疑問に答える人などおらず、チュという音と甘い声は長く長く続いた。

「ア……ふぅ……」

淫らとしか言いようのない声と音が収まったとき、瞳子さんがやけに熱っぽい息を吐いた。
いったい、何が起こったんだろう……?

「ヒロ君との同伴ドタキャンしたんだから、責任はとりなさいよ」

「あれ、ショウ君は?」

「いつの話してるのよ。今はヒロ君一択」

「ふーん、今度はNo2あたり? それともノーナンバーかな?」

「No3」

「どうせならNo1と付き合えば」

「バカね。トップにするのが楽しいんじゃない」

「贅沢な育成ゲームですこと」

「安心しなさい。あんたのときも、通ってあげるから」

「は?」

「大学生になったら、バイトくらいするんでしょ」

「たぶん、最初の二年くらいは…」

「あんたには、ホストくらいしかできないでしょ」

「あれ? 意外となんでもできるほうだと自負してたんですが」

「だったら、うちでバイトする?」

「執事以外なら」

「自分で探しなさい」

「……」

「とにかく、今夜の予定がパーになったんですからね、責任は取ってもらうわよ」

「困るのはNo3のヒロ君で、瞳子さんじゃないよね」

すぐにパシンと打ち付ける音がした。
またもやアーちゃんは叩かれてしまったようだ。

ああ、本当に、なんて凶暴な女性なのだろう。
ドSという評価には、おおいに納得するよ。
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