平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-
[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-12]
「あー、笑った笑った。久々の大爆笑よ」
「そ、そこまで……」
一通り笑って満足したのか、目元を拭いながらも、瞳子さんがようやく正常に戻ってくれた。
「お駄賃くらいはあげるけど、まとまった金額を与えたことはないなぁ」
「そ、そうですか」
「アクセは、しょせんうちの商品だしね。金額にしたら相当だけど、貢いでる感覚はないわ」
「ごめんなさい、僕、すごく失礼なことを」
「いいのいいの、若い男の子がおばさん抱いてたら、そう思うよね」
「あ、いえ、そんなこと、全然」
おばさんて、瞳子さんがおばさんなわけがない。
「私ね、イイ男と遊ぶのが大好きなの。アクセをあげるのも、その一環」
「イイ…オトコ?」
「そ、イイ男」
「……それだと、アーちゃんがイイ男ってことになりませんか?」
「プッ、ちょっと、これ以上笑わせないでちょうだい。皺になるでしょ」
「ご、ごめんなさい」
なんで怒られたかは不明だけど、素直に謝っておこう。
「ボクちゃんには、イイ男に見えない?」
「えっと……正直、分かりません。同性だからだと思います」
この予想は、たぶん当ってるはずだ。
利香も、アーちゃんを見てた人も、ナンパしてきた人も、全部女性目線からアーちゃんを見てたからだと思うから。
「それはそうよね。学校には、もっとイケメンがたくさんいるしね」
「知ってるんですか?」
「あの学校の美形率の高さは、有名よ」
「アーちゃんは、学校では全然目立たないんです。ふ、普通なんです、人気投票も圏外だし……」
「知ってるわ」
「そ、そうですか、」
「制服マジック」
「は?」
「制服ってね、意識して着こなせばプラスになるけど、逆を言えば、意識すれば個を消すのは簡単なのよ」
「意識?」
「普通は何も考えずに着るでしょ。そして集団に埋没するの。意識すれば、そういう普通になれるってことよ。
同様に、学校、集団、仲間意識とか決まった友達、そういう環境も個を消滅させやすいの」
「んと、つまり、学校にいる間は、目立とうと思わなければ目立たないと…」
「そ。集団においては、役割ができやすいでしょ。友人関係もそう。
最初に、ある程度のイメージを与えておけば、成長していく過程でもそれが維持されやすいの。
ボクちゃんのところは、6年間ほとんど顔ぶれが変わらないんでしょ。
設定されたイメージはそうそう覆せないと思うわ」
「……」
「昭のイメージは、"アーちゃん"。これで固定されてるんでしょ」
「……はい」
アーちゃんは、出会った頃からアーちゃんだった。
意地悪でいいかげんでだらしなくて、ゲームばっかりしてるくせに服にもお金を使うから、いつも貧乏でそのうえせこくて寝起きが悪い。
そのイメージは、彼のクラスでもそのまま引き継がれてるだろうし、彼を知ってる人の大多数がそう捉えているはずだ。
まだまだ子供といえる時からの知り合いばかりのなかで、最初に用意されたイメージがそういうものだったから。
「あの……僕……、昨日今日と泊りがけでアーちゃんといて、なんというかすごく意識してる自分に気が付いたんです。
その……やることなすこと気になるっていうか、目を奪われるっていうか、それもこれも学校という枠組みから逸脱したせいなんでしょうか」
「意識しちゃったんだ」
「はい、すごく」
「惚れてるんじゃない?」
「そういう冗談は、いいです…」
よく考えたら、初対面の人に何を言ってるんだろう。
だけど瞳子さんという女性は、不思議とこちらの口を軽くしてしまう人だった。
しかも人を見る目に長けていて、怖いくらいの分析能力を持ってるようにも思える。
そして、そのことで誰かを貶めるような女性には見えないというのが、僕がこうして話してしまう最大の理由かもしれない。
まったくタイプは違うし、誘導の仕方も異なっているのに、どことなくアキラを思い出させる人だ。
「お友達になったときには子供だった相手が、実は男になっていたって気付いちゃったのね」
「やっぱり、そういうことですよね」
「私もね、昭とは2ヶ月ぶりだから、その成長ぶりに少し驚いたかな」
「2ヶ月も会ってなかったんですか?」
「そ。この時期の男の子の2ヶ月は、劇的よね。弟も、ちょっと会わないだけで、」
そこまで言って、瞳子さんが口を閉ざした。
これまでと一転して、僅かに狼狽してるようにも見える。
何かまずいことがあったんだろうか。
「あの、弟さんが、」
いるのかと聞こうとしたとき、電話が鳴った。
瞳子さんが、わざとらしいほど大袈裟に受話器を取る。
もしかしなくても、弟さんの話題は避けたいのだろう。
電話は、一階のコンシェルジュからだった。
「アーちゃん、戻ってきたんですね」
「ええ、もうすぐ着くわよ」
気が付けばそれなりに時間が経っていて、お腹のほうもかなり空いていた。
初めて来館したときと同じ手間をかけ、すぐにアーちゃんがこの部屋にやってくるだろう。
「ああ、そうそう、私がね、キミを本命だと勘違いした理由は、昭が、とても大切にしてるように見えたからなの」
その言葉を、僕はどんな顔をして聞いているのだろう。
瞳子さんは何も言わず、すぐに鳴らされたインターフォンの音が、アーちゃんの帰還を知らせてくれたのだった。
「あー、笑った笑った。久々の大爆笑よ」
「そ、そこまで……」
一通り笑って満足したのか、目元を拭いながらも、瞳子さんがようやく正常に戻ってくれた。
「お駄賃くらいはあげるけど、まとまった金額を与えたことはないなぁ」
「そ、そうですか」
「アクセは、しょせんうちの商品だしね。金額にしたら相当だけど、貢いでる感覚はないわ」
「ごめんなさい、僕、すごく失礼なことを」
「いいのいいの、若い男の子がおばさん抱いてたら、そう思うよね」
「あ、いえ、そんなこと、全然」
おばさんて、瞳子さんがおばさんなわけがない。
「私ね、イイ男と遊ぶのが大好きなの。アクセをあげるのも、その一環」
「イイ…オトコ?」
「そ、イイ男」
「……それだと、アーちゃんがイイ男ってことになりませんか?」
「プッ、ちょっと、これ以上笑わせないでちょうだい。皺になるでしょ」
「ご、ごめんなさい」
なんで怒られたかは不明だけど、素直に謝っておこう。
「ボクちゃんには、イイ男に見えない?」
「えっと……正直、分かりません。同性だからだと思います」
この予想は、たぶん当ってるはずだ。
利香も、アーちゃんを見てた人も、ナンパしてきた人も、全部女性目線からアーちゃんを見てたからだと思うから。
「それはそうよね。学校には、もっとイケメンがたくさんいるしね」
「知ってるんですか?」
「あの学校の美形率の高さは、有名よ」
「アーちゃんは、学校では全然目立たないんです。ふ、普通なんです、人気投票も圏外だし……」
「知ってるわ」
「そ、そうですか、」
「制服マジック」
「は?」
「制服ってね、意識して着こなせばプラスになるけど、逆を言えば、意識すれば個を消すのは簡単なのよ」
「意識?」
「普通は何も考えずに着るでしょ。そして集団に埋没するの。意識すれば、そういう普通になれるってことよ。
同様に、学校、集団、仲間意識とか決まった友達、そういう環境も個を消滅させやすいの」
「んと、つまり、学校にいる間は、目立とうと思わなければ目立たないと…」
「そ。集団においては、役割ができやすいでしょ。友人関係もそう。
最初に、ある程度のイメージを与えておけば、成長していく過程でもそれが維持されやすいの。
ボクちゃんのところは、6年間ほとんど顔ぶれが変わらないんでしょ。
設定されたイメージはそうそう覆せないと思うわ」
「……」
「昭のイメージは、"アーちゃん"。これで固定されてるんでしょ」
「……はい」
アーちゃんは、出会った頃からアーちゃんだった。
意地悪でいいかげんでだらしなくて、ゲームばっかりしてるくせに服にもお金を使うから、いつも貧乏でそのうえせこくて寝起きが悪い。
そのイメージは、彼のクラスでもそのまま引き継がれてるだろうし、彼を知ってる人の大多数がそう捉えているはずだ。
まだまだ子供といえる時からの知り合いばかりのなかで、最初に用意されたイメージがそういうものだったから。
「あの……僕……、昨日今日と泊りがけでアーちゃんといて、なんというかすごく意識してる自分に気が付いたんです。
その……やることなすこと気になるっていうか、目を奪われるっていうか、それもこれも学校という枠組みから逸脱したせいなんでしょうか」
「意識しちゃったんだ」
「はい、すごく」
「惚れてるんじゃない?」
「そういう冗談は、いいです…」
よく考えたら、初対面の人に何を言ってるんだろう。
だけど瞳子さんという女性は、不思議とこちらの口を軽くしてしまう人だった。
しかも人を見る目に長けていて、怖いくらいの分析能力を持ってるようにも思える。
そして、そのことで誰かを貶めるような女性には見えないというのが、僕がこうして話してしまう最大の理由かもしれない。
まったくタイプは違うし、誘導の仕方も異なっているのに、どことなくアキラを思い出させる人だ。
「お友達になったときには子供だった相手が、実は男になっていたって気付いちゃったのね」
「やっぱり、そういうことですよね」
「私もね、昭とは2ヶ月ぶりだから、その成長ぶりに少し驚いたかな」
「2ヶ月も会ってなかったんですか?」
「そ。この時期の男の子の2ヶ月は、劇的よね。弟も、ちょっと会わないだけで、」
そこまで言って、瞳子さんが口を閉ざした。
これまでと一転して、僅かに狼狽してるようにも見える。
何かまずいことがあったんだろうか。
「あの、弟さんが、」
いるのかと聞こうとしたとき、電話が鳴った。
瞳子さんが、わざとらしいほど大袈裟に受話器を取る。
もしかしなくても、弟さんの話題は避けたいのだろう。
電話は、一階のコンシェルジュからだった。
「アーちゃん、戻ってきたんですね」
「ええ、もうすぐ着くわよ」
気が付けばそれなりに時間が経っていて、お腹のほうもかなり空いていた。
初めて来館したときと同じ手間をかけ、すぐにアーちゃんがこの部屋にやってくるだろう。
「ああ、そうそう、私がね、キミを本命だと勘違いした理由は、昭が、とても大切にしてるように見えたからなの」
その言葉を、僕はどんな顔をして聞いているのだろう。
瞳子さんは何も言わず、すぐに鳴らされたインターフォンの音が、アーちゃんの帰還を知らせてくれたのだった。