このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-

[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-12]


「あー、笑った笑った。久々の大爆笑よ」

「そ、そこまで……」

一通り笑って満足したのか、目元を拭いながらも、瞳子さんがようやく正常に戻ってくれた。

「お駄賃くらいはあげるけど、まとまった金額を与えたことはないなぁ」

「そ、そうですか」

「アクセは、しょせんうちの商品だしね。金額にしたら相当だけど、貢いでる感覚はないわ」

「ごめんなさい、僕、すごく失礼なことを」

「いいのいいの、若い男の子がおばさん抱いてたら、そう思うよね」

「あ、いえ、そんなこと、全然」

おばさんて、瞳子さんがおばさんなわけがない。

「私ね、イイ男と遊ぶのが大好きなの。アクセをあげるのも、その一環」

「イイ…オトコ?」

「そ、イイ男」

「……それだと、アーちゃんがイイ男ってことになりませんか?」

「プッ、ちょっと、これ以上笑わせないでちょうだい。皺になるでしょ」

「ご、ごめんなさい」

なんで怒られたかは不明だけど、素直に謝っておこう。

「ボクちゃんには、イイ男に見えない?」

「えっと……正直、分かりません。同性だからだと思います」

この予想は、たぶん当ってるはずだ。
利香も、アーちゃんを見てた人も、ナンパしてきた人も、全部女性目線からアーちゃんを見てたからだと思うから。

「それはそうよね。学校には、もっとイケメンがたくさんいるしね」

「知ってるんですか?」

「あの学校の美形率の高さは、有名よ」

「アーちゃんは、学校では全然目立たないんです。ふ、普通なんです、人気投票も圏外だし……」

「知ってるわ」

「そ、そうですか、」

「制服マジック」

「は?」

「制服ってね、意識して着こなせばプラスになるけど、逆を言えば、意識すれば個を消すのは簡単なのよ」

「意識?」

「普通は何も考えずに着るでしょ。そして集団に埋没するの。意識すれば、そういう普通になれるってことよ。
同様に、学校、集団、仲間意識とか決まった友達、そういう環境も個を消滅させやすいの」

「んと、つまり、学校にいる間は、目立とうと思わなければ目立たないと…」

「そ。集団においては、役割ができやすいでしょ。友人関係もそう。
最初に、ある程度のイメージを与えておけば、成長していく過程でもそれが維持されやすいの。
ボクちゃんのところは、6年間ほとんど顔ぶれが変わらないんでしょ。
設定されたイメージはそうそう覆せないと思うわ」

「……」

「昭のイメージは、"アーちゃん"。これで固定されてるんでしょ」

「……はい」

アーちゃんは、出会った頃からアーちゃんだった。
意地悪でいいかげんでだらしなくて、ゲームばっかりしてるくせに服にもお金を使うから、いつも貧乏でそのうえせこくて寝起きが悪い。
そのイメージは、彼のクラスでもそのまま引き継がれてるだろうし、彼を知ってる人の大多数がそう捉えているはずだ。
まだまだ子供といえる時からの知り合いばかりのなかで、最初に用意されたイメージがそういうものだったから。

「あの……僕……、昨日今日と泊りがけでアーちゃんといて、なんというかすごく意識してる自分に気が付いたんです。
その……やることなすこと気になるっていうか、目を奪われるっていうか、それもこれも学校という枠組みから逸脱したせいなんでしょうか」

「意識しちゃったんだ」

「はい、すごく」

「惚れてるんじゃない?」

「そういう冗談は、いいです…」

よく考えたら、初対面の人に何を言ってるんだろう。
だけど瞳子さんという女性は、不思議とこちらの口を軽くしてしまう人だった。
しかも人を見る目に長けていて、怖いくらいの分析能力を持ってるようにも思える。
そして、そのことで誰かを貶めるような女性には見えないというのが、僕がこうして話してしまう最大の理由かもしれない。
まったくタイプは違うし、誘導の仕方も異なっているのに、どことなくアキラを思い出させる人だ。

「お友達になったときには子供だった相手が、実は男になっていたって気付いちゃったのね」

「やっぱり、そういうことですよね」

「私もね、昭とは2ヶ月ぶりだから、その成長ぶりに少し驚いたかな」

「2ヶ月も会ってなかったんですか?」

「そ。この時期の男の子の2ヶ月は、劇的よね。弟も、ちょっと会わないだけで、」

そこまで言って、瞳子さんが口を閉ざした。
これまでと一転して、僅かに狼狽してるようにも見える。
何かまずいことがあったんだろうか。

「あの、弟さんが、」

いるのかと聞こうとしたとき、電話が鳴った。
瞳子さんが、わざとらしいほど大袈裟に受話器を取る。
もしかしなくても、弟さんの話題は避けたいのだろう。

電話は、一階のコンシェルジュからだった。

「アーちゃん、戻ってきたんですね」

「ええ、もうすぐ着くわよ」

気が付けばそれなりに時間が経っていて、お腹のほうもかなり空いていた。
初めて来館したときと同じ手間をかけ、すぐにアーちゃんがこの部屋にやってくるだろう。

「ああ、そうそう、私がね、キミを本命だと勘違いした理由は、昭が、とても大切にしてるように見えたからなの」

その言葉を、僕はどんな顔をして聞いているのだろう。
瞳子さんは何も言わず、すぐに鳴らされたインターフォンの音が、アーちゃんの帰還を知らせてくれたのだった。
12/18ページ
スキ