平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-
[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-11]
アーちゃんと瞳子さんの始まりは、僕からしたらかなり衝撃的といえるものだった。
親友の恋人(と思っていた)であるアーちゃんを、いわば寝取るつもりでいたのだから。
だけど結局は何も変わらず、アーちゃんの爛れた女性関係を後押ししただけ。
確かアーちゃんには、セフレが4人、3人だったかな?
とにかく数人いるわけで、その中の一人になっただけってことだよね。
僕がそれらを知る切欠になったのは、アーちゃんが女性と一緒にラブホテルから出てくるのを目撃したからだ。
そのときの女性の顔は、正直言ってまったく覚えてない。
瞳子さんではなかった。
だから、彼女が瞳子さんの親友なのかなって考えてる。
地味だって話だし、たぶん正解じゃないかな。
かなり際どい話題ばかりなのに、瞳子さんは話せば話すほど気のいい女性に思えた。
気さくさは茜さんっぽいけど、あの人とはかなり違っている。
どこがどうとは説明しにくいんだけどね。
「ボクちゃんは…」
「はい?」
「あいつの、本命でしょ」
「……は、はぁぁぁ!?」
突然、何を言い出すの!?
「本命、でしょ?」
またもや言ってくれたよ!
瞳子さんと会ってから、息をつく暇もないくらいに驚かされてばかりですよ!
身がもたないよ。
「な、何言ってるんですか!? ぼ、僕は、男ですよ!」
「だって、あいつホモじゃん」
「……」
あまりのことに、もう声も出せない。
アーちゃんがホモだって、ホモだって、ホモだって!?
そんなことがあるはずがない!
だってセフレがいるのに、そんなはずないじゃないか。
というか、瞳子さんも、その一人じゃないですか。
「瞳子さんは、アーちゃんと、その…なさってるんですよ、ね?」
「セックス? うん、してる」
「だ、だったら、」
「あ、そっか、正しくはバイね」
さすがの僕でも、バイという言葉の意味は知っている。
「で、本命が、キミ」
瞳子さんが、マニキュアを塗った爪先を僕に向けた。
昨今の流行りのように、ゴテゴテと飾り付けていない爪は、瞳子さんという女性の魅力を引き出している。
「違います」
「あら、知らなかったのかな。余計なこと言っちゃったね」
「違います、本当に。そもそもアーちゃんには、本命なんかいません」
真実とも、嘘ともとれる答え。
だけど、アーちゃんの本命はと問われたら、いないとしか言いようがない。
それはごまかしでもなんでもなく、本命という括りで判断できる相手が本当にいないからだ。
数ある中から最有力を選び取るかのような言葉は、アーちゃんには無縁のものだもの。
「そっか、ボクちゃんじゃないのね。ごめんね」
「いえ、あの、そうじゃなくて、本当にアーちゃんには」
「ボクちゃんを見たときに、ビビビってきたんだけどなぁ。
絶対このコが本命って、女の勘は大はずれね」
「そもそも、どうして僕なんか?」
「だから、勘よ勘」
蠱惑的な微笑み。
それはまさに美しい獣のようでいて、僕を惑わせるには十分な威力があった。
だけど、その妖しさに、決して乗せられはしない。
なぜなら、僕はもっともっと妖しいモノたちを、知っているのだから。
「アーちゃんはいいかげんでどうしようもないから、本命とか本気の相手なんて作れないと思います」
「あら、友人なのに言うわね」
ご自分のことは、棚上げですか。
「友人だから言うんです。これからも、適当に遊び続けると思いますよ」
「なるほど、本命いない説を推すわけね」
「むしろ、本命に近いのは、瞳子さんたちなんじゃないかと」
「ええええ、ナイナイ、それはナイ」
キャハハと笑って否定する姿からは、もう僕を惑わすほどの妖しさはなくなっていた。
「私も栞もね、あいつに本命がいようがいまいがどうでもいいのよ。
だからね、これは純然たる好奇心、かつ単なる興味本意の話なの」
「どうでもいいんですか?」
「うん、どうでもいい」
ケロッと返された。
本当に、どうでもいいと思ってるみたいだ。
ある意味、アーちゃんとすごくお似合いなのかな。
「でもそっか、本命はできそうにないのか……寂しいやつね」
「……」
「だけど、ボクちゃんみたいなお友達がいるなら、少し安心かな」
「そうだと嬉しいです」
「体ばっか満足しても、心も満足させなきゃ、生きてる楽しみ半減よね」
軽い口調なのに、瞳子さんの言葉にはある種の重みを感じさせられた。
やっぱり年上というのは、僕たちなんかよりもずっと色んなことを経験してるんだろうな。
「そろそろ帰ってくるかな?」
「アーちゃんですか?」
「○○のデザート頼んだんだけど、さすがにそろそろよね」
「○○って、ヒドイときは1時間待ちが当たり前の、あの○○ですか!?」
「あら、そんなに並ぶの?」
「な、並びますよ。っていっても、僕も聞いただけで行ったことないですけど」
「……なんとかなるんじゃない?」
「そうですね……」
◆
瞳子さんは、相変わらずスケッチブックに絵を描いていた。
だけども、今度は別のスケッチブックに描いてたから、さっきまでのはテーブルに放置されている。
「これ、デザインが描いてあるんですか?」
瞳子さんは、ジュエリーショップのオーナー兼デザイナーということだった。
だったら、そこにはジュエリーのデザインが描かれていてもおかしくない。
「あはは、違うわよ。
いくら私でも、デザイナーの命ともいうべきものを、そんなところに置きっぱなしにしないわ」
「あ、そ、そうなんですか」
「これには、思いついたままを適当に描いてるの」
「へぇ、思いついたまま、か……」
いうなれば、そこにあるのは瞳子さんの心情ではないだろうか。
そう考えると、命というデザインブック以上に、大切なものに見えた。
「見てもいいわよ。どうぞ、ご自由に」
「え、でも」
「困るものはないから、といってもラフばっかりだけどね」
「あの、拝見させていただきます」
「どうぞ」
了承をいただき、スケッチブックを手に取った。
ラフというだけあり、鉛筆でサッサと描かれたものばかりがページを埋めていた。
部屋から見える風景だったり、鉢植えだったり、天井なんかまで描いてあって、それにちょっと笑った。
いったい、どういう姿勢で描いたんだろう。
「あ、これ」
ページの隅に描かれていた、やけに中途半端な十字架のイラスト。
バッテンで消されていたそれは、どこかで目にしたことがあるものに似ていた。
「ああ、それ? たまたまそこに描いちゃったけど、見ての通り気に入らなくて消したの」
「もしかして、アーちゃんが持ってるアクセサリって」
「気が付いた? 全部、うちの商品」
「貰い物って言ってました」
「新しいのができたら、毎回渡してるの」
アーちゃんは、アキラといるときには絶対に着けないわりに、結構な数のアクセサリを持っている。
それら全部が瞳子さんからの貰い物だとすれば、相当な額になるんじゃないだろうか。
こ、これが、援助交際ってやつ?
でも、お金を貰ってるわけじゃないから、違うのかな?
「み、貢いでるってことですか?」
勇気を出して聞いてみたら、ポカンとした瞳子さんと目が合った。
そして間を置いて、瞳子さんが全身を使って笑い出した。
「ボクちゃんおもしろすぎ! セックスの話題は苦手なくせに、そういうことはズバズバ切り込むとか」
「だ、だって、気になったから……」
ヒーヒーと涙まで流す瞳子さんに、化粧はげますよと胸中でだけ忠告してあげました。
アーちゃんと瞳子さんの始まりは、僕からしたらかなり衝撃的といえるものだった。
親友の恋人(と思っていた)であるアーちゃんを、いわば寝取るつもりでいたのだから。
だけど結局は何も変わらず、アーちゃんの爛れた女性関係を後押ししただけ。
確かアーちゃんには、セフレが4人、3人だったかな?
とにかく数人いるわけで、その中の一人になっただけってことだよね。
僕がそれらを知る切欠になったのは、アーちゃんが女性と一緒にラブホテルから出てくるのを目撃したからだ。
そのときの女性の顔は、正直言ってまったく覚えてない。
瞳子さんではなかった。
だから、彼女が瞳子さんの親友なのかなって考えてる。
地味だって話だし、たぶん正解じゃないかな。
かなり際どい話題ばかりなのに、瞳子さんは話せば話すほど気のいい女性に思えた。
気さくさは茜さんっぽいけど、あの人とはかなり違っている。
どこがどうとは説明しにくいんだけどね。
「ボクちゃんは…」
「はい?」
「あいつの、本命でしょ」
「……は、はぁぁぁ!?」
突然、何を言い出すの!?
「本命、でしょ?」
またもや言ってくれたよ!
瞳子さんと会ってから、息をつく暇もないくらいに驚かされてばかりですよ!
身がもたないよ。
「な、何言ってるんですか!? ぼ、僕は、男ですよ!」
「だって、あいつホモじゃん」
「……」
あまりのことに、もう声も出せない。
アーちゃんがホモだって、ホモだって、ホモだって!?
そんなことがあるはずがない!
だってセフレがいるのに、そんなはずないじゃないか。
というか、瞳子さんも、その一人じゃないですか。
「瞳子さんは、アーちゃんと、その…なさってるんですよ、ね?」
「セックス? うん、してる」
「だ、だったら、」
「あ、そっか、正しくはバイね」
さすがの僕でも、バイという言葉の意味は知っている。
「で、本命が、キミ」
瞳子さんが、マニキュアを塗った爪先を僕に向けた。
昨今の流行りのように、ゴテゴテと飾り付けていない爪は、瞳子さんという女性の魅力を引き出している。
「違います」
「あら、知らなかったのかな。余計なこと言っちゃったね」
「違います、本当に。そもそもアーちゃんには、本命なんかいません」
真実とも、嘘ともとれる答え。
だけど、アーちゃんの本命はと問われたら、いないとしか言いようがない。
それはごまかしでもなんでもなく、本命という括りで判断できる相手が本当にいないからだ。
数ある中から最有力を選び取るかのような言葉は、アーちゃんには無縁のものだもの。
「そっか、ボクちゃんじゃないのね。ごめんね」
「いえ、あの、そうじゃなくて、本当にアーちゃんには」
「ボクちゃんを見たときに、ビビビってきたんだけどなぁ。
絶対このコが本命って、女の勘は大はずれね」
「そもそも、どうして僕なんか?」
「だから、勘よ勘」
蠱惑的な微笑み。
それはまさに美しい獣のようでいて、僕を惑わせるには十分な威力があった。
だけど、その妖しさに、決して乗せられはしない。
なぜなら、僕はもっともっと妖しいモノたちを、知っているのだから。
「アーちゃんはいいかげんでどうしようもないから、本命とか本気の相手なんて作れないと思います」
「あら、友人なのに言うわね」
ご自分のことは、棚上げですか。
「友人だから言うんです。これからも、適当に遊び続けると思いますよ」
「なるほど、本命いない説を推すわけね」
「むしろ、本命に近いのは、瞳子さんたちなんじゃないかと」
「ええええ、ナイナイ、それはナイ」
キャハハと笑って否定する姿からは、もう僕を惑わすほどの妖しさはなくなっていた。
「私も栞もね、あいつに本命がいようがいまいがどうでもいいのよ。
だからね、これは純然たる好奇心、かつ単なる興味本意の話なの」
「どうでもいいんですか?」
「うん、どうでもいい」
ケロッと返された。
本当に、どうでもいいと思ってるみたいだ。
ある意味、アーちゃんとすごくお似合いなのかな。
「でもそっか、本命はできそうにないのか……寂しいやつね」
「……」
「だけど、ボクちゃんみたいなお友達がいるなら、少し安心かな」
「そうだと嬉しいです」
「体ばっか満足しても、心も満足させなきゃ、生きてる楽しみ半減よね」
軽い口調なのに、瞳子さんの言葉にはある種の重みを感じさせられた。
やっぱり年上というのは、僕たちなんかよりもずっと色んなことを経験してるんだろうな。
「そろそろ帰ってくるかな?」
「アーちゃんですか?」
「○○のデザート頼んだんだけど、さすがにそろそろよね」
「○○って、ヒドイときは1時間待ちが当たり前の、あの○○ですか!?」
「あら、そんなに並ぶの?」
「な、並びますよ。っていっても、僕も聞いただけで行ったことないですけど」
「……なんとかなるんじゃない?」
「そうですね……」
◆
瞳子さんは、相変わらずスケッチブックに絵を描いていた。
だけども、今度は別のスケッチブックに描いてたから、さっきまでのはテーブルに放置されている。
「これ、デザインが描いてあるんですか?」
瞳子さんは、ジュエリーショップのオーナー兼デザイナーということだった。
だったら、そこにはジュエリーのデザインが描かれていてもおかしくない。
「あはは、違うわよ。
いくら私でも、デザイナーの命ともいうべきものを、そんなところに置きっぱなしにしないわ」
「あ、そ、そうなんですか」
「これには、思いついたままを適当に描いてるの」
「へぇ、思いついたまま、か……」
いうなれば、そこにあるのは瞳子さんの心情ではないだろうか。
そう考えると、命というデザインブック以上に、大切なものに見えた。
「見てもいいわよ。どうぞ、ご自由に」
「え、でも」
「困るものはないから、といってもラフばっかりだけどね」
「あの、拝見させていただきます」
「どうぞ」
了承をいただき、スケッチブックを手に取った。
ラフというだけあり、鉛筆でサッサと描かれたものばかりがページを埋めていた。
部屋から見える風景だったり、鉢植えだったり、天井なんかまで描いてあって、それにちょっと笑った。
いったい、どういう姿勢で描いたんだろう。
「あ、これ」
ページの隅に描かれていた、やけに中途半端な十字架のイラスト。
バッテンで消されていたそれは、どこかで目にしたことがあるものに似ていた。
「ああ、それ? たまたまそこに描いちゃったけど、見ての通り気に入らなくて消したの」
「もしかして、アーちゃんが持ってるアクセサリって」
「気が付いた? 全部、うちの商品」
「貰い物って言ってました」
「新しいのができたら、毎回渡してるの」
アーちゃんは、アキラといるときには絶対に着けないわりに、結構な数のアクセサリを持っている。
それら全部が瞳子さんからの貰い物だとすれば、相当な額になるんじゃないだろうか。
こ、これが、援助交際ってやつ?
でも、お金を貰ってるわけじゃないから、違うのかな?
「み、貢いでるってことですか?」
勇気を出して聞いてみたら、ポカンとした瞳子さんと目が合った。
そして間を置いて、瞳子さんが全身を使って笑い出した。
「ボクちゃんおもしろすぎ! セックスの話題は苦手なくせに、そういうことはズバズバ切り込むとか」
「だ、だって、気になったから……」
ヒーヒーと涙まで流す瞳子さんに、化粧はげますよと胸中でだけ忠告してあげました。