ひねもすのたりのたり-2013秋の特別編-
[ひねもすのたりのたり-2013秋の特別編-1]
こう見えて、アキはとても早起きだ。
平日の朝は、大好きな学校に行くために早起きする。
ゆっくりと顔を洗い、余裕をもって朝食を食べ、身長が伸びますようにと願いを込めて一気に飲み干す牛乳と、野菜不足を補うためにと用意された野菜ジュースをちびちび飲むというのが、アキの平日の朝。
野菜ジュースを飲み終わる前に、部屋を出ることになるのがほとんどだが。
休日の朝も、いつもと変わりなく早起きをする。
行動パターンは平日とさほど変わり映えはしないが、野菜ジュースを飲み干すという任務を完遂させなければならない。
朝から放送されているアニメを観ているうちに、知らぬ間になくなっているので、さほど困難なミッションではないのが救いだ。
それらすべてが終わったあとは、遊んだり遊んだり、そして昼食を食べて遊んだり寝たり、おやつを食べて寝たり遊んだりしてるうちに、休日は終了する。
平日も休日も、どちらも好きなアキにとっては、サ○エさん症候群など恐るるに足らず!
だがしかし、休日というだけで、平日よりもちょっぴりウキウキしてしまうアキなのであった。
そんなこんなで、ちょっぴりウキウキなはずの日曜日。
大好きなアニメを見終わり、さあ今日の昼食は何かな、なんて、気の早いことを考えるのがいつものパターンであるのだが、
「ぜーったいに、デミグラス!」
「和風きのこだ!」
「あ、ううう、べしゃべしゃなのよ!!」
朝も早くから血気盛んな三人の男たち。
平和な休日、最も安全である意味最も危険な伊藤家の室内にて何事かを揉めているのは、アッキーこと伊藤章の同居人にして、大切な身内ともいうべき存在のアキと、最近ではアキとよく遊んでくれる狼こと明石大雅に、なぜだかここのところよく顔を見せる我が学園のアイドルのひとりにして元役員様という肩書きを持つチャラさんこと藤村奏だ。
「なんでもかんでもコラボすりゃいいってもんじゃねーんだよ! 洋には洋!」
「てめっ、和風ハンバーグ食ってたの知ってんだぞ! つーか、オムライスは日本発祥の立派な和食だ!」
「あああ、ううう、べしゃべしゃ、なのよ、なのよ!!」
譲り合い精神がめっきり不足している三人は、猛烈に睨み合っていた。
アキの平和な休日に、突如として現れた明石と藤村の二人。
明石に関しては、アッキーが招待したので仕方ない。
藤村は……勝手にやって来た。でも、栗たっぷりマロンケーキを持ってきたから、許す。
「先輩の俺がデミグラスって言ったら、デミグラスなんだよ!」
「食い物に先輩も後輩もあるか! だいたいな、俺はてめーと違って来てやった立場なんだよ! 和風きのこに決定だ!」
「うわー、久々にムカついたー。んじゃ、なに? 俺が勝手に来たとでも言いたいのかよ?」
「まさしく勝手に来てんじゃねーか」
「明石ー、ちょーっと男前だからって、調子乗ってんじゃね? もっかい停学いっとくかー?」
「男前とかてめーにだけは言われたくねーんだよ。つーか、停学ごときでビビルかってんだ。不良舐めんじゃねーぞ」
「ぷっ、不良とか、何世紀前の人ですかー?」
「んだとー」
火花が飛びそうなほどに視線を交わす明石と藤村。
いつもならアキの希望がほぼ通る昼食のことで、どうしてここまで揉めないといけないのだろうか。
だいたい昼食を作るのはアッキーで、アッキーはアキのことを大切にしてくれていて、そもそもこの部屋の家主のひとりはアキであって……ああ、もう、何がなんだか分からなくなってきた!
「べしゃべしゃ! なの、のよーーーーー!!」
◆
そもそも三人が揉める原因の一端は、アッキーにだってあるとアキは思っている。
そのアッキーはというと、朝食が済んだ途端自室に引き篭もり、それから顔を見せようとはしない。
その理由をアキは知っている。
普段のアキならば、たまのお客様である藤村や明石の意を汲んでやろう、なんて考えるかもしれないくらいには気を使える。
だがしかしだ、ここ最近溜まりに溜まった鬱憤のせいで、さすがのアキもここで退くなどという気遣いができなくなっていた。
「だいたいね、オムライスにはデミグラスって決まってるでしょー」
「いつ誰がんなこと決めたってんだ?」
「今、俺が、決めたんだよっ」
本日の昼食は、グラタンの次くらいに大好きなオムライスを作ってくれることになっている。
それだって、ここのところまともに家事をやろうとしないアッキーに、アキがお願いしてやっと取り付けたことなのだ。
そう、そうなのだ、すべての原因はそこ!
三日ほど前に、図書室から本を借り受けてきたアッキーが、読書にのめり込んだのが事の発端。
何を考えているのやら、アッキーはその日、本を三冊も借りてきたのだ。
一気に、三冊。一冊がかなり太くて分厚くて、しかも重くて字が細かい本を、三冊も!!
アキからすれば、森羅万象あらゆることが記録されているというアカシックレコードを読み解くに等しい行為に他ならない。
しかも図書室の貸出期間は一週間と決まっている。
案の定、アッキーはすべての時間を読書に費やすことになった。
『アッキー、ぐうよ、ぐうなのよ』
初日、夕飯をねだるアキにアッキーは、
『ん……』
と一応は頷いてみせた。
待つこと数十分、ようやく台所に向かったアッキーは、大量に作り置きしているものを冷凍庫から取り出して、適当に炒め暖め食卓に並べた。
なんとなく味気なくて、ついでに嫌な予感も過ぎったりしたのだ。
予感は的中で、一心不乱に読書に邁進するアッキーのお陰で、ここのところまともな食事にありつけてはいない。
朝食は学食で、昼はパンを買い、夜は冷凍モノかこれまた学食へ。
とはいえ、その冷凍モノはこういうときのためにアッキーが作っておいたものばかりだったが、いかんせん、どうにも詰まらない食事ばかりが続いた。
今日だって、わざわざ明石を呼び出したというのに、パンとソーセージにサラダだけという超がつくほど簡単な朝食だったのだ。
いいかげん美味しいものを食べさせて欲しいと望むアキは、きっと間違ってはいない。
だから、昨日のうちにお願いしておいた。
ソファで熱心に本を読むアッキーに、明日のお昼はオムライスを作ってと真剣におねだりをした。
『ん』
という、またもや素っ気無い返事ではあったが、確かに交わした約束なのだ。
「俺は、オムライスはデミグラスって決めてんだよ」
「俺だって、和風きのこって決めてんだ」
おそらくはアキの相手として呼び出された明石と、突然マロンケーキを持って現れた藤村が、いつもとは違いまったく力のこもっていない朝食に呆気に取られていた席で、今日の昼食はオムライスだとアッキーが宣言したのが言い合いの始まりだった。
「えー、ハンバーグじゃないんだ。まいっか、デミグラス好きだし」
藤村の言葉に、ん? とばかりに、アキも明石も首を傾げた。
「え、あれ? 普通はデミグラスっしょ」
「普通ってんなら、きのこだろ?」
さも当然とばかりに返す明石に、今度は藤村とアキが首を傾げる。
「はぁ? なんだよきのこって?」
「和風きのこってのが、定番だろーが」
「はいぃぃ? 聞いたこともねーよ、そんな定番」
「どこの国の人間だ。和風きのこでさっぱりってのは、日本人なら当然だろうが」
「どこのジジイだよ。さっぱりしたいなら蕎麦でも食ってろ」
「んだとー」
たかがオムライスのソース、されどオムライスのソース。
アキの大好物はグラタンだが、そもそもアキがグラタン好きになった理由は、あの白いソースにあるのだ。
滑らかでいて濃厚で、こってりしているのに意外にくどくない白いソース。
アキは、オムライスには必ずそれをかけてもらう。鉄板なのだ。
ホワイトソースという名で覚えていたが、ベシャなんとかソースとも言うとアッキーが教えてくれた。
それ以来、美しき白雪の如しソースを、アキはそう呼び愛でている。
だから今日のオムライスだって、ベシャベシャソースをかけてくれるのだと信じていた。
それなのに……、
「手の込んだことはしないぞ」
そう言って、アッキーは自室に閉じこもってしまった。
それはつまり、ソースは一種類しか作らないということではないのか。
いつものアッキーなら、それぞれの好きなソースで作ってくれると断言できる。
彼は、それほどにマメな男だからだ。
しかし、今の彼は、読書の時間を削るような真似はしないだろう。
そう考えたのはアキだけではなかったようで、それから明石藤村アキによる、なんだかよくわからない舌戦の火蓋が切って落とされることとなったのだ。
こう見えて、アキはとても早起きだ。
平日の朝は、大好きな学校に行くために早起きする。
ゆっくりと顔を洗い、余裕をもって朝食を食べ、身長が伸びますようにと願いを込めて一気に飲み干す牛乳と、野菜不足を補うためにと用意された野菜ジュースをちびちび飲むというのが、アキの平日の朝。
野菜ジュースを飲み終わる前に、部屋を出ることになるのがほとんどだが。
休日の朝も、いつもと変わりなく早起きをする。
行動パターンは平日とさほど変わり映えはしないが、野菜ジュースを飲み干すという任務を完遂させなければならない。
朝から放送されているアニメを観ているうちに、知らぬ間になくなっているので、さほど困難なミッションではないのが救いだ。
それらすべてが終わったあとは、遊んだり遊んだり、そして昼食を食べて遊んだり寝たり、おやつを食べて寝たり遊んだりしてるうちに、休日は終了する。
平日も休日も、どちらも好きなアキにとっては、サ○エさん症候群など恐るるに足らず!
だがしかし、休日というだけで、平日よりもちょっぴりウキウキしてしまうアキなのであった。
そんなこんなで、ちょっぴりウキウキなはずの日曜日。
大好きなアニメを見終わり、さあ今日の昼食は何かな、なんて、気の早いことを考えるのがいつものパターンであるのだが、
「ぜーったいに、デミグラス!」
「和風きのこだ!」
「あ、ううう、べしゃべしゃなのよ!!」
朝も早くから血気盛んな三人の男たち。
平和な休日、最も安全である意味最も危険な伊藤家の室内にて何事かを揉めているのは、アッキーこと伊藤章の同居人にして、大切な身内ともいうべき存在のアキと、最近ではアキとよく遊んでくれる狼こと明石大雅に、なぜだかここのところよく顔を見せる我が学園のアイドルのひとりにして元役員様という肩書きを持つチャラさんこと藤村奏だ。
「なんでもかんでもコラボすりゃいいってもんじゃねーんだよ! 洋には洋!」
「てめっ、和風ハンバーグ食ってたの知ってんだぞ! つーか、オムライスは日本発祥の立派な和食だ!」
「あああ、ううう、べしゃべしゃ、なのよ、なのよ!!」
譲り合い精神がめっきり不足している三人は、猛烈に睨み合っていた。
アキの平和な休日に、突如として現れた明石と藤村の二人。
明石に関しては、アッキーが招待したので仕方ない。
藤村は……勝手にやって来た。でも、栗たっぷりマロンケーキを持ってきたから、許す。
「先輩の俺がデミグラスって言ったら、デミグラスなんだよ!」
「食い物に先輩も後輩もあるか! だいたいな、俺はてめーと違って来てやった立場なんだよ! 和風きのこに決定だ!」
「うわー、久々にムカついたー。んじゃ、なに? 俺が勝手に来たとでも言いたいのかよ?」
「まさしく勝手に来てんじゃねーか」
「明石ー、ちょーっと男前だからって、調子乗ってんじゃね? もっかい停学いっとくかー?」
「男前とかてめーにだけは言われたくねーんだよ。つーか、停学ごときでビビルかってんだ。不良舐めんじゃねーぞ」
「ぷっ、不良とか、何世紀前の人ですかー?」
「んだとー」
火花が飛びそうなほどに視線を交わす明石と藤村。
いつもならアキの希望がほぼ通る昼食のことで、どうしてここまで揉めないといけないのだろうか。
だいたい昼食を作るのはアッキーで、アッキーはアキのことを大切にしてくれていて、そもそもこの部屋の家主のひとりはアキであって……ああ、もう、何がなんだか分からなくなってきた!
「べしゃべしゃ! なの、のよーーーーー!!」
◆
そもそも三人が揉める原因の一端は、アッキーにだってあるとアキは思っている。
そのアッキーはというと、朝食が済んだ途端自室に引き篭もり、それから顔を見せようとはしない。
その理由をアキは知っている。
普段のアキならば、たまのお客様である藤村や明石の意を汲んでやろう、なんて考えるかもしれないくらいには気を使える。
だがしかしだ、ここ最近溜まりに溜まった鬱憤のせいで、さすがのアキもここで退くなどという気遣いができなくなっていた。
「だいたいね、オムライスにはデミグラスって決まってるでしょー」
「いつ誰がんなこと決めたってんだ?」
「今、俺が、決めたんだよっ」
本日の昼食は、グラタンの次くらいに大好きなオムライスを作ってくれることになっている。
それだって、ここのところまともに家事をやろうとしないアッキーに、アキがお願いしてやっと取り付けたことなのだ。
そう、そうなのだ、すべての原因はそこ!
三日ほど前に、図書室から本を借り受けてきたアッキーが、読書にのめり込んだのが事の発端。
何を考えているのやら、アッキーはその日、本を三冊も借りてきたのだ。
一気に、三冊。一冊がかなり太くて分厚くて、しかも重くて字が細かい本を、三冊も!!
アキからすれば、森羅万象あらゆることが記録されているというアカシックレコードを読み解くに等しい行為に他ならない。
しかも図書室の貸出期間は一週間と決まっている。
案の定、アッキーはすべての時間を読書に費やすことになった。
『アッキー、ぐうよ、ぐうなのよ』
初日、夕飯をねだるアキにアッキーは、
『ん……』
と一応は頷いてみせた。
待つこと数十分、ようやく台所に向かったアッキーは、大量に作り置きしているものを冷凍庫から取り出して、適当に炒め暖め食卓に並べた。
なんとなく味気なくて、ついでに嫌な予感も過ぎったりしたのだ。
予感は的中で、一心不乱に読書に邁進するアッキーのお陰で、ここのところまともな食事にありつけてはいない。
朝食は学食で、昼はパンを買い、夜は冷凍モノかこれまた学食へ。
とはいえ、その冷凍モノはこういうときのためにアッキーが作っておいたものばかりだったが、いかんせん、どうにも詰まらない食事ばかりが続いた。
今日だって、わざわざ明石を呼び出したというのに、パンとソーセージにサラダだけという超がつくほど簡単な朝食だったのだ。
いいかげん美味しいものを食べさせて欲しいと望むアキは、きっと間違ってはいない。
だから、昨日のうちにお願いしておいた。
ソファで熱心に本を読むアッキーに、明日のお昼はオムライスを作ってと真剣におねだりをした。
『ん』
という、またもや素っ気無い返事ではあったが、確かに交わした約束なのだ。
「俺は、オムライスはデミグラスって決めてんだよ」
「俺だって、和風きのこって決めてんだ」
おそらくはアキの相手として呼び出された明石と、突然マロンケーキを持って現れた藤村が、いつもとは違いまったく力のこもっていない朝食に呆気に取られていた席で、今日の昼食はオムライスだとアッキーが宣言したのが言い合いの始まりだった。
「えー、ハンバーグじゃないんだ。まいっか、デミグラス好きだし」
藤村の言葉に、ん? とばかりに、アキも明石も首を傾げた。
「え、あれ? 普通はデミグラスっしょ」
「普通ってんなら、きのこだろ?」
さも当然とばかりに返す明石に、今度は藤村とアキが首を傾げる。
「はぁ? なんだよきのこって?」
「和風きのこってのが、定番だろーが」
「はいぃぃ? 聞いたこともねーよ、そんな定番」
「どこの国の人間だ。和風きのこでさっぱりってのは、日本人なら当然だろうが」
「どこのジジイだよ。さっぱりしたいなら蕎麦でも食ってろ」
「んだとー」
たかがオムライスのソース、されどオムライスのソース。
アキの大好物はグラタンだが、そもそもアキがグラタン好きになった理由は、あの白いソースにあるのだ。
滑らかでいて濃厚で、こってりしているのに意外にくどくない白いソース。
アキは、オムライスには必ずそれをかけてもらう。鉄板なのだ。
ホワイトソースという名で覚えていたが、ベシャなんとかソースとも言うとアッキーが教えてくれた。
それ以来、美しき白雪の如しソースを、アキはそう呼び愛でている。
だから今日のオムライスだって、ベシャベシャソースをかけてくれるのだと信じていた。
それなのに……、
「手の込んだことはしないぞ」
そう言って、アッキーは自室に閉じこもってしまった。
それはつまり、ソースは一種類しか作らないということではないのか。
いつものアッキーなら、それぞれの好きなソースで作ってくれると断言できる。
彼は、それほどにマメな男だからだ。
しかし、今の彼は、読書の時間を削るような真似はしないだろう。
そう考えたのはアキだけではなかったようで、それから明石藤村アキによる、なんだかよくわからない舌戦の火蓋が切って落とされることとなったのだ。
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