2014年クリスマス
[イヴ2■アーちゃん]
さすがのアキラも全部は食い尽くせず、残った料理は明日に回すことにした。
アキラを先に風呂に行かせ、俺はその間後片付けだ。
残りをラップして冷蔵庫に仕舞い、ケーキ用の大皿――アキラ用だ――と小皿に、自分のツマミも用意しておく。
その後交代で風呂に入り、シャンパンをすっかり抜いてから戻ったリビングで、我が目を疑った。
「なんで飲んでんだよっ」
「きゃっ」
「きゃじゃねーよ。飲むなっつったよな」
ひたすらイベントアイテムを集めているアキラの傍らには、真っ赤な液体で満たされたワイングラスがあった。
ついでに、ほぼ食い終わったケーキも。
「少しくらいよいではないですか」
プッと拗ねた頬は、既に真っ赤になっていた。
だからといって酔ってるわけではないだろう。
こいつは三口ほどで赤くなる体質ってだけだからな。
アキラが酒に強いかといえば、どちらかというと強くはない。
じゃあ弱いのかというと、弱いわけでもなかった。
つまりほどほどに飲めるけど、ある程度で必ず酔うってこった。
だが深酔いするわけではなく、二日酔いとも無縁であり、当然のことながら記憶をなくすこともない。
ある意味、悪い酒ではないのだが、いかんせん、酔うと普段以上にとんでもないことをやらかしやすい。
「アーちゃんもお飲みになりますよね。そうそう、ケーキも持ってこなくては」
「あ、」
止める前に、アキラはサササッとキッチンに駆け込んで行った。
それくらい自分でするつもりだったんだけどな。
しかしあいつ、飲んだほうが運動神経よくなるんじゃないか?
すぐに一切れのケーキが乗った皿と俺が用意していたチーズ盛り合わせに、空っぽのワイングラスを持って戻ってくる。
「ささ、ぐいぐいーっと」
「おっさんか」
呂律はまだまだ大丈夫だが、それなりに気分は昂揚してらっしゃるようで。
こういう酔い方、俺もしてみたいね。
ワインが注がれたグラスを手にすれば、すかさずアキラが自分のグラスをぶつけてくる。
「乾杯です、乾杯」
「だから、おっさんか」
おもわずグラスを遠ざけたら、体ごとぶつかってきやがった。
「こぼれる」
「大丈夫ですよ」
何をもってして大丈夫なのかと、相手によっては問いただしたいところ。
アキラ相手に、そんな愚かなことはしないけど。
まだ酔ってない酔っ払いは放っておいて、俺は俺で安くも高くもないお手頃ワインを口に含む。
いちおうアキラを押しのけてみたが、即座に戻ってくる体はまったく言う事を聞きやしなかった。
体半分占領された状態で、どうやってゲームをしろと。
「アーちゃんは、暖かいですねー」
「風呂上りですから」
直後、冷たい感触が脇腹を襲い、悲鳴を上げそうになる。
アキラの手が、俺の肌に直接当てられたせいだ。
風呂に入ったし暖房だって効いてるのに、アキラの指先はすでに冷え切っている。
こいつは末端冷え性で、夏だろうと冬だろうと足先と指先だけはどうしても温もらない。
それを、わざわざ俺のシャツにもぐりこませてくんだから、始末におえないよな。
とはいえ、本人的には暖を取りたいだけだから、こちらも文句なんて言わないけどね。
特に冬場は、好きにやらせとく。
「アーちゃんは、いつもゴロゴロしてばかりで、運動もしていないというのに……」
暫く大人しくしていたアキラが、俺の腹をやたら触りながら呟いた。
ゴロゴロとか、とんでもない誤解だ。
「しょっちゅう駈けずり回ってるじゃん。主にダンジョンとかダンジョンとかフィールドとか」
「それはゲームのキャラがしていることでしょ。中の人は何もしておりませんよ」
「失敬な。指先動かしまくってるっつの」
「救いようのないおバカさんですね」
「……」
いつの間にか上に圧し掛かられて、いまいち身動きとれない状態に追いやられていた。
おいこら、本気でゲームさせない気だな。
仕方なく腕だけ伸ばして、ワインのおかわりをする。
こうなったら、飲むしかない。
アキラは俺の肩口に頭を乗せて、一見すればまるで寝ているかのようだった。
だがしかし、眼はパッチリと開いてやがる。
「車、呼ぼうか」
たったこれだけで、アキラは俺の意図をすんなりと読み取る。
「いりません」
東峰が今夜宿泊するホテルには、車ぶっ飛ばせばギリギリ日付が変わる前に着くだろう。
だけど、それはいやだと言われちまった。
寂しいんじゃねーかと気を使ったというのに、どうやらそうではないらしい。
「僕にはたくさんのものが不足していますねぇ」
「は?」
「いろんなものが足りないと言っているのです」
「え、いまさら?」
「むっ」
「たしかに不足してるよなー、倫理観とか倫理観とか倫理観とかが」
「んまっ、僕には倫理観がないとでも!?」
「ないない、全然ない。あんた、東峰以外にも簡単に股開きそうじゃん」
「そんなことしたことございませんよ。そうではなくて、僕にはテクニックが不足していると言っているのです。
それだけではなく、雅人を好きに扱えるほどの腕力もなければ筋力もない! せめて身長があれば、くっ、口惜しい!!」
「……あれ、まだやってたの、それ」
「当たり前ですよ!! いつまでもされる立場に甘んじるなどと、そのようなことあっていいわけございません。
僕も男なのです。雅人のアナルに突っ込みたいと考えるのは、必然なのです」
「アナルとか言うなっ。マジきもいんだよ」
「大事なことを話しているときに、きもいとかおっしゃらないでください」
「どこが大事よ。おもいっきり下ネタじゃねーか」
「んまっ」
アキラは反論してこなかった。
その代わりのように俺にしがみつき、呪いの言葉を吐き始める。
「胸筋、腹筋、そこそこイケメンのマスク。欲しいです。欲しいですー。せめてあと11センチ伸びてくれれば……。
ああでも、男の子は20歳すぎても成長期、まだまだ諦める必要は……」
「いや、そこは諦めろ」
「……来年の抱負も、今年と同じものにいたします」
「お好きにどうぞ……」
なんのこっちゃって声が聞こえてきそうな会話だよな。
つまりどういう意味かってーと……。
本音言うと、あんま話したくないんだけど、ま、仕方ねーか。
アキラと東峰は男同士のバカップル、いわゆるホモップルだ。
ホモップルがどんなセックスをするかといえば……あー、皆さん俺よりも詳しいだろうし、ここは省く。
ま、当然のごとくアキラさんが受けてるわけだが、アキラさんだっていちおう男の子なわけでして、好きな相手に突っ込みたい願望があるのよ。
だがしかし、東峰が、あの東峰が、そんなことをさせると思うか?
答えはノー。
だがこれまたしかし、アキラがすんなり諦めると思うか?
これも答えはノー。
現代的な倫理観ってのがゼロ、いやいや、マイナスのアキラさんは、ここで斜め上の発想を展開した。
つまるところ、ただ突っ込みたいだけだから、その辺の女性もしくは男性で済ませればいいんじゃないかと。
心さえ動いてなければ、それは東峰の言う浮気ではないってのは、いったいいつの時代のお人なんだか。
もちろん東峰がそんなことを許すはずもなく、で、苦渋の策としてとある案を提示した。
その内容とは、以下の通り。
『お前が俺よりもでかくなったら考えてやる』
ここで重要なのは"考えてやる"ってとこなわけだが、結構思いつめていたアキラさんは、深く考えることをせずにこの提案に乗ってしまった。
さすがは中等部に入った時点で、170センチまで伸びる予定で制服を購入したバカ。
『すぐに雅人より大きくなります』
と宣言していたが、その自信はいったいどこからくるのかと小一時間。
結局、皆さんご承知のようにアキラの成長は止まり、164センチから1ミリたりとて伸びていない。
たぶん、アキラ以外はこの結果が見えていたと思う。
さすがのアキラも全部は食い尽くせず、残った料理は明日に回すことにした。
アキラを先に風呂に行かせ、俺はその間後片付けだ。
残りをラップして冷蔵庫に仕舞い、ケーキ用の大皿――アキラ用だ――と小皿に、自分のツマミも用意しておく。
その後交代で風呂に入り、シャンパンをすっかり抜いてから戻ったリビングで、我が目を疑った。
「なんで飲んでんだよっ」
「きゃっ」
「きゃじゃねーよ。飲むなっつったよな」
ひたすらイベントアイテムを集めているアキラの傍らには、真っ赤な液体で満たされたワイングラスがあった。
ついでに、ほぼ食い終わったケーキも。
「少しくらいよいではないですか」
プッと拗ねた頬は、既に真っ赤になっていた。
だからといって酔ってるわけではないだろう。
こいつは三口ほどで赤くなる体質ってだけだからな。
アキラが酒に強いかといえば、どちらかというと強くはない。
じゃあ弱いのかというと、弱いわけでもなかった。
つまりほどほどに飲めるけど、ある程度で必ず酔うってこった。
だが深酔いするわけではなく、二日酔いとも無縁であり、当然のことながら記憶をなくすこともない。
ある意味、悪い酒ではないのだが、いかんせん、酔うと普段以上にとんでもないことをやらかしやすい。
「アーちゃんもお飲みになりますよね。そうそう、ケーキも持ってこなくては」
「あ、」
止める前に、アキラはサササッとキッチンに駆け込んで行った。
それくらい自分でするつもりだったんだけどな。
しかしあいつ、飲んだほうが運動神経よくなるんじゃないか?
すぐに一切れのケーキが乗った皿と俺が用意していたチーズ盛り合わせに、空っぽのワイングラスを持って戻ってくる。
「ささ、ぐいぐいーっと」
「おっさんか」
呂律はまだまだ大丈夫だが、それなりに気分は昂揚してらっしゃるようで。
こういう酔い方、俺もしてみたいね。
ワインが注がれたグラスを手にすれば、すかさずアキラが自分のグラスをぶつけてくる。
「乾杯です、乾杯」
「だから、おっさんか」
おもわずグラスを遠ざけたら、体ごとぶつかってきやがった。
「こぼれる」
「大丈夫ですよ」
何をもってして大丈夫なのかと、相手によっては問いただしたいところ。
アキラ相手に、そんな愚かなことはしないけど。
まだ酔ってない酔っ払いは放っておいて、俺は俺で安くも高くもないお手頃ワインを口に含む。
いちおうアキラを押しのけてみたが、即座に戻ってくる体はまったく言う事を聞きやしなかった。
体半分占領された状態で、どうやってゲームをしろと。
「アーちゃんは、暖かいですねー」
「風呂上りですから」
直後、冷たい感触が脇腹を襲い、悲鳴を上げそうになる。
アキラの手が、俺の肌に直接当てられたせいだ。
風呂に入ったし暖房だって効いてるのに、アキラの指先はすでに冷え切っている。
こいつは末端冷え性で、夏だろうと冬だろうと足先と指先だけはどうしても温もらない。
それを、わざわざ俺のシャツにもぐりこませてくんだから、始末におえないよな。
とはいえ、本人的には暖を取りたいだけだから、こちらも文句なんて言わないけどね。
特に冬場は、好きにやらせとく。
「アーちゃんは、いつもゴロゴロしてばかりで、運動もしていないというのに……」
暫く大人しくしていたアキラが、俺の腹をやたら触りながら呟いた。
ゴロゴロとか、とんでもない誤解だ。
「しょっちゅう駈けずり回ってるじゃん。主にダンジョンとかダンジョンとかフィールドとか」
「それはゲームのキャラがしていることでしょ。中の人は何もしておりませんよ」
「失敬な。指先動かしまくってるっつの」
「救いようのないおバカさんですね」
「……」
いつの間にか上に圧し掛かられて、いまいち身動きとれない状態に追いやられていた。
おいこら、本気でゲームさせない気だな。
仕方なく腕だけ伸ばして、ワインのおかわりをする。
こうなったら、飲むしかない。
アキラは俺の肩口に頭を乗せて、一見すればまるで寝ているかのようだった。
だがしかし、眼はパッチリと開いてやがる。
「車、呼ぼうか」
たったこれだけで、アキラは俺の意図をすんなりと読み取る。
「いりません」
東峰が今夜宿泊するホテルには、車ぶっ飛ばせばギリギリ日付が変わる前に着くだろう。
だけど、それはいやだと言われちまった。
寂しいんじゃねーかと気を使ったというのに、どうやらそうではないらしい。
「僕にはたくさんのものが不足していますねぇ」
「は?」
「いろんなものが足りないと言っているのです」
「え、いまさら?」
「むっ」
「たしかに不足してるよなー、倫理観とか倫理観とか倫理観とかが」
「んまっ、僕には倫理観がないとでも!?」
「ないない、全然ない。あんた、東峰以外にも簡単に股開きそうじゃん」
「そんなことしたことございませんよ。そうではなくて、僕にはテクニックが不足していると言っているのです。
それだけではなく、雅人を好きに扱えるほどの腕力もなければ筋力もない! せめて身長があれば、くっ、口惜しい!!」
「……あれ、まだやってたの、それ」
「当たり前ですよ!! いつまでもされる立場に甘んじるなどと、そのようなことあっていいわけございません。
僕も男なのです。雅人のアナルに突っ込みたいと考えるのは、必然なのです」
「アナルとか言うなっ。マジきもいんだよ」
「大事なことを話しているときに、きもいとかおっしゃらないでください」
「どこが大事よ。おもいっきり下ネタじゃねーか」
「んまっ」
アキラは反論してこなかった。
その代わりのように俺にしがみつき、呪いの言葉を吐き始める。
「胸筋、腹筋、そこそこイケメンのマスク。欲しいです。欲しいですー。せめてあと11センチ伸びてくれれば……。
ああでも、男の子は20歳すぎても成長期、まだまだ諦める必要は……」
「いや、そこは諦めろ」
「……来年の抱負も、今年と同じものにいたします」
「お好きにどうぞ……」
なんのこっちゃって声が聞こえてきそうな会話だよな。
つまりどういう意味かってーと……。
本音言うと、あんま話したくないんだけど、ま、仕方ねーか。
アキラと東峰は男同士のバカップル、いわゆるホモップルだ。
ホモップルがどんなセックスをするかといえば……あー、皆さん俺よりも詳しいだろうし、ここは省く。
ま、当然のごとくアキラさんが受けてるわけだが、アキラさんだっていちおう男の子なわけでして、好きな相手に突っ込みたい願望があるのよ。
だがしかし、東峰が、あの東峰が、そんなことをさせると思うか?
答えはノー。
だがこれまたしかし、アキラがすんなり諦めると思うか?
これも答えはノー。
現代的な倫理観ってのがゼロ、いやいや、マイナスのアキラさんは、ここで斜め上の発想を展開した。
つまるところ、ただ突っ込みたいだけだから、その辺の女性もしくは男性で済ませればいいんじゃないかと。
心さえ動いてなければ、それは東峰の言う浮気ではないってのは、いったいいつの時代のお人なんだか。
もちろん東峰がそんなことを許すはずもなく、で、苦渋の策としてとある案を提示した。
その内容とは、以下の通り。
『お前が俺よりもでかくなったら考えてやる』
ここで重要なのは"考えてやる"ってとこなわけだが、結構思いつめていたアキラさんは、深く考えることをせずにこの提案に乗ってしまった。
さすがは中等部に入った時点で、170センチまで伸びる予定で制服を購入したバカ。
『すぐに雅人より大きくなります』
と宣言していたが、その自信はいったいどこからくるのかと小一時間。
結局、皆さんご承知のようにアキラの成長は止まり、164センチから1ミリたりとて伸びていない。
たぶん、アキラ以外はこの結果が見えていたと思う。