2014年クリスマス
[イヴ■アーちゃん]
クリスマスが聖夜でなく性夜と化したのは、いつからだろう?
さすがの俺でも、知らん。
とにもかくにも、我が国の悪しき文化の一つになったイベントは、本日24日に最高潮の盛り上がりをみせることになる。
うちの学園のホモどもは、浮かれまくってるしね。
ホモではない彼女持ちも当然のごとく浮かれていて、一人身の男たちからすればリア充爆発しろと叫びたくなるのも道理だ。
とはいえ俺たちには、まったくもって関係ない。
「アーちゃん、ローストチキンは何羽お食べになりますか?」
クリスマスの定番ローストチキンは、羽単位で食うものじゃないと何回言ったら分かってくれるんだろうか。
つーか、既に3羽用意してんのに、ここで俺が4羽と言ったらどうすんの?
「モモの部分だけで結構です」
「んま、僕にモモを食べさせないおつもりですか」
「一羽分のモモだけで結構ですっ」
「それぞれ味が違うのですよ」
「じゃ、ちょっとずついただきます」
「分かりました」
食卓に並ぶのは、なにもチキンだけってわけじゃない。
たった二人だけだというのに、まるでパーティかってほどの量になるんだからな。
しかもケーキまでもが三つとか……考えるだけで胸焼けしてきた。
「雅人たちも、今夜はさぞかし美味しいものをいただくのでしょうね」
「無理でしょ。食ってる暇なんてないだろうし」
「食べるほうに専念すればよいことです」
だから無理だっつの。
良家のボンボンで将来の御当主様に内定してるやつらってのは、この時期はどうしても忙しくなる。
東峰は中等部時代からそうだったけど、今年は葛西もどこぞのパーティに出席中とのことだった。
ついでにいうと、藤村もそうらしい。
だからアキラは、クリスマスイブの夜を東峰とすごしたことがない。
だがまぁ、ラッキーというかアキラらしいというか、こいつはイベント事や記念日には一切関心がないからね。
イチャイチャしたければしたいときにすればいい、わざわざイベントにかこつける必要性が分からないってのは常々語っていることだ。
かく言う俺もそういうのが理解できないタイプだし、東峰だってそう。
なんともお似合いのバカップルだよな。
だというのに、なぜか食い物だけはイベントに合わせやがる。
堂々豪勢なものを食べまくれる免罪符程度の扱いなんだろうな。
「シャンパンを冷やしておいてくださいよ。どうせあなたが飲むのですから」
「はいはいはい」
冷蔵庫に入りきらないシャンパンを、ベランダに出しに行く。
う、寒い。
ベランダには既にケーキが置かれているが、これは午前中に俺が取りに行ったものだ。
ローストチキンやオードブル関連、その他大半のものは、奥院の厨房係が作ったのを持ち込んだ。
どうしても汁物も欲しいと言い出したアキラが、クラムチャウダーを作っているが、これといって俺がしなきゃならないことはない。
夜までボーっとするのもありだが、なんとなく台所でアキラと話し込むことにした。
「アッくんたちは、向こうに着きましたかね」
「あ? ああ、もうそろそろ着くんじゃない」
「ご家族とクリスマス、実に楽しそうですね」
「アッキーとアキまで誘ってくれるとは、ホント気のいい家族だよな」
「そうですね……」
「なに?」
アキラが俺の顔をジッと見ていた。
鍋いっぱいのクラムチャウダーはほぼ出来上がってるから、最後に味見でもさせるつもりかな?
「アーちゃんも、行けばよろしかったのに」
「どこに?」
「アッくんのご家族とのパーティですよ。誘われましたでしょ」
「あんたもね」
「さすがの僕でも、いきなり食事付きのご招待を受けるわけにはいきませんよ。ましてや先方がご用意なさるというお話でしたしね」
「そりゃそうだわな。いくらアッくんが説明してても、ローストチキン三羽も食ったら、さすがにあちらさんも腰抜かす」
「ですから遠慮したのです」
プッと膨れた両頬を指で挟んでやったら、尖っていた唇がますます前に突き出されて笑えた。
さながらアヒルの唇だが、どうにもアヒル口という可愛い響きが似合わないご面相だ。
「むぎゅ」
「つまんねーこと気にすんのね」
「ちゅまりゃにゃくありましぇんよ(つまらなくありませんよ)」
「つまんねーよ。まともな人間を避けようだなんて思考、俺には理解不能だわ」
「ちがいましゅっ(違います)」
「違わねー。お前はアッくんの家族を汚したくねーって思ってんだ」
「ちがいましゅっ(違います)」
「だから違わねー。いいか、お前がどう足掻いても、葛西と関わった以上、いやでもグレーゾーンに立ってんだ。
いまさらお前ごときの汚れがどーのなんて、気にするレベルじゃねーんだよ」
「……」
「でなきゃ俺だって、あちらさんとほいほい接触しねーよ」
「アーひゃんは、ちがいましゅ。アッヒーも、アヒも(アーちゃんは、違います。アッキーも、アキも)」
「だから違わないって何回言わすの?」
「まりゃ、しゃんかいでしゅよ(まだ、三回ですよ)」
「そういうことを言ってんじゃねー」
指先に一旦力を込めてから、いきおいよく手を放した。
「ひゃっ」
咄嗟のことにアキラはバランスを崩し、俺の胸にポテッと倒れこんでくる。
運動神経と反射神経を担保に出してるやつは、この程度でも簡単にふらつきやがる。
「つまんねーことに拘って、ご友人の家族を蔑ろにすんなって言ってんの」
「蔑ろ? そのようなこと考えたこともございませんよ」
「そう? 俺にはそんな考えがありありと見えますけど」
「どのあたりがそう見えるのですか?」
「なんだかんだ言って、お前はあちらとこちらの格差ってやつに縛られてんだよ。自分は遥か高みにおわす存在で、あちらさんは庶民ってな具合にね」
「そ、そんなことっ」
「思ってないってんなら、普通のお付き合いくらいできるでしょ」
「……いいんでしょうか?」
「アッくんがそれを望んでて、お前もそれを望むってんならな」
「友人としてご挨拶するのは、許されるものなのですね。普通ならば」
「普通ならね」
アキラはまだ少し戸惑いつつも、どこか嬉しそうな顔をしていた。
当たり前のようにアッくんと付き合えば、自然とあちらの家族とも交流ができる。
そんな誰しもが経験するだろうことを、アキラが避けていたなんてことは、アッくんには言えないな。
「あ、今回は断って当然だからな。食い物メインの現場で初対面とかありえねーし」
「もうっ、分かっております。いくら僕でも、それくらいの判断はできますよ。猫を被るのも忘れません」
「だったら安心だ。今度誘われたら、友人として遊びに行きゃーいいじゃん」
「アーちゃんのお家に初めてお邪魔したときのように、ですね」
「そうそう、そんな感じで。利香ちゃん、可愛いよ」
「ふふ、今回アーちゃんが断ったせいで、理不尽にもアッくんを責めていたようですよ。どうやら利香ちゃんは、アーちゃんにお熱のようですね」
「物珍しさからでしょ。あの年にはありがちだ」
「そうですね。しょせん喪男童貞野郎ですし、物珍しさからというのが正解でしょう」
「……」
二人きりのクリスマスイブ。
食事だけはそれっぽいのに、それ以外はまるっきり普段と変わらない。
サンタのコスプレをするでもなく、クラッカーを鳴らすでもなく、ジングルベルも歌わなければツリーすらない室内で、見てるだけで腹が膨れるほどの料理を前に二人だけで乾杯をした。
俺はシャンパン、アキラはジュースで。
「アーちゃん、ケーキは何個お食べになりますか?」
言っとくが、まだケーキの段階じゃない。
普通に晩飯を食い始めたところで、もうそっちの心配かよ。
俺の返事によって食う量を増減するつもりなんだろうが、ここで間違えてはいけないのが答え方だ。
最初の頃、それで大失敗をやらかしたからな。
「一切れ」
「おや、相変わらず小食ですね」
「普通です」
一個と答えて丸々ワンホール出されたのは、いまとなっては苦い思い出だ。
「食べ終わったらお風呂に入って、それからゆっくりとケーキをいただきましょうね」
「はいはい」
「あ、お酒ばかりはダメですよ。お食事もちゃんとなさってくださいね」
「はいはい」
プレゼント交換なんてあるわけもない、いつもの夕食。
違うといえば、堂々シャンパンが飲めて、デザートにケーキが待ってるってくらいだな。
「今夜も、ゲームをなさるのですか?」
「クリスマスイベントやってるからねー」
「僕もお手伝いしますね」
「え……」
たまにだが、アキラだってゲームをする。
だからおかしなことは言ってない。
なのに、ちょっとだけ嫌な予感がしたんですが。
俺のこの手の勘は、たいがい当たるからなぁ……。
クリスマスが聖夜でなく性夜と化したのは、いつからだろう?
さすがの俺でも、知らん。
とにもかくにも、我が国の悪しき文化の一つになったイベントは、本日24日に最高潮の盛り上がりをみせることになる。
うちの学園のホモどもは、浮かれまくってるしね。
ホモではない彼女持ちも当然のごとく浮かれていて、一人身の男たちからすればリア充爆発しろと叫びたくなるのも道理だ。
とはいえ俺たちには、まったくもって関係ない。
「アーちゃん、ローストチキンは何羽お食べになりますか?」
クリスマスの定番ローストチキンは、羽単位で食うものじゃないと何回言ったら分かってくれるんだろうか。
つーか、既に3羽用意してんのに、ここで俺が4羽と言ったらどうすんの?
「モモの部分だけで結構です」
「んま、僕にモモを食べさせないおつもりですか」
「一羽分のモモだけで結構ですっ」
「それぞれ味が違うのですよ」
「じゃ、ちょっとずついただきます」
「分かりました」
食卓に並ぶのは、なにもチキンだけってわけじゃない。
たった二人だけだというのに、まるでパーティかってほどの量になるんだからな。
しかもケーキまでもが三つとか……考えるだけで胸焼けしてきた。
「雅人たちも、今夜はさぞかし美味しいものをいただくのでしょうね」
「無理でしょ。食ってる暇なんてないだろうし」
「食べるほうに専念すればよいことです」
だから無理だっつの。
良家のボンボンで将来の御当主様に内定してるやつらってのは、この時期はどうしても忙しくなる。
東峰は中等部時代からそうだったけど、今年は葛西もどこぞのパーティに出席中とのことだった。
ついでにいうと、藤村もそうらしい。
だからアキラは、クリスマスイブの夜を東峰とすごしたことがない。
だがまぁ、ラッキーというかアキラらしいというか、こいつはイベント事や記念日には一切関心がないからね。
イチャイチャしたければしたいときにすればいい、わざわざイベントにかこつける必要性が分からないってのは常々語っていることだ。
かく言う俺もそういうのが理解できないタイプだし、東峰だってそう。
なんともお似合いのバカップルだよな。
だというのに、なぜか食い物だけはイベントに合わせやがる。
堂々豪勢なものを食べまくれる免罪符程度の扱いなんだろうな。
「シャンパンを冷やしておいてくださいよ。どうせあなたが飲むのですから」
「はいはいはい」
冷蔵庫に入りきらないシャンパンを、ベランダに出しに行く。
う、寒い。
ベランダには既にケーキが置かれているが、これは午前中に俺が取りに行ったものだ。
ローストチキンやオードブル関連、その他大半のものは、奥院の厨房係が作ったのを持ち込んだ。
どうしても汁物も欲しいと言い出したアキラが、クラムチャウダーを作っているが、これといって俺がしなきゃならないことはない。
夜までボーっとするのもありだが、なんとなく台所でアキラと話し込むことにした。
「アッくんたちは、向こうに着きましたかね」
「あ? ああ、もうそろそろ着くんじゃない」
「ご家族とクリスマス、実に楽しそうですね」
「アッキーとアキまで誘ってくれるとは、ホント気のいい家族だよな」
「そうですね……」
「なに?」
アキラが俺の顔をジッと見ていた。
鍋いっぱいのクラムチャウダーはほぼ出来上がってるから、最後に味見でもさせるつもりかな?
「アーちゃんも、行けばよろしかったのに」
「どこに?」
「アッくんのご家族とのパーティですよ。誘われましたでしょ」
「あんたもね」
「さすがの僕でも、いきなり食事付きのご招待を受けるわけにはいきませんよ。ましてや先方がご用意なさるというお話でしたしね」
「そりゃそうだわな。いくらアッくんが説明してても、ローストチキン三羽も食ったら、さすがにあちらさんも腰抜かす」
「ですから遠慮したのです」
プッと膨れた両頬を指で挟んでやったら、尖っていた唇がますます前に突き出されて笑えた。
さながらアヒルの唇だが、どうにもアヒル口という可愛い響きが似合わないご面相だ。
「むぎゅ」
「つまんねーこと気にすんのね」
「ちゅまりゃにゃくありましぇんよ(つまらなくありませんよ)」
「つまんねーよ。まともな人間を避けようだなんて思考、俺には理解不能だわ」
「ちがいましゅっ(違います)」
「違わねー。お前はアッくんの家族を汚したくねーって思ってんだ」
「ちがいましゅっ(違います)」
「だから違わねー。いいか、お前がどう足掻いても、葛西と関わった以上、いやでもグレーゾーンに立ってんだ。
いまさらお前ごときの汚れがどーのなんて、気にするレベルじゃねーんだよ」
「……」
「でなきゃ俺だって、あちらさんとほいほい接触しねーよ」
「アーひゃんは、ちがいましゅ。アッヒーも、アヒも(アーちゃんは、違います。アッキーも、アキも)」
「だから違わないって何回言わすの?」
「まりゃ、しゃんかいでしゅよ(まだ、三回ですよ)」
「そういうことを言ってんじゃねー」
指先に一旦力を込めてから、いきおいよく手を放した。
「ひゃっ」
咄嗟のことにアキラはバランスを崩し、俺の胸にポテッと倒れこんでくる。
運動神経と反射神経を担保に出してるやつは、この程度でも簡単にふらつきやがる。
「つまんねーことに拘って、ご友人の家族を蔑ろにすんなって言ってんの」
「蔑ろ? そのようなこと考えたこともございませんよ」
「そう? 俺にはそんな考えがありありと見えますけど」
「どのあたりがそう見えるのですか?」
「なんだかんだ言って、お前はあちらとこちらの格差ってやつに縛られてんだよ。自分は遥か高みにおわす存在で、あちらさんは庶民ってな具合にね」
「そ、そんなことっ」
「思ってないってんなら、普通のお付き合いくらいできるでしょ」
「……いいんでしょうか?」
「アッくんがそれを望んでて、お前もそれを望むってんならな」
「友人としてご挨拶するのは、許されるものなのですね。普通ならば」
「普通ならね」
アキラはまだ少し戸惑いつつも、どこか嬉しそうな顔をしていた。
当たり前のようにアッくんと付き合えば、自然とあちらの家族とも交流ができる。
そんな誰しもが経験するだろうことを、アキラが避けていたなんてことは、アッくんには言えないな。
「あ、今回は断って当然だからな。食い物メインの現場で初対面とかありえねーし」
「もうっ、分かっております。いくら僕でも、それくらいの判断はできますよ。猫を被るのも忘れません」
「だったら安心だ。今度誘われたら、友人として遊びに行きゃーいいじゃん」
「アーちゃんのお家に初めてお邪魔したときのように、ですね」
「そうそう、そんな感じで。利香ちゃん、可愛いよ」
「ふふ、今回アーちゃんが断ったせいで、理不尽にもアッくんを責めていたようですよ。どうやら利香ちゃんは、アーちゃんにお熱のようですね」
「物珍しさからでしょ。あの年にはありがちだ」
「そうですね。しょせん喪男童貞野郎ですし、物珍しさからというのが正解でしょう」
「……」
二人きりのクリスマスイブ。
食事だけはそれっぽいのに、それ以外はまるっきり普段と変わらない。
サンタのコスプレをするでもなく、クラッカーを鳴らすでもなく、ジングルベルも歌わなければツリーすらない室内で、見てるだけで腹が膨れるほどの料理を前に二人だけで乾杯をした。
俺はシャンパン、アキラはジュースで。
「アーちゃん、ケーキは何個お食べになりますか?」
言っとくが、まだケーキの段階じゃない。
普通に晩飯を食い始めたところで、もうそっちの心配かよ。
俺の返事によって食う量を増減するつもりなんだろうが、ここで間違えてはいけないのが答え方だ。
最初の頃、それで大失敗をやらかしたからな。
「一切れ」
「おや、相変わらず小食ですね」
「普通です」
一個と答えて丸々ワンホール出されたのは、いまとなっては苦い思い出だ。
「食べ終わったらお風呂に入って、それからゆっくりとケーキをいただきましょうね」
「はいはい」
「あ、お酒ばかりはダメですよ。お食事もちゃんとなさってくださいね」
「はいはい」
プレゼント交換なんてあるわけもない、いつもの夕食。
違うといえば、堂々シャンパンが飲めて、デザートにケーキが待ってるってくらいだな。
「今夜も、ゲームをなさるのですか?」
「クリスマスイベントやってるからねー」
「僕もお手伝いしますね」
「え……」
たまにだが、アキラだってゲームをする。
だからおかしなことは言ってない。
なのに、ちょっとだけ嫌な予感がしたんですが。
俺のこの手の勘は、たいがい当たるからなぁ……。