2013年お正月
[双六対決]
「あい、アキ、なのよ、ごいのよ」
翡翠の駒をあがりのマスに置き、アキが両手を上げて勝利宣言をした。
「……」
アキラの沈黙が痛い。
1位が決まった時点で一番あがりに近い人から順に2位、3位としていくと決めていた。
アッキー、アーちゃん、僕と続いて、一番ふりだしに近い……というか、ふりだしから10マスしか進んでいないアキラが、最初のビリになった。
アキがあがりの前に引いた札の指示が、誰かをふりだしまで戻せる、というもので、そのとき一番手を走っていたアキラを選だせいだ。
「よっしゃ、次次」
アーちゃんの言葉に、全員が駒をふりだしに移動させた。
双六は個人の特性に左右されない遊戯だからか、とても穏やかな雰囲気で進行している。
最初のゲームで一番だったアキが、まずは二個のサイコロを振った。
「う、あ、あ、あい、あう、さん、なのよ」
「三番、読み上げます」
アキの止まったマスに書かれた数字と同じ箱から、女性が札を取り出した。
上品でそつのない彼女たちが、耳に心地好い声で札を読み上げてくれる。
「7マス進み、その場の指示に従う。で、ございます」
「あい、なの」
アキの進んだ先には、五と書かれていた。
指示に従うってことだから、当然これも札が引かれることになる。
「五番、読み上げます。……あがり、でございます」
「え…?」
「はぁ!?」
「即あがりの札が一枚だけありましたね……」
「……」
「あい、なのよ」
二回戦は、アキ以外はサイコロを振ることもなく終了しました。
「アキ、なのよ、ごいのよー」
高らかに勝利を叫ぶアキに、アキラとアーちゃんとアッキーの眉がピクリと動く。
「つ、次、やろうよ」
なんとなく嫌な予感がしてきて、空気を変えるために提案した。
「だね、次いこうか」
「ああ」
「そうですね。次と参りましょう」
「あい」
終了ごとに札はすべて混ぜられて、また適当に箱へと入れられる。
100枚以上はありそうな札の中に、たった一枚しかないという"あがり"の札。
どうしてか、とても胸がざわつきます。
「ふふ、僕が一番になる可能性が高いですね」
三回目の終わりが見え始めた頃、アキラが嬉しそうに口にした。
アキラは現在トップだ。
あがりに必要な数字は"8"。
アキラの性格上ズルをしてるとは思えないけど、アキラはとにかく大きな数字を出して、どんどん前に進んでいた。
もしかして、意外に運がいいのかもしれない。
二番手はアキで、あがりに必要な数字は"12"。
さすがに6のぞろ目なんて、ちょっと無理っぽいかな。
「うう、ああ、うっ」
アキが振る番がやってきた。
願いを込めるように、ぎゅっとサイコロを握り締め、その後ぽいっと盤に投げる。
「えええっ」
アキラの叫びが、なんとも虚しい……。
「う、あ、あい、なの、ごいのよ、アキ、ごいのよー」
盤の上に転がった、見事に6と6が出揃ったサイコロが、なぜだか物悲しく映える。
「よ、よくあることだよ」
「そうそう、あるある」
「そうだな、よくある話だ」
「そ、そうですよね……」
一応皆が納得はしてくれたけど、どこか空々しく感じるのは、きっと気のせいだ。
なんとも言えない気配が漂う中、四回戦目がスタートした。
「げっ、まーた一回休みかよっ」
うんざりしたアーちゃんの発言に、全員がぷっと吹き出した。
アーちゃんにしてもアッキーにしても、もちろん僕もアキラも例外なく、嫌な指示には何度も当たっている。
その中でも、アーちゃんの一回休みの引きの強さは際立っていた。
あれ、そういえばアキって何か酷い指示ってあったかな?
アーちゃんの後にはアキが振り、札からの指示でその場で一句披露した。
「ううあううー、なののよのよのー、あううのよー……」
素晴らしき出来に全員で拍手を送り、続いてアキラが笑顔でサイコロを振った。
そして札が読み上げられる。
「5マス進むでございます」
「5マス……うーん、嫌な感じで進んでしまいましたね」
やっぱり大きな数字ばかりを出して進んでいたアキラは、またもや現在トップとなっている。
そして、既にあがり目前となっていた。
「残り2マスとか、微妙ー」
クククとアーちゃんが笑った。
あがるためには"2"を出す必要がある。
オーバーした分はバックすることになってるからね。
なんとなくだけど、"1"のぞろ目って出にくいイメージだ。
「まぁ、なんとかなるでしょう」
続いてアッキー、僕とサイコロを振り、アッキーは何もつけずにお餅を食べて、僕は生まれて初めて琴を奏でることになった。
「はい、アキの番だよ」
「あい、なのよ」
アキは現在ビリで、一番のアキラとはかなり差が開いている。
これは、よほどのことがない限り、アキの1位はなさそうだと、どこか安心している僕がいた。
「読み上げます。一番進んでいる駒と場所を入れ替える、でございます」
「えええ、そんなっ」
アキラの驚きに満ち満ちた声に、誰もが気の毒そうに息をついた。
ど、どうしてこうなるんだろう……。
「あい、なのよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。ひ、酷いですっ」
「うーん、こればっかりはねー」
「諦めろ」
「ア、アキラ……」
本当に、本当にアキラが可哀想になってきてしまった。
でも、アキがアキラの場所に移動したせいで、アキがあがるためには、"2"を出す必要がある。
"1"のぞろ目なんて、そうそう出ないよね。
そして無事に一巡し、アキの振るサイコロに皆の視線が集中した。
"1"のぞろ目なんて、そうそう出ないものなんだ。
「あ、う、あい、なのよ」
コロンと転がる二つのサイコロ。
サイコロの"1"の部分を赤く塗るようになったのは最近のことだと、双六を始める前にアキラが教えてくれたっけ。
僕の目に映る点が両方ともに黒いのは、それだけこのサイコロが時代を経ているってことの証なんだよね……。
双六は、既に8回戦目に突入していた。
それまでの結果は……語る必要もないよね。
途中まではほぼトップを走るアキラは、最後は必ずアキに負ける。
そんなパターンばかりが続いていて、アキラを筆頭に皆の目がだんだんと血走ってきていた。
もう穏やかなんて言ってられない雰囲気です。
ああ、今度こそアキ以外が1位になりますように。
「フ、フフフ、今回こそ私が」
現在あがりに一番近い彼は、もう僕の知っているアキラではないのかもしれない。
「好きな駒を5マス戻す、でございます」
「よし、貴様だ」
「あうう」
アーちゃんが固い表情でアキの駒を5マス戻した。
ねぇ、まだアーちゃんって呼んでいいのかな?
「一回休み、でございます」
「ちっ」
アッキーは普段とあまり変わりないのかな?
「あ、ぼ、僕、だよね……」
息が詰まりそうな空気の中、サイコロを振った。
「好きな駒をふりだしに戻す、でございます」
その時全員の、まさしく全員の目が僕へと釘付けになった。
い、痛い、視線がとてつもなく痛い。
「え、えっと……」
セオリー通りなら、一番手を戻すとこだよね。
横目でちらりとアキラを見ると、奈落で相対したときそのままの瞳が、ジッと僕を見詰め返してきた。
「ア、アーちゃんの……」
「はぁ?」
普段はどことなく全員からいじられる立場の彼が、なんとも冷たい目で僕を見た。
「ア……」
ッキー、とは続けられなかった。
「ア、アキのっ」
もうこうなったらやけだ!
「あ、あうあっ」
アキの悲痛な叫びも、僕は耳を閉ざし聞こえないフリをした。
許して、アキ!!
三番手につけていたアキをふりだしに戻したことで、1位になる可能性はほぼ絶たれただろう。
ほんの少しばかり軽くなった場の空気に、僕はホッと息をついた。
罪悪感からアキの顔をまともに見れず、俯きながらアキがサイコロを振るのを見守った。
アキは、まさにどん底からのスタートだ。
「あう、よん、なのよ」
「四番、読み上げます。…………」
「どうしたっ、早く読まぬかっ」
ア、アキラ……。
「早く読めっ」
ア、アーちゃん……。
「早くしろっ」
アッキーまで……。
ねぇ、これって遊びだよね。
「……あ、あがり、でございま、」
その瞬間、彼はかつてないほどの俊敏さを発揮した。
アキラにも反射神経があったのだと、心のどこかで感動している僕は、現実から逃避してるのかもしれない。
「あい、アキ、なのよ、ごいのよ」
翡翠の駒をあがりのマスに置き、アキが両手を上げて勝利宣言をした。
「……」
アキラの沈黙が痛い。
1位が決まった時点で一番あがりに近い人から順に2位、3位としていくと決めていた。
アッキー、アーちゃん、僕と続いて、一番ふりだしに近い……というか、ふりだしから10マスしか進んでいないアキラが、最初のビリになった。
アキがあがりの前に引いた札の指示が、誰かをふりだしまで戻せる、というもので、そのとき一番手を走っていたアキラを選だせいだ。
「よっしゃ、次次」
アーちゃんの言葉に、全員が駒をふりだしに移動させた。
双六は個人の特性に左右されない遊戯だからか、とても穏やかな雰囲気で進行している。
最初のゲームで一番だったアキが、まずは二個のサイコロを振った。
「う、あ、あ、あい、あう、さん、なのよ」
「三番、読み上げます」
アキの止まったマスに書かれた数字と同じ箱から、女性が札を取り出した。
上品でそつのない彼女たちが、耳に心地好い声で札を読み上げてくれる。
「7マス進み、その場の指示に従う。で、ございます」
「あい、なの」
アキの進んだ先には、五と書かれていた。
指示に従うってことだから、当然これも札が引かれることになる。
「五番、読み上げます。……あがり、でございます」
「え…?」
「はぁ!?」
「即あがりの札が一枚だけありましたね……」
「……」
「あい、なのよ」
二回戦は、アキ以外はサイコロを振ることもなく終了しました。
「アキ、なのよ、ごいのよー」
高らかに勝利を叫ぶアキに、アキラとアーちゃんとアッキーの眉がピクリと動く。
「つ、次、やろうよ」
なんとなく嫌な予感がしてきて、空気を変えるために提案した。
「だね、次いこうか」
「ああ」
「そうですね。次と参りましょう」
「あい」
終了ごとに札はすべて混ぜられて、また適当に箱へと入れられる。
100枚以上はありそうな札の中に、たった一枚しかないという"あがり"の札。
どうしてか、とても胸がざわつきます。
「ふふ、僕が一番になる可能性が高いですね」
三回目の終わりが見え始めた頃、アキラが嬉しそうに口にした。
アキラは現在トップだ。
あがりに必要な数字は"8"。
アキラの性格上ズルをしてるとは思えないけど、アキラはとにかく大きな数字を出して、どんどん前に進んでいた。
もしかして、意外に運がいいのかもしれない。
二番手はアキで、あがりに必要な数字は"12"。
さすがに6のぞろ目なんて、ちょっと無理っぽいかな。
「うう、ああ、うっ」
アキが振る番がやってきた。
願いを込めるように、ぎゅっとサイコロを握り締め、その後ぽいっと盤に投げる。
「えええっ」
アキラの叫びが、なんとも虚しい……。
「う、あ、あい、なの、ごいのよ、アキ、ごいのよー」
盤の上に転がった、見事に6と6が出揃ったサイコロが、なぜだか物悲しく映える。
「よ、よくあることだよ」
「そうそう、あるある」
「そうだな、よくある話だ」
「そ、そうですよね……」
一応皆が納得はしてくれたけど、どこか空々しく感じるのは、きっと気のせいだ。
なんとも言えない気配が漂う中、四回戦目がスタートした。
「げっ、まーた一回休みかよっ」
うんざりしたアーちゃんの発言に、全員がぷっと吹き出した。
アーちゃんにしてもアッキーにしても、もちろん僕もアキラも例外なく、嫌な指示には何度も当たっている。
その中でも、アーちゃんの一回休みの引きの強さは際立っていた。
あれ、そういえばアキって何か酷い指示ってあったかな?
アーちゃんの後にはアキが振り、札からの指示でその場で一句披露した。
「ううあううー、なののよのよのー、あううのよー……」
素晴らしき出来に全員で拍手を送り、続いてアキラが笑顔でサイコロを振った。
そして札が読み上げられる。
「5マス進むでございます」
「5マス……うーん、嫌な感じで進んでしまいましたね」
やっぱり大きな数字ばかりを出して進んでいたアキラは、またもや現在トップとなっている。
そして、既にあがり目前となっていた。
「残り2マスとか、微妙ー」
クククとアーちゃんが笑った。
あがるためには"2"を出す必要がある。
オーバーした分はバックすることになってるからね。
なんとなくだけど、"1"のぞろ目って出にくいイメージだ。
「まぁ、なんとかなるでしょう」
続いてアッキー、僕とサイコロを振り、アッキーは何もつけずにお餅を食べて、僕は生まれて初めて琴を奏でることになった。
「はい、アキの番だよ」
「あい、なのよ」
アキは現在ビリで、一番のアキラとはかなり差が開いている。
これは、よほどのことがない限り、アキの1位はなさそうだと、どこか安心している僕がいた。
「読み上げます。一番進んでいる駒と場所を入れ替える、でございます」
「えええ、そんなっ」
アキラの驚きに満ち満ちた声に、誰もが気の毒そうに息をついた。
ど、どうしてこうなるんだろう……。
「あい、なのよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。ひ、酷いですっ」
「うーん、こればっかりはねー」
「諦めろ」
「ア、アキラ……」
本当に、本当にアキラが可哀想になってきてしまった。
でも、アキがアキラの場所に移動したせいで、アキがあがるためには、"2"を出す必要がある。
"1"のぞろ目なんて、そうそう出ないよね。
そして無事に一巡し、アキの振るサイコロに皆の視線が集中した。
"1"のぞろ目なんて、そうそう出ないものなんだ。
「あ、う、あい、なのよ」
コロンと転がる二つのサイコロ。
サイコロの"1"の部分を赤く塗るようになったのは最近のことだと、双六を始める前にアキラが教えてくれたっけ。
僕の目に映る点が両方ともに黒いのは、それだけこのサイコロが時代を経ているってことの証なんだよね……。
双六は、既に8回戦目に突入していた。
それまでの結果は……語る必要もないよね。
途中まではほぼトップを走るアキラは、最後は必ずアキに負ける。
そんなパターンばかりが続いていて、アキラを筆頭に皆の目がだんだんと血走ってきていた。
もう穏やかなんて言ってられない雰囲気です。
ああ、今度こそアキ以外が1位になりますように。
「フ、フフフ、今回こそ私が」
現在あがりに一番近い彼は、もう僕の知っているアキラではないのかもしれない。
「好きな駒を5マス戻す、でございます」
「よし、貴様だ」
「あうう」
アーちゃんが固い表情でアキの駒を5マス戻した。
ねぇ、まだアーちゃんって呼んでいいのかな?
「一回休み、でございます」
「ちっ」
アッキーは普段とあまり変わりないのかな?
「あ、ぼ、僕、だよね……」
息が詰まりそうな空気の中、サイコロを振った。
「好きな駒をふりだしに戻す、でございます」
その時全員の、まさしく全員の目が僕へと釘付けになった。
い、痛い、視線がとてつもなく痛い。
「え、えっと……」
セオリー通りなら、一番手を戻すとこだよね。
横目でちらりとアキラを見ると、奈落で相対したときそのままの瞳が、ジッと僕を見詰め返してきた。
「ア、アーちゃんの……」
「はぁ?」
普段はどことなく全員からいじられる立場の彼が、なんとも冷たい目で僕を見た。
「ア……」
ッキー、とは続けられなかった。
「ア、アキのっ」
もうこうなったらやけだ!
「あ、あうあっ」
アキの悲痛な叫びも、僕は耳を閉ざし聞こえないフリをした。
許して、アキ!!
三番手につけていたアキをふりだしに戻したことで、1位になる可能性はほぼ絶たれただろう。
ほんの少しばかり軽くなった場の空気に、僕はホッと息をついた。
罪悪感からアキの顔をまともに見れず、俯きながらアキがサイコロを振るのを見守った。
アキは、まさにどん底からのスタートだ。
「あう、よん、なのよ」
「四番、読み上げます。…………」
「どうしたっ、早く読まぬかっ」
ア、アキラ……。
「早く読めっ」
ア、アーちゃん……。
「早くしろっ」
アッキーまで……。
ねぇ、これって遊びだよね。
「……あ、あがり、でございま、」
その瞬間、彼はかつてないほどの俊敏さを発揮した。
アキラにも反射神経があったのだと、心のどこかで感動している僕は、現実から逃避してるのかもしれない。