2013年お正月
[福笑い対決]
「右、右だよ」
「う、あ、ひだり、なの、のよ」
「んにゃ、下、下だっつの。俺を信じろ」
「貴様が一番信用できん」
アッキーは僕の意見を採用したようで、垂れ下がって愛嬌のある左目を、ちゃんと右の方向へと移動させた。
あ、顔を正面から捉えているから、左目は僕たちから見て、右の位置になるんだからね。
「ふふ、記憶にある以上に、面白いものですね」
アキラは一番手のアッキーの作るおたふくを、おかしそうに眺めていた。
かなり微妙な位置に左目を置いたアッキーは、次に唇を手にした。
じっくりと指先で触れて、それが顔のどの箇所にあたるかを探るアッキーに、僕たちはまたもやアドバイスをしていく。
「下、下だからね」
「う、あう、みぎ、なのよ、なのっ」
「そりゃ、間違いなく上でしょ」
こうやって作られていくおたふくに、最後に眉を乗せ終わったとき、目隠しを取ったアッキーは愕然と額に手をやった。
「あひゃひゃひゃ、もうね、それ、顔じゃねーし」
「うきゃなのよ、なのー」
アーちゃんもアキもお腹を抱えて悶絶した。
「これは…なかなか……」
「ア、アッキー、福笑いってそういうものだし……」
アキラは唖然としているけど、僕は笑いたくて仕方なかった。
だけど、あまりにもアッキーが表情を失くしているから、それはグッと我慢します。
「紙には気配なんてないもんなー、そりゃ、しゃーないっしょ」
「うきゃ、うきゃ、なのよ、なのよ」
アッキーはショックを受けてるみたいだけど、実はそれほど酷いわけじゃない。
パーツの位置はだいたいあってはいるんだけど、歪みがあまりにも酷すぎるだけなんだ。
だから、大笑いではなく、ちょっと笑いたくなってしまうって程度。
「ふふ、抽象、いえ、キュビズム的とでも言うべきですかね」
「それって、ピカソだっけ?」
「はい。パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始されました」
ピカソっぽいと思えば、ちょっと芸術的かな。
「そこの二人、次はどっちだ?」
いまだ爆笑している二人に、アッキーが低い声で聞いた。
途端、アーちゃんもアキも、ピタリと笑いを止める。
「あ、あい、するの、なの」
僕とアキラだけが真実の助言を授ける中、おでこに唇、顎に鼻という人とは言えない物を、アキは創りあげてくれた。
アーちゃんは大笑いし、アキラはクスクスと笑い、アッキーは見るからにせせら笑った。
アキの落胆振りは、こちらが悲しくなるほどだった。
「う、ううう、あうっ、するの、なのよっ」
そして、目隠しはアーちゃんへと託された。
「よし、これは絶対に口」
そう言って、右目を持ちながら顎あたりへと移動させていくアーちゃんに、僕たちはまた必死で助言をする。
さっきは鼻を前髪の生え際ギリギリに持っていったからね、ちゃんと教えてあげなくちゃ。
「アーちゃん、それはもっと右ですよ」
「そうだよアーちゃん、もっと右だよ」
「あう、した、なのよ、なの」
「もっと左だ」
「くそっ、誰も信用できねー」
うん、正解。
この場合は上に持っていくよう教えてあげるのが親切なんだろうけど、誰も本当のことを言わないのは、やはり日頃の行いかな。
結局、アキに負けず劣らずの見事なキュビズム作品を創り上げたアーちゃんは、全員から哂い者にされた。
どうしてあそこまで自信満々だったんだろうか。
「ねぇ、次はアキラがやってみたら」
今までやったことがないって言ってたもんね。
アキラはきょとんとしてから、正座のままスススッと福笑いの前に移動した。
目隠しはアーちゃんがして、すぐにアキラはおたふくの口を手にする。
形を確かめるように、両方の指先で触れて、
「え、」
「う、あ」
ちゃんとした場所をアドバイスしようとしたのに、驚きのあまりそのまま絶句してしまった。
アキも口を開いたまま固まっている。
「うーん、僕が参加するのはいいことなんでしょうかねぇ」
分厚くて真っ赤な唇は、完璧なまでに口本来の場所に置かれた。
アキラが次に手にしたのは、右目。
一切の躊躇なく置かれた右目は、これまた位置だけでなく傾きまでも完璧だった。
「あっ、そうだった」
アッキーとアーちゃんは、呆れたように笑っていた。
どうやら最初から結果はわかっていたようだ。
って、それは当然だよね、ついさっき榊さんとアーちゃんが丁寧に教えてくれたというのに、どうして僕は忘れていたんだろう。
輪郭の描かれた紙を動かさない限り、アキラにとっては見えてるのと同じことなんだ。
パーツの正確な形までもを記憶してるから、指に触れる形状で、それがどこの部位かまでわかってしまうなんて反則だよ。
「アッくん、お酒は飲んでませんよね」
「……飲んでないよ」
アーちゃんとアッキー以外は、飲んでません!
「ああ、いやなのよ、なのよ」
さくさくと創り上げられていく完璧なおたふくに、アキはかなり不満そう。
「うーん、大変申し訳ないと思いますが、こればかりは許していただくしか」
「いーえ、許しません!」
アーちゃんがいきなり福笑いの台紙を横に払った。
衝撃に、乗せられていたそれぞれの箇所も、すべて飛んでいく。
「えっ!?」
「あう!?」
「ああ!」
僕とアキの叫喚に、何が起こったのかを察したアキラの叫び。
「な、なにしてるんだよ!」
「ああ、なのよ、アーちゃん、わるいのよ」
「おめーには言われたくないっつの」
「あう」
アーちゃんはアキのおでこをピンとはじいた。
百人一首をぶち壊したのはアキだし、アーちゃんの言う事も少しは、少しは、わからないよ!
もうっ、どうしてこうも大人気ないんだろうか。
「やめやめ、こんなのアキラの一人勝ちじゃん」
「う、あう、ううう、…なのよ、なの」
「ちょ、ちょっとアキ」
アーちゃんの本当に子供じみた意見に、アキは少々考え込んだあと賛成しちゃいました。
「もうっ、そんなに僕に負けるのが悔しいのですか?」
目隠しを外して、アキラは呆れ果てたように言った。
「当たり前でしょ」
「なのよ、なのよっ」
ああ、大人気ないのはアーちゃんだけじゃなかったのか……。
「で、でも…福笑いなんだから、面白い顔を創るのが…」
正しいんじゃなかったっけ?
「そもそも、アキラ以外は面白い顔しかできないっしょ。それでどうやって勝敗決めんのよ」
「なのよ、なのー」
え、福笑いって、そこまで勝ち負けに拘る遊びだっけ?
「お、次これしよ、これ」
「あう?」
「え、なんですか?」
いつの間にか室内に存在していた見慣れない箱を、アーちゃんが覗き込んでいた。
ハッと気付けば、アキもアキラもアッキーまでもが同じようにして覗き込み、僕だけポツンとその場で正座していた。
この四人は、どうしてここまで切り替えが早いんだろう。
「右、右だよ」
「う、あ、ひだり、なの、のよ」
「んにゃ、下、下だっつの。俺を信じろ」
「貴様が一番信用できん」
アッキーは僕の意見を採用したようで、垂れ下がって愛嬌のある左目を、ちゃんと右の方向へと移動させた。
あ、顔を正面から捉えているから、左目は僕たちから見て、右の位置になるんだからね。
「ふふ、記憶にある以上に、面白いものですね」
アキラは一番手のアッキーの作るおたふくを、おかしそうに眺めていた。
かなり微妙な位置に左目を置いたアッキーは、次に唇を手にした。
じっくりと指先で触れて、それが顔のどの箇所にあたるかを探るアッキーに、僕たちはまたもやアドバイスをしていく。
「下、下だからね」
「う、あう、みぎ、なのよ、なのっ」
「そりゃ、間違いなく上でしょ」
こうやって作られていくおたふくに、最後に眉を乗せ終わったとき、目隠しを取ったアッキーは愕然と額に手をやった。
「あひゃひゃひゃ、もうね、それ、顔じゃねーし」
「うきゃなのよ、なのー」
アーちゃんもアキもお腹を抱えて悶絶した。
「これは…なかなか……」
「ア、アッキー、福笑いってそういうものだし……」
アキラは唖然としているけど、僕は笑いたくて仕方なかった。
だけど、あまりにもアッキーが表情を失くしているから、それはグッと我慢します。
「紙には気配なんてないもんなー、そりゃ、しゃーないっしょ」
「うきゃ、うきゃ、なのよ、なのよ」
アッキーはショックを受けてるみたいだけど、実はそれほど酷いわけじゃない。
パーツの位置はだいたいあってはいるんだけど、歪みがあまりにも酷すぎるだけなんだ。
だから、大笑いではなく、ちょっと笑いたくなってしまうって程度。
「ふふ、抽象、いえ、キュビズム的とでも言うべきですかね」
「それって、ピカソだっけ?」
「はい。パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始されました」
ピカソっぽいと思えば、ちょっと芸術的かな。
「そこの二人、次はどっちだ?」
いまだ爆笑している二人に、アッキーが低い声で聞いた。
途端、アーちゃんもアキも、ピタリと笑いを止める。
「あ、あい、するの、なの」
僕とアキラだけが真実の助言を授ける中、おでこに唇、顎に鼻という人とは言えない物を、アキは創りあげてくれた。
アーちゃんは大笑いし、アキラはクスクスと笑い、アッキーは見るからにせせら笑った。
アキの落胆振りは、こちらが悲しくなるほどだった。
「う、ううう、あうっ、するの、なのよっ」
そして、目隠しはアーちゃんへと託された。
「よし、これは絶対に口」
そう言って、右目を持ちながら顎あたりへと移動させていくアーちゃんに、僕たちはまた必死で助言をする。
さっきは鼻を前髪の生え際ギリギリに持っていったからね、ちゃんと教えてあげなくちゃ。
「アーちゃん、それはもっと右ですよ」
「そうだよアーちゃん、もっと右だよ」
「あう、した、なのよ、なの」
「もっと左だ」
「くそっ、誰も信用できねー」
うん、正解。
この場合は上に持っていくよう教えてあげるのが親切なんだろうけど、誰も本当のことを言わないのは、やはり日頃の行いかな。
結局、アキに負けず劣らずの見事なキュビズム作品を創り上げたアーちゃんは、全員から哂い者にされた。
どうしてあそこまで自信満々だったんだろうか。
「ねぇ、次はアキラがやってみたら」
今までやったことがないって言ってたもんね。
アキラはきょとんとしてから、正座のままスススッと福笑いの前に移動した。
目隠しはアーちゃんがして、すぐにアキラはおたふくの口を手にする。
形を確かめるように、両方の指先で触れて、
「え、」
「う、あ」
ちゃんとした場所をアドバイスしようとしたのに、驚きのあまりそのまま絶句してしまった。
アキも口を開いたまま固まっている。
「うーん、僕が参加するのはいいことなんでしょうかねぇ」
分厚くて真っ赤な唇は、完璧なまでに口本来の場所に置かれた。
アキラが次に手にしたのは、右目。
一切の躊躇なく置かれた右目は、これまた位置だけでなく傾きまでも完璧だった。
「あっ、そうだった」
アッキーとアーちゃんは、呆れたように笑っていた。
どうやら最初から結果はわかっていたようだ。
って、それは当然だよね、ついさっき榊さんとアーちゃんが丁寧に教えてくれたというのに、どうして僕は忘れていたんだろう。
輪郭の描かれた紙を動かさない限り、アキラにとっては見えてるのと同じことなんだ。
パーツの正確な形までもを記憶してるから、指に触れる形状で、それがどこの部位かまでわかってしまうなんて反則だよ。
「アッくん、お酒は飲んでませんよね」
「……飲んでないよ」
アーちゃんとアッキー以外は、飲んでません!
「ああ、いやなのよ、なのよ」
さくさくと創り上げられていく完璧なおたふくに、アキはかなり不満そう。
「うーん、大変申し訳ないと思いますが、こればかりは許していただくしか」
「いーえ、許しません!」
アーちゃんがいきなり福笑いの台紙を横に払った。
衝撃に、乗せられていたそれぞれの箇所も、すべて飛んでいく。
「えっ!?」
「あう!?」
「ああ!」
僕とアキの叫喚に、何が起こったのかを察したアキラの叫び。
「な、なにしてるんだよ!」
「ああ、なのよ、アーちゃん、わるいのよ」
「おめーには言われたくないっつの」
「あう」
アーちゃんはアキのおでこをピンとはじいた。
百人一首をぶち壊したのはアキだし、アーちゃんの言う事も少しは、少しは、わからないよ!
もうっ、どうしてこうも大人気ないんだろうか。
「やめやめ、こんなのアキラの一人勝ちじゃん」
「う、あう、ううう、…なのよ、なの」
「ちょ、ちょっとアキ」
アーちゃんの本当に子供じみた意見に、アキは少々考え込んだあと賛成しちゃいました。
「もうっ、そんなに僕に負けるのが悔しいのですか?」
目隠しを外して、アキラは呆れ果てたように言った。
「当たり前でしょ」
「なのよ、なのよっ」
ああ、大人気ないのはアーちゃんだけじゃなかったのか……。
「で、でも…福笑いなんだから、面白い顔を創るのが…」
正しいんじゃなかったっけ?
「そもそも、アキラ以外は面白い顔しかできないっしょ。それでどうやって勝敗決めんのよ」
「なのよ、なのー」
え、福笑いって、そこまで勝ち負けに拘る遊びだっけ?
「お、次これしよ、これ」
「あう?」
「え、なんですか?」
いつの間にか室内に存在していた見慣れない箱を、アーちゃんが覗き込んでいた。
ハッと気付けば、アキもアキラもアッキーまでもが同じようにして覗き込み、僕だけポツンとその場で正座していた。
この四人は、どうしてここまで切り替えが早いんだろう。