2013年お正月
[百人一首対決]
「なにはえのー」
「はいはいっと!」
歌の途中でアーちゃんが大声を上げながら、右手を伸ばしダイブした。
吹き飛ばされた札を、周囲を取り囲む女性が丁寧に拾い上げる。
「ああああ!! ま、またですか!? またなのですか!?」
アキラの不満に、なんとなく同意だ。
遊戯がスタートしてから既に20首以上を読み終えたというのに、さっきからこんな光景ばかり見せられているんだもの。
「ふふーん、あんたと違って、こっちには反射神経があるからねー」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ、僕に反射神経がないかのように言うのは止めてくださいっ」
「あら、あるかのように言わないでくれるー」
な、なんだか予想外の展開です。
いや、予想通りなんだろうか……。
札の位置も決まり字も完璧なアキラに対し、アーちゃんは不利かと思えたけど、実はそうじゃなかった。
アキラは絶対に決まり字で反応してるんだ、そして既に記憶している札へと手を伸ばそうとするんだけど、それがあまりにも遅すぎてまったくお話にならない。
ついさっきも、アキラの目の前にあった札をアーちゃんが掻っ攫っていきました。
そのとき、アキラの右手がゆっくりと札に向かっていたのを、僕の目は捉えている。
あ、本人からしたら、ゆっくりじゃなかったのかな……。
「ぐぬぬぬぅぅぅ、榊っ、次だ! 次はゆっくりと読め!」
「承知いたしました」
悔しいのはなんとなくわかるけど、率直な意見としてアキラではアーちゃんに敵わない気がします。
さすがに名人級の素早さはないし、百枚も並んでる中から目的の札を見つけるのは大変そうだけど、アーちゃんは遅くても2.3秒で反応してるっぽい。
確実に何枚かは場所を覚えていて、それらを取るときなんかはコンマ数秒の世界だよ。
それに対してアキラは……言うまい、何も言うまい……。
たかが遊びなんだから、楽しめればいいんだよね。
アキはまったく我関せずで、アキラの背後に居並ぶ女性たちときゃっきゃきゃっきゃと騒いでいた。
「さて、続けてよろしいですかな?」
「さっさとしろ!」
「どうぞどうぞー」
アキラの口調がちょっと変わってきてます。
「みをつくしてや こひわらるべき。……よーーー」
「えっ、」
下の句を読み上げて、さぁ次の句だ、と息を止めて待っていたのに、そのあまりのスローテンポに、おもわず前に倒れこみそうになってしまった。
見ればアーちゃんの身体も前に傾き、アッキーも微かに右に傾いていた。
「はいっ」
そんな中、アキラが腕を伸ばして、自分の前の札にペタンと手を重ねた。
あれ、もう上の句終わってたっけ?
「のーーーなーーー」
「え!? ちょ、ちょっと、待て待て!」
「なんですか?」
「榊、5文字目を早く言え! もしかしてお手付きじゃねーの!?」
「な、なんと失礼な!」
「え、ええ、ど、どうしたの?」
「かーはー、でございます、守人様」
続けて読むと「よのなかは」だよね。
アーちゃんはアキラが大事そうに握っている札を奪い取り、下の句を確認した。
「げっ、マジかよ……」
「ふふふ、馬鹿ですね、愚かですね。この僕がお手つきなどするわけがないでしょう」
意地悪そうに嗤うアキラは、よほど鬱憤がたまっていたんだろう。
だけど、アーちゃんが口惜しがる意味がさっぱりわからないし、なにより、アキラがあんなに早く取れた理由が一番わからない。
「え、え、どういうこと?」
「この歌の決まり字は、普通ならば五文字目だ」
僕の疑問に、アッキーが答えてくれました。
「五文字目……あれ、じゃあどうしてアキラは」
「"よ"から始まる札が残り一枚だったからだろう」
「あ、そっか」
「ふふふ、ご自分が取った札を覚えていないなんて、なんともお馬鹿さんですねぇ」
「ぬぐぐ、いつのまにーーーーっ」
自分の取った札をアーちゃんから取り返し、それにスリスリと頬ずりしながら、アキラは挑発的に目を細めた。
アーちゃんは無念とばかりに畳に拳を押し当てて、歯噛みしている。
たかがお遊びだよね……。
「さて、見学はここまでだな」
「え?」
二人のなんとも大人気ない姿に言葉を失くしていたとき、アッキーが呟いた。
見学……?
つまり、次からはアッキーも参加するってこと?
まるで、今まで参加してなかったみたいだけど、つまりはこっからはアッキーも本気を出すってことかな?
「読む早さはあれでよろしゅうございますか?」
「かまわん!」
「駄目!」
まったく正反対の返事に、榊さんは笑顔のまま頷いた。
「では、そこそこ早く、そこそこ遅くで参ります」
なんとも曖昧だけど、そう言うしかないよね。
二人は一応納得したのか、既に身構えていた。
急いで同じ体勢をとりながらも、僕は先ほどのアッキーの言葉が気になって仕方なかった。
もともと戦線離脱気味だし、ちょっと皆の観察でもしとこうかな。
「あまのぶねの つなでかなしも。……みーーかーー」
あ、この歌は。
もしかして僕の知っている二首のうちの一首かもしれない。
決まり字は確か三文字目。
「きーー」
パシッという音と札が宙を舞ったのは、いったいどちらが早かったのか。
「……へ?」
気が付けば、中途半端に腰を浮かしたアーちゃんと、そそくさと畳に落ちた札を拾う女性がいた。
拾った札を僕たちへと翳して見せ、それが正しいものであることを知らせてくれる。
「なにを急に参加なさっているのですか!」
アキラがアッキーを睨みつけた。
つまりこの札を取ったのは、何事もなかったかのように自分の位置で正座したままの、アッキーってことだよね。
隣りにいる僕ですら気付かぬほどのスピードで、札を飛ばしてたってことなんだ。
「最初から参加していたつもりだが」
「さっきまで動いてなかったじゃんか!」
アーちゃんまでもが抗議の声をあげた。
もしかしなくても、彼らの中では僕たちは不参加扱いだったんだろうか。
「す、すごいね、アッキー。この歌は得意だったの?」
アーちゃんも速いけど、アッキーと比較するのがそもそも間違いだよね。
決まり字さえわかっていれば、人並み外れた敏捷性を駆使し、それで札を取られてしまうんだから。
「いや」
「え?」
なのにアッキーからは、予想外の返事が。
「言っとくが、歌は全部暗記してても、決まり字なんぞそうそう覚えていないぞ。俺はあいつのような暇人じゃないんだ」
アッキーの視線の先にはアーちゃんが。
「むっかー! じゃ、なんで取れたのよ!」
「あなたのせいですよ!」
「はぁ!?」
アキラがアーちゃんを指差した。
「あなたが札を見たからです!」
「ちょ、どういう意味よ!?」
「アッキーは、あなたの視線の先にある札を取っただけなんですよ!」
「えええ! そ、そんなことができるの!?」
おもわず大声を出しちゃったのは、僕だ。
その勢いのままアッキーの方を見ると、彼はなんとも含みのある笑みを見せていた。
「な、なんつーチートを! って、なんで俺なんだよ、あんたじゃないわけ!?」
「僕? 僕なわけないでしょうっ」
なんとも嘆かわしい言い合いだけど、僕もちょっとその辺りが引っかかる。
誰よりも早くに札を確認できるのって、絶対にアキラだよね。
なんせ、全部の位置を把握してるんだから。
ただ、取るために腕を動かす、という脳からの命令が伝わるのが遅いだけなんだもの。
「なんであんたじゃないなんて言い切れるのよ!」
「どうして札を取るのに、いちいち目で確認する必要があるのですか! だいたいアッキーは、ずっとあなたのことしか見てませんでしたよ!」
「あっ、」
「ご納得いただけましたか」
「はい……納得いたしました……」
アーちゃんがしゅんと頭を下げてしまった。
「え、え、全然わからないよ。どういうこと?」
アーちゃんは納得したみたいだけど、僕だけさっぱりと理解ができてません。
「一度視界に収めてしまえば、物の配置が変わらぬ限り、晃様には位置の確認など必要ないのですよ」
「さ、榊さん…」
「そうですよ。場所を知っているのに、どうしてわざわざ確認する必要があるのですか?」
「そういうことー。アキラは位置も距離感もばっちし覚えてるから、後は手を動かすだけでいいの。ただ、とろいけどね」
「むっ、一言余計です」
「それじゃ、やっぱりアーちゃんの視線を……」
アッキーがその通りだと頷いてくれた。
「アーちゃん! 次は見ずにお願いしますよ」
「ムリー、絶対ムリー」
そう言いながら、アーちゃんが正座していた足を前に投げ出した。
どうもやる気を削がれてしまったみたいだ。
その気持ち、ちょっとだけわかるよ。
「むぅ、こうなったら我が家のルールを適用するのがいいかもしれませんね」
「我が家のルール?」
我が家ってことは、鷺視家のってことだよね。
何か、特殊なルールがあるのかな。
「取り札を裏返しにするんです」
「え、それだと……」
微笑んだアキラにその意味を理解はしたけど、それってまんま雪客様のためのルールだよね。
「ムリムリー。あんたが手を動かした瞬間に取られてるっての」
「あっ」
「そっか、先にアキラが反応したって、結局はアッキーのほうが速いもんね」
自然と一時中断のムードになり、アッキー以外はその場で腕組をして頭を捻りだした。
「うう、ああ、するのよ、なの」
女性たちと遊ぶのに飽きてきたのか、静かになった僕たちにアキが訴えかけてきた。
「アキ、ちょっと待ってて」
アキラの背後にいるアキに、お詫びの気持ちを込めて伝えた。
「うう、あう、ああ」
「もう少しだけお待ちくださいね」
アキラも僕と同じようなことを言った。
「う、うあ、するの、なの」
「だからー、ちょーっと待っ、」
アーちゃんの言葉はそこで途切れた。
アキラの背後から、猛スピードで近づく物体に気が付いたからだ。
「あうう、のよっ、のよっ、のよーーーっ」
謎の雄叫びと、そして、ヘッドスライディング――!!
アキラの横をすり抜けて、ズザザザザーと畳を滑りゴロンゴロンと転がって、残り約70枚ほどの取り札を、見事なまでにぐちゃぐちゃにする物体、いや、アキ……。
ついでに、アーちゃんが取った札も、榊さんの傍らに積み上げられていた読み札も、めちゃめちゃにしてくれた。
「「「あーーーーっ! アキッ!!」」」
非難めいた声をあげなかったのは、アッキーと榊さんだけだった。
「なにはえのー」
「はいはいっと!」
歌の途中でアーちゃんが大声を上げながら、右手を伸ばしダイブした。
吹き飛ばされた札を、周囲を取り囲む女性が丁寧に拾い上げる。
「ああああ!! ま、またですか!? またなのですか!?」
アキラの不満に、なんとなく同意だ。
遊戯がスタートしてから既に20首以上を読み終えたというのに、さっきからこんな光景ばかり見せられているんだもの。
「ふふーん、あんたと違って、こっちには反射神経があるからねー」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ、僕に反射神経がないかのように言うのは止めてくださいっ」
「あら、あるかのように言わないでくれるー」
な、なんだか予想外の展開です。
いや、予想通りなんだろうか……。
札の位置も決まり字も完璧なアキラに対し、アーちゃんは不利かと思えたけど、実はそうじゃなかった。
アキラは絶対に決まり字で反応してるんだ、そして既に記憶している札へと手を伸ばそうとするんだけど、それがあまりにも遅すぎてまったくお話にならない。
ついさっきも、アキラの目の前にあった札をアーちゃんが掻っ攫っていきました。
そのとき、アキラの右手がゆっくりと札に向かっていたのを、僕の目は捉えている。
あ、本人からしたら、ゆっくりじゃなかったのかな……。
「ぐぬぬぬぅぅぅ、榊っ、次だ! 次はゆっくりと読め!」
「承知いたしました」
悔しいのはなんとなくわかるけど、率直な意見としてアキラではアーちゃんに敵わない気がします。
さすがに名人級の素早さはないし、百枚も並んでる中から目的の札を見つけるのは大変そうだけど、アーちゃんは遅くても2.3秒で反応してるっぽい。
確実に何枚かは場所を覚えていて、それらを取るときなんかはコンマ数秒の世界だよ。
それに対してアキラは……言うまい、何も言うまい……。
たかが遊びなんだから、楽しめればいいんだよね。
アキはまったく我関せずで、アキラの背後に居並ぶ女性たちときゃっきゃきゃっきゃと騒いでいた。
「さて、続けてよろしいですかな?」
「さっさとしろ!」
「どうぞどうぞー」
アキラの口調がちょっと変わってきてます。
「みをつくしてや こひわらるべき。……よーーー」
「えっ、」
下の句を読み上げて、さぁ次の句だ、と息を止めて待っていたのに、そのあまりのスローテンポに、おもわず前に倒れこみそうになってしまった。
見ればアーちゃんの身体も前に傾き、アッキーも微かに右に傾いていた。
「はいっ」
そんな中、アキラが腕を伸ばして、自分の前の札にペタンと手を重ねた。
あれ、もう上の句終わってたっけ?
「のーーーなーーー」
「え!? ちょ、ちょっと、待て待て!」
「なんですか?」
「榊、5文字目を早く言え! もしかしてお手付きじゃねーの!?」
「な、なんと失礼な!」
「え、ええ、ど、どうしたの?」
「かーはー、でございます、守人様」
続けて読むと「よのなかは」だよね。
アーちゃんはアキラが大事そうに握っている札を奪い取り、下の句を確認した。
「げっ、マジかよ……」
「ふふふ、馬鹿ですね、愚かですね。この僕がお手つきなどするわけがないでしょう」
意地悪そうに嗤うアキラは、よほど鬱憤がたまっていたんだろう。
だけど、アーちゃんが口惜しがる意味がさっぱりわからないし、なにより、アキラがあんなに早く取れた理由が一番わからない。
「え、え、どういうこと?」
「この歌の決まり字は、普通ならば五文字目だ」
僕の疑問に、アッキーが答えてくれました。
「五文字目……あれ、じゃあどうしてアキラは」
「"よ"から始まる札が残り一枚だったからだろう」
「あ、そっか」
「ふふふ、ご自分が取った札を覚えていないなんて、なんともお馬鹿さんですねぇ」
「ぬぐぐ、いつのまにーーーーっ」
自分の取った札をアーちゃんから取り返し、それにスリスリと頬ずりしながら、アキラは挑発的に目を細めた。
アーちゃんは無念とばかりに畳に拳を押し当てて、歯噛みしている。
たかがお遊びだよね……。
「さて、見学はここまでだな」
「え?」
二人のなんとも大人気ない姿に言葉を失くしていたとき、アッキーが呟いた。
見学……?
つまり、次からはアッキーも参加するってこと?
まるで、今まで参加してなかったみたいだけど、つまりはこっからはアッキーも本気を出すってことかな?
「読む早さはあれでよろしゅうございますか?」
「かまわん!」
「駄目!」
まったく正反対の返事に、榊さんは笑顔のまま頷いた。
「では、そこそこ早く、そこそこ遅くで参ります」
なんとも曖昧だけど、そう言うしかないよね。
二人は一応納得したのか、既に身構えていた。
急いで同じ体勢をとりながらも、僕は先ほどのアッキーの言葉が気になって仕方なかった。
もともと戦線離脱気味だし、ちょっと皆の観察でもしとこうかな。
「あまのぶねの つなでかなしも。……みーーかーー」
あ、この歌は。
もしかして僕の知っている二首のうちの一首かもしれない。
決まり字は確か三文字目。
「きーー」
パシッという音と札が宙を舞ったのは、いったいどちらが早かったのか。
「……へ?」
気が付けば、中途半端に腰を浮かしたアーちゃんと、そそくさと畳に落ちた札を拾う女性がいた。
拾った札を僕たちへと翳して見せ、それが正しいものであることを知らせてくれる。
「なにを急に参加なさっているのですか!」
アキラがアッキーを睨みつけた。
つまりこの札を取ったのは、何事もなかったかのように自分の位置で正座したままの、アッキーってことだよね。
隣りにいる僕ですら気付かぬほどのスピードで、札を飛ばしてたってことなんだ。
「最初から参加していたつもりだが」
「さっきまで動いてなかったじゃんか!」
アーちゃんまでもが抗議の声をあげた。
もしかしなくても、彼らの中では僕たちは不参加扱いだったんだろうか。
「す、すごいね、アッキー。この歌は得意だったの?」
アーちゃんも速いけど、アッキーと比較するのがそもそも間違いだよね。
決まり字さえわかっていれば、人並み外れた敏捷性を駆使し、それで札を取られてしまうんだから。
「いや」
「え?」
なのにアッキーからは、予想外の返事が。
「言っとくが、歌は全部暗記してても、決まり字なんぞそうそう覚えていないぞ。俺はあいつのような暇人じゃないんだ」
アッキーの視線の先にはアーちゃんが。
「むっかー! じゃ、なんで取れたのよ!」
「あなたのせいですよ!」
「はぁ!?」
アキラがアーちゃんを指差した。
「あなたが札を見たからです!」
「ちょ、どういう意味よ!?」
「アッキーは、あなたの視線の先にある札を取っただけなんですよ!」
「えええ! そ、そんなことができるの!?」
おもわず大声を出しちゃったのは、僕だ。
その勢いのままアッキーの方を見ると、彼はなんとも含みのある笑みを見せていた。
「な、なんつーチートを! って、なんで俺なんだよ、あんたじゃないわけ!?」
「僕? 僕なわけないでしょうっ」
なんとも嘆かわしい言い合いだけど、僕もちょっとその辺りが引っかかる。
誰よりも早くに札を確認できるのって、絶対にアキラだよね。
なんせ、全部の位置を把握してるんだから。
ただ、取るために腕を動かす、という脳からの命令が伝わるのが遅いだけなんだもの。
「なんであんたじゃないなんて言い切れるのよ!」
「どうして札を取るのに、いちいち目で確認する必要があるのですか! だいたいアッキーは、ずっとあなたのことしか見てませんでしたよ!」
「あっ、」
「ご納得いただけましたか」
「はい……納得いたしました……」
アーちゃんがしゅんと頭を下げてしまった。
「え、え、全然わからないよ。どういうこと?」
アーちゃんは納得したみたいだけど、僕だけさっぱりと理解ができてません。
「一度視界に収めてしまえば、物の配置が変わらぬ限り、晃様には位置の確認など必要ないのですよ」
「さ、榊さん…」
「そうですよ。場所を知っているのに、どうしてわざわざ確認する必要があるのですか?」
「そういうことー。アキラは位置も距離感もばっちし覚えてるから、後は手を動かすだけでいいの。ただ、とろいけどね」
「むっ、一言余計です」
「それじゃ、やっぱりアーちゃんの視線を……」
アッキーがその通りだと頷いてくれた。
「アーちゃん! 次は見ずにお願いしますよ」
「ムリー、絶対ムリー」
そう言いながら、アーちゃんが正座していた足を前に投げ出した。
どうもやる気を削がれてしまったみたいだ。
その気持ち、ちょっとだけわかるよ。
「むぅ、こうなったら我が家のルールを適用するのがいいかもしれませんね」
「我が家のルール?」
我が家ってことは、鷺視家のってことだよね。
何か、特殊なルールがあるのかな。
「取り札を裏返しにするんです」
「え、それだと……」
微笑んだアキラにその意味を理解はしたけど、それってまんま雪客様のためのルールだよね。
「ムリムリー。あんたが手を動かした瞬間に取られてるっての」
「あっ」
「そっか、先にアキラが反応したって、結局はアッキーのほうが速いもんね」
自然と一時中断のムードになり、アッキー以外はその場で腕組をして頭を捻りだした。
「うう、ああ、するのよ、なの」
女性たちと遊ぶのに飽きてきたのか、静かになった僕たちにアキが訴えかけてきた。
「アキ、ちょっと待ってて」
アキラの背後にいるアキに、お詫びの気持ちを込めて伝えた。
「うう、あう、ああ」
「もう少しだけお待ちくださいね」
アキラも僕と同じようなことを言った。
「う、うあ、するの、なの」
「だからー、ちょーっと待っ、」
アーちゃんの言葉はそこで途切れた。
アキラの背後から、猛スピードで近づく物体に気が付いたからだ。
「あうう、のよっ、のよっ、のよーーーっ」
謎の雄叫びと、そして、ヘッドスライディング――!!
アキラの横をすり抜けて、ズザザザザーと畳を滑りゴロンゴロンと転がって、残り約70枚ほどの取り札を、見事なまでにぐちゃぐちゃにする物体、いや、アキ……。
ついでに、アーちゃんが取った札も、榊さんの傍らに積み上げられていた読み札も、めちゃめちゃにしてくれた。
「「「あーーーーっ! アキッ!!」」」
非難めいた声をあげなかったのは、アッキーと榊さんだけだった。