2013年お正月
[謹賀新年]
新年明けましておめでとうございます。
僭越ながら、僕、渡辺彬がキラキラ会を代表して挨拶させていただきます。
本当は、ひとりひとり挨拶したほうがいいんですけど……、
「あむ、あ、う、アキの、なの、あむ、おむ」
「もぐ、アキ、むぐ、もぐ……きな粉とあんこばかりじゃなく、大根おろしもお食べになったほうがよいかと」
「だよねー、アッキーがすんごい眼で睨んでるし」
「あむ、いや、なのよ、あむ」
「アキ」
「あう、たべるのよ……」
「大根は消化によろしいですからね、その分たくさん食べられるかもしれませんよ」
という状態なので、ちょっと無理だと思われます。
「アッくん、早く食べないと、どこぞの食欲魔神どもに全部奪われるよー」
「あ、うん」
全部はなくならないと思う。
なんせ、卓上に用意されたお餅は大量にあるし、後から後から運ばれてきてるもの。
ついでに、お酒もどんどんと運ばれています。
口をつけているのは、アーちゃんとアッキーだけだけどね。
「そういえば、アッくん和装って初めてじゃね?」
「あ、うん、初めてだよ」
「とてもお似合いですよ」
「本当? 変じゃない?」
「うんうん、似合ってる似合ってる。アキと並ぶと七五三みたいで」
「もうっ、一言余計だよ!」
僕と同じく文句を言うかと思いきや、アキはお餅に夢中で、アーちゃんの言葉は届いてないようです。
あ、そういえば、今どこにいるかの説明をしなくちゃね。
僕たちキラキラ会は、お正月をアキラの実家(でいいのかな?)ですごしています。
そうです、例の奥院です。
招待してくれたのは嬉しかったけど、僕用にとやけに立派な黒紋付袴が用意されていて、唖然としてしまいました。
普段着でいいって言われたから本当に普段着で来たけど、まさか着替えが用意されてるとは。
着付けはもちろん継埜の人たちがしてくれて、それが男性だったことにかなりホッとしました。
そして通されたのは以前の茶室、ではなく、大きな座敷。
皆も同じように晴着を着ていて、アキラは白銀の羽織袴に、アーちゃんは鉄紺、アッキーは渋紫で、アキは若草色と、とてもカラフルで華々しく、そして、とても着慣れてる感じがした。
僕だけ浮いてるんじゃないかと不安な中、とてもお似合いだと、同席していた男性から言われ幾分気が安らいだ。
ちなみに、その男性が奈落で見た長老のひとりで、アキラに榊と呼ばれていた人物だと気付いたのは結構後だった。
「せっかく皆様お揃いですから、なにか正月らしい遊戯でもなさりませんか?」
さすがにお餅ばかりに夢中では、お正月らしさなんて何も味わえない。
榊さんからの提案は、願ったりだった。
「遊戯?」
アーちゃんが首を捻る中、ひとりの女性がなにやら小さな箱を榊さんに手渡した。
「百人一首ですね」
アキラの言葉通り、榊さんが手にしていたのは百人一首の札だった。
確かに、お正月には定番かもしれないね。
あ、でも、
「どうせあんたは、決まり字も完璧なんでしょ」
僕が口にする前に、不満そうなアーちゃんからの一言。
僕もアッキーも、うんうんとそれに同意した。
「まあまあ守人様、そうおっしゃらずに、せっかく渡辺殿がお出でなのですから、ここは楽しく、あくまで遊びの範囲で」
せめて君にしてくださいとお願いしたのに、やっぱり榊さんは渡辺殿なんだ。
とっても心苦しいです。
「決まり字だけじゃなくて、札の並びも完璧に覚えますよ。それでもよろしいですか?」
「む、なにそれ、勝利宣言?」
「まぁ、そうとっていただいても構いませんが」
「言っとくけど、俺もそこそこやっちゃうのよ」
「ふふ、決まり字は当然としても、読み終えた句すべてを覚えていられますか? あなたに」
「んだとぉ」
あ、あれ、榊さんは遊びの範囲って強調してたよね。
どうしてアキラとアーちゃんは、こんなにやる気になってるの?
「ア、アッキー」
アキはもともと興味がないのはわかりきっているから、無言のアッキーにこそりと話しかけてみた。
「アッキーは百人一首得意? 僕、わかる札が少ししかないんだけど……」
どうもあの二人とはレベルが違う気がして、おもわず同類を探したくなるのは、きっと間違ってないよね。
「歌自体は覚えているが……」
「ひゃ、百首全部?」
当たり前だって顔して頷かれました。
レベルがまったく違うのは、僕だけみたいです。
これは、読み手か見学にまわったほうがいいんじゃないだろうか。
「まあまあお二人とも、そう熱くならずに。お遊びですからね、皆さんで楽しめるようにいたしましょう」
「競技カルタのルールじゃなくて?」
アーちゃんがそう言うと、榊さんがにっこりと笑った。
奈落ではとても厳しい表情で座していたけど、こうやって優しく微笑んでいると、気の善いおじさんって感じだ。
「散らし取りならば、皆様でできますでしょう」
「あの、散らし取りってなんですか?」
初めて聞いた言葉だ。
「百枚の札を適当に並べて、皆で取り合うんですよ。最後に一番多くの札を取った人が勝ちです」
アキラが丁寧に教えてくれた。
つまり、普通のカルタってことだ。
「ま、なんでもいいや。早くやろ」
あ、読み手に立候補しなきゃ。
「あの、」
「では読み手のほうは、不肖私めが務めさせていただきます」
深々と畳に額づく榊さんによって、僕の言葉は封じられました。
適当に並べるって、本当に適当なんだ。
「取り札の頭は、バラバラな方向を向くように並べてくださいね」
「うん」
並べる作業は楽しいのか、ここだけ参加してきたアキと一緒に、アキラの指示通り、角が揃わないように札を置いていく。
「あ、うう、あう」
「どうせもう、覚えてるんでしょー」
「特技を活かして何が悪いんですか?」
普段はとても仲がいいくせに、どうしてそう争う姿勢になるんだろう。
だいたいアキラは負けず嫌いってわけじゃないし、アーちゃんだってそういうタイプじゃない。
あ、ことゲームに関しては拘るけどね。
「ねぇ、アッキー、どうして今日の二人はあんなに揉めてるの?」
これまたこっそりと訊いてみた。
「二人にとっての得意分野だからだろう」
「アーちゃんもアキラも、百人一首に自信があるってこと?」
「たぶんな」
アキラはなんとなく納得、アーちゃんも頭の中身は文系だし、アッキーの言う通りかなり自信があるのかもしれない。
「今まで皆でやったことってなかったの?」
「ああ」
「そっか」
アーちゃんと言い合いをするアキラを、それは優しい瞳で見守る榊さんに自然と目がいった。
アキラのこれまでの生活なんて何ひとつ知らないけど、今のアキラはとても生き生きと眩しく見える。
榊さんにもそう映っているのかもしれない。
「よし、自信ないけど、僕もがんばろう。アッキーもやる気出してよ」
「そうだな」
「どっちにしろ、僕たちに勝機はなさそうだけどね」
なんでもかんでも覚えちゃう雪客様相手に、勝負になるのかすら怪しいものね。
「どうかな」
「え? まさか、自信あるの?」
いつものように表情が少ないアッキーが、少しだけ口端を上げた。
もしかして、彼には秘策があるのかもしれない。
百枚すべてを並び終えたから、いよいよ遊戯のスタートです。
「札を覚える時間は15分でよろしいでしょうか」
榊さんのこの言葉に、アキラがすかさず待ったをかけた。
「そんなにいりますか?」
「うっわ、むかつく」
結局覚える時間は10分となった。
「10分は長いですねー。はぁ、退屈です」
なんて、アキラはアーちゃんのイライラをさらに助長させる発言をしてくれた。
座る位置は、アキラの正面にアーちゃん、その左に僕、続いてアッキーと決まった。
アキはまったくやる気がないのが明白で、アキラの隣りに座り込んではしゃいでいる。
10分の間にアーちゃんは食い入るように札の位置を覚え、僕は自分が覚えている二首の位置を確認した。
一首は僕のすぐ傍にあるという幸運に恵まれたけど、もう一首はアキラの傍にあった。
一枚だけでも取れたらラッキーだね。
秘策があるらしきアッキーは、札の場所を覚えてる様子はない。
全体を眺めてから、皆の位置を確認しているようだ。
ようやく10分が経過して、榊さんがアキラとアーちゃんの間に腰をおろした。
女中さんらしき女性たちが座布団に座るように勧めたけど、アキラはじめ僕たちが畳に正座してるせいか、榊さんはそれを辞退した。
僕たちは邪魔だから使ってないだけで、榊さんは気にせずに使えばいいのにと思います。
開始の合図として、まずは王仁の難波津の歌が、榊さんのなんとも渋い声で読みあげられました。
新年明けましておめでとうございます。
僭越ながら、僕、渡辺彬がキラキラ会を代表して挨拶させていただきます。
本当は、ひとりひとり挨拶したほうがいいんですけど……、
「あむ、あ、う、アキの、なの、あむ、おむ」
「もぐ、アキ、むぐ、もぐ……きな粉とあんこばかりじゃなく、大根おろしもお食べになったほうがよいかと」
「だよねー、アッキーがすんごい眼で睨んでるし」
「あむ、いや、なのよ、あむ」
「アキ」
「あう、たべるのよ……」
「大根は消化によろしいですからね、その分たくさん食べられるかもしれませんよ」
という状態なので、ちょっと無理だと思われます。
「アッくん、早く食べないと、どこぞの食欲魔神どもに全部奪われるよー」
「あ、うん」
全部はなくならないと思う。
なんせ、卓上に用意されたお餅は大量にあるし、後から後から運ばれてきてるもの。
ついでに、お酒もどんどんと運ばれています。
口をつけているのは、アーちゃんとアッキーだけだけどね。
「そういえば、アッくん和装って初めてじゃね?」
「あ、うん、初めてだよ」
「とてもお似合いですよ」
「本当? 変じゃない?」
「うんうん、似合ってる似合ってる。アキと並ぶと七五三みたいで」
「もうっ、一言余計だよ!」
僕と同じく文句を言うかと思いきや、アキはお餅に夢中で、アーちゃんの言葉は届いてないようです。
あ、そういえば、今どこにいるかの説明をしなくちゃね。
僕たちキラキラ会は、お正月をアキラの実家(でいいのかな?)ですごしています。
そうです、例の奥院です。
招待してくれたのは嬉しかったけど、僕用にとやけに立派な黒紋付袴が用意されていて、唖然としてしまいました。
普段着でいいって言われたから本当に普段着で来たけど、まさか着替えが用意されてるとは。
着付けはもちろん継埜の人たちがしてくれて、それが男性だったことにかなりホッとしました。
そして通されたのは以前の茶室、ではなく、大きな座敷。
皆も同じように晴着を着ていて、アキラは白銀の羽織袴に、アーちゃんは鉄紺、アッキーは渋紫で、アキは若草色と、とてもカラフルで華々しく、そして、とても着慣れてる感じがした。
僕だけ浮いてるんじゃないかと不安な中、とてもお似合いだと、同席していた男性から言われ幾分気が安らいだ。
ちなみに、その男性が奈落で見た長老のひとりで、アキラに榊と呼ばれていた人物だと気付いたのは結構後だった。
「せっかく皆様お揃いですから、なにか正月らしい遊戯でもなさりませんか?」
さすがにお餅ばかりに夢中では、お正月らしさなんて何も味わえない。
榊さんからの提案は、願ったりだった。
「遊戯?」
アーちゃんが首を捻る中、ひとりの女性がなにやら小さな箱を榊さんに手渡した。
「百人一首ですね」
アキラの言葉通り、榊さんが手にしていたのは百人一首の札だった。
確かに、お正月には定番かもしれないね。
あ、でも、
「どうせあんたは、決まり字も完璧なんでしょ」
僕が口にする前に、不満そうなアーちゃんからの一言。
僕もアッキーも、うんうんとそれに同意した。
「まあまあ守人様、そうおっしゃらずに、せっかく渡辺殿がお出でなのですから、ここは楽しく、あくまで遊びの範囲で」
せめて君にしてくださいとお願いしたのに、やっぱり榊さんは渡辺殿なんだ。
とっても心苦しいです。
「決まり字だけじゃなくて、札の並びも完璧に覚えますよ。それでもよろしいですか?」
「む、なにそれ、勝利宣言?」
「まぁ、そうとっていただいても構いませんが」
「言っとくけど、俺もそこそこやっちゃうのよ」
「ふふ、決まり字は当然としても、読み終えた句すべてを覚えていられますか? あなたに」
「んだとぉ」
あ、あれ、榊さんは遊びの範囲って強調してたよね。
どうしてアキラとアーちゃんは、こんなにやる気になってるの?
「ア、アッキー」
アキはもともと興味がないのはわかりきっているから、無言のアッキーにこそりと話しかけてみた。
「アッキーは百人一首得意? 僕、わかる札が少ししかないんだけど……」
どうもあの二人とはレベルが違う気がして、おもわず同類を探したくなるのは、きっと間違ってないよね。
「歌自体は覚えているが……」
「ひゃ、百首全部?」
当たり前だって顔して頷かれました。
レベルがまったく違うのは、僕だけみたいです。
これは、読み手か見学にまわったほうがいいんじゃないだろうか。
「まあまあお二人とも、そう熱くならずに。お遊びですからね、皆さんで楽しめるようにいたしましょう」
「競技カルタのルールじゃなくて?」
アーちゃんがそう言うと、榊さんがにっこりと笑った。
奈落ではとても厳しい表情で座していたけど、こうやって優しく微笑んでいると、気の善いおじさんって感じだ。
「散らし取りならば、皆様でできますでしょう」
「あの、散らし取りってなんですか?」
初めて聞いた言葉だ。
「百枚の札を適当に並べて、皆で取り合うんですよ。最後に一番多くの札を取った人が勝ちです」
アキラが丁寧に教えてくれた。
つまり、普通のカルタってことだ。
「ま、なんでもいいや。早くやろ」
あ、読み手に立候補しなきゃ。
「あの、」
「では読み手のほうは、不肖私めが務めさせていただきます」
深々と畳に額づく榊さんによって、僕の言葉は封じられました。
適当に並べるって、本当に適当なんだ。
「取り札の頭は、バラバラな方向を向くように並べてくださいね」
「うん」
並べる作業は楽しいのか、ここだけ参加してきたアキと一緒に、アキラの指示通り、角が揃わないように札を置いていく。
「あ、うう、あう」
「どうせもう、覚えてるんでしょー」
「特技を活かして何が悪いんですか?」
普段はとても仲がいいくせに、どうしてそう争う姿勢になるんだろう。
だいたいアキラは負けず嫌いってわけじゃないし、アーちゃんだってそういうタイプじゃない。
あ、ことゲームに関しては拘るけどね。
「ねぇ、アッキー、どうして今日の二人はあんなに揉めてるの?」
これまたこっそりと訊いてみた。
「二人にとっての得意分野だからだろう」
「アーちゃんもアキラも、百人一首に自信があるってこと?」
「たぶんな」
アキラはなんとなく納得、アーちゃんも頭の中身は文系だし、アッキーの言う通りかなり自信があるのかもしれない。
「今まで皆でやったことってなかったの?」
「ああ」
「そっか」
アーちゃんと言い合いをするアキラを、それは優しい瞳で見守る榊さんに自然と目がいった。
アキラのこれまでの生活なんて何ひとつ知らないけど、今のアキラはとても生き生きと眩しく見える。
榊さんにもそう映っているのかもしれない。
「よし、自信ないけど、僕もがんばろう。アッキーもやる気出してよ」
「そうだな」
「どっちにしろ、僕たちに勝機はなさそうだけどね」
なんでもかんでも覚えちゃう雪客様相手に、勝負になるのかすら怪しいものね。
「どうかな」
「え? まさか、自信あるの?」
いつものように表情が少ないアッキーが、少しだけ口端を上げた。
もしかして、彼には秘策があるのかもしれない。
百枚すべてを並び終えたから、いよいよ遊戯のスタートです。
「札を覚える時間は15分でよろしいでしょうか」
榊さんのこの言葉に、アキラがすかさず待ったをかけた。
「そんなにいりますか?」
「うっわ、むかつく」
結局覚える時間は10分となった。
「10分は長いですねー。はぁ、退屈です」
なんて、アキラはアーちゃんのイライラをさらに助長させる発言をしてくれた。
座る位置は、アキラの正面にアーちゃん、その左に僕、続いてアッキーと決まった。
アキはまったくやる気がないのが明白で、アキラの隣りに座り込んではしゃいでいる。
10分の間にアーちゃんは食い入るように札の位置を覚え、僕は自分が覚えている二首の位置を確認した。
一首は僕のすぐ傍にあるという幸運に恵まれたけど、もう一首はアキラの傍にあった。
一枚だけでも取れたらラッキーだね。
秘策があるらしきアッキーは、札の場所を覚えてる様子はない。
全体を眺めてから、皆の位置を確認しているようだ。
ようやく10分が経過して、榊さんがアキラとアーちゃんの間に腰をおろした。
女中さんらしき女性たちが座布団に座るように勧めたけど、アキラはじめ僕たちが畳に正座してるせいか、榊さんはそれを辞退した。
僕たちは邪魔だから使ってないだけで、榊さんは気にせずに使えばいいのにと思います。
開始の合図として、まずは王仁の難波津の歌が、榊さんのなんとも渋い声で読みあげられました。