2012年ハロウィン
[凱旋]
完全なる勝利とはいかないまでも、アキは実に満足しています。
たくさんの戦利品を背中に、黒猫と共にいざ凱旋です。
笑顔で迎えてくれるだろうアキラの事を考えるだけで、胸がはずみます。
ああ、早く帰って、勝利の謳歌をアキラとするのだ。
奪ってきたお宝を二人で味わうことを想像して、アキはおもわず涎が出そうになってしまいました。
「あ、うう」
だらしなく零すことなく、すんでのところでしっかと口を結びました。
今から凱旋だというのに、涎を垂らしていては格好がつきません。
そして、リボンタイをしっかりと引き結び、意気揚々と寮を目指すアキの前に、蹲る少年を発見しました。
「むらかみくん、なの、のよ」
蹲る少年は、村上君でした。
戦場の真っ只中で出会った人物、本来なら戦いを挑むのもやむなしの相手に、ですがアキはそうはしませんでした。
ただ、心配げに声をかけるだけです。
「す、鈴木、君……」
アキを認め、顔を上げた村上君。
その顔色は、真っ青を通り越して、真っ白になっています。
「ああ、ああ、むらかみくん、するのよ、いうのよ、なのよ」
今にも泣き出してしまいそうな表情で、アキを見詰める村上君に、その事情を説明してくれと、そうアキはお願いしました。
「鈴木君……僕、僕……」
とうとう彼の瞳は決壊し、頬を幾筋もの涙が流れ落ちます。
「ああ、いうの、するのよ」
まずは彼の現状を知らなければ、たとえ最強の戦士といえども、なんの手助けもできません。
「きょ、今日、副会長様と、隊員のお茶会で……」
「うん、うん、なの」
村上君がしゃくりあげながら、ゆっくりと語ってくれた内容に、アキも貰い泣きしそうになりました。
村上君が言うには、今日のお茶会はいつもとは違って、集まる隊員の数が半端なく多いのだとか。
その準備一切を隊長から任されて、村上君は張り切って用意をしていたそうです。
用意するのは、もちろん何種類もの紅茶に、たくさんのお菓子。
隊長からお金を預かり、それらを買いに行こうと街に繰り出す直前、村上君はとんでもないことに気がついたのです。
「お金、落としてて、……そ、それに、気が付かなくて……」
それでも紅茶のほうは、前もって頼んでいたおかげで大丈夫だったそうです。
「お菓子を用意しようと思ったけど……」
村上君は、この学園に通ってはいますが、家の状態はいたって普通のコなのです。
副会長様たちが普段口にするような贅沢な菓子を、たくさん用意することは、ほぼ不可能に近い状態でしょう。
「じ、自分が、許せなくて、……情けなくて……もう、もう、」
「あ、あう、うう」
とても真面目な性格の村上君。
そうやって自分を責める姿が誰かに重なり、アキはとてもとても悲しい気持ちでいっぱいになってしまいました。
こんなに困っている相手を、このまま黙って見過ごすのは、はたして戦士として正しいのだろうか。
アキは自問自答します。
「あ、う、するのっ」
アキラのことを無理矢理脳裏から消し去り、アキは大事な黒猫を村上君に渡しました。
「え、あの、す、鈴木君?」
「うあ、あげるのよ、なの、のよっ」
困惑している村上君の胸にギュっギュと、自分の相棒を押し付けます。
黒猫は魔族ではありますが、きっと彼の窮地を見過ごすことはしないはず。
アキはそう信じて、大切な相棒である黒猫を、村上君に託しました。
「こ、これ……鈴木君!?」
「いいのよ、するの、なの」
中を見た村上君の驚きに満ちた表情に満足しながら、戦士はその場を去ることにしました。
恩に着せる気など毛頭ない以上、長居するだけ無駄なのです。
「いくの、アキ、いくのよ」
別れの挨拶をして、颯爽と寮に戻る戦士に、村上君の言葉が届きました。
「ありがとう鈴木君、本当にありがとう!」
アキにとっては、それが、なによりのご褒美だ。
冷たくなった背中に少しの寂しさを感じはしたが、それ以上に暖かくなった胸を張り、アキはアキラの待つ寮に凱旋します。
勝利を示す確たる証など、何一つ持ってはいないが、それでも最強の戦士の誇りは、この胸の中にある。
そっと手の平で胸を撫で、アキラの元にいざ。
「おかえりなさい。かなりお疲れになったのではないですか?」
暖かい部屋の中、もっと暖かな笑顔で出迎えてくれたアキラに、アキは辛い話を語らなければなりません。
彼は怒るでしょうか、それとも泣くでしょうか、それとも……何も言わずに、ただ心の中だけでアキを責めるのでしょうか。
それならば、口汚くアキを罵って欲しい。
そんな想いで、これまでの経緯をすべて語り終えました。
「それは、良いことをなさりましたね」
「あ、あ、う……」
アキの予想はどれも当たりませんでした。
ただ優しく頭を撫でながら、とても誇らしげに笑うその人に、アキは言葉も出てきません。
「あ、ちょうどよい時間ですね」
感謝の言葉を述べるか、それとも謝罪か、そう悩んでいた矢先、アキラはすたこらとキッチンに向かいました。
そういえば、気持ちが高ぶっていて気付かなかったが、やけに良い匂いがしている。
「プリンを作っておいたのです。ちょうど食べ頃だと思いますよ」
「あ、ううう、あうあーー」
アキラが持ってきたのは、なんとも芳しい香りを放つ、パンプキンプリンでした。
コトンとアキの目の前に置かれたそれに、一気に唾が溢れてきます。
「生クリームも用意しておいたので、どうぞお好みでかけてください」
どこまでも至れり尽くせりな申し出に、アキはただただ感激していました。
「ただーいまー」
「あ、おかえりなさい」
感謝の言葉と共に、ありがたくプリンを頂戴しようと思っていたところに、アキの宿敵が戻ってきました。
たまに忘れてしまいますが、ここは、アーちゃんの部屋なのです。
「おや、アッくんも一緒ですか」
「そこで会ったから拉致ってきたの」
「うん、拉致られちゃった」
続く声は、アキの大好きな友人の声。
「アッくん、なの、のよ」
「お、プリンじゃん、うまそー」
「たくさん作ったので、アッくんも食べますか?」
「わ、食べたい」
「では、少しお待ちくださいね。アーちゃんも食べますよね」
「食べる食べるー」
アーちゃんは、人に菓子を与えるのは嫌がるくせに、アキラからは奪う気満々なのかと、アキは少し腹立たしく感じました。
「あ、そうそう、はいよ」
「あう?」
どっかとアキの前に座ったかと思うと、アーちゃんがいきなり目の前に箱を置きました。
「おや、街まで行っていたのですか」
「そそ、もうちょっと、バスの数増やしてほしいねー」
見れば箱の側面には、街でも有名な洋菓子店の名前が書かれておりました。
「あ、それ、予約のみのやつじゃないの?」
アッくんが中身を見て口にした言葉に、アキの頭は混乱してきました。
「この方、一ヶ月前から予約してましたからね」
「食い物の恨みは買いたくないのー」
これはいったいどういうことなのか……。
アキは必死で考えました。
この箱の中身は、とても大きなパンプキンケーキです。
それも、とても濃厚でしっとりしてるだろうと、すぐに予想がつくほどの出来栄え。
「あ、ああ、ありがとっ、なのっ」
「いいから、プリン食ってなさい」
「あ、あい、なのっ」
「これ、すごく美味しいね。アキラが作ったの?」
「はい。見様見真似ですが、なんとかなりましたね。そうそう、今日の夜は、アッキーがハロウィン風の夕食を用意してくれるそうですよ」
それはきっと、パンプキンをふんだんに使った料理になるのだろう。
彼のことだから、ちゃんとデザートも出るに違いない。
戦いにばかり気を取られ、こんな風に皆で楽しむということを失念していた。
アキにとっては、どれも必要な戦いではあったが、そうして得た物は結局アキの手から消えて行った。
たった1つの感謝の言葉はとてもありがたいものだけど、こうして今感じる暖かさもとても心地が良いものだ。
「あ、アッキーが来たようですね」
「あれ? かぼちゃしか買ってこないと思ってたのに、意外に普通じゃん」
「阿呆」
「んまっ」
今夜はもしかして、アキの大好きなグラタンかもしれない。
そんな期待に胸をはずませ、アキラの作ってくれたプリンをおかわりする。
そして、アーちゃんが用意してくれたケーキも切ってもらい、ありがたく味わわせてもらう。
キラキラ会全員で迎えることができたハロウィンに、アキはたくさんの感謝を込めて、そっと猫耳を外した。
最強の戦士とは、ここでお別れなのだ。
すべての戦いが終わって、残ったものは胸いっぱいの幸福感。
今夜はゆっくりと寝ることができそうだと、アキはしみじみと考えた。
そうして鋭気を養って、また来年の戦いに向け、己を鍛え上げていく。
そう、どれほど幸福に酔いはしても、いざそのときがくればアキはまた戦士として目覚めるだろう。
また彼らの前に立ち塞がることに、アキは躊躇いなど覚えはしない。
なぜならアキは、非情で残酷な最強の戦士なのだから。
来年も必ず――。
「とりっ、ああ、とりっ、なのよっ」
完全なる勝利とはいかないまでも、アキは実に満足しています。
たくさんの戦利品を背中に、黒猫と共にいざ凱旋です。
笑顔で迎えてくれるだろうアキラの事を考えるだけで、胸がはずみます。
ああ、早く帰って、勝利の謳歌をアキラとするのだ。
奪ってきたお宝を二人で味わうことを想像して、アキはおもわず涎が出そうになってしまいました。
「あ、うう」
だらしなく零すことなく、すんでのところでしっかと口を結びました。
今から凱旋だというのに、涎を垂らしていては格好がつきません。
そして、リボンタイをしっかりと引き結び、意気揚々と寮を目指すアキの前に、蹲る少年を発見しました。
「むらかみくん、なの、のよ」
蹲る少年は、村上君でした。
戦場の真っ只中で出会った人物、本来なら戦いを挑むのもやむなしの相手に、ですがアキはそうはしませんでした。
ただ、心配げに声をかけるだけです。
「す、鈴木、君……」
アキを認め、顔を上げた村上君。
その顔色は、真っ青を通り越して、真っ白になっています。
「ああ、ああ、むらかみくん、するのよ、いうのよ、なのよ」
今にも泣き出してしまいそうな表情で、アキを見詰める村上君に、その事情を説明してくれと、そうアキはお願いしました。
「鈴木君……僕、僕……」
とうとう彼の瞳は決壊し、頬を幾筋もの涙が流れ落ちます。
「ああ、いうの、するのよ」
まずは彼の現状を知らなければ、たとえ最強の戦士といえども、なんの手助けもできません。
「きょ、今日、副会長様と、隊員のお茶会で……」
「うん、うん、なの」
村上君がしゃくりあげながら、ゆっくりと語ってくれた内容に、アキも貰い泣きしそうになりました。
村上君が言うには、今日のお茶会はいつもとは違って、集まる隊員の数が半端なく多いのだとか。
その準備一切を隊長から任されて、村上君は張り切って用意をしていたそうです。
用意するのは、もちろん何種類もの紅茶に、たくさんのお菓子。
隊長からお金を預かり、それらを買いに行こうと街に繰り出す直前、村上君はとんでもないことに気がついたのです。
「お金、落としてて、……そ、それに、気が付かなくて……」
それでも紅茶のほうは、前もって頼んでいたおかげで大丈夫だったそうです。
「お菓子を用意しようと思ったけど……」
村上君は、この学園に通ってはいますが、家の状態はいたって普通のコなのです。
副会長様たちが普段口にするような贅沢な菓子を、たくさん用意することは、ほぼ不可能に近い状態でしょう。
「じ、自分が、許せなくて、……情けなくて……もう、もう、」
「あ、あう、うう」
とても真面目な性格の村上君。
そうやって自分を責める姿が誰かに重なり、アキはとてもとても悲しい気持ちでいっぱいになってしまいました。
こんなに困っている相手を、このまま黙って見過ごすのは、はたして戦士として正しいのだろうか。
アキは自問自答します。
「あ、う、するのっ」
アキラのことを無理矢理脳裏から消し去り、アキは大事な黒猫を村上君に渡しました。
「え、あの、す、鈴木君?」
「うあ、あげるのよ、なの、のよっ」
困惑している村上君の胸にギュっギュと、自分の相棒を押し付けます。
黒猫は魔族ではありますが、きっと彼の窮地を見過ごすことはしないはず。
アキはそう信じて、大切な相棒である黒猫を、村上君に託しました。
「こ、これ……鈴木君!?」
「いいのよ、するの、なの」
中を見た村上君の驚きに満ちた表情に満足しながら、戦士はその場を去ることにしました。
恩に着せる気など毛頭ない以上、長居するだけ無駄なのです。
「いくの、アキ、いくのよ」
別れの挨拶をして、颯爽と寮に戻る戦士に、村上君の言葉が届きました。
「ありがとう鈴木君、本当にありがとう!」
アキにとっては、それが、なによりのご褒美だ。
冷たくなった背中に少しの寂しさを感じはしたが、それ以上に暖かくなった胸を張り、アキはアキラの待つ寮に凱旋します。
勝利を示す確たる証など、何一つ持ってはいないが、それでも最強の戦士の誇りは、この胸の中にある。
そっと手の平で胸を撫で、アキラの元にいざ。
「おかえりなさい。かなりお疲れになったのではないですか?」
暖かい部屋の中、もっと暖かな笑顔で出迎えてくれたアキラに、アキは辛い話を語らなければなりません。
彼は怒るでしょうか、それとも泣くでしょうか、それとも……何も言わずに、ただ心の中だけでアキを責めるのでしょうか。
それならば、口汚くアキを罵って欲しい。
そんな想いで、これまでの経緯をすべて語り終えました。
「それは、良いことをなさりましたね」
「あ、あ、う……」
アキの予想はどれも当たりませんでした。
ただ優しく頭を撫でながら、とても誇らしげに笑うその人に、アキは言葉も出てきません。
「あ、ちょうどよい時間ですね」
感謝の言葉を述べるか、それとも謝罪か、そう悩んでいた矢先、アキラはすたこらとキッチンに向かいました。
そういえば、気持ちが高ぶっていて気付かなかったが、やけに良い匂いがしている。
「プリンを作っておいたのです。ちょうど食べ頃だと思いますよ」
「あ、ううう、あうあーー」
アキラが持ってきたのは、なんとも芳しい香りを放つ、パンプキンプリンでした。
コトンとアキの目の前に置かれたそれに、一気に唾が溢れてきます。
「生クリームも用意しておいたので、どうぞお好みでかけてください」
どこまでも至れり尽くせりな申し出に、アキはただただ感激していました。
「ただーいまー」
「あ、おかえりなさい」
感謝の言葉と共に、ありがたくプリンを頂戴しようと思っていたところに、アキの宿敵が戻ってきました。
たまに忘れてしまいますが、ここは、アーちゃんの部屋なのです。
「おや、アッくんも一緒ですか」
「そこで会ったから拉致ってきたの」
「うん、拉致られちゃった」
続く声は、アキの大好きな友人の声。
「アッくん、なの、のよ」
「お、プリンじゃん、うまそー」
「たくさん作ったので、アッくんも食べますか?」
「わ、食べたい」
「では、少しお待ちくださいね。アーちゃんも食べますよね」
「食べる食べるー」
アーちゃんは、人に菓子を与えるのは嫌がるくせに、アキラからは奪う気満々なのかと、アキは少し腹立たしく感じました。
「あ、そうそう、はいよ」
「あう?」
どっかとアキの前に座ったかと思うと、アーちゃんがいきなり目の前に箱を置きました。
「おや、街まで行っていたのですか」
「そそ、もうちょっと、バスの数増やしてほしいねー」
見れば箱の側面には、街でも有名な洋菓子店の名前が書かれておりました。
「あ、それ、予約のみのやつじゃないの?」
アッくんが中身を見て口にした言葉に、アキの頭は混乱してきました。
「この方、一ヶ月前から予約してましたからね」
「食い物の恨みは買いたくないのー」
これはいったいどういうことなのか……。
アキは必死で考えました。
この箱の中身は、とても大きなパンプキンケーキです。
それも、とても濃厚でしっとりしてるだろうと、すぐに予想がつくほどの出来栄え。
「あ、ああ、ありがとっ、なのっ」
「いいから、プリン食ってなさい」
「あ、あい、なのっ」
「これ、すごく美味しいね。アキラが作ったの?」
「はい。見様見真似ですが、なんとかなりましたね。そうそう、今日の夜は、アッキーがハロウィン風の夕食を用意してくれるそうですよ」
それはきっと、パンプキンをふんだんに使った料理になるのだろう。
彼のことだから、ちゃんとデザートも出るに違いない。
戦いにばかり気を取られ、こんな風に皆で楽しむということを失念していた。
アキにとっては、どれも必要な戦いではあったが、そうして得た物は結局アキの手から消えて行った。
たった1つの感謝の言葉はとてもありがたいものだけど、こうして今感じる暖かさもとても心地が良いものだ。
「あ、アッキーが来たようですね」
「あれ? かぼちゃしか買ってこないと思ってたのに、意外に普通じゃん」
「阿呆」
「んまっ」
今夜はもしかして、アキの大好きなグラタンかもしれない。
そんな期待に胸をはずませ、アキラの作ってくれたプリンをおかわりする。
そして、アーちゃんが用意してくれたケーキも切ってもらい、ありがたく味わわせてもらう。
キラキラ会全員で迎えることができたハロウィンに、アキはたくさんの感謝を込めて、そっと猫耳を外した。
最強の戦士とは、ここでお別れなのだ。
すべての戦いが終わって、残ったものは胸いっぱいの幸福感。
今夜はゆっくりと寝ることができそうだと、アキはしみじみと考えた。
そうして鋭気を養って、また来年の戦いに向け、己を鍛え上げていく。
そう、どれほど幸福に酔いはしても、いざそのときがくればアキはまた戦士として目覚めるだろう。
また彼らの前に立ち塞がることに、アキは躊躇いなど覚えはしない。
なぜならアキは、非情で残酷な最強の戦士なのだから。
来年も必ず――。
「とりっ、ああ、とりっ、なのよっ」