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2012年ハロウィン

[ちゃらさん]


アキは校庭をのんびりと歩く標的を、見事にロックオンいたしました。
現在、戦いの真最中にある学園内を、なんの警戒もせず歩いているとは、本当にこの男は愚かです。

「とりっ、ああ、とりっ、なのよっ」

「わわっ、なんだー!?」

驚きのあまり腕は万歳のように上げられて、腰は少々逃げ腰になっています。
ちゃらい男の素晴らしいリアクションに、アキはしてやったりな気分になりました。

「うう、ああ、するのよ、なのっ」

ゾッとするような笑みを浮かべ指をにぎにぎさせてやれば、藤村は急に自分の身を抱き締めて、ぶるりと身震いいたしました。

「そ、その手ダメダメ、マジ止めてー!」

既に、アキの脅しに、屈服の姿勢を見せています。
やはりちゃらくて、ちょろい男です。

ふとアキの脳裏に、ちゃらさんよりも、ちょろさんのほうが似合うのでは、とそんな考えが浮かびました。
そろそろ改名しどきか、いやしかし、"ちゃらさん"ならともかく"ちょろさん"では、どうも間抜けな感じがして、呼ぶ側の自分が格好悪い気がします。

ならば、今はまだそのときではないのだ。

アキは心の中でそう呟きました。

「するのよ、なのっ、なのよ!」

妙な感慨に浸っていたせいで、ここは仕切り直しです。
菓子をくれないといたずらすると、非道なまでに脅しをかけます。

「えええええ、そんな格好でいたずらするとか、もうチビちゃん超カワイすぎなんだけどーーーっ!」

「あ、あうあ!」

奇襲、抱きつきをかわしきったアキは、素早く藤村の背後に回りました。

こちらの勧告を聴き入れなかった愚かな藤村に、反撃開始です。

こちょこちょこちょーーーー!

「いやーーー、ごめん、ごめんなさーーいっ」

「なの、するの、なのよっ」

藤村はその長身を折り曲げて、地に手をつきました。
それはまさに全面降伏の構え。

己に屈した者を眼下に見据え、アキは更なる脅しをかけます。

「するの、なのっ、のよ!」

「ええええ、もういたずらしたじゃーん」

「あ、あうあ」

そうです。
アキはここにきて、初めて己の失態に気がついたのです。

お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ。
それ即ち、いたずらしたら、お菓子が貰えない……。

「ああ、あああっ」

アキは戦いに目を向けすぎて、大事な事を忘れていたのです。
相手を殲滅するよりも、ブツを手に入れることがなにより大事、そのことをうっかりと忘れていた。

アキラの哀しむ顔が目に浮かんできました。

「うううう、あううう」

心の中でアキラに深く詫びつつ、泣く泣く藤村に背を向けた。
相手を滅したあとの戦士は、ただただ後悔に身を焼き尽くし、その場を去るしかないのです。

「なーんて、ちゃーんと用意してるんですけどー」

ひっそりと背を丸め、相棒である黒猫と共に、戦場を去ろうとしていた戦士を呼び止める、一つの声。

「ちょっと待ってねー」

ごそごそと、鞄の中を探っている藤村に、アキの期待は高まります。

「はい、どうぞー。チョコレートだけど、いいよねー」

無造作ともいえる所作で、アキの手に乗せられたのは、綺麗に包装された箱。
そこにはCOVAの文字が刻印されていました。

そう、イタリアはミラノの老舗、食の好みは意外に日本人と通ずるものがある、あの国のチョコレートだったのです。

「あう、おおう」

アキは喜びに打ちひしがれました。

「チビちゃんのために、用意してた俺って、超良いやつじゃね?」

アキはうんうん、と何度も首を縦に振りました。

しかし、そこではたと気付きます。
これを素直に受け取るのは良いことなのだろうか、と。
いたずらして、菓子まで受け取るのは、戦士としてあるまじき行為なのではないか、と。

「あ、背中、入れてあげようかー?」

アキの悩みなど払拭させるように、藤村は笑顔で申し出てくれました。

「あ、あい、なの」

「この黒猫可愛いねー。チビちゃんにピッタリ」

使い魔を褒める藤村に、アキの胸と背中はほんのりと暖まります。

「あう、ありがと、なのよ」

「はいはい、どういたしましてー」

蹂躙されながらも、菓子を差し出す藤村の潔さに、アキは深く感じ入りました。

ちゃらい風を装ってはいるが、この男はかなり聡く、そして度量も大きいのではないか。
自分に負けたことなどまったく気にしていない藤村に、ある意味負けたと、アキは心の中だけで敗北を認めました。

そして、藤村の笑みに、アキも最高の笑みを返し、また新たな戦場へと向かうのだった。


誰の所に行く?

アッくん

アッキー

アーちゃん

ぱぱさん

凱旋
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