単発もの
[The Secret Garden 2-1]
冬休みに入ったからって、すぐにすべての施設が閉鎖されるわけじゃない。
特に寮内の施設は、ギリギリまで従来通りに営まれる。
早々に帰省する生徒がいる中、なかなか帰らない生徒もいるから、食堂や売店を閉めるわけにはいかないんだ。
さすがに通常通りとはいかないし、食事が必要な生徒は前もって申し出ないといけないけど。
実家の都合で、僕はギリギリまで帰省しない。
ギリギリとはいっても、28日には退去しなくてはならず、僕が寮に居られるのは27日までだ。
同室のコはご両親が迎えに来て、終業式の当日に帰っていったけどね。
毎度のこととはいえ、普段二人の部屋に一人というのは、少し寂しいものがあった。
食事も一人になりがちだし、休みは嬉しいけど、こういうところは素直に喜べないな。
花壇の世話は、終業式のあとに終わらせた。
帰省するまでは見に行くこともあるけど、これといって手をかけることはもうない。
図々しくも、副会長様の花壇をお世話しはじめたのは、暖かくなりはじめの頃だった。
あれから、気が付いたら冬が到来していた。
冬といえば、花たちがゆっくりと眠りにつく時季だ。
だからこそ手をかける、と園芸部の顧問である生物の先生が教えてくれた。
副会長様は心得ていらして、とうに肥料の注文を終わらせていたし、僕らが帰ったあとのことも手配済みだった。
試験が終わってから、隊員たちも参加しての冬篭り準備、その後忘年会代わりのお茶会を、光栄にも副会長様のお部屋で開いていただいたのだ。
そして迎えた終業式。
副会長様はお家の事情で式後すぐに帰省なさったから、僕が様子を見に花園を訪れた。
後から野添君がやってきたのは、いつものことといえばいつものことで、彼は部活前や合間に花園に顔を出すことがたまにある。
副会長様や他の隊員がいるときもあれば、僕しかいないときもあり、そんなときは結構長い時間話すことが多い。
内容は、最初のほうこそ渡辺君に関することばかりだったけど、最近では彼の身辺に関する話題も多くなっていた。
練習が大変だとか、レギュラー復活がどうのとか、試合の結果とか、そういった話題。
それがまるで友人同士の会話のようで、ちょっぴり嬉しいと感じている。
夕食を食べようと食堂に行けば、そこはもうかなり閑散としていた。
まだ終業式が終わったばかりなのに、既にほとんどの生徒が帰省したからだろう。
高校生とはいえ、やはり実家が恋しいということか。
寮暮らしのせいで、家族との時間が少ないから仕方ないのかな。
いつものメンバー――同室者だったり、隊員だったり――はすでに寮にいないから、今夜から食事は一人になる。
隊員たちがこうも早くに帰省したのは、副会長様の帰省も理由の一つかもしれない。
やっぱり寂しいけど、だからといって僕も早々に実家にという気にはならなかった。
僕の実家は、旅館を営んでいる。
旅館とは、人様が休みのときこそ働かないといけなくて、そんなときに帰ったら、ここぞとばかりにこき使われるのが目に見えていた。
だから僕は長期休暇のとき、ギリギリまで寮に残るようにしている。
姉には、ズルイと怒られるけど。
一人侘しく夕食を食べていたら、賑やかな集団が入ってきた。
テイクアウト用のお弁当やオードブルの類を受け取ってるから、多分、どこかの部屋で忘年会と洒落込む気なのだろう。
いいな、楽しそう。
もともと僕は人見知りが激しくて、友人が少ない。
そのうえ部活にも入ってないから、友達といえば隊員くらいしかいなかった。
それだって、プライベートでの付き合いは、あまりないけど。
どことなく羨ましく眺めていたら、集団の中の一人がこちらへとやって来るのが見えた。
野添君だ。
てっきり別の誰かに声をかけるかと思いきや、野添君はまっすぐに僕の傍にやって来て、
「村上、一人なの?」
「う、うん。みんな……帰っちゃって……」
「そっかー。一人だと寂しいよな。美味しくないんじゃない?」
「ど、どうだろ? よく、わかんない……」
「これから俺の部屋で忘年会すんだけど、村上もどう?」
「え、え、ぶ、部活のなんでしょ?」
「それはさっき終わった。今からすんのは、単なるダチの集まり」
彼の代名詞ともいえる爽やかな笑顔を前に、僕は情けなくも口を閉ざしていた。
返事もせず次第に俯く僕に、野添君が戸惑いの表情を見せる。
彼と会うのは、いつも副会長様の花園でだった。
僕と野添君はクラスも違えば、行動範囲もまったく異なる。
友人関係も重ならず、たとえ廊下で擦れ違っても、親しく話すほどではないのだ。
花園での時間が、僕と野添君の唯一の接点と言っても過言ではないくらいだった。
それなのに、まさかこんな場所で、話しかけられるなんて。
しかも友人たちとの集まりに、誘ってくれた。
こういう場合、どう返事すればいいのだろうか。
「ごめん、急に言われたら、そりゃ困るよな」
突然謝罪されて、彼に余計な気を使わせたと後悔した。
軽い気持ちで誘ってくれた彼に、気の効いた言葉一つ返せないなんて、自分がひどく情けない。
「あ、その……野添君の友達、あんまり、知らなくて……」
「そうだよな。気使うだけだよな」
「せっかく誘ってくれたのに、ごめんね……」
「いいっていいって。だいたいあいつらガラ悪いし、村上とは合わないよ」
「……」
それは僕に罪悪感を抱かせないようにという、彼の配慮だろう。
現に彼は、実に申し訳なさそうな様子だった。
「そうだ、後で聞こうと思ってたんだけど、せっかくだし今聞いとくな。あさって、空いてる?」
「あさって?」
あさってといえば、12月25日で間違いないはず。
予定なんかもちろん入ってないけど。
「う、うん、空いてる、けど……」
「じゃあさ、映画、見に行かない?」
「映画?」
「そう、映画」
よく考えたら、25日はクリスマス本番だ。
さすがにイブほどの賑わいはなさそうだけど、クリスマスだし混雑してるんじゃないだろうか。
「すごく、混んでそうだよ……」
「大丈夫、座席指定の前売り買ってあるから」
あまりの準備のよさにびっくりしたけど、それはきっと渡辺君を誘うつもりでいた映画なのだろう。
結局のところ誘えなかったみたいだけど、実際は断られたのかもしれない。
せっかくのチケットだし無駄にするよりは、見に行くほうがいいと判断したんだろうか。
渡辺君と行くつもりだったなら、当然チケットは二枚だ。
たまたま暇そうな僕がいたから、誘ってくれたのかな。
「い、行く」
「マジで。やった」
待ち合わせは寮前のバス停と決め、すぐに時間も決まった。
そして集団の中から、一際目立つ綺麗な生徒が野添君を呼びに来る。
「康文、いつまで話してんの? みんな待ってるよ」
「ごめんごめん、もう終わった」
「ねぇ、戸口たちも後から来るって言ってたけど、あれだけで足りる?」
「予定より増えたもんな。足りなかったら、俺の非常食提供するよ」
「どうせ、カップ麺でしょ」
「缶詰もあるぞ」
「もう、しょぼいなー」
「サイアク、誰か麓まで走らせればいいじゃん」
「売店も食べ物はもう置いてないし、ロードワークついでに走らせようか」
「こえー、マネージャーだな」
「もうっ、言いだしっぺは康文でしょっ」
野添君を呼びに来た生徒には、見覚えがあった。
中等部からの持ち上がり組で、当時から可愛いと評判だった生徒だ。
名前は、知らないけど。
野添君とは仲がいいらしく、二人は僕そっちのけで楽しそうに話していた。
なんて、話しかけづらい雰囲気を出してる僕が、言うことじゃないね。
僕たちの学年は、他学年に比べて美形が少ないと言われている。
でもそれは、現在二年生である先輩方が、あまりにも抜きん出てるだけで、実際は野添君や明石君以外にも、目立つ生徒はちゃんといた。
そんな、一年のアイドル様と並んでも、見劣りしない生徒が、
「康文、明日空いてる?」
「今夜は朝まで無礼講だろ。一日寝てるに決まってんじゃん」
「イブだよ。もったいないよ」
「男子校でイブとか、意味ないって」
「そんなことないよ。ねぇ、どこか行こうよ」
「どうせ、起きれねーって。毎年そうじゃん」
「また朝まで騒いで、翌日は潰れるのか……。いつものことだし、仕方ないね。ねぇ、シーツ替えてある?」
「また俺のベッド使う気かよ」
「床で寝るとか、絶対ヤダもん」
「ったく、自分で替えろ」
「分かったよ、もうっ」
忘年会は、結構ハードそうだ。
野添君の部屋でやると言ってたから、たぶん、なし崩し的に雑魚寝になるのだろう。
マネージャーと呼ばれていた彼は、野添君のベッドで寝るのが恒例みたいだけど……。
聞くともなく聞いてると、彼らの親密さが否応なく伝わってきた。
マネージャーってことは、サッカー部のマネージャーなのかな?
だとしたら、親しいのも当然だよね……。
「早く行こうよ」
「分かってるって」
野添君の腕に自分の腕を絡め、急かすよう促すマネージャー。
向こう側では野添君を待つ集団がいて、彼らも口々に野添君を呼んでいた。
マネージャーに引っ張られるようにして歩き出した野添君が、去り際に僕の耳元に早口で囁く。
「あさって、楽しみにしてるから」
冬休みに入ったからって、すぐにすべての施設が閉鎖されるわけじゃない。
特に寮内の施設は、ギリギリまで従来通りに営まれる。
早々に帰省する生徒がいる中、なかなか帰らない生徒もいるから、食堂や売店を閉めるわけにはいかないんだ。
さすがに通常通りとはいかないし、食事が必要な生徒は前もって申し出ないといけないけど。
実家の都合で、僕はギリギリまで帰省しない。
ギリギリとはいっても、28日には退去しなくてはならず、僕が寮に居られるのは27日までだ。
同室のコはご両親が迎えに来て、終業式の当日に帰っていったけどね。
毎度のこととはいえ、普段二人の部屋に一人というのは、少し寂しいものがあった。
食事も一人になりがちだし、休みは嬉しいけど、こういうところは素直に喜べないな。
花壇の世話は、終業式のあとに終わらせた。
帰省するまでは見に行くこともあるけど、これといって手をかけることはもうない。
図々しくも、副会長様の花壇をお世話しはじめたのは、暖かくなりはじめの頃だった。
あれから、気が付いたら冬が到来していた。
冬といえば、花たちがゆっくりと眠りにつく時季だ。
だからこそ手をかける、と園芸部の顧問である生物の先生が教えてくれた。
副会長様は心得ていらして、とうに肥料の注文を終わらせていたし、僕らが帰ったあとのことも手配済みだった。
試験が終わってから、隊員たちも参加しての冬篭り準備、その後忘年会代わりのお茶会を、光栄にも副会長様のお部屋で開いていただいたのだ。
そして迎えた終業式。
副会長様はお家の事情で式後すぐに帰省なさったから、僕が様子を見に花園を訪れた。
後から野添君がやってきたのは、いつものことといえばいつものことで、彼は部活前や合間に花園に顔を出すことがたまにある。
副会長様や他の隊員がいるときもあれば、僕しかいないときもあり、そんなときは結構長い時間話すことが多い。
内容は、最初のほうこそ渡辺君に関することばかりだったけど、最近では彼の身辺に関する話題も多くなっていた。
練習が大変だとか、レギュラー復活がどうのとか、試合の結果とか、そういった話題。
それがまるで友人同士の会話のようで、ちょっぴり嬉しいと感じている。
夕食を食べようと食堂に行けば、そこはもうかなり閑散としていた。
まだ終業式が終わったばかりなのに、既にほとんどの生徒が帰省したからだろう。
高校生とはいえ、やはり実家が恋しいということか。
寮暮らしのせいで、家族との時間が少ないから仕方ないのかな。
いつものメンバー――同室者だったり、隊員だったり――はすでに寮にいないから、今夜から食事は一人になる。
隊員たちがこうも早くに帰省したのは、副会長様の帰省も理由の一つかもしれない。
やっぱり寂しいけど、だからといって僕も早々に実家にという気にはならなかった。
僕の実家は、旅館を営んでいる。
旅館とは、人様が休みのときこそ働かないといけなくて、そんなときに帰ったら、ここぞとばかりにこき使われるのが目に見えていた。
だから僕は長期休暇のとき、ギリギリまで寮に残るようにしている。
姉には、ズルイと怒られるけど。
一人侘しく夕食を食べていたら、賑やかな集団が入ってきた。
テイクアウト用のお弁当やオードブルの類を受け取ってるから、多分、どこかの部屋で忘年会と洒落込む気なのだろう。
いいな、楽しそう。
もともと僕は人見知りが激しくて、友人が少ない。
そのうえ部活にも入ってないから、友達といえば隊員くらいしかいなかった。
それだって、プライベートでの付き合いは、あまりないけど。
どことなく羨ましく眺めていたら、集団の中の一人がこちらへとやって来るのが見えた。
野添君だ。
てっきり別の誰かに声をかけるかと思いきや、野添君はまっすぐに僕の傍にやって来て、
「村上、一人なの?」
「う、うん。みんな……帰っちゃって……」
「そっかー。一人だと寂しいよな。美味しくないんじゃない?」
「ど、どうだろ? よく、わかんない……」
「これから俺の部屋で忘年会すんだけど、村上もどう?」
「え、え、ぶ、部活のなんでしょ?」
「それはさっき終わった。今からすんのは、単なるダチの集まり」
彼の代名詞ともいえる爽やかな笑顔を前に、僕は情けなくも口を閉ざしていた。
返事もせず次第に俯く僕に、野添君が戸惑いの表情を見せる。
彼と会うのは、いつも副会長様の花園でだった。
僕と野添君はクラスも違えば、行動範囲もまったく異なる。
友人関係も重ならず、たとえ廊下で擦れ違っても、親しく話すほどではないのだ。
花園での時間が、僕と野添君の唯一の接点と言っても過言ではないくらいだった。
それなのに、まさかこんな場所で、話しかけられるなんて。
しかも友人たちとの集まりに、誘ってくれた。
こういう場合、どう返事すればいいのだろうか。
「ごめん、急に言われたら、そりゃ困るよな」
突然謝罪されて、彼に余計な気を使わせたと後悔した。
軽い気持ちで誘ってくれた彼に、気の効いた言葉一つ返せないなんて、自分がひどく情けない。
「あ、その……野添君の友達、あんまり、知らなくて……」
「そうだよな。気使うだけだよな」
「せっかく誘ってくれたのに、ごめんね……」
「いいっていいって。だいたいあいつらガラ悪いし、村上とは合わないよ」
「……」
それは僕に罪悪感を抱かせないようにという、彼の配慮だろう。
現に彼は、実に申し訳なさそうな様子だった。
「そうだ、後で聞こうと思ってたんだけど、せっかくだし今聞いとくな。あさって、空いてる?」
「あさって?」
あさってといえば、12月25日で間違いないはず。
予定なんかもちろん入ってないけど。
「う、うん、空いてる、けど……」
「じゃあさ、映画、見に行かない?」
「映画?」
「そう、映画」
よく考えたら、25日はクリスマス本番だ。
さすがにイブほどの賑わいはなさそうだけど、クリスマスだし混雑してるんじゃないだろうか。
「すごく、混んでそうだよ……」
「大丈夫、座席指定の前売り買ってあるから」
あまりの準備のよさにびっくりしたけど、それはきっと渡辺君を誘うつもりでいた映画なのだろう。
結局のところ誘えなかったみたいだけど、実際は断られたのかもしれない。
せっかくのチケットだし無駄にするよりは、見に行くほうがいいと判断したんだろうか。
渡辺君と行くつもりだったなら、当然チケットは二枚だ。
たまたま暇そうな僕がいたから、誘ってくれたのかな。
「い、行く」
「マジで。やった」
待ち合わせは寮前のバス停と決め、すぐに時間も決まった。
そして集団の中から、一際目立つ綺麗な生徒が野添君を呼びに来る。
「康文、いつまで話してんの? みんな待ってるよ」
「ごめんごめん、もう終わった」
「ねぇ、戸口たちも後から来るって言ってたけど、あれだけで足りる?」
「予定より増えたもんな。足りなかったら、俺の非常食提供するよ」
「どうせ、カップ麺でしょ」
「缶詰もあるぞ」
「もう、しょぼいなー」
「サイアク、誰か麓まで走らせればいいじゃん」
「売店も食べ物はもう置いてないし、ロードワークついでに走らせようか」
「こえー、マネージャーだな」
「もうっ、言いだしっぺは康文でしょっ」
野添君を呼びに来た生徒には、見覚えがあった。
中等部からの持ち上がり組で、当時から可愛いと評判だった生徒だ。
名前は、知らないけど。
野添君とは仲がいいらしく、二人は僕そっちのけで楽しそうに話していた。
なんて、話しかけづらい雰囲気を出してる僕が、言うことじゃないね。
僕たちの学年は、他学年に比べて美形が少ないと言われている。
でもそれは、現在二年生である先輩方が、あまりにも抜きん出てるだけで、実際は野添君や明石君以外にも、目立つ生徒はちゃんといた。
そんな、一年のアイドル様と並んでも、見劣りしない生徒が、
「康文、明日空いてる?」
「今夜は朝まで無礼講だろ。一日寝てるに決まってんじゃん」
「イブだよ。もったいないよ」
「男子校でイブとか、意味ないって」
「そんなことないよ。ねぇ、どこか行こうよ」
「どうせ、起きれねーって。毎年そうじゃん」
「また朝まで騒いで、翌日は潰れるのか……。いつものことだし、仕方ないね。ねぇ、シーツ替えてある?」
「また俺のベッド使う気かよ」
「床で寝るとか、絶対ヤダもん」
「ったく、自分で替えろ」
「分かったよ、もうっ」
忘年会は、結構ハードそうだ。
野添君の部屋でやると言ってたから、たぶん、なし崩し的に雑魚寝になるのだろう。
マネージャーと呼ばれていた彼は、野添君のベッドで寝るのが恒例みたいだけど……。
聞くともなく聞いてると、彼らの親密さが否応なく伝わってきた。
マネージャーってことは、サッカー部のマネージャーなのかな?
だとしたら、親しいのも当然だよね……。
「早く行こうよ」
「分かってるって」
野添君の腕に自分の腕を絡め、急かすよう促すマネージャー。
向こう側では野添君を待つ集団がいて、彼らも口々に野添君を呼んでいた。
マネージャーに引っ張られるようにして歩き出した野添君が、去り際に僕の耳元に早口で囁く。
「あさって、楽しみにしてるから」