ひねもすのたりのたり
[ひねもすのたりのたり5-3]
「……その女の人は、こう呟いて、すぅーっと消えたそうです。死ねばよかったのに」
「ひょほおおおーーーっ、うぎゃ、あやぁぁ」
アキの絶叫に、アッキーもアーちゃんも顔をしかめていた。
だがしかし、アキはお話が怖くて叫んでるわけではない。
ただアキラの無駄に完璧な怪談に、感動してるだけなのだ。
「おやおや、そこまで怖がっていただけると、語り手冥利に尽きますね」
「し、真に迫りすぎだよ……」
ああ、可哀想なアッくん。
唇が小刻みに震えているではないか。
山の夜は確かに涼しいが、さすがにそれが震えの原因ではないだろう。
「そうですか? そう言っていただけると、俄然やる気が湧いてきますね。ささ、時間は有限です。次いきますよ」
「あわ、わ、」
既に五つも話したというのに、まだ続ける気なのか。
しかも、さらなるやる気を出してしまうとか。
なんと怖ろしい男なのだろう……。
だがしかし、戦士たるもの、ここで退くわけにはいかぬ。
さあ、どこからでもかかってくるがよい!
「これは、とある大学生四人組が、車ででかけたときのこと……」
ひい、ひい、ひいいいええええっ!!
結局アキラは7つの怪談を披露した後、上品な欠伸を漏らしつつとっとと自分の寝床に潜りこんだ。
アッくんを散々怖がらせアキを感動させた男は、話したいだけ話すと満足しきり、そうそうに寝てしまったのだ。
な、なんという男なのだ。
しかも言いだしっぺのアーちゃんまでもが、仲良く布団に入っている。
この二人、恐るべし。
「ア、アキ……布団くっつけて、いい?」
アッくんの顔色は最悪だった。
当然だろう。
アキラの臨場感溢れる語りに、とんでもないダメージを与えられたのだから。
ここは、アキが守ってあげなければ。
「い、いいいいいのよ、いいいいの、なななの、なのよっ」
戦士アキに、どーんと任せておけばいいのだ。
アキの強さに安心したアッくんが、そそくさと布団を移動させた。
運痴とまではいかないが、決して機敏とはいえない彼にしては、かなり素早い動作だったと思う。
やがてアッくんのお布団が、アキのお布団にピッタリとひっつく。
「そ、それじゃ、寝るね。おやすみ」
「あい、ねるの、するの、なの」
アッくんは横になると、顔をアキの方に向け眼を閉じた。
それを見届け、アキもお布団に包まる。
すっぽりと頭まで、指先一つであろうとも、絶対に布団の外にはみ出ないように、しっかりと厳重に。
ぴったり引っ付いたお布団に、ホッと胸を撫で下ろし寝入ったのは先刻のこと。
フワフワのタオルケットに包まった途端、すぐに眠気がやってきた。
それこそストンと落ちるように、眠りについたのだ。
そこまでは、良かった。
そのまま朝までグッスリの予定ががががが……。
そうなのだ、まだ夜中だというのに、アキは眼を覚ましてしまったのだ。
サイアクだ。
だが、正確な時間は分からない。
だって、お布団からは出られないんだもの。
もし夜中の二時だったら、どうしよう……ひ、ひいいいい!
はわわ、はわわ、落ち着くのだ。
お布団の中はセーフティぞうさんだと、アーちゃんが言っていたではないか。
そうだ、お布団の中は安全だ。
頭の先から足の爪先まで、一分の隙なく包まっていれば、それで、大丈夫、だいじょ……ぶくないー!
アキはいま、絶体絶命の窮地に陥っている。
も、もれる……。
いったい何が悪かったのか、お布団という絶対的安全な場所にいるアキに、尿意という敵が襲いかかっていた。
はうう、はうう。
アキはこう見えて、かなり大人なのだ。
おねしょなぞ、数えるほどしかしたことない。
だというのに……。
はううう、ううう。
「ア、アッくん……」
「くぅくぅ」
頼りのアッくんの返事は、安らかな寝息のみ。
寝入るまではビクビクしていたのに、どうしてそうも安心しきって眠れるのだろうか。
「う、うう」
やはりここは、最も頼れる男に縋るしかあるまい。
「ア、アッ……あぐわ」
やられた!
お布団の隙間から勇気を出して覗いて見たのに、アッキーのお布団は空っぽだったのだ。
なんたること!
アキを置いて、夜の散歩にでかけたとでもいうのか。
ドラキュラじゃあるまいし、どうして夜に散歩をする!
どうしてアキを、連れて行かない!
「うが、うがが」
ああ、留まることない強烈な尿意に、今にも屈してしまいそう。
ああ、おしっこがしたい。トイレに行きたい。
だけど、暗い廊下を一人で歩きたくはない。
せめて誰か電気を点けてくれないだろうか。
「あう、うう、アー、ちゃ……アー…ちゃん……」
こうなれば、この男を頼るしかない。
「うう、うう、アーちゃん」
小声で何度か呼びかけてはみたもの、寝息しか聞こえてこない。
ああ、アーちゃんなんかを頼った自分が馬鹿だった。
いざというときには、こうして簡単に裏切る男だと知っていたのに。
普段は夜行性のくせに、どうして大事なときにグッスリ眠ってしまうのだ!
しかも、一度寝てしまうとなかなか起きないとか、どこまで役立たずな男なのだ。
「うう、ううう」
ああ、どうしよう。そろそろ限界なのか。
おねしょ……ああああああ、おねしょ……アキは、負けてしまうのだろうか。
すべてを諦めかけたとき、アキの頭上から天使が囁きかけてきた。
「アキ? ひょっとして起きているのですか?」
「あうっ」
頭をひょこり出して、迷うことなく救いの主に助けを求める。
「あうう、アキラ、なの、なの」
「もしかして、アキもお手洗いですか?」
「あ、あああ、あい、なの、のよ」
「ふふ、スイカの食べすぎですかね、実は僕もなのですよ」
お、おおおおお、これは、まさか、
「アキもお手洗いに行くのでしたら、ご一緒いたしませんか?」
なんという申し出か。まさに天使。
断る理由など、あるはずもない。
「ああああ、あい、なの」
決して一人でトイレに行けないわけではなかった。
ただ、アキラに危険があっては困るのだ。
だから、アキがお供をすることにしただけなのだ。
「……その女の人は、こう呟いて、すぅーっと消えたそうです。死ねばよかったのに」
「ひょほおおおーーーっ、うぎゃ、あやぁぁ」
アキの絶叫に、アッキーもアーちゃんも顔をしかめていた。
だがしかし、アキはお話が怖くて叫んでるわけではない。
ただアキラの無駄に完璧な怪談に、感動してるだけなのだ。
「おやおや、そこまで怖がっていただけると、語り手冥利に尽きますね」
「し、真に迫りすぎだよ……」
ああ、可哀想なアッくん。
唇が小刻みに震えているではないか。
山の夜は確かに涼しいが、さすがにそれが震えの原因ではないだろう。
「そうですか? そう言っていただけると、俄然やる気が湧いてきますね。ささ、時間は有限です。次いきますよ」
「あわ、わ、」
既に五つも話したというのに、まだ続ける気なのか。
しかも、さらなるやる気を出してしまうとか。
なんと怖ろしい男なのだろう……。
だがしかし、戦士たるもの、ここで退くわけにはいかぬ。
さあ、どこからでもかかってくるがよい!
「これは、とある大学生四人組が、車ででかけたときのこと……」
ひい、ひい、ひいいいええええっ!!
結局アキラは7つの怪談を披露した後、上品な欠伸を漏らしつつとっとと自分の寝床に潜りこんだ。
アッくんを散々怖がらせアキを感動させた男は、話したいだけ話すと満足しきり、そうそうに寝てしまったのだ。
な、なんという男なのだ。
しかも言いだしっぺのアーちゃんまでもが、仲良く布団に入っている。
この二人、恐るべし。
「ア、アキ……布団くっつけて、いい?」
アッくんの顔色は最悪だった。
当然だろう。
アキラの臨場感溢れる語りに、とんでもないダメージを与えられたのだから。
ここは、アキが守ってあげなければ。
「い、いいいいいのよ、いいいいの、なななの、なのよっ」
戦士アキに、どーんと任せておけばいいのだ。
アキの強さに安心したアッくんが、そそくさと布団を移動させた。
運痴とまではいかないが、決して機敏とはいえない彼にしては、かなり素早い動作だったと思う。
やがてアッくんのお布団が、アキのお布団にピッタリとひっつく。
「そ、それじゃ、寝るね。おやすみ」
「あい、ねるの、するの、なの」
アッくんは横になると、顔をアキの方に向け眼を閉じた。
それを見届け、アキもお布団に包まる。
すっぽりと頭まで、指先一つであろうとも、絶対に布団の外にはみ出ないように、しっかりと厳重に。
ぴったり引っ付いたお布団に、ホッと胸を撫で下ろし寝入ったのは先刻のこと。
フワフワのタオルケットに包まった途端、すぐに眠気がやってきた。
それこそストンと落ちるように、眠りについたのだ。
そこまでは、良かった。
そのまま朝までグッスリの予定ががががが……。
そうなのだ、まだ夜中だというのに、アキは眼を覚ましてしまったのだ。
サイアクだ。
だが、正確な時間は分からない。
だって、お布団からは出られないんだもの。
もし夜中の二時だったら、どうしよう……ひ、ひいいいい!
はわわ、はわわ、落ち着くのだ。
お布団の中はセーフティぞうさんだと、アーちゃんが言っていたではないか。
そうだ、お布団の中は安全だ。
頭の先から足の爪先まで、一分の隙なく包まっていれば、それで、大丈夫、だいじょ……ぶくないー!
アキはいま、絶体絶命の窮地に陥っている。
も、もれる……。
いったい何が悪かったのか、お布団という絶対的安全な場所にいるアキに、尿意という敵が襲いかかっていた。
はうう、はうう。
アキはこう見えて、かなり大人なのだ。
おねしょなぞ、数えるほどしかしたことない。
だというのに……。
はううう、ううう。
「ア、アッくん……」
「くぅくぅ」
頼りのアッくんの返事は、安らかな寝息のみ。
寝入るまではビクビクしていたのに、どうしてそうも安心しきって眠れるのだろうか。
「う、うう」
やはりここは、最も頼れる男に縋るしかあるまい。
「ア、アッ……あぐわ」
やられた!
お布団の隙間から勇気を出して覗いて見たのに、アッキーのお布団は空っぽだったのだ。
なんたること!
アキを置いて、夜の散歩にでかけたとでもいうのか。
ドラキュラじゃあるまいし、どうして夜に散歩をする!
どうしてアキを、連れて行かない!
「うが、うがが」
ああ、留まることない強烈な尿意に、今にも屈してしまいそう。
ああ、おしっこがしたい。トイレに行きたい。
だけど、暗い廊下を一人で歩きたくはない。
せめて誰か電気を点けてくれないだろうか。
「あう、うう、アー、ちゃ……アー…ちゃん……」
こうなれば、この男を頼るしかない。
「うう、うう、アーちゃん」
小声で何度か呼びかけてはみたもの、寝息しか聞こえてこない。
ああ、アーちゃんなんかを頼った自分が馬鹿だった。
いざというときには、こうして簡単に裏切る男だと知っていたのに。
普段は夜行性のくせに、どうして大事なときにグッスリ眠ってしまうのだ!
しかも、一度寝てしまうとなかなか起きないとか、どこまで役立たずな男なのだ。
「うう、ううう」
ああ、どうしよう。そろそろ限界なのか。
おねしょ……ああああああ、おねしょ……アキは、負けてしまうのだろうか。
すべてを諦めかけたとき、アキの頭上から天使が囁きかけてきた。
「アキ? ひょっとして起きているのですか?」
「あうっ」
頭をひょこり出して、迷うことなく救いの主に助けを求める。
「あうう、アキラ、なの、なの」
「もしかして、アキもお手洗いですか?」
「あ、あああ、あい、なの、のよ」
「ふふ、スイカの食べすぎですかね、実は僕もなのですよ」
お、おおおおお、これは、まさか、
「アキもお手洗いに行くのでしたら、ご一緒いたしませんか?」
なんという申し出か。まさに天使。
断る理由など、あるはずもない。
「ああああ、あい、なの」
決して一人でトイレに行けないわけではなかった。
ただ、アキラに危険があっては困るのだ。
だから、アキがお供をすることにしただけなのだ。