平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此14]
放課後、僕はアキの部屋で宿題を片付けていた。
科目は、英語。
当然同じクラスであるアキもやらなきゃいけないわけで。
「う、あう、イン! あう、う、オン! う、うう、イエースイエース! なのよっ」
「極限値だぁぁ? んだよ、そりゃあ。日本語を使え、日本語を!」
アキが珍しくもやる気になってるなか、八つ当たりというか的外れな発言をしてるのは、最近アキ宅を訪れる頻度が増している明石君だ。
「極限値は十分日本語だと思うけど……」
「エルなんたらなんて記号が、日本語かっつの!」
明石君がぼやいているのは、lim、リミットの略のことだ。
彼の名誉のために言っておくけど、決してlimの意味が分からないわけじゃない。
単に数学でいうところの極限、つまり収束値を求める計算に、苦しめられてるというだけ。
そう、彼は彼で、数学の宿題をしている最中なんだ。
「速水のヤロー、絶対に俺を当てるって宣言しやがったんだぜ!」
明石君のクラスと僕のクラスじゃ、授業の進み方が全然違う。
明石君が今やってるところは、僕のクラスはとっくに習ったところだった。
「それは、お気の毒様だね……」
一足先に宿題を終え、アキのためにホットケーキを焼く準備をする。
うんうん呻る明石君には悪いけど、アーちゃんほどの頭脳のない僕では、なんの助けにもならない。
教科書も持ち込んでるし、たぶんなんとかなるだろう。
キッチンで粉をまぜ、フライパンとお皿を用意し、さていつごろ焼き始めようかなとリビングを覗き込んで驚いた。
あれほど文句ばかり言ってた明石君が、床で寝転がっていたからだ。
すごい、なんだかんだでプリントを終わらせたんだ。
「う、アンドーなつ、なのよ、ザッツとるて-、なの、ショウミーけーき、なの、のよ」
こっちは、もう少しかかりそうかな。
ホットケーキで釣ったのは卑怯だったけど、一生懸命宿題をするアキに微笑ましくなる。
せめて飲み物くらいは出してあげようと冷蔵庫に向かう途中で、ふと足が止まった。
「シックスー、のよー、ツー、なのなのー、エー、スモールツー、なのー」
「あれ……?」
アキの叫ぶ解答が、なんだかおかしく感じたのは気のせいだろうか。
首を傾げながらジュースを淹れて、コップをアキの横に置き、
「ルートツー、ぶんぶん、ワーン、なの」
ぶんぶん、とは、アキが分数で使用する言葉ではなかったか。
それにルートって、まさか平方根のルートのこと?
もしかして、エー、スモールツーって、aの二乗のことじゃないの!?
「ア、アアアアキッ」
「したのっ、アキ、したのよ、なのよ、アッくん、しろいの、なのっ」
「……え、終わった、の?」
「あい、したのよ」
えっへんと、アキが宿題を終えた報告をしてくれる。
その傍らでは、体良く宿題を押し付けた明石君が高鼾を上げていた。
■■■
とある日の放課後、僕は図書室で借りた洋書を手に、アーちゃんの部屋を訪問していた。
英語の本を読んで英語で感想を書くという課題のために。
何を読むかに悩んだけど、結局先生が何冊か挙げた推薦本から選んだ。
「オープンセサミって、おもしろい呪文だよね」
原点はアリババと40人の盗賊で、日本語では開けゴマとして有名な物語だ。
僕が選んだのは、これ。
ある程度内容を知ってるから、訳すのが楽そうだもの。
「う、あい、ひらけー、なのよ」
「そうそう、それ。有名だよね」
アキも同じ本で感想を書くらしいけど、理由は僕とほぼ同じだろう。
結局、僕が訳すだろうという魂胆も見えるけど。
「なの、のよ、ひらけー、おまたー! なのよっ」
「そうそう、開け……」
「ひらけー、おまたー! えろえろえっさっさー、われはちんちんおったてたりー」
「……」
最初のは"開けゴマ"だよね。
じゃあ、後のは?
あ、そっか、"エロイムエッサイム、我は求め訴えたり"だ。
すごい、ちゃんと理解できた僕、すごいよ。
あはははははは、
「アーちゃん!!」
「はい?」
「はいじゃないよ! アキに何を教えてるんだよ!」
「はい?」
「だから、はいじゃない!」
「ああ、呪文?」
「そうだよ、それだよっ」
「あれに関しては、反省だよなー」
「あ、あれ、ちゃんと反省してるんだ……」
「中学んときだからさ、なんつーか、ガキっぽいんだよね。もっとさー、エロに特化させないと意味ないと思わねぇ?」
「……ぜんっぜん思わないよ!!」
「何怒ってんの? あー、カルシウム、」
「不足してないから!!」
ああ、もう、どうしてアーちゃんは、アキにおかしなことばかり教えるんだろう。
アキもアキだよ、どうしてそういうとこばかり吸収するんだよ。
「ひらけー、おまたー! えろえろえっさっさー、われは、」
「アキッ!!」
放課後、僕はアキの部屋で宿題を片付けていた。
科目は、英語。
当然同じクラスであるアキもやらなきゃいけないわけで。
「う、あう、イン! あう、う、オン! う、うう、イエースイエース! なのよっ」
「極限値だぁぁ? んだよ、そりゃあ。日本語を使え、日本語を!」
アキが珍しくもやる気になってるなか、八つ当たりというか的外れな発言をしてるのは、最近アキ宅を訪れる頻度が増している明石君だ。
「極限値は十分日本語だと思うけど……」
「エルなんたらなんて記号が、日本語かっつの!」
明石君がぼやいているのは、lim、リミットの略のことだ。
彼の名誉のために言っておくけど、決してlimの意味が分からないわけじゃない。
単に数学でいうところの極限、つまり収束値を求める計算に、苦しめられてるというだけ。
そう、彼は彼で、数学の宿題をしている最中なんだ。
「速水のヤロー、絶対に俺を当てるって宣言しやがったんだぜ!」
明石君のクラスと僕のクラスじゃ、授業の進み方が全然違う。
明石君が今やってるところは、僕のクラスはとっくに習ったところだった。
「それは、お気の毒様だね……」
一足先に宿題を終え、アキのためにホットケーキを焼く準備をする。
うんうん呻る明石君には悪いけど、アーちゃんほどの頭脳のない僕では、なんの助けにもならない。
教科書も持ち込んでるし、たぶんなんとかなるだろう。
キッチンで粉をまぜ、フライパンとお皿を用意し、さていつごろ焼き始めようかなとリビングを覗き込んで驚いた。
あれほど文句ばかり言ってた明石君が、床で寝転がっていたからだ。
すごい、なんだかんだでプリントを終わらせたんだ。
「う、アンドーなつ、なのよ、ザッツとるて-、なの、ショウミーけーき、なの、のよ」
こっちは、もう少しかかりそうかな。
ホットケーキで釣ったのは卑怯だったけど、一生懸命宿題をするアキに微笑ましくなる。
せめて飲み物くらいは出してあげようと冷蔵庫に向かう途中で、ふと足が止まった。
「シックスー、のよー、ツー、なのなのー、エー、スモールツー、なのー」
「あれ……?」
アキの叫ぶ解答が、なんだかおかしく感じたのは気のせいだろうか。
首を傾げながらジュースを淹れて、コップをアキの横に置き、
「ルートツー、ぶんぶん、ワーン、なの」
ぶんぶん、とは、アキが分数で使用する言葉ではなかったか。
それにルートって、まさか平方根のルートのこと?
もしかして、エー、スモールツーって、aの二乗のことじゃないの!?
「ア、アアアアキッ」
「したのっ、アキ、したのよ、なのよ、アッくん、しろいの、なのっ」
「……え、終わった、の?」
「あい、したのよ」
えっへんと、アキが宿題を終えた報告をしてくれる。
その傍らでは、体良く宿題を押し付けた明石君が高鼾を上げていた。
■■■
とある日の放課後、僕は図書室で借りた洋書を手に、アーちゃんの部屋を訪問していた。
英語の本を読んで英語で感想を書くという課題のために。
何を読むかに悩んだけど、結局先生が何冊か挙げた推薦本から選んだ。
「オープンセサミって、おもしろい呪文だよね」
原点はアリババと40人の盗賊で、日本語では開けゴマとして有名な物語だ。
僕が選んだのは、これ。
ある程度内容を知ってるから、訳すのが楽そうだもの。
「う、あい、ひらけー、なのよ」
「そうそう、それ。有名だよね」
アキも同じ本で感想を書くらしいけど、理由は僕とほぼ同じだろう。
結局、僕が訳すだろうという魂胆も見えるけど。
「なの、のよ、ひらけー、おまたー! なのよっ」
「そうそう、開け……」
「ひらけー、おまたー! えろえろえっさっさー、われはちんちんおったてたりー」
「……」
最初のは"開けゴマ"だよね。
じゃあ、後のは?
あ、そっか、"エロイムエッサイム、我は求め訴えたり"だ。
すごい、ちゃんと理解できた僕、すごいよ。
あはははははは、
「アーちゃん!!」
「はい?」
「はいじゃないよ! アキに何を教えてるんだよ!」
「はい?」
「だから、はいじゃない!」
「ああ、呪文?」
「そうだよ、それだよっ」
「あれに関しては、反省だよなー」
「あ、あれ、ちゃんと反省してるんだ……」
「中学んときだからさ、なんつーか、ガキっぽいんだよね。もっとさー、エロに特化させないと意味ないと思わねぇ?」
「……ぜんっぜん思わないよ!!」
「何怒ってんの? あー、カルシウム、」
「不足してないから!!」
ああ、もう、どうしてアーちゃんは、アキにおかしなことばかり教えるんだろう。
アキもアキだよ、どうしてそういうとこばかり吸収するんだよ。
「ひらけー、おまたー! えろえろえっさっさー、われは、」
「アキッ!!」