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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記17-完]


書記様から、たくさんの想いが詰まった御言葉をいただいた。
そこには、高橋先輩への愛情がめいっぱい溢れていた。
僕が余計なお節介を焼くまでもなく、二人の関係はお互いにとっての最良の形になっているのだ。
そう信じざるをえないほどに、たどたどしくも語る書記様の表情は、光り輝いていた。

うじうじ反省するのが、馬鹿らしくなっちゃったな。
そもそも高橋先輩にその気がなければ、僕など歯牙にも掛けないはずだ。
書記様に言われるまでもなく、それはどことなく察していたこと。

あの人って、意外と冷たい気がするんだよね……。

だからこそ調子に乗っていたことを、このときに自覚した。
なんだかんだ言いながら、僕は高橋先輩に甘えていたのだ。
話しかければ返事が貰えて、からかい含め相手して貰えてることに、秘かな優越感を抱いてたことを認める。



消灯間近の自動販売機で、オレンジジュースを購入した。
子供っぽいけど、僕は甘いジュースが好き。
寝る前に甘いのはよくないけど、怒る親もいないし、これこそ寮生活って感じだよね。

その場で開けて一口飲んだ。
どうせなら、缶を捨てて帰るほうが楽だったから。

「あれ?」

チビチビジュースを飲んでいると、向こうから誰かがやって来るのが見えた。
誰かって、高橋先輩なんだけどね。
僕の部屋から一番近くて便利な自動販売機は、先輩の通り道でもある場所に設置されている。
だから不思議でもなんでもないことだけど、このタイミングのよさは、とっても怪しく思われるんじゃないだろうか。

一瞬逃げようかと考えたけど、それだと不自然すぎるから止めた。
だって、とっくに高橋先輩には気付かれてて、おもいっきり顔をしかめられたんだもの。

「あ、あの、こんばんは」

「通報しました」

「待ち伏せじゃないですっ」

途端にニヤニヤに転じた先輩が、当たり前のように自動販売機に手を置いた。

「俺の分は?」

ううう、やっぱりそう来たか。

「財布なんか持ってきてないですっ」

「隠すとためになんねーぞ」

「隠してないもん、ほら、ほらほら」

寝る前のほんの一本のつもりだったから、小銭しか持ってこなかった。
パジャマに上着を羽織っただけの格好だし、どこにも財布なんか隠せないもんね。
それを分からせるつもりで、上着の裾をぶんぶん上下させ、ついでにクルクルとその場で回り、もひとつついでにジャンプまでして、小銭の音一つしないことを証明した。

「ほらねっ」

ほらみろと見返したら、高橋先輩がプッと吹き出す。

「ぶはっ、なにそれ? 新しい芸かなんか?」

なんて、失礼な人なのだろう。
しかも、しかも、笑いながら僕のジュースを奪っていったし。

「あーっ」

冗談じゃない! まだ半分も飲んでいないというのに!
当然のように缶を口に持っていこうとする高橋先輩に、せめて一太刀の思いで口を付いて出たのは、

「く、口!」

「口?」

「口に付いてますっ、口紅が!」

「えっ」

僕の思い付き発言に、高橋先輩の顔付きが僅かに変わった。
缶を持つのとは逆の手の甲で、キツク口元を擦ってもいる。
心当たり、あるんだ……。

「タ~マ~」

「はうっ」

手の甲に何も付いてないのを確認した先輩が、僕を睨みつける。
とても、とても、機嫌が悪いみたい。
でででででも、意地悪したのは先輩だし、たまに反撃するくらい。

「生意気にもカマかけるとか、そんな技どこで覚えた?」

「せ、成長したんです。いいいいいつも、いつも、やられてばかりいませんよーだっ」

ハッとして、両頬をガードした。
またホッペを抓られたら、堪らないもの。

「ま、いっか。小犬の成長は早いもんだし」

「小犬?」

「ご褒美代わりに、はい、これ」

そう言って、先輩は手付かずの缶を僕に返してきた。
一口も飲んでないけど、いいのかな?
いつまた気が変わって取られるか分からないから、大急ぎで飲んじゃうけど。

「タマ、財布持ってないんだよね?」

「んぐんぐ、ないですよっ」

「そっか、じゃ、それ飲んだら取りに行こうな」

「はぁ!?」



どうしてこんなことになったのだろう。
たまたま帰宅途中の高橋先輩と、遭遇してしまったからです。

就寝前の時間帯、人気のない通路を自室目指して歩いている僕。
そんな僕の横には、外出着のままの高橋先輩がいます。
わざわざ財布を取りに戻らせて、それで缶ジュースを奢らせるとか、どこまでセコイんだろうか!
どうしても僕に奢らせないと、気が済まないのかな?
案外、そういう病気なのかもしれない。
僕に奢られないと眠れない的な。
そこまで考えて、一人でうけた。
胸中で爆笑して、ちょっとだけ気分が軽くなる。
どうせ逃げられないし、自室に着くまでの道すがら、高橋先輩を尋問するのもいいかもね。

「先輩は、いやらしいことしてきたんですか?」

「もちっと言葉選べません?」

「んと、セックスしてきたんですか?」

「分かった、最初のでいこう」

「いやらしいことしてきたんですね」

「あれ、確定?」

「はい、確定です。でも、おかしくないです。先輩も男だもん」

「へぇ、タマはそういうとこ潔癖だと思ってた」

「そんなことないですよ。僕も男だし、そういうの分かりますもん。あ、まだ経験ないけど、一人エッチはします」

「も少し、言葉選ぼうか」

「オナニー?」

「よし、完敗。好きにして」

「先輩って、やっぱりヘンだ」

「いやいや、お前の意外性には負けるわ」

高橋先輩と並んで、テクテク歩いて、だけど、すぐに置いて行かれそうになった。
足の長さが違うから、しょうがないのかな。
そういえば、身長も全然違うなぁ。
僕はまだまだ小さいけど、高橋先輩の肩幅は広くて背も高くて足なんかすっごく長い。
羨ましいなぁ。

「恋人さんですか?」

「誰が?」

「今日、会った人」

「どう思う?」

「んと、僕は、好きな人としかできないなぁ」

「まるで俺が、好きでもない人といたしたみたいな言い方ね」

「その人のこと好きなんだ?」

「うん、好き好き」

「恋人?」

「そうそう」

「嘘だー」

「うん、ウソ」

「とか言って、本当は恋人なんでしょ?」

「そうそう、恋人恋人」

「やっぱり嘘でしょ?」

「うん、ウソ」

「もう、どっちですかっ」

「どっちだろうと、タマには関係ないでしょ」

あまりの正論に、ぐうの音も出ない。
しかも、部屋に到着しちゃったし。
あっという間だったな。

先輩が見張ってる前で、ドアに鍵を差し込んだ。
財布を持ってくるまで、ここで待ってるつもりなのかな?

「あの、先輩」

「開けないの?」

「あ、開けます」

ドアを開けて、中に入って。
そしたら先輩が、僕の背中をポンと叩いた。

「おやすみ」

「え……?」

さっさと通路を戻っていく後姿に、呆然とした。
あれ、あれ、あれれ?
先輩の後姿は瞬く間に見えなくなって、もしかしなくても、送ってくれたのだと遅まきながら気が付いた。

「やっぱりヘンな人だなぁ……」

高橋先輩の印象は、酷くなるばかりだった。
まず、せこい。そして、横暴。
口は悪いし態度だってよくないし、何より、人の名前を覚える気がまったくない。
僕をタマと呼び、犬のように扱い、書記様のお話をしてくれるって言うくせに、すぐに約束破るし、嘘付きだし……だけど、ふとしたときの優しさが、ひどく心地好い。
そんなの、知りたくなかったな。

知れば知るほど離れ難くなりそうで、それが、少し怖い……。



《後日》

「先輩みたいない人をなんて言うのか、調べました」

「ふーん、何て言うの?」

「好色漢って言うんだって」

「ははは、よーし、歯ぁ食いしばれぇ」

「わーんっ」
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