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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記17-5]


書記様のことは、できれば大切にしてあげてほしい。
だけど、高橋先輩には高橋先輩の付き合いがある。
頭では分かってたはずなのに……。

高橋先輩が諭してくれなければ、暴走していたかもしれない。
それを想像して、ゾッと身震いした。

「これからは、気をつけなくちゃ……」

高橋先輩は、とっくに出かけてしまった。
僕も自分の部屋に戻ろうかなと考えていたとき、不意に呼び止められる。

「あ、先輩、こんにちは」

僕を呼び止めたのは、顔見知りの先輩だった。
二入いて、どちらも同じ親衛隊の二年生だ。

「こんにちは、谷君。ちょっといいかな?」

「あ、はい、大丈夫です」

僕の返事に、先輩たちは少し躊躇う素振りを見せてから、ゆっくりと話し出した。
先輩たちの口から語られた内容、それは僕からすれば実にショックなものだったのだ。

「だからね、あまりご迷惑をかけないように、ね」

子供に言い聞かせるように、優しく諭してくれる先輩方。
僕がはいと応えると、ホッとしてから頭を撫でてもくれた。

「落ち込むことはないからね。ただ、配慮はしてね」

「はい、もちろんです。ありがとうございました」

書記様を大切に想うのは、僕だけじゃない。
それは親衛隊にいる人なら、誰でも持っている感情だ。
それなのに、僕はちゃんと理解していなかった。

先輩方はおっしゃった。
高橋君に迷惑をかけてはいけない、と。
それは僕も思っていたこと、なのに、あまりにも軽く捉えすぎていたのだ。

先輩方が懸念したのは、僕が高橋先輩と親しくなりすぎることだった。
書記様の大切な人を奪うのではないかと、それを案じていたのだ。
たとえその気がなくとも、傍からはどう見えるかに思い至れなかった僕は、最低だ。

先輩方はきつく叱りはしなかったけど、内心では僕を責めていたはず。
書記様を傷つけた者として。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中で何度も詫びた。
そんなものなんの意味もないと知って、それでも詫び続けた。
何度も何度も、書記様と高橋先輩に、詫びた。

そうして、気が付いたら寮の外に出ていた。
木の陰で、蹲って涙を溢していた。

「ひっく、ぐす」

ウジウジと情けない涙だ。
単なる自業自得だ。
でも全然止まってくれなくて、それで余計に情けなさが募った。

「ひっく、ひぅっ!?」

不意に、頭上に温かいものを感じた。
優しく包み込むように、ソッと撫でてくる重さ。
それは間違いなく、人の掌の温かさ。

「だ、誰?」

えっくとしゃくりあげてから、ゆっくりと顔を上げてゆく。
伝わる温度が逃げないよう、決して離れてしまわないように、ゆっくりとそうっと。
そうしてようやく相手を確認できるまでになったとき、

「ふえっ!? ふえっ!? ふえええぇぇぇっ!?」

その瞬間、僕の心臓が止まらなかったのは奇跡としか言えない。



隠れて落ち込む僕を慰めてくれたのは、あろうことか、あろうことか、書記様だった!!
それだけじゃなく、泡吹いて倒れそうになった体を、支えても下さったのだ!!
気絶してもおかしくない状況で、よくもまぁ意識を保っていられたものだ。
謝罪しなければという気持ちが、あったからこそかもしれない。

もつれる舌を回転させて、何度も何度も書記様に詫びた。
高橋先輩と不用意に関わってしまったこと。
そのせいで、書記様にいらぬ嫉妬をさせたんじゃないかということ。
いっぱいいっぱい、繰り返し繰り返し、同じことを何度でも、まともな日本語でない日本語で、詫びて詫びて詫びまくった。
涙はとっくにひっこんでいた。だいたい、泣いてる場合じゃないし。

「ごめんなさい、申し訳ありません、ごめんなさい」

最後のほうは壊れたテープのようになっていたけど、どうにか人間の言語で話せていたと思う、たぶん。
自分が満足を得るためだけの謝罪だというのに、書記様は黙って聞いてくれていた。
いつもと同じ感情に乏しいお顔で、だけどその表情が少しも迷惑そうでなかったのが、また泣きたくなるほど嬉しかった。

「昭は……」

「え」

ようやく落ち着いた頃、書記様が静かに話しはじめた。
それは、あまりにも予想外の出来事だった。

「昭は、たのしい……」

「あ、あの、書記様?」

書記様は立てた人差し指を、ご自分の唇に当てた。
すぐに、どこかで聞いたような音が漏れ出る。
それは、シーッとゆう、無言を勧める音に似ていた。

「Тсс,послушай меня.(しーっ、俺の話、聞いて)」

「……?」

まったく聞きなれない言葉は、たぶん書記様のお育ちになった国の言葉なのだろう。
この方は、幼い頃海外で暮らしておられたのだ。

「昭は…たのしんでる……迷惑、違う」

書記様は、話すのが苦手だ。
普段、滅多に話さないせいで、人嫌いの印象を与えてしまうが、実はそうじゃない。
彼は恐れているだけ。
傷つけられることを、傷つけてしまうことを、極端に怯えているだけ。
自分から遠ざけることで、それらを避けようとしている、とても不器用な人なのだ。
そんな彼が、苦手としてる言葉を駆使し、僕に伝えようとしてくれている。

「迷惑じゃない?」

「うん、…ない」

高橋先輩にとって、僕はとても迷惑な存在だと思っていた。
だって、彼はいつでも僕を邪険にする。
意地悪だし、嘘付くし……。

「昭、いやな人、相手、しない…だから…迷惑、違う」

ネッ、と覗き込んでくる美貌に、パチパチと瞬いた。
起こっている状況が、いまいちよく分からない。
それは、これが夢だからだろうか?

「しょ、書記様は、嫌じゃないですか?」

「俺? ……なにが、いや?」

「なにがって、あの、僕が高橋先輩といて、嫌な気分になりませんか?」

「どうして? 昭、たのしい、俺も、たのしい……なにが、いや?」

きょとんと見詰めてくる紫瞳。
嘘偽りない視線に射抜かれ、胸の奥底がキュンと痛んだ。
なのに、温かい。
痛いのに、どんどん温かくなってゆく。

書記様、嘘付いてない……。

純粋すぎるがゆえに、心を偽ることも不得手な書記様。
そんな彼が、こうして言葉にしてくれるなら、それは真実ということ。
さっきまでとは別の種類の涙で、視界が滲んだ。
ぼやけた世界の向こう側でも、書記様の美しさに翳りはなかった。

「あ、でも……」

「ぐすっ?」

「昭、ちょっと、…けっこ、……かなり…いじ、わる」

「……へ?」

「それも、愛情?」

え、あの、僕に訊かれても困るのですが。
書記様が真面目なお顔で、首を左右に傾ける。
何か、考え込んでるみたい。
何度も何度も頭を傾げてるうちに考えが纏まったのか、書記様が再び僕に視線を定めてくださった。
そうして優しいのはそのままに、けど至極真剣な面持ちの書記様がおっしゃる。

「昭、いじわる。すぐ、遊ぶ。無理なら……逃げて…」

「……」

高橋先輩は意地悪な人、という僕の見識に誤りはなかった。
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