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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記17-3]


ぐずる人見を宥めすかして、最後は半ば殴るようにして食堂を出た。
なんで、あんなのと友人やってんだろ……あれはあれで、空気が読めるからだろうなぁ。
あの性格、というか性癖には辟易するが、不用意にこちらに入ってこない姿勢は称賛に値する。
それは浜田にもいえることだし、総じて俺と付き合いのある人間の特徴といえるものだった。
結局俺が、そういうのを選んでるってことだろう。
ヘタにアキラたちとの関係にまで踏み込もうもんなら、容赦なく切って捨てるところだが、それをさせないってことは偏にそういうことでしょ。

「見~ま~し~た~よ~」

「…………ひえっ」

一拍置いて驚く俺を、タマがジトッと覗き見ていた。
廊下の角から半分だけ姿を見せて、ご丁寧にも壁に密着してるその姿は、まんま、

「家政婦か!」

「谷です!」

「……」

「……」

「……」

「み、見ましたよ」

「何を?」

「高橋先輩が、知らない先輩を虐めてるところをですっ、あー、待ってください」

詰まらない話は、もうお腹いっぱい。
見なかったことにして、おバカな下級生の前を早足で通り過ぎた。
途中、自動販売機に寄って、健気について来た静の忠犬に命じる。

「タマ、コーヒー、ブラックで」

「い、いやです。いつもいつも奢らせてばかりで、」

「なんか言ったかぁ?」

キャンキャン吠え立てるタマの両頬を摘み、めいっぱい外側に引っ張った。
いまだ子供の柔らかさを残したホッペが、餅のように伸びていく。なかなか爽快。

「わーん」

一頻りプニプニ感を楽しんでから、解放してやる。
グシグシと両頬を擦る姿に同情することもなく、自動販売機を叩いて、

「コーヒー、ブラックで」

「うううう」

今度は吠えることはなく、静の忠犬は素直に150円を投入した。



「いつもそうですね」

そう言われたのは、タマに購入させたコーヒーをポケットに突っ込み、新たに自分の金で購入したお茶を取り出してるとき。

「は?」

「いつもお茶を買いますよね、自費で」

「……え、ストーカー? やだ、こわい、この人」

「違います違います。たまたま見かけたときに、そうだなって思っただけで、」

「言い逃れしてるー」

「違うんです、本当に違いますから! ぼ、僕、部屋があっちで、だから、この自販機よく使うから、先輩も使ってるの見かけて、それで、」

俺の通り道と、タマの通り道がたまたま重なってた、と。

「俺のナワバリを荒らすんじゃねーよっ」

「ナ、ナワバリって、そんな、わーん」

再度頬を引っ張ると、タマはそんな理不尽なと泣きじゃくる。

「何が理不尽だ。ナワバリ争いって言葉を知らねーのかっ」

「そ、そんな、猫じゃあるまいし」

「タマなんて名前のくせに、犬そのものの性格しやがって、口答えすんじゃねーよ。いいか俺はな、ニャンコ派なんだ。
犬と猫なら、間違いなく猫をモフる!」

「意味が分かりませーん。そ、それに、僕の名前は谷ですー」

みーみー鳴くタマで、束の間の憂さ晴らし。
大変満足させていただいてから、パッと手を離した。

「はひゃ……?」

きょとんと見上げてくるタマ。
その面には、アレなんの話してたっけ? と書かれていた。
これくらい単純で扱いやすいのばかりなら、楽なんだけどね。

「さ、帰ろっと。コーヒーご馳走さま、またねー、タマくん」

「た、谷です、先輩、待ってくださいよー」



なぜか付いて来るタマを、これまたなぜだか追い返さずにいたら、俺の部屋の真ん前まで許していた。

「で、どこまでついて来る気だ?」

「わーわー、ここが特別寮なんだー、初めて入りました。あまり一般寮と変わらないですね」

タマはきょろきょろと視線を走らせて、かなり興奮気味だった。
もし尻尾がはえていれば、パタパタと振り回していただろう。

「当たり前でしょ」

「でも、室内は違うんですよね」

「そうでもないよ。単に少し広くて一人部屋ってだけ」

「あ、そうなんですか」

「役員どもならともかく、こっちはそうでもないの」

役員含め、各委員の委員長副委員長が使用してる部屋は、学園でも最高クラスに属する。
一方俺たちが使用してる部屋は、その下位版ってところか。
とはいえ、もとよりすべての部屋が、寮とは呼べないほど豪華な造りをしてるため、あまり差はないと言っていい。
現に、これまで苦情が出たことはない。

いつまでも興奮冷めやまないタマに、俺の気紛れの虫が疼いた。
なんだかんだで、俺は相当退屈してたってことか。

「入る?」

「は、はい?」

「部屋、水くらい出してやるよ」

「え、ええええええ、本当ですか!? お邪魔していいんですか!?」

「ここまで付いて来といて、驚くかフツー?」

「あ、ああああ、そういえば、僕、勝手に付いて来て、すすすす済みませんっ」

「いいよ、いまさら。はい、どうぞ」

ドアを開けて、先に入るよう促した。
タマはピョコンと頭を下げてから、おもむろに中へと入ってゆく。

「お、お邪魔しますっ」

緊張した足取りのタマの後ろから、俺も続いた。
ドアの閉まる音に、タマがビクッと肩を竦める。
おいおい、まさか妙な想像してないだろうな。
誰がお前みたいな犬属性を襲うかっての。
それ以前に、男になんか興味な、

「そ、掃除、させる気ですね!」

「はぁ?」

「その手には乗りませんよ。絶対にしませんからねっ」

まったく別の意味の警戒をしながら、タマがズンズン奥に突き進む。
脱いだ靴は綺麗に揃えられていて、どことなくお育ちのよさを匂わせた。

「はっ、ヘンなやつ」

さすがは独特な観念をお持ちの、書記様親衛隊隊員だ。
怖いもの知らずの小犬は、俺の琴線をよくよく揺さぶってくれた。



リビングを見たタマの第一声は、

「なんで? 汚くない…」

という、実に失礼極まりないものだった。
どういう意味だと思いながらも口にせず、タマにソファを勧めてやる。
恐る恐るソファに座ったタマが、改めて室内を見回す。

「なんだろ、すっごく生活感があるっていうか」

「はっきり言っていいよ。所帯じみてるって」

「いえ、そんな…」

「家族多いからね、しゃーないのよねー」

「そういえば、高橋先輩の部屋がたまり場になってるんですよね」

「誰に聞いたの?」

「え、誰って…」

「学年が違えば、そうそう耳に入らないと思うけど」

俺の部屋が、友人どものたまり場になってるのは事実だ。
今では明石も自室のように寛ぎやがるし、浜田も人見もたまに遊びに来る。
だがしかし、明石は別にして、そもそも俺も俺の友人も目立たない種類の生徒ばかり。
そんな奴らの行動を、なぜにタマは知っているのか。
ま、予想はついてるけどね。
だから、俺を怒らせるんじゃないかとビクビクしてるタマの変わりに、俺が答えてやることにした。

「どうせ浜田あたりでしょ」

「はわ、はははは、はい、ごめんなさいっ」

「いいよ、別に。いくら払ったか知らないけど、その程度のことで怒りはしないって」

「……」

「まさか、パンツのことまで聞いてないだろうな!?」

「それは、聞いてませんっ」

本気で気にしてないってのに、タマは結構落ち込んでいた。
慰めるいわれもないし、せっかくだからと自己嫌悪に浸らせてる間に寝室へと移動する。
リビングもそうだったが、寝室も綺麗に片付けられていた。
シーツからも枕カバーからも、洗い立てのような香りがしている。

「カーテンも洗ったんだ」

洗剤の香りは、カーテンからもしていた。
部屋も、いつもよりか明るく見える。
マメだな……。
性格さえ問題なければ、良妻と褒め称えてやってもいいくらいの出来だ。
そんな、いつも以上にスッキリした部屋で着替えを済ませてから、ジャケット片手にリビングに戻った。
タマは既に復活しており、俺の格好を見た途端、妙にニコニコしだす。

「おでかけですか?」

「うん、もうちょっとしたらね」

俺の返事をどう捉えたのか、タマはソワソワしながらも嬉しそうな顔。
それを横目に、今度はキッチンに移動。
その途中で、テーブルに置いてあったメモを発見した。

【トイレの掃除はお任せします】

「……」

達筆な字を見なくとも、誰が書いたかなど一目瞭然。
トイレだけは手付かずとか、嫌がらせですか。
メモには続きがあり、そちらは冷蔵庫に食事が入ってる旨伝えるものだった。
今日の昼食か夕食にしろってことだろう。
ありがたく頂戴するつもりだ。

メモを放り投げ、さっき買ったお茶の缶を冷蔵庫に仕舞う。
冷蔵庫には、確かに一人分の食事が入っていた。

「はい、どうぞ」

キッチンから戻り、タマの前に約束した水を出す。
タマは一瞬呆気に取られてから、柔らかい頬を盛大に膨らませた。

「本当に水を出しちゃうところが……」

「なんか文句あんのか?」

「ないですー」

タマの対面に座り、俺はさっき購入させた缶コーヒーを頂戴する。
プンプン拗ねながらも、タマはコップの水を飲んだ。
念のため、水道水ではない。

「それ飲んだら出るからね」

「は、はい、もちろんです。書記様がお待ちですものね」

あ、やっぱそっちに受け取ってたか。

「静んとこには行かねーよ」

「え、ど、どうしてですか? だって、」

「だってもくそもねーの。俺は遊びに行くだけ、帰ってくるのは夜」

「えええ、遊びって、だって、書記様」

「あのね、タマくん」

「谷です」

「俺は静のために生きてるわけじゃねーし、静も俺に合わせる必要はないわけだ。それは分かるよね? つか、分かれ」

「も、もちろんです。誰もが自由に行動を決められるし、それが他人の迷惑にならなければ……あっ」

「よしよし、賢いねー。さすがは静の親衛隊」

「えへ」

タマは褒められたことよりも、静への称賛に喜び照れていた。
どこまでも書記様至上主義なのは結構だが、そのせいで盲目になられては困る。

「で、俺は今からお出かけするわけだけど」

「先輩には先輩のご都合がありますよね」

「そそ、そういうこと」

「でも、あの、たまには書記様とも遊んであげてください」

「気が向いたときにね」

「絶対ですよ。嘘付いたら、今までのコーヒー代請求しちゃいますよっ」

なにを必死になってんだか。
嘘付くもなにも、気が向いたら会うってのが元からのスタンスなわけで。
そもそも静も、妄信的に俺だけを頼りにしてるわけじゃない。
他の友人との付き合いも、当然あるわけだしね。
つか、コーヒーはタマの善意でしょ、なんで請求って話になるのよ。

てなことをグルグル考えてた俺を、タマが食い入るように見詰めていた。
あまりにも真剣な表情は、まるで審判かなにかを待ってるかのようだ。
おいおい、そこまでマジになることか?

「約束しましょう」

適当感が拭いきれない言い方も、タマ的には大満足の結果らしい。
途端に笑顔全開とは、呆れるほど単純です。
これがアキラやアッキーなら、確実に誠意がないと罵られるのにね。

しかしまぁ、クルクルクルクル表情の変わるやつだなぁ。
アキもそういうとこあるけど、やっぱ子供だからか?
この間まで中学生やってたんだし、案外これが普通だったりするのか?

自分はどうだったかと思い返してみたが、客観的に見れない時点で答えなど期待できない。
そもそも俺とタマでは、キャラも違いすぎるだろうし。

「あ、先輩、時間は?」

「時間? じか……あ、やべっ、出る。お前も出ろっ」

「はいっ」

ジャケットを手に大慌てで部屋を飛び出した。
最後にお礼とともに頭を下げるタマが、俺には小犬のように見えた。
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