平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此13]
最近の裕輔さんは、やたらと忙しい。
風紀委員長は引退したけど、お父さんの仕事を手伝っているせいだ。
まだ高校生の彼が何をしてるのか、僕には想像すらできない。
だけど、早めに参画すれば後々楽になると、裕輔さんが言ってたから、それはきっと大事なことなのだろう。
だから、そのせいで休日が潰れても、一緒にすごせなくても、悲しんだりはしない。
彼の努力のすべてが、僕との未来のためだと知ってるから。
玄関先で名残惜しげにキスするのは、もはや習慣になっていた。
最初の頃は恥ずかしさのあまり顔が見れなかったけど、今ではキスしたあとの表情を見るのが楽しみになっていた。
「来週は、時間が取れるはずだから」
「はい、楽しみにしています。あ、でも、無理はしないでくださいね」
「彬のためなら、いくらでも無理できるぞ」
「もう、それで倒れたりしたら、どうするんですか? 最近は、寝不足気味なんでしょ」
「そんなこと、誰が言った?」
「副田先輩が言ってましたよ。夜中まで資料に目を通してるから、あまり寝てないって」
副田先輩は、そのことをとても心配していた。
だけど先輩の言葉に耳を貸さず、逆に、お前がいるからその分増やしてもいいな、なんて言われたらしい。
「もともと朝は弱いのに、睡眠不足なんてダメですよ。元風紀委員長が遅刻でもしたら、カッコつきません」
「なるほど、こちらから懐柔にきたか……」
「え…?」
「いや、なんでもない。そうだな、これからは極力無理をしないようにしよう」
「はい、そうしてください」
「来週の休日は、彬と二人で一日中ボンヤリするのもいいな」
「それいいですね。あ、でも、お仕事は本当に大丈夫ですか?」
二人で過ごしてるときも、時折仕事の電話をしたり資料を読んだりしていた。
それだけ忙しい人なのに、一日中ボンヤリなんてできるのだろうか?
「なに、問題ない」
「本当に?」
「ああ、それくらい副田がどうにかしてくれる」
以前の僕なら、冗談として聞き流していただろう。
だけど今の僕には、彼が本気で言ってると分かる。
そう、裕輔さんは意外と横暴なのだ。
それこそ、面倒なことはすべて副田先輩に押し付けると言い切れるくらいに。
それもこれも副田先輩を信頼してのことだけど、いかに器用にサボるかを信条にしてる人からすれば、とんでもない悪行に他ならないだろう。
一瞬だけ、副田先輩を気の毒に思った。
あくまで一瞬だけ。
楽しげに語る裕輔さんを見てたら、僅かな同情心など消し飛んじゃいました。
「それじゃあ、来週は一日ボンヤリしましょうね。もちろん、ゲームは禁止ですよ」
「え……」
愕然とする相手を、僕にしては、かなり意地悪なものを含みつつ見詰めた。
やがて裕輔さんの瞳が、柔らかく細められる。
観念したのだ。
「なら、彬の読書もなしだな」
「え、それは…」
まさかそんな仕返しをされるとは。
「一日、俺以外を見るのは禁止だ」
耳元で甘く囁かれては、反論などできるはずもない。
自然と首肯すれば、まるでご褒美のような口付けが与えられた。
扉一枚挟んだ向こう側は、いつ誰が通るか知れない通路だ。
そんな場所での口付けに、羞恥心よりも幸福感が勝っていた。
深く舌を絡ませたあと、ソッと離れていく唇。
それを寂しく感じてると、最後とばかりにキツク首筋を吸われる。
「アッ…」
知らず漏れ出た声に忘れていた羞恥心が蘇り、熱くなった頬を隠すよう俯いた。
そんな僕を抱き締めて、裕輔さんが優しく告げる。
「続きは、来週な」
もちろんそれにも、頷いておいた。
後ろ髪を引かれる思いで裕輔さんの部屋を退出したのは、夕方と言っていい時間帯のことだった。
本当はまだまだ一緒にいたかったけど、今夜はお父さんの知人――仕事絡み――に会う予定が入ってるから仕方ない。
一時の寂しさも、これから先長い時間を共にするためと思えば、どうってことなかった。
そもそも高校を卒業したら同居する約束だし、逆に最近の僕は浮かれすぎとアーちゃんに言われるくらいだ。
いまだ火照ったままの頬を軽く叩く。
このまま自室に戻れば、小嶋君にヘンな眼で見られるかもしれない。
だからというわけではないけど、アーちゃんの部屋に寄り道することにした。
アキラは会長のところだし、もしかしたらアーちゃんも出かけてるかもしれないけど、もし居たらコーヒーでもご馳走になろっと。
幸運なことに、アーちゃんは在室していた。
いつものようにドアを開けてもらい、部屋に上がる前に軽く話してたら、なぜだかアーちゃんの様子がぎこちないものに変わってゆく。
「もしかして、邪魔しちゃった?」
「あー、いや、…」
「僕、帰るね」
特に気にすることもなく帰ろうとした僕を、アーちゃんが引き止める。
「いや、いいよ、上がって」
「え、でも…」
「別に用事はないし、どっちかってーと暇してたから」
その割りには、ちょっとよそよそしいんだけど。
「そう? だったらお邪魔するけど……」
「はいはい、どうぞ」
少し身を屈めながら靴を脱いで、廊下に足を踏み入れた。
ふと顔を上げると、ずっと待ってくれていたアーちゃんが、真面目な顔で僕を見ていた。
「あ、え、どうしたの?」
「ったく、どこぞのバ会長と同レベルだな」
「は、え?」
アーちゃんが、いきなり襟元に触れてくる。
突然のことに棒立ちでいると、僕の開襟シャツのボタンをどんどん閉じ合わせていった。
キッチリと、一番上まで。おかげで、少し息苦しい。
制服でもあるまいし、普段シャツのボタンを全閉して着ることはない。
それが普通だと思ってたし、アーちゃんだってそうなのに、いったいどうしたんだろう?
「だ、だらしなかった?」
それが理由としか思えなかった。
だけどアーちゃんは、困ったように微笑いつつ、それを否定した。
そして襟元の、鎖骨に近い箇所を指で押し、
「見ないフリでも良かったけど、それだとアッくんが困るだろうしね」
「え?」
「カレシに気遣いがない分、アッくんが気にかけなきゃダメよ」
「……あっ」
ここへ来る直前に交わした行為が、まざまざと思い返される。
もしも、その痕跡が残ってたとしたら……。
「あ、あの、その……」
「ギリギリ隠れる場所だし、そうやってたら見えないよ」
「あ、そ、そうなんだ、よ、よか、よかった……」
「主張するのは結構だけど、ほどほどにって言っときな」
「な、何言って、そんなんじゃないよっ」
アーちゃんは口にしなかったけど、僕の首筋にキスマークがあったってことだよね。
ボタンを閉じてれば見えないけど、開けてれば見える場所に。
相手がアーちゃんだから良かったものの、もし他の人に見られたらどう言い訳すればいいのか。
それよりも、今回が初めてじゃなかったら、どうしよう。
気が付かないうちに、誰かに見られてた可能性も……。
でも、裕輔さんのところに行った後は、大概アーちゃんの部屋に寄るけど、指摘されたのは今回だけだし……。
うん、きっと大丈夫だ、大丈夫! そう信じよう。
「どいつもこいつも、なんで俺に見せ付けんのかねー」
「え?」
「なんもない」
裕輔さんのことだから、僕を困らせるつもりはなかったはずだ。
だけど、時にはこういう失敗(?)もあるんだし、これからは僕も気をつけるようにしよっと。
最近の裕輔さんは、やたらと忙しい。
風紀委員長は引退したけど、お父さんの仕事を手伝っているせいだ。
まだ高校生の彼が何をしてるのか、僕には想像すらできない。
だけど、早めに参画すれば後々楽になると、裕輔さんが言ってたから、それはきっと大事なことなのだろう。
だから、そのせいで休日が潰れても、一緒にすごせなくても、悲しんだりはしない。
彼の努力のすべてが、僕との未来のためだと知ってるから。
玄関先で名残惜しげにキスするのは、もはや習慣になっていた。
最初の頃は恥ずかしさのあまり顔が見れなかったけど、今ではキスしたあとの表情を見るのが楽しみになっていた。
「来週は、時間が取れるはずだから」
「はい、楽しみにしています。あ、でも、無理はしないでくださいね」
「彬のためなら、いくらでも無理できるぞ」
「もう、それで倒れたりしたら、どうするんですか? 最近は、寝不足気味なんでしょ」
「そんなこと、誰が言った?」
「副田先輩が言ってましたよ。夜中まで資料に目を通してるから、あまり寝てないって」
副田先輩は、そのことをとても心配していた。
だけど先輩の言葉に耳を貸さず、逆に、お前がいるからその分増やしてもいいな、なんて言われたらしい。
「もともと朝は弱いのに、睡眠不足なんてダメですよ。元風紀委員長が遅刻でもしたら、カッコつきません」
「なるほど、こちらから懐柔にきたか……」
「え…?」
「いや、なんでもない。そうだな、これからは極力無理をしないようにしよう」
「はい、そうしてください」
「来週の休日は、彬と二人で一日中ボンヤリするのもいいな」
「それいいですね。あ、でも、お仕事は本当に大丈夫ですか?」
二人で過ごしてるときも、時折仕事の電話をしたり資料を読んだりしていた。
それだけ忙しい人なのに、一日中ボンヤリなんてできるのだろうか?
「なに、問題ない」
「本当に?」
「ああ、それくらい副田がどうにかしてくれる」
以前の僕なら、冗談として聞き流していただろう。
だけど今の僕には、彼が本気で言ってると分かる。
そう、裕輔さんは意外と横暴なのだ。
それこそ、面倒なことはすべて副田先輩に押し付けると言い切れるくらいに。
それもこれも副田先輩を信頼してのことだけど、いかに器用にサボるかを信条にしてる人からすれば、とんでもない悪行に他ならないだろう。
一瞬だけ、副田先輩を気の毒に思った。
あくまで一瞬だけ。
楽しげに語る裕輔さんを見てたら、僅かな同情心など消し飛んじゃいました。
「それじゃあ、来週は一日ボンヤリしましょうね。もちろん、ゲームは禁止ですよ」
「え……」
愕然とする相手を、僕にしては、かなり意地悪なものを含みつつ見詰めた。
やがて裕輔さんの瞳が、柔らかく細められる。
観念したのだ。
「なら、彬の読書もなしだな」
「え、それは…」
まさかそんな仕返しをされるとは。
「一日、俺以外を見るのは禁止だ」
耳元で甘く囁かれては、反論などできるはずもない。
自然と首肯すれば、まるでご褒美のような口付けが与えられた。
扉一枚挟んだ向こう側は、いつ誰が通るか知れない通路だ。
そんな場所での口付けに、羞恥心よりも幸福感が勝っていた。
深く舌を絡ませたあと、ソッと離れていく唇。
それを寂しく感じてると、最後とばかりにキツク首筋を吸われる。
「アッ…」
知らず漏れ出た声に忘れていた羞恥心が蘇り、熱くなった頬を隠すよう俯いた。
そんな僕を抱き締めて、裕輔さんが優しく告げる。
「続きは、来週な」
もちろんそれにも、頷いておいた。
後ろ髪を引かれる思いで裕輔さんの部屋を退出したのは、夕方と言っていい時間帯のことだった。
本当はまだまだ一緒にいたかったけど、今夜はお父さんの知人――仕事絡み――に会う予定が入ってるから仕方ない。
一時の寂しさも、これから先長い時間を共にするためと思えば、どうってことなかった。
そもそも高校を卒業したら同居する約束だし、逆に最近の僕は浮かれすぎとアーちゃんに言われるくらいだ。
いまだ火照ったままの頬を軽く叩く。
このまま自室に戻れば、小嶋君にヘンな眼で見られるかもしれない。
だからというわけではないけど、アーちゃんの部屋に寄り道することにした。
アキラは会長のところだし、もしかしたらアーちゃんも出かけてるかもしれないけど、もし居たらコーヒーでもご馳走になろっと。
幸運なことに、アーちゃんは在室していた。
いつものようにドアを開けてもらい、部屋に上がる前に軽く話してたら、なぜだかアーちゃんの様子がぎこちないものに変わってゆく。
「もしかして、邪魔しちゃった?」
「あー、いや、…」
「僕、帰るね」
特に気にすることもなく帰ろうとした僕を、アーちゃんが引き止める。
「いや、いいよ、上がって」
「え、でも…」
「別に用事はないし、どっちかってーと暇してたから」
その割りには、ちょっとよそよそしいんだけど。
「そう? だったらお邪魔するけど……」
「はいはい、どうぞ」
少し身を屈めながら靴を脱いで、廊下に足を踏み入れた。
ふと顔を上げると、ずっと待ってくれていたアーちゃんが、真面目な顔で僕を見ていた。
「あ、え、どうしたの?」
「ったく、どこぞのバ会長と同レベルだな」
「は、え?」
アーちゃんが、いきなり襟元に触れてくる。
突然のことに棒立ちでいると、僕の開襟シャツのボタンをどんどん閉じ合わせていった。
キッチリと、一番上まで。おかげで、少し息苦しい。
制服でもあるまいし、普段シャツのボタンを全閉して着ることはない。
それが普通だと思ってたし、アーちゃんだってそうなのに、いったいどうしたんだろう?
「だ、だらしなかった?」
それが理由としか思えなかった。
だけどアーちゃんは、困ったように微笑いつつ、それを否定した。
そして襟元の、鎖骨に近い箇所を指で押し、
「見ないフリでも良かったけど、それだとアッくんが困るだろうしね」
「え?」
「カレシに気遣いがない分、アッくんが気にかけなきゃダメよ」
「……あっ」
ここへ来る直前に交わした行為が、まざまざと思い返される。
もしも、その痕跡が残ってたとしたら……。
「あ、あの、その……」
「ギリギリ隠れる場所だし、そうやってたら見えないよ」
「あ、そ、そうなんだ、よ、よか、よかった……」
「主張するのは結構だけど、ほどほどにって言っときな」
「な、何言って、そんなんじゃないよっ」
アーちゃんは口にしなかったけど、僕の首筋にキスマークがあったってことだよね。
ボタンを閉じてれば見えないけど、開けてれば見える場所に。
相手がアーちゃんだから良かったものの、もし他の人に見られたらどう言い訳すればいいのか。
それよりも、今回が初めてじゃなかったら、どうしよう。
気が付かないうちに、誰かに見られてた可能性も……。
でも、裕輔さんのところに行った後は、大概アーちゃんの部屋に寄るけど、指摘されたのは今回だけだし……。
うん、きっと大丈夫だ、大丈夫! そう信じよう。
「どいつもこいつも、なんで俺に見せ付けんのかねー」
「え?」
「なんもない」
裕輔さんのことだから、僕を困らせるつもりはなかったはずだ。
だけど、時にはこういう失敗(?)もあるんだし、これからは僕も気をつけるようにしよっと。