単発もの
[The Secret Garden 1]
あの騒動が収束してから暫く後のことだった。
副会長様が親衛隊隊長相手に、とんでもないことを言い出されたのだ。
あの美しい花園にて、皆でお茶会を開こうと。
しかも、定期的に。
それは、まさしく恵み。
「渡辺をどうする気だ!?」
渡辺君と別れた途端、突如として腕を掴まれ怒鳴られた。
身を竦ませ恐々と頭を上げたその先には、口さえ聞いたこともない人物がいた。
だけど、顔はよく知っている。
僕たちの学年でもっとも有名といえる生徒で、つい先だってまで副会長様とよくご一緒していた人物だから。
「まだ制裁とかやってんのかよ!?」
中等部時代の彼は、爽やかなスポーツ少年というイメージだった。
事実、それが彼の素顔だったのだと思う。
それが高等部に進学して転校生と出会った途端、すべてが一変した。
どこか投げやりでいて、そのくせ転校生には執着しているようで、だけどさっぱりと満たされてないような複雑な表情をしながら、彼はいつも副会長様と転校生の傍にいたのだ。
だからよく覚えている。
確か名前は、
「野添……くん」
結果をいえば、彼――野添康文君は、僕たち副会長様親衛隊が、またもや渡辺君に制裁すると思い込んでいたのだ。
僕が渡辺君とこっそり話していたのが、呼び出しのように見えたらしい。
「お茶会?」
怯えながらも必死で言い訳する僕に、野添君は聴くという姿勢を見せてくれた。
ただ、腕を掴む力は緩めてはくれなかったけど。
だけど痛みよりも野添君の怒りも露な様が恐ろしくて、かなりどもりながらの説明になってしまった。
「は、はい……副会長様が、鈴木君と渡辺君も招こうとおっしゃって、だから、あの、僕が……」
状況を理解してくれたのか、野添君が掴んだままの腕を慌ててはずした。
「ご、ごめんっ、俺、ついっ」
「あ、い、いえ、そう思われても仕方ないですし、あの……」
中等部から見知っているけど、まともに話したのはこのときが初めてだった。
彼は中等部のときからの有名人で、親衛隊持ちの爽やか美少年。
僕はといえば、副会長様に憧れを抱くどうってことない普通の生徒。
だから、思いもしなかった。
副会長様の笑顔とはまた異なる種類の爽やかな微笑を、こんな目前で拝見する日が来るなんて。
高校一年の、既に夏と言っていいころのこと。
学校には、必ず長期休暇がある。
この学園にも例外なく訪れるものだから、その間の花壇の世話は、専門の業者さんに頼むことになっている。
校庭の至るところに点在する花壇たち、そして、ひっそりと咲き乱れる副会長様の花園もその対象だ。
「誘えなかった……」
今日の午前から冬季休暇に突入した学園には、まだまだ寮生がたくさん残っている。
12月28日には完全に退去しなければならないけど、それまでは各自自由となっていた。
僕は春に備えるため、花壇の冬支度の真っ最中だ。
そこにフラリと現れた野添君が、上記のことを呟きながらガーデンテーブルにソッと着席した。
とうに慣れた光景。
いつからか、彼は副会長様の花園に一人訪れるようになっていた。
だいたいは部活の前。
ほんの短い時間、軽く言葉を交わして去っていく。
野添君とこんなふうにすごすようになった切欠は、お茶会に渡辺君を誘ったこと。
彼はすぐに納得してくれたものの、お茶会自体を自身の目で確認しない限りは、やはりどこか疑いが残ったままだと言った。
だから、彼も誘ったのだ。
副会長様のお茶会に。
結局野添君は、それから二度と参加しなかったけどね。
感想が、
「ジャムとかマーマレード舐めながら、赤毛のアンを読まされてる気分だった」
なんてよく分からないものだったから、つまりは彼には楽しくなかったということだろう。
皆でお菓子を食べて紅茶を飲んで、好きな詩人や音楽について語っていただけなのに、どうしてそんな感想になるのか不思議だ。
とはいえそのお茶会の後から、たまにこうして花園にやって来ることのほうが、当初はその何倍も不思議だったけどね。
しかも、僕が一人で作業してるときだけだから、余計にね。
土をいじるだけのつまらない作業を見ながら適当に話しかけてきては、時間がきたら部活に向かう彼に緊張していたのは最初のほうだけ。
徐々に僕も慣れていった。
だからすぐに気が付いた。
野添君が、渡辺君に好意を抱いていることを。
それを指摘したら、恥ずかしそうに例の爽やかな笑みを浮かべて、だったら相談に乗ってくれと言われて困った。
恋愛経験なんて皆無の僕に、何を言ってるんだろうか。
だけど、ただ話を聞いてくれるだけでいい、ファンのコたちにはとてもじゃないが話せないと言われ、じゃあ聞くだけならと承知した。
あれから数ヶ月、渡辺君は野添君の恋心にいまだ気付かないまま。
そして満を持してのクリスマスの誘いすら、失敗したということなんだろう。
だけど野添君からは、それほど落ち込んだ様子は見受けられない。
「ねぇ、ちゃんと好きって伝えたほうがいいんじゃないかな?」
経験のない僕には、それが正解かどうかは分からないけど。
「うーん、そうだよなぁ……」
どうも煮え切らない。
「そういえば、休みの間、花はどうすんの?」
温室以外の花たちは既に枯れ、次の春を待っている。
もちろんそれまでの間にも、水を与え肥料を与え、再び芽生える力を与え続けるのだ。
「専門の人たちが見ててくれるから、大丈夫だよ」
「へぇ、そこまでしてくれるんだ」
「うん、他の花壇のついでだけどね。ここもお願いしてあるって副会長様がおっしゃっていたから」
「ふうん」
さり気なく話題を摩り替えられたように感じたのは、気のせいではないと思う。
ここ最近、こういうことが増えてきた。
いつもいつも渡辺君のことばかり話してるわけじゃなく、むしろ別の話題のほうが多いくらいだけど、ふとした切欠で渡辺君の話題になったときは、実に嬉しそうに語っていたというのに……。
もしかしたら、既に振られたあととか?
でも野添君からそういった雰囲気は漂ってこないし……よくよく考えたら、恋愛のレの字も知らない僕に判断がつくわけないよね。
「あっと、このあと部活のやつらとの忘年会があったんだ。そろそろ行くな」
「あ、うん」
それを聞いて、僕も隊員たちとの忘年会があったことを思い出した。
早く終わらせなきゃ。
「あ、そうだ、村上」
去りかけていた野添君が、花壇の前にしゃがんでいた僕の傍へとやってくる。
「どうしたの?」
「お前、いつまで寮に残ってんの?」
「27日に帰る予定だよ」
「そっか、俺は26日だ。"よいお年"は封印しとくな」
それが年末恒例の挨拶だと思いつくのに、暫し時間がかかってしまった。
つまり野添君とは、まだ会う機会があるってことかな?
でも花園に来るのは今日が最後の予定だし……。
「……う、うん、分かった」
とりあえずそう返事しておくと、野添君は満足そうに微笑みクラブハウスの方角へと走り去っていった。
じゃあな、の一言を残して。
これが、一年の冬のこと。
不思議な関係は、二年になっても続くことになる。少し形を変えて……。
あの騒動が収束してから暫く後のことだった。
副会長様が親衛隊隊長相手に、とんでもないことを言い出されたのだ。
あの美しい花園にて、皆でお茶会を開こうと。
しかも、定期的に。
それは、まさしく恵み。
「渡辺をどうする気だ!?」
渡辺君と別れた途端、突如として腕を掴まれ怒鳴られた。
身を竦ませ恐々と頭を上げたその先には、口さえ聞いたこともない人物がいた。
だけど、顔はよく知っている。
僕たちの学年でもっとも有名といえる生徒で、つい先だってまで副会長様とよくご一緒していた人物だから。
「まだ制裁とかやってんのかよ!?」
中等部時代の彼は、爽やかなスポーツ少年というイメージだった。
事実、それが彼の素顔だったのだと思う。
それが高等部に進学して転校生と出会った途端、すべてが一変した。
どこか投げやりでいて、そのくせ転校生には執着しているようで、だけどさっぱりと満たされてないような複雑な表情をしながら、彼はいつも副会長様と転校生の傍にいたのだ。
だからよく覚えている。
確か名前は、
「野添……くん」
結果をいえば、彼――野添康文君は、僕たち副会長様親衛隊が、またもや渡辺君に制裁すると思い込んでいたのだ。
僕が渡辺君とこっそり話していたのが、呼び出しのように見えたらしい。
「お茶会?」
怯えながらも必死で言い訳する僕に、野添君は聴くという姿勢を見せてくれた。
ただ、腕を掴む力は緩めてはくれなかったけど。
だけど痛みよりも野添君の怒りも露な様が恐ろしくて、かなりどもりながらの説明になってしまった。
「は、はい……副会長様が、鈴木君と渡辺君も招こうとおっしゃって、だから、あの、僕が……」
状況を理解してくれたのか、野添君が掴んだままの腕を慌ててはずした。
「ご、ごめんっ、俺、ついっ」
「あ、い、いえ、そう思われても仕方ないですし、あの……」
中等部から見知っているけど、まともに話したのはこのときが初めてだった。
彼は中等部のときからの有名人で、親衛隊持ちの爽やか美少年。
僕はといえば、副会長様に憧れを抱くどうってことない普通の生徒。
だから、思いもしなかった。
副会長様の笑顔とはまた異なる種類の爽やかな微笑を、こんな目前で拝見する日が来るなんて。
高校一年の、既に夏と言っていいころのこと。
学校には、必ず長期休暇がある。
この学園にも例外なく訪れるものだから、その間の花壇の世話は、専門の業者さんに頼むことになっている。
校庭の至るところに点在する花壇たち、そして、ひっそりと咲き乱れる副会長様の花園もその対象だ。
「誘えなかった……」
今日の午前から冬季休暇に突入した学園には、まだまだ寮生がたくさん残っている。
12月28日には完全に退去しなければならないけど、それまでは各自自由となっていた。
僕は春に備えるため、花壇の冬支度の真っ最中だ。
そこにフラリと現れた野添君が、上記のことを呟きながらガーデンテーブルにソッと着席した。
とうに慣れた光景。
いつからか、彼は副会長様の花園に一人訪れるようになっていた。
だいたいは部活の前。
ほんの短い時間、軽く言葉を交わして去っていく。
野添君とこんなふうにすごすようになった切欠は、お茶会に渡辺君を誘ったこと。
彼はすぐに納得してくれたものの、お茶会自体を自身の目で確認しない限りは、やはりどこか疑いが残ったままだと言った。
だから、彼も誘ったのだ。
副会長様のお茶会に。
結局野添君は、それから二度と参加しなかったけどね。
感想が、
「ジャムとかマーマレード舐めながら、赤毛のアンを読まされてる気分だった」
なんてよく分からないものだったから、つまりは彼には楽しくなかったということだろう。
皆でお菓子を食べて紅茶を飲んで、好きな詩人や音楽について語っていただけなのに、どうしてそんな感想になるのか不思議だ。
とはいえそのお茶会の後から、たまにこうして花園にやって来ることのほうが、当初はその何倍も不思議だったけどね。
しかも、僕が一人で作業してるときだけだから、余計にね。
土をいじるだけのつまらない作業を見ながら適当に話しかけてきては、時間がきたら部活に向かう彼に緊張していたのは最初のほうだけ。
徐々に僕も慣れていった。
だからすぐに気が付いた。
野添君が、渡辺君に好意を抱いていることを。
それを指摘したら、恥ずかしそうに例の爽やかな笑みを浮かべて、だったら相談に乗ってくれと言われて困った。
恋愛経験なんて皆無の僕に、何を言ってるんだろうか。
だけど、ただ話を聞いてくれるだけでいい、ファンのコたちにはとてもじゃないが話せないと言われ、じゃあ聞くだけならと承知した。
あれから数ヶ月、渡辺君は野添君の恋心にいまだ気付かないまま。
そして満を持してのクリスマスの誘いすら、失敗したということなんだろう。
だけど野添君からは、それほど落ち込んだ様子は見受けられない。
「ねぇ、ちゃんと好きって伝えたほうがいいんじゃないかな?」
経験のない僕には、それが正解かどうかは分からないけど。
「うーん、そうだよなぁ……」
どうも煮え切らない。
「そういえば、休みの間、花はどうすんの?」
温室以外の花たちは既に枯れ、次の春を待っている。
もちろんそれまでの間にも、水を与え肥料を与え、再び芽生える力を与え続けるのだ。
「専門の人たちが見ててくれるから、大丈夫だよ」
「へぇ、そこまでしてくれるんだ」
「うん、他の花壇のついでだけどね。ここもお願いしてあるって副会長様がおっしゃっていたから」
「ふうん」
さり気なく話題を摩り替えられたように感じたのは、気のせいではないと思う。
ここ最近、こういうことが増えてきた。
いつもいつも渡辺君のことばかり話してるわけじゃなく、むしろ別の話題のほうが多いくらいだけど、ふとした切欠で渡辺君の話題になったときは、実に嬉しそうに語っていたというのに……。
もしかしたら、既に振られたあととか?
でも野添君からそういった雰囲気は漂ってこないし……よくよく考えたら、恋愛のレの字も知らない僕に判断がつくわけないよね。
「あっと、このあと部活のやつらとの忘年会があったんだ。そろそろ行くな」
「あ、うん」
それを聞いて、僕も隊員たちとの忘年会があったことを思い出した。
早く終わらせなきゃ。
「あ、そうだ、村上」
去りかけていた野添君が、花壇の前にしゃがんでいた僕の傍へとやってくる。
「どうしたの?」
「お前、いつまで寮に残ってんの?」
「27日に帰る予定だよ」
「そっか、俺は26日だ。"よいお年"は封印しとくな」
それが年末恒例の挨拶だと思いつくのに、暫し時間がかかってしまった。
つまり野添君とは、まだ会う機会があるってことかな?
でも花園に来るのは今日が最後の予定だし……。
「……う、うん、分かった」
とりあえずそう返事しておくと、野添君は満足そうに微笑みクラブハウスの方角へと走り去っていった。
じゃあな、の一言を残して。
これが、一年の冬のこと。
不思議な関係は、二年になっても続くことになる。少し形を変えて……。