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平凡君の日々彼此

[平凡君の日々彼此10-完]


「アーちゃんとアキラは、その……キス、したことあるの?」

「あるよ、何度も。
妙なとこで器用なくせに、基本不器用でしょ、あいつ。
キスがヘタって勝手に落ち込んで、俺相手に練習してたの。
まったく成長しないけど」

「アキラって…」

「変な奴でしょー。
そういう倫理観はゼロ、罪悪感もゼロ、学習能力もゼロ、東峰への愛情だけはMAX。
あいつにね、普通の感性を求めたらダメよ」

アキラという人物を知っていれば、この言葉の正しさが分かる。
そうだよね、アキラって本当に変わってるんだよね。

「アキラとアーちゃんの関係って、なんだか不思議だね……」

「俺とあいつの関係ねぇ。
してねーのは、セックスくらいじゃねーかな」

「セッ、えっ」

「そんな関係」

グラスを傾けながら、事もなげに言い放つ。
ぶっちゃけと言ってただけあり、アーちゃんは包み隠すことはしないらしい。

「カ、カイチョーは、知ってるの?」

「さぁね? 知ってるんじゃない?」

「え、そ、それじゃ、」

「俺も東峰も、お互い心底嫌いあってるけど、信頼できるのもお互いだけだからね」

「よく、分からない…」

「何があっても、俺とアキラは一線を越えない。絶対にね。
東峰は、そこんとこようく理解してんだよ。
つまり東峰にとって、安全だと言い切れる男は、俺だけってわけ」

アキラとアーちゃん。
アーちゃんと会長。
複雑すぎる三人の関係は、聞けば聞くほどより複雑なものになっていく。

「アキラは、カイチョーとアーちゃんの、どっちが……」

「愚問だね。あいつが惚れてんのは東峰だけだ」

「でも、アーちゃんのことも、」

「うん、愛してんじゃない?」

「……」

愛情には、いろんな種類がある。
だけどアーちゃんの言う愛とは、いったいどういうものなのだろうか。

「たとえばの話、抱きたいって言ったら、間違いなく抱かせてくれるよ。
でも、俺を選ぶことはない」

「選ぶ? それは、恋人にってこと?」

「うん、まぁ、そういうこと。
もしも東峰が、一緒に死のうって言ったら、あいつは喜んで一緒に死ぬ。
だけど、俺とはありえない。
でもね、俺が、俺のために死んでくれって言ったら、あいつは死ぬんだよ。
東峰を道連れにね……」

グラスを握る手に、力がこもった。
苦い笑いを見てられなくて、そのままグラスの中身を一気に煽る。

「ちょ、ちょっと」

「は、はれぇぇ?」

体が燃えるように熱くなり、突然羽が生えたように軽くなった。
すごい、僕、飛んでる!?
しかも天井はクルクルと周ってて、ついでにアーちゃんもグルグル周って二人に分裂したから、ビックリして大笑いしちゃった。
あーもう、何がなんだか分からないや。
でも、これだけはよ-く分かった。

「ち、ちきゅーは、まわってるんだ…」



「う、うーん…」

寝返りを打ちながら目を開けば、そこには僕の部屋ではない部屋の天井があった。
あれ? 昨夜は裕輔さんのところに泊まったんだっけ?
とてつもなく重たい体と寄り添う体温から察するに、それが正解……じゃない!?

「あ、い、いつつツツッ……」

飛び起きた途端、覚えのある箇所とは異なる場所が、猛烈に痛んだ。
その、痛む頭を庇いつつ、再びベッドに倒れこむ。
その振動で、隣りで寝ていた人物が身じろぎをした。
ゆっくりと僕のほうを向き、

「……起きた?」

「うん、起きた……。えっと、どうして、アーちゃんが…?」

寝起きのせいか、すっごく不機嫌そうなアーちゃんに恐々と尋ねてみる。

「ったく、覚えてないの?」

「えっと、あんまり……」

確か、昨夜はアーちゃんのところにお邪魔したんだっけ。
そしたらアーちゃんがお酒を飲みだして、それを注意……はしてなくて、

「あ、ぼ、僕、酔っ払って」

「そ、床で寝ちまった酔っ払いを、俺がベッドまで運んだの」

「ご、ごめん…えっと、ありがとう」

ズキズキと痛みを訴える頭に、それが二日酔いの症状だと知るはめになった。
初めての経験だからか、すごくすごく気持ち悪いです。

「アッくん、ちょっと起きられる?」

「う、うん」

支えてもらいながら、なんとか上半身を起こす。

「これ、飲んどきな」

そう言って手渡されたのは、三角に折られた白い薬包紙だった。
今ではほとんど見ないものだ。

「クスリ?」

「うん」

間違いなく市販の薬ではないだろう。
折られた紙を拡げれば、そこには生成り色した粉末が入っていた。

「二日酔いに、ようく効くから」

アーちゃんがそう言うならそうなのだろう。
疑いなど持つはずもなく、すぐに粉末を口にいれた。
コップの水を含み、ゴクンと飲み干す。

「に、にがっ……」

「良薬口に苦しだ」

手を借りながら、またベッドに沈む。

「気分は?」

「気持ち悪い」

「吐きそう?」

「胃はムカムカしてるけど、吐きそうじゃない」

というより、吐く体力がない。

「なんだったら、点滴でもしようか?」

「てんっ、!?」

ビックリしてアーちゃんを見上げたら、彼は至極真面目な顔をしていた。

「ま、まさか、アーちゃんが?」

「俺、血管探すの上手いよー」

「そ、そういう問題なの?」

「俺らに常識求めんなって」

「な、なるほど、そっか、点滴くらい、あるよね」

冗談でなく、いざってときのあらゆる物が揃っているのだろう。
そしてアーちゃんは、それらを扱う知識を身に付けてるということなんだ。

すべては、アキラのため。
そう、アキラのためだけに……。

「そういうこと。ま、元気そうだし、大丈夫かな」

「うん、寝てたら大丈夫そう」

頭痛は随分マシになっていた。
あの苦い薬は、本当によく効くみたいです。

「飯、どうすっかねー」

「いまは、いい」

「だよねー。ま、もう一眠りしたらマシになるだろうし、二日酔いの定番、味噌汁を用意しといてあげるよ」

「うん、ありがと」

その返事を最後に、僕は再び眠りについた。
次に目覚めたときには、定番だという味噌汁が味わえることだろう。
それは僕のために用意されたもの。
そう考えただけで、早くこの眠りから覚めたくて仕方なかった。
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