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平凡君の日々彼此

[平凡君の日々彼此10-2]


『アキラとアーちゃんの関係は、つくづく謎だ』

アキラの恋人は会長で、アーちゃんは親友。
それは誰もが認める関係であり、本人たちもそう認識している。
だけど親密さでいえば、アーちゃんと会長の差はあまりないのかもしれない。
あ、でも、僕も人のことは言えないのかな。
裕輔さんとキラキラ会、どちらがより親密かといえば、間違いなくキラキラ会だと思うもの。

でも、親しさの種類が違うよね。

そう考えたとき、急に恥ずかしさでいっぱいになった。
無意識に、そういうことをしてるかどうかで考えてしまったせいだ。
恋人と友人は違う。全然違う。
同じ触れ合いでも、伝わる温度と伝える温かさが異なるんだもの。



土曜の夜、余程でなければ、アキラは会長の部屋に泊まる。
僕もたまにだけど、裕輔さんの側で夜を明かす。
だけど今日はたまにじゃない日で、夕食後まったりした後は彼の部屋を退室した。

もう遅い時間だけど、その足でアーちゃんの部屋を訪ねた。
休日だろうと平日だろうと遅くまで起きている彼は、こうして突然訪ねて行っても嫌な顔一つしない。

「泊まりじゃねーの?」

扉を開けてすぐ、そんなことを言われた。

「ち、違うよっ」

ニヤニヤと笑われたけど、それ以上はツッコまれなかったから、ホッとしながら部屋の奥まで進む。
アーちゃんは既にパジャマ姿だった。
お風呂上りなのか髪は濡れていて、上着のボタンは開きっぱなし。
アキラなら、だらしないと小言を言うかもしれない。

もう勝手知ったるなどというレベルではないキッチンで、適当に飲み物を見繕いソファに座ると、テーブルに無造作に置かれたネックレスと指輪を発見した。

「出かけてたんだ」

「うん、さっき帰ってきたとこ」

意外とお洒落なアーちゃんは、出かけるときアクセサリをつける。
僕なんかからしたらありえないファッションも、似合うから少し腹立たしい。
はっ、まるでアキラみたいなこと考えちゃった。

「そういえば、アーちゃんはピアスはしないんだね」

放り出されたままのネックレスには、銀色の十字架がついていた。
きっとブランド物だろうけども、僕にはさっぱりと分からない。
ただ、カッコいいというのは分かる。

「あー、開けようとは思ったんだけどねー」

アーちゃんはキッチンでなにやら作業をしながらも、僕の質問に答えてくれた。

「開けなかったの?」

「何があるかわかんないからねー」

「わからない? 何が?」

「はずみで傷つけちゃうかもしれないでしょー」

「……? あ、ああ、そっか、なるほど」

最初は理解できなかったけど、必死で考えてなんとなく納得した。
要は、アキラに怪我させる可能性があるから、ピアスを断念したってことなんだ。
そういえばアキラといるとき、アーちゃんは決してアクセサリの類はつけない。
それも同じ理由からなんだと、そこまで徹底できるアーちゃんを素直にスゴイと感じた。

やがて、両手にお皿を持ったアーちゃんが現れた。
どうやら夜食、いや、つまみを作っていたらしい。

「アッくんも、飲む?」

棚からグラスを出しながらの、意地悪な問いかけ。
それは未成年には許されない行為への誘いだった。
だけど、本気じゃないことを知っている。

アーちゃんは僕の返事なんて待たず、隠し持っているお酒をグラスに注いで、最初の一口を煽った。
平然と寮内で飲酒する彼に、注意したこともある。何度も何度も。
だけどまったく懲りないから、僕のほうが諦めてしまったのだ。

ある程度喉を湿らせてから、アーちゃんがつまみに手を伸ばした。
お皿に盛られているのは、アーちゃんの大好きなチーズで、クラッカーとドライフルーツも添えられていた。
どうみても、僕が普段口にするようなチーズではない。
それもそのはず、アーちゃんはとにかくクセがあって、いわゆる本場(?)というタイプのチーズが大好きなんだ。
馴染みがないせいか、僕は少しばかり苦手だけど、お酒と一緒にパクパク食べるアーちゃんはとても大人っぽく見えた。
同じ年なのにな……。

「僕も、飲もうかな」

なんとなく言えば、ビックリした顔でアーちゃんがマジマジと見つめてくる。

「なんかあった?」

「え、ち、違うよ。アーちゃんが、すごく美味しそうに飲むから、だから…」

「そうですか、俺のせいですか」

「う、うん、そうだよっ」



透明なグラスに、山吹色した液体が半分だけ注がれる。
とても、綺麗だ。

「これ、日本酒?」

「うん、舐める程度にしときな」

子ども扱いされたようで、ちょっとだけムッとする。

「僕だって、飲んだことくらいあるよ」

「へー」

「う、嘘じゃないよ。お屠蘇とかビールとか」

本当に嘘じゃない。
お正月はお屠蘇を三口ほど飲むし、お父さんのビールを舐めたこともあるのだから。

「はいはい」

だけどアーちゃんは取り合ってくれず、悔しさからお茶を飲む勢いで飲み込んだ。

「あっ」

咄嗟に上がった声は、アーちゃんのもの。
僕は言葉もなく、固まっていた。

口に含んだとき、舌がピリッとして痛いと感じた。
飲み込んですぐ喉がカーッと熱くなり、それ以上に顔が熱く火照ってきて、胃までもがポカポカと温かくなる。

「ア、アッくん?」

「……」

味はよく分からなかった。
ただフワフワとした感覚に覆われて、気持ちいいといえるかもしれない。

「ダ、ダイジョウブ、へいき…」

「そ、そう?」

「へいきだってば、みんなふつうに飲むものでしょ、へーきヘーキ」

「ならいいけど……」

「あははは、しんぱいしょーなんだからー」

なんだろう、ちょっと楽しい。
まだかなり残っているお酒を、今度はペロペロと舐める。
アーちゃんは、もう何も言わなかった。

半分だけいれてもらったお酒を僕が舐めてる間、アーちゃんは何杯も何杯も飲んでいた。
だというのに、まったく酔う気配がない。

「アーちゃんはさー」

「んー?」

「酔わないの?」

「酔うよー」

「酔ってないじゃないかー」

「そりゃあ、この程度じゃねー」

「いつ酔うの?」

「さて、いつだろうねー?」

「ねー、いつー?」

「アッくん、あーんして」

「あ? あーん」

開けた口に、チーズの乗ったクラッカーがいれられる。
あまりクセのないそれは、カマンベールかもしれない。
ちゃんと好みを考えてくれるあたり、アーちゃんらしい。

「おいひい」

モグモグと口を動かしながら、ちゃんとお礼を言う。
あれ、お礼になってるのかな? ま、いっか。

「そりゃよかった」

「おさけも、おいひいよ」

「はは、舐めるだけにしといてね」

「うん」

言われたとおり、ペロペロと舐めて味わう。
苦いような辛いようなよく分からない味は、舐めるほどに美味しいと思えてきて、ドンドンと気分が昂揚してくる。
それが大人の証明のような気がして、普段はできそうにない話もできそうな自分がいた。

「ねー」

「んー?」

「アーちゃんはさー、その、お、おん……ゴニョゴニョ」

「ん? なに?」

「お、お、オンナノヒトと、その……したこと、あるんだよね?」

あれ、大人ってもっとダイレクトに言えるイメージがあったんだけどな。

「あー、セックス?」

「わ、わぁぁっ」

「なによ、自分から振っといて」

「だ、だってだって」

「つか、ヤッてるくせに、今さら照れんなって」

「う、は、はい…」

俯いて、手の中の液体を舐める。
ペロペロ、もう少しペロペロ。

「あんま飲みすぎんなよ」

「ダイジョウブダイジョウブ」

本当に心配性だ。
言われるまま、チビチビと舐め続けてるうち、ハッと気付けば中身はほとんどなくなっていた。

「アーちゃん、おかわりいれて」

「えええ!? マジで!?」

「うん、マジ。マジだよ、いれて」

「ったく、ちょっとだけよ」

なんだかんだ言いながらも、また半分だけ注いでくれる。

「つまみも食べな」

「うん、たべる」

アーンと口を開けたら、溜息とともにチーズが放り込まれた。
やっぱり、食べやすいのを選んでくれている。

「アーちゃんはさ、その…オンナノヒトとしてるんだよね?」

「うん、してるよ」

「その人のこと好きなの?」

「どの人?」

「え、どのって、えっと、だから」

「四人、あーっと、三人いるけど、どれ?」

「さ、さんにん……」

「つっても、どの人ともヤルだけだからね、なんの感情もないな」

「そっか…そうなんだ…」

「アッくん、酔ってるでしょ」

「よ、酔ってるけど、酔ってないよ」

本当は、結構酔ってる気がする。

「すっげー酔ってることにしときなさい」

「え、ど、どうして?」

「酔っ払い相手になら、ぶっちゃけトークしてあげるから」

「……」

「アッくんが聞きたいのは、もっと別のことでしょ?」

「う、うん……」

頭の中が、かなりふらついていた。
自分では気付けなかったけど、このときの僕は呂律が怪しくて、右へー左へーと体が揺れていたらしい。
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