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ひねもすのたりのたり

[ひねもすのたりのたり4-3]


3Mほどの距離を開け、ターゲットを追いかけ続けた。
といっても、それほどの距離を移動したわけではない。
明石の目的とする場所は、駅に近接する大きなホテルだったらしく、すぐにそこに入ってしまったからだ。
見失わないように、アキもドアマンの間を擦り抜けて、ホテルへの侵入を果たした。
見つからないようロビーの隅っこの壁に張り付いて、明石の動向をじっくりと窺うことにしよう。

明石は、グランドピアノが設置されている広いロビーに立ち、周囲をキョロキョロと見回していた。
いかにも人待ち顔だ。だがしかし、爽やかお洒落シャツは似合っていない。
ロビーにいる人たち、特に女性客がチラチラと明石を見ているのがその証拠だ。
変な格好のやつとでも思われているのだろう。

それにしても、たかが高校生がホテルなんかに、なんの用があるのだろうか?
しかもここは名の知れたホテルであり、お値段の高さでも有名な高級ホテルだ。

そこでふと考える。
明石、贈り物、人と会う、ホテル……とくれば……。

ままままましゃか!?
高校生の分際でタバコは吸うし、バイクを勝手に持ち込むような、どうしようもない不良の明石だが、まままましゃかーーー!?

「あ、あわわ、わわわ」

な、なななんとふしだらなーーーー!!

明石を叱りつけにいくべきか、それとも大人の素振りで見なかったことにするべきなのか、アキとしてはおおいに悩むところだった。

「う、うみゅみゅ、うみゅ…」

頭を抱え込むアキをよそに、明石のほうはようやく待ち人が現われたらしい。
いつもキツイ眦を若干弛め、相手を出迎えている。

「!!!!!」

これぞまさに五言絶句。
アーちゃんに教えてもらった完璧な五言絶句というものを、こうして使う日がくるだなんて、アキには到底思いもしなかったことだ。

明石と待ち合わせていた相手は、女性だった。
ある程度は予想してたから、そこに驚きはない。
アキが驚いたのは、彼女がとても美人だったことだ。
年のころは20代半ばといったところか、切れ長の眼差しやツンと上向いた唇から、気が強そうな印象を受ける。
だが、まさに美女という言葉に相応しい女性だった。
そして、なぜだか明石の隣りが似合っているように思えた。

「あう…」

なぜだろう、妙にモヤモヤする。
もしかしてアキは病気なのか?
モヤモヤする場所はどこなのかと、胸に手を当てて考えてみた。

明石は昔、喧嘩ばかりしていた。
最近は、アキとプロレスごっこをしてくれる。

明石は、高校生のくせにタバコを吸うどうしようもない不良だ。
だけど、アキがタバコを捨てても、本気で怒ったりはしない。

明石は、アキが滅多なことではお菓子を譲らないと思い込んでいる。
だからたまに仏心を出したら、とても警戒する。

明石は、アキにしょっちゅう無礼を働く。
だけどその膝は、とても温かい。

明石は、たまに口煩い。
だけどアキと手を繋いでくれる。

似合いもしないシャツを明石に贈ったのは、たぶんあの美女だろう。
明石は、自分の趣味でないシャツを文句いいつつ着て出かけた。
相手のために、あの美女のために。
メンドクセーといいながらシャツを着て、バスで30分もかけて会いにきたのだ。
アキのことは起こしてくれなかったのに、わざわざホテルまでやってきたのだ。

どうしよう、モヤモヤする場所が全然わからない。
やっぱりアキは病気なのだ。
重病だったらどうしよう。
アキラが泣いてしまう。アッくんだって泣く。
アッキーは自分を責めてしまうだろう。
アーちゃんもちょっと心配するかもしれない、というか、むしろ心配してハゲてしまえ。
不覚にもハゲたアーちゃんを想像し、おかしくなった。

「うぷ、ぷぷ」

さすがにこんな場所で、大声で笑えない。
口元を押さえて、必死で堪える。

「で、なにごっこなわけだ?」

「ぷぷ、あう?」

俯いてプルプル震えてたら、いつの間にか明石が目前に立っていた。

「あ、あうっ」

まさか、尾行がばれた!?
そんなはずはない。ゼロゼロアキがそのような失態を、

「あうっ、ううう」

いきなり頭を叩かれた。
おにょれ明石めぇぇぇぇぇ!!

「ダッセー格好しやがって、そりゃ変質者のマネかなんかか?」

「ダ、ダサーーー!? ないの、おーさん、ないのよ、いいの、アキなの、のよ!」

「はぁ? 俺よりマシとか、テメェ寝惚けてんのか」

失礼な発言に反論しようとしたら、突然明石がアキのサングラスを奪い取った。

「あ、あう」

「ダッセーな、サイズがあってねーんだよ」

「う、うぬぬ」

アーちゃんから拝借したサングラスは、アキには少しばかり大きい。
そのうえアキの鼻は、ちょっとだけ小さくて、ちょっとだけ低いから、サングラスの縁を頬で支えるしかないのだ。
だがしかし、そのお陰で、顔半分が見事に隠せるという利点がある。

「こういうのはな、ホッペでかけるんじゃねーんだ。鼻だ、鼻」

意地悪な顔で、明石がサングラスをかけた。
アキと違って明石の鼻は高い。しかも鼻筋は実にキレイだ。
悔しいが、アキよりもちょっとだけ似合うかもしれない。

「テメェの低い鼻じゃ、無理ってことだ」

「ぬおっ」

鼻をピンと弾かれた。
ムカつく! おにょれ明石めぇぇぇぇぇ!!

そもそも今日は、朝からイライラしっぱなしだった。
なぜなら、なぜなら……ん? なぜ?
り、理由は忘れたけど、一日暴れん坊将軍になると決意するほどにはイライラしてたのだ。
だけど明石が訪ねてきて、なんとなくスッキリした。
このままオネムもいいかと思ってたのに、明石が似合いもしないシャツを着てお出かけして美女に会ったりするから、今度は病気になってしまったのだ。
体の中のどっかがモヤモヤモヤモヤするという謎の病のせいで、アキはたぶんウガウガ言いながら苦しむに違いない。
そして、キラキラ会のみんなが泣く。アーちゃんは、ハゲる。
全部全部、明石のせいだ!

「用事は終わったし、帰るか」

それなのに、明石は平然と言い放つ。
あまつさえ、アキに向かって横柄に手を差し出してきたりもする。
ムカ。
アキが拒むはずがないと決め付けているのだ。
モヤ。
その掌を叩き落してやったら、どんな顔をするだろうか?

「ううう」

「なんだ? 腹でもヘッてんのか?」

「あ、う、ううう、ちがうのよ、」

グゥゥゥゥゥゥゥ~~~

「なの、……あう?」

妙な音がしなかったか?

「昼飯食ってねーしな。どっかで食って帰るか? あ、伊藤が用意してっかもな。おいチビ、どうするよ?」

「……あい?」

「テメェ、まだ寝惚けてやがんな」

ポカリと、キャップのツバを叩かれた。
そのせいで、視界が少し狭まる。

「う、あう!」

反撃しようとした矢先、グゥゥゥゥゥゥゥ~~~
またもや奇妙な音がした。

「やっぱ、どっかで食って帰るか?」

「あう、あう、まつの、まつのよ、なの、のよ」

「は?」

ちょっとばかし、アキに考える時間をくれ。

まずは、モヤモヤはどこにいったかと、ふたたび胸に手を当ててみる。
よくわからない。
今度は、お腹を触ってみた。
グゥゥゥゥゥゥゥ~~~

「あっ」

「どうした?」

「あ、ああああ」

「おい、どうした?」

「ア、アキ、ぐぅよ、おなか、ぐぅなのっ」

「……」

「ぐ、ぐぅ、ぐぅ、なのよ、アキ、ぐぅぐぅ、のよっ」

「んなこたあ、わかってんだよ」

どうしてだか、明石が深いため息をついていた。
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