ひねもすのたりのたり
[ひねもすのたりのたり4-1]
アキの休日は忙しい。
まずは早起きして、朝からやっているアニメをリアルタイムでみなければならない。
そのあとは、録った分を何度もみる作業が待っている。
だから、決して寝過ごすわけにはいかないのだ。
だがアキだって、たまにお寝坊さんになるときがある。
それはおおむね、アッキーが起こしにきてくれないときで、今日も運悪くそういう日だったというだけのこと。
「うううう、あああああ、うう、あ、あ、ああああああ」
「喧しい!」
もう何度目かわからない絶叫は、アッキーの一喝のもと収まったりするわけがないのだ。
アキはフローリングに腹ばいになり、手足をジタバタと動かして目一杯絶叫しつづけていた。
「アッキー、わるいのよおおおおお、なのよおおおおお」
「自分で起きないのが悪い」
「あああああああ、ああああああああ」
アキは今日、お寝坊さんになってしまった。
そのせいで、大好きなアニメのエンディングしかみれなかった。
当然ビデオは録っている。だがそれとこれとは別問題だ。
サッカーも野球も、結果だけでは興奮できまい!
え、かなり違う? 違うくない!
「掃除の邪魔だ!」
腹ばいの姿勢からテコでも動こうとしないアキを、アッキーは何度も叱りつけ怒鳴りつけ、だが決して宥めようとはしない。
生クリームいっぱいのシュークリームを作るとか、せめてボールいっぱいの生クリームを用意してくれれば、アキの気も収まるというのにだ。
ぞんざいな扱いばかりを繰り返すものだから、アキだって意地になるしかあるまい。
掃除の邪魔くらい許されてもいいはずだ。
「んがっ」
横腹に、掃除機が激突してきた。
操っているのは、もちろんアッキー。
なんという無礼な!
それでも動かずに、その場で手足の運動を続けてやる。
きっと、たくさんのホコリが舞ってることだろう。えっへん、ざまあみろだ。
「アキッ」
「あああああ、うううう、あああああ」
知らない知らない。今日のアキは、一日暴れん坊将軍だ。
おやつはいつもの二倍、いや、三倍を要求する。野菜ジュースは飲まないぞ。
アキが決心したとき、ピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴った。
休日の朝に来る客といえば、アッくんだと相場は決まっている。
彼に子供のように駄々を捏ねる姿を見せるのは、恥ずかしいことだろうか。
いや、彼のことだ、深く同情してくれるに違いない。
よし、ここは続行あるのみ。
「ううううう、あああああ、アッキー、わるいのよおおおおお」
「おいチビブタ、今度はなんの遊びだ?」
「ぬあっ!?」
アッくんとは似ても似つかないダミ声に、アキはおもわず顔を上げていた。
視線の先には、鬱陶しげに眉をしかめるアッキーと、偉そうにアキを見下ろす明石の二人。
「見たところ、河童だな。河童の川流れごっこ、どうだ正解だろ」
「あうあ!」
だろ、のタイミングで踏まれた。
でかくて臭い明石の足が、アキの背中を見事に踏んづけていた。
おにょれ、明石め。
「ぬおおおお」
仰向けになり、臭い足をすぐさま捕らえる。
焦った表情を見せる明石の股ぐら目掛け、おもいっきり足を振り上げてやった。
が、咄嗟に身を逸らされる。
「あ、あっぶねー、チビッ!」
「ぐぬぬぬ」
残念ながら狙った箇所は外したが、太ももにはヒットした。
だがしかし、この程度で溜飲は下がらない。
瞬時に起き上がり攻撃態勢を見せれば、明石も迎え撃つ覚悟のようだ。
「あう、あう、あう」
「この、この、この」
アッキーが、諦めたように掃除機を放り出した。
が、そんなこと今のアキには関係ない。
「おう、おう、おう」
「クソ、テメ、ナメンナ」
乾いた洗濯物をソファに置いたアッキーが、洗面所へと消えていく。
だがしかし、やはり今のアキには関係ない。
「コノヤロッ」
「あうあっ」
気が付けば明石に吊り上げられ、そのままソファに投げ捨てられていた。
残念ながら、今回はアキの負けだ。
「どうだ、参ったか」
「あうー」
アキの下には、洗い立てのシーツにシャツ。
とてもいい香りのするその場所に、ぐったりと身を沈める。
プロレス後のなんとも清々しい脱力感に、ちょっとばかし眠くなってしまった。
それを見たアッキーが悲壮感を漂わせてるなんて、アキの気にするところではない。
「貴様、なにをしにきた?」
怒りを抑えた口調で、アッキーが明石に問いかける。
洗濯物のことは、暫し忘れることにしたらしい。
「あ? ああ、そうだそうだ、河童と遊んでる場合じゃねーんだ」
もう片方のソファでぐったりとしていた明石が、急に身を乗り出した。
「あんときのシャツ、どうした?」
シャツ?
半分うとうとしながら聞いていた会話から、明石の来訪目的が知れた。
明石は、シャツを取りに来たのか。
アキがうっかりと躓いたとき、たまたま手に持っていた野菜ジュースが、偶然にも明石にかかってしまったのは、ついこの間のことだ。
明石の着ていたシャツに、それはもう見事なまでの赤い染みができ、アッキーが責任もって洗濯すると約束していたが、はて、あれはその後どうしたのだっけ?
「洗った。染みにはなっていない」
「そりゃよかった。今日着るからよ、取りに来たんだ」
ほーほー、あの趣味の悪い、いや、これでは語弊があるか。
明石にはまったく似合っていない爽やかパステルブルーのシャツを、わざわざ取りに来たわけか。
それだけでも明石らしくないのに、わざわざそれを着て出かけるなど、なんともおかしな話ではないか。
そもそもシャツが汚れても、明石はまったく気にしていなかった。
確か、貰い物だけど自分の趣味ではないから、義理で一度だけ袖を通したと言っていた。
だから、最悪ジュースの染みが残ってもいいと、逆に着ない言い訳になりそうだと、そう笑っていた記憶がある。
結局はアッキーの嫁スキルが発動して、キレイになったわけだが。
「ったくよー、自分のやった物をいちいち覚えてるやつってのは、マジメンドクセーな」
明石は文句を言いながらも、その場でシャツに袖を通した。
やはり、似合わない。
お洒落だと言われる部類に入るだろうブルーのシャツは、どちらかというとアーちゃんが着そうなイメージだ。
なのに、わざわざ着るのか。文句たれながらも着て出かけるのか……。
「んじゃ、邪魔したな。あ、洗濯サンキュー」
本当に用件はそれだけだったらしく、明石はあっさりと退室した。
あの、趣味のあわないシャツを着て、本当にあっさりと出て行ってしまったのだ。
「うぬ…」
「アキ、洗濯物を畳むから、」
「あうあっ」
どけ、と言われる前に飛び起きて、一目散に自室へと駆け込む。
明石の行動は腑に落ちない点ばかりで、アキの好奇心を刺激してやまなかった。
明石が取りに来た明石の趣味でないシャツは、誰かからの贈り物だ。
その相手は、自分の贈ったものをいちいち覚えてるやつなのだ。
だから今日、どうでもいいはずのシャツを取りに来た。
それ、つまり……。
アキの休日は忙しい。
まずは早起きして、朝からやっているアニメをリアルタイムでみなければならない。
そのあとは、録った分を何度もみる作業が待っている。
だから、決して寝過ごすわけにはいかないのだ。
だがアキだって、たまにお寝坊さんになるときがある。
それはおおむね、アッキーが起こしにきてくれないときで、今日も運悪くそういう日だったというだけのこと。
「うううう、あああああ、うう、あ、あ、ああああああ」
「喧しい!」
もう何度目かわからない絶叫は、アッキーの一喝のもと収まったりするわけがないのだ。
アキはフローリングに腹ばいになり、手足をジタバタと動かして目一杯絶叫しつづけていた。
「アッキー、わるいのよおおおおお、なのよおおおおお」
「自分で起きないのが悪い」
「あああああああ、ああああああああ」
アキは今日、お寝坊さんになってしまった。
そのせいで、大好きなアニメのエンディングしかみれなかった。
当然ビデオは録っている。だがそれとこれとは別問題だ。
サッカーも野球も、結果だけでは興奮できまい!
え、かなり違う? 違うくない!
「掃除の邪魔だ!」
腹ばいの姿勢からテコでも動こうとしないアキを、アッキーは何度も叱りつけ怒鳴りつけ、だが決して宥めようとはしない。
生クリームいっぱいのシュークリームを作るとか、せめてボールいっぱいの生クリームを用意してくれれば、アキの気も収まるというのにだ。
ぞんざいな扱いばかりを繰り返すものだから、アキだって意地になるしかあるまい。
掃除の邪魔くらい許されてもいいはずだ。
「んがっ」
横腹に、掃除機が激突してきた。
操っているのは、もちろんアッキー。
なんという無礼な!
それでも動かずに、その場で手足の運動を続けてやる。
きっと、たくさんのホコリが舞ってることだろう。えっへん、ざまあみろだ。
「アキッ」
「あああああ、うううう、あああああ」
知らない知らない。今日のアキは、一日暴れん坊将軍だ。
おやつはいつもの二倍、いや、三倍を要求する。野菜ジュースは飲まないぞ。
アキが決心したとき、ピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴った。
休日の朝に来る客といえば、アッくんだと相場は決まっている。
彼に子供のように駄々を捏ねる姿を見せるのは、恥ずかしいことだろうか。
いや、彼のことだ、深く同情してくれるに違いない。
よし、ここは続行あるのみ。
「ううううう、あああああ、アッキー、わるいのよおおおおお」
「おいチビブタ、今度はなんの遊びだ?」
「ぬあっ!?」
アッくんとは似ても似つかないダミ声に、アキはおもわず顔を上げていた。
視線の先には、鬱陶しげに眉をしかめるアッキーと、偉そうにアキを見下ろす明石の二人。
「見たところ、河童だな。河童の川流れごっこ、どうだ正解だろ」
「あうあ!」
だろ、のタイミングで踏まれた。
でかくて臭い明石の足が、アキの背中を見事に踏んづけていた。
おにょれ、明石め。
「ぬおおおお」
仰向けになり、臭い足をすぐさま捕らえる。
焦った表情を見せる明石の股ぐら目掛け、おもいっきり足を振り上げてやった。
が、咄嗟に身を逸らされる。
「あ、あっぶねー、チビッ!」
「ぐぬぬぬ」
残念ながら狙った箇所は外したが、太ももにはヒットした。
だがしかし、この程度で溜飲は下がらない。
瞬時に起き上がり攻撃態勢を見せれば、明石も迎え撃つ覚悟のようだ。
「あう、あう、あう」
「この、この、この」
アッキーが、諦めたように掃除機を放り出した。
が、そんなこと今のアキには関係ない。
「おう、おう、おう」
「クソ、テメ、ナメンナ」
乾いた洗濯物をソファに置いたアッキーが、洗面所へと消えていく。
だがしかし、やはり今のアキには関係ない。
「コノヤロッ」
「あうあっ」
気が付けば明石に吊り上げられ、そのままソファに投げ捨てられていた。
残念ながら、今回はアキの負けだ。
「どうだ、参ったか」
「あうー」
アキの下には、洗い立てのシーツにシャツ。
とてもいい香りのするその場所に、ぐったりと身を沈める。
プロレス後のなんとも清々しい脱力感に、ちょっとばかし眠くなってしまった。
それを見たアッキーが悲壮感を漂わせてるなんて、アキの気にするところではない。
「貴様、なにをしにきた?」
怒りを抑えた口調で、アッキーが明石に問いかける。
洗濯物のことは、暫し忘れることにしたらしい。
「あ? ああ、そうだそうだ、河童と遊んでる場合じゃねーんだ」
もう片方のソファでぐったりとしていた明石が、急に身を乗り出した。
「あんときのシャツ、どうした?」
シャツ?
半分うとうとしながら聞いていた会話から、明石の来訪目的が知れた。
明石は、シャツを取りに来たのか。
アキがうっかりと躓いたとき、たまたま手に持っていた野菜ジュースが、偶然にも明石にかかってしまったのは、ついこの間のことだ。
明石の着ていたシャツに、それはもう見事なまでの赤い染みができ、アッキーが責任もって洗濯すると約束していたが、はて、あれはその後どうしたのだっけ?
「洗った。染みにはなっていない」
「そりゃよかった。今日着るからよ、取りに来たんだ」
ほーほー、あの趣味の悪い、いや、これでは語弊があるか。
明石にはまったく似合っていない爽やかパステルブルーのシャツを、わざわざ取りに来たわけか。
それだけでも明石らしくないのに、わざわざそれを着て出かけるなど、なんともおかしな話ではないか。
そもそもシャツが汚れても、明石はまったく気にしていなかった。
確か、貰い物だけど自分の趣味ではないから、義理で一度だけ袖を通したと言っていた。
だから、最悪ジュースの染みが残ってもいいと、逆に着ない言い訳になりそうだと、そう笑っていた記憶がある。
結局はアッキーの嫁スキルが発動して、キレイになったわけだが。
「ったくよー、自分のやった物をいちいち覚えてるやつってのは、マジメンドクセーな」
明石は文句を言いながらも、その場でシャツに袖を通した。
やはり、似合わない。
お洒落だと言われる部類に入るだろうブルーのシャツは、どちらかというとアーちゃんが着そうなイメージだ。
なのに、わざわざ着るのか。文句たれながらも着て出かけるのか……。
「んじゃ、邪魔したな。あ、洗濯サンキュー」
本当に用件はそれだけだったらしく、明石はあっさりと退室した。
あの、趣味のあわないシャツを着て、本当にあっさりと出て行ってしまったのだ。
「うぬ…」
「アキ、洗濯物を畳むから、」
「あうあっ」
どけ、と言われる前に飛び起きて、一目散に自室へと駆け込む。
明石の行動は腑に落ちない点ばかりで、アキの好奇心を刺激してやまなかった。
明石が取りに来た明石の趣味でないシャツは、誰かからの贈り物だ。
その相手は、自分の贈ったものをいちいち覚えてるやつなのだ。
だから今日、どうでもいいはずのシャツを取りに来た。
それ、つまり……。