平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此9]
キラキラ会の会員は、外見はともかく個性的な面々が揃っているといえるだろう。
あ、もちろん『平凡』である僕は除いての話だけどね。
アキラは、のほほんとしていながら誰よりも気まぐれで、のんびりとした見た目にそぐわず、相当に我儘な性格をしている。
しかも、その我儘の大半が許されるせいか、本人にはまるで自覚がない。
アキは、心底無邪気でありながらも実はかなりの曲者であり、その狡猾さにはたまに目を瞠るものがある。
だけどそれが本性とも思えず、だからといって完全な無意識での行動とも言い切れず、だからこそ、余計に曲者めいて見えるのかもしれない。
アッキーは、とにかく不真面目であり、そのくせ妙なところでストイックな一面を発揮する。
おおむね、アキに関する部分だけどね。実は、一番理解しがたく、謎の多い人物だったりするんだ。
アーちゃんは……一言で表すならば、いいかげん。それに尽きるだろう。
アキラとの関係は複雑すぎるから省くけど、とにかく傍目からはいいかげんとしか映らない人物であり、本人もそれを強く自覚し主張し、開き直っているという有様だ。
改めて考えると、本当に我の強い人たちばかりなんだよね。
そんな彼らと僕が、友人として気楽な付き合いをしてるなんて、人生って本当に不思議なものだよね。
「やっべ、読めねぇ…」
全員がアーちゃんの部屋にいるという、いつもの日常のひとコマのなか、アーちゃんが呟いた。
「読めないって、自分の字でしょ?」
至極当たり前のことを言えば、アーちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
本日、アーちゃんは、パソコンではなくノートと教科書に向かい合っていた。そう、つまりは勉強中というわけ。
これって、特に珍しい光景でもなんでもないんだよ。
Sクラスでは適度にテストが行われているし、アーちゃんは学園の特待生なんだもの。
いくらアーちゃんが器用貧乏で、頭の出来が相当いいとはいえ、Sクラスの難問珍問溢れるテストで上位に食い込むためには、かなりの予習をしなければならないんだ。
そのテスト、僕も見たことあるんだけど、何を問われているのかすら理解できなかったというのは苦い思い出です。
「うんにゃ、俺の字じゃねー」
アーちゃんの、ノートを睨みつけながらの反論に、グッと笑いを噛み殺した。
校内の売店に売っている標準的なノートは、もちろんアーちゃんの持ち物であり、アーちゃん自身の手で授業の内容が書き写されたものに相違ない。
「じゃあ、また、ミミズが這ったのかもしれないね」
詰まらない言い訳に適当に返したら、ムッとアーちゃんが眉を寄せた。
彼とのこんなやり取りは、なにもこれが初めてじゃない。
平気で朝までゲームをするアーちゃんは、結構な頻度で授業をサボるし、たまに真面目に出席しても眠気に勝てないことが多い。
そこですんなりと居眠りすればまだ言い訳もできるというのに、必死に眠気と戦ったりするから、ノートにはミミズが這った跡のような文字がたくさん残されることになる。
「あー、くそっ、わかんね!」
アーちゃんが、ぐしゃぐしゃと自らの髪を掻き乱し叫ぶ。
かなり苛立ちながらも、解読を試みてるようだ。
横から件のノートを覗いてみれば、案の定そこはシャーペンの試し書き用紙のようになっていた。
ただでさえ悪筆なのに、これではノートを取った意味がまるでない。
え? あ、ああ、そうなんです。器用でなんでもソツなくこなすアーちゃんですが、字はあまり綺麗ではありません。
実は、ここだけは、僕のほうがちょっとマシかな、なんて思ってます。
僕もそれほど綺麗じゃないんですけどね。
ただ、極端な丸文字や角文字じゃないし、左右に激しく偏ったりもしてないから、比較的読みやすいとは言われます。
綺麗といえば、やっぱりアキラかな。
彼の字は、とにかく繊細で、流れるような美しさを感じさせてくれるんだ。
あ、でも、達筆さでいえば、アッキーに適う人はいないかも。
簡単な走り書きですら、思わず唸りたくなるほどの麗筆で、できれば墨と筆で書き直して欲しいくらいだもの。
だからといって墨字にありがちな読み辛さもないしね。
聞いたところによると、書道華道茶道、すべて身に着けてるんだって。
書道はともかく、お茶とお花って、一昔前の花嫁修業みたいだよね。
アキの字は……たぶん、皆さんご想像通りだと思います。
とにかく丸くて、えっと、可愛いです。
で、アーちゃんはというと、字は大きめなんですが、クセがかなり強くて見づらいんです。
といっても丸いわけじゃなく、だからといって角ばってるわけでもなく、なんといえばいいのか……乱暴? 粗野? えっと、雑っていうのが一番しっくりくるのかな?
まぁ、あまり綺麗じゃないってことです。むしろ汚い? あ、いや、えっと、とにかく読み難くって、えっと……。
アーちゃんは暫し、教科書とノートを交互に見比べていた。
だけど無理だと判断したのか、やがて気持ちよさげにクッションに凭れかかるアキラの肩を揺さぶりはじめる。
アキラは当然、例の目隠しに耳栓スタイルだ。
これは、本人意識しなくとも、見聞きしたものなんでも記録してしまうアキラに、何も入れない時間を作るための行為なんだって。
いくらアキラでも、記憶だらけになるのは負担がかかるだろうと、中等部の頃、アーちゃんが提案したものらしい。
実際、どれほどの負担を強いられてるかはわからないけど、アキラ自身もこの無の時間帯をかなり気に入っているみたいだ。
そんな、お気に入りの姿勢を保つアキラを、自分の文字に見切りをつけたアーちゃんが揺り起こすのはいつものことで、テレビをみていたアキはそれに気付くと、一早くヘッドホンを自分の耳に当てた。
ソファで読書中のアッキーも、イヤホンを持ち出してきて耳にはめる。
僕は……これといって何もしないけど、できるだけ意識を他のところに追いやる努力をすることにした。
「ちょっと、アキラさん、起きてちょーだい」
「むぅぅ、何事ですか?」
アキラは寝ているわけじゃない。
だから起こされたあとの反応は、とても早い。
「○日、5限」
「むっ、またですか?」
「そ、また」
「授業は真面目に受けろと、あれほど言っておいたのに」
「んだよ、俺が悪いのかよ? つか、あんたがノート取っとけば、こんなことにならないんじゃねーの」
「んま、なんという言い草、信じられませんっ」
「信じなくてもいいから、はよ5限」
「ぐ、ぐぬぬぬ、この貸しは大きいですよ」
「はいはい、皿洗い一週間な」
「プラス、ゲーム禁止です」
アキラの提示した条件に、アーちゃんが苦渋の表情を見せた。
一週間の間、毎日一人で洗い物というのは、そう辛いことではなさそうだ。
だけど、その間ゲームできないとなると、相当にきついだろう。
もちろん、アーちゃんにとってだけだけど。
「…の、飲んだ」
「おや、そこまで切羽詰っているのですか」
アーちゃんの様子は、それはもう悲惨なものだった。
まるで痛みを耐えるかのように歪められた口元、哀愁をも漂わせるその姿は、状況を把握してなければ庇ってあげたいくらいだ。
もちろん、今回"も"同情の余地はないんだけどね。
これに対し、一ヶ月にすればよかった、とアキラは残念そうに口にし、すぐにコホンと咳払いをしてから、おもむろに怪しい呪文を唱え始める。
呪文といっても、本当に呪い的な文言を唱えてるわけじゃないんだけどね。
僕には、ううん、僕たちには、そう聞こえるっていうだけなんだ。
アキラは、なにもかも記憶する。
それは、日付と時間帯を指定すれば、そのときの詳細をすべて語ることができるということ。
つまり、アーちゃんが眠気と戦っていた日の授業内容や、黒板に書かれていたことをそのままに再現することが可能であり、これにはアーちゃんじゃなくとも感謝するだろう。
だけど、面倒だからなのか意趣返しのつもりなのか、こういうときのアキラは一切の抑揚なく語り続けるのを旨としている。
それこそ、読経のほうがまだ感情豊かといえるくらいに。
反面、実に聞き取りやすいことから、僕たち無関係の人間にとってはいい迷惑ともいえるんだ。
嫌がらせのように、どこまでも感情に乏しく起伏のない声で、アキラが事細かに授業内容を語る。
どこかおどろおどろしい雰囲気で続くSクラスの講義に音を上げた僕は、ちょっと早めの夕飯をとキッチンに逃げ込んだのだった。
キラキラ会の会員は、外見はともかく個性的な面々が揃っているといえるだろう。
あ、もちろん『平凡』である僕は除いての話だけどね。
アキラは、のほほんとしていながら誰よりも気まぐれで、のんびりとした見た目にそぐわず、相当に我儘な性格をしている。
しかも、その我儘の大半が許されるせいか、本人にはまるで自覚がない。
アキは、心底無邪気でありながらも実はかなりの曲者であり、その狡猾さにはたまに目を瞠るものがある。
だけどそれが本性とも思えず、だからといって完全な無意識での行動とも言い切れず、だからこそ、余計に曲者めいて見えるのかもしれない。
アッキーは、とにかく不真面目であり、そのくせ妙なところでストイックな一面を発揮する。
おおむね、アキに関する部分だけどね。実は、一番理解しがたく、謎の多い人物だったりするんだ。
アーちゃんは……一言で表すならば、いいかげん。それに尽きるだろう。
アキラとの関係は複雑すぎるから省くけど、とにかく傍目からはいいかげんとしか映らない人物であり、本人もそれを強く自覚し主張し、開き直っているという有様だ。
改めて考えると、本当に我の強い人たちばかりなんだよね。
そんな彼らと僕が、友人として気楽な付き合いをしてるなんて、人生って本当に不思議なものだよね。
「やっべ、読めねぇ…」
全員がアーちゃんの部屋にいるという、いつもの日常のひとコマのなか、アーちゃんが呟いた。
「読めないって、自分の字でしょ?」
至極当たり前のことを言えば、アーちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
本日、アーちゃんは、パソコンではなくノートと教科書に向かい合っていた。そう、つまりは勉強中というわけ。
これって、特に珍しい光景でもなんでもないんだよ。
Sクラスでは適度にテストが行われているし、アーちゃんは学園の特待生なんだもの。
いくらアーちゃんが器用貧乏で、頭の出来が相当いいとはいえ、Sクラスの難問珍問溢れるテストで上位に食い込むためには、かなりの予習をしなければならないんだ。
そのテスト、僕も見たことあるんだけど、何を問われているのかすら理解できなかったというのは苦い思い出です。
「うんにゃ、俺の字じゃねー」
アーちゃんの、ノートを睨みつけながらの反論に、グッと笑いを噛み殺した。
校内の売店に売っている標準的なノートは、もちろんアーちゃんの持ち物であり、アーちゃん自身の手で授業の内容が書き写されたものに相違ない。
「じゃあ、また、ミミズが這ったのかもしれないね」
詰まらない言い訳に適当に返したら、ムッとアーちゃんが眉を寄せた。
彼とのこんなやり取りは、なにもこれが初めてじゃない。
平気で朝までゲームをするアーちゃんは、結構な頻度で授業をサボるし、たまに真面目に出席しても眠気に勝てないことが多い。
そこですんなりと居眠りすればまだ言い訳もできるというのに、必死に眠気と戦ったりするから、ノートにはミミズが這った跡のような文字がたくさん残されることになる。
「あー、くそっ、わかんね!」
アーちゃんが、ぐしゃぐしゃと自らの髪を掻き乱し叫ぶ。
かなり苛立ちながらも、解読を試みてるようだ。
横から件のノートを覗いてみれば、案の定そこはシャーペンの試し書き用紙のようになっていた。
ただでさえ悪筆なのに、これではノートを取った意味がまるでない。
え? あ、ああ、そうなんです。器用でなんでもソツなくこなすアーちゃんですが、字はあまり綺麗ではありません。
実は、ここだけは、僕のほうがちょっとマシかな、なんて思ってます。
僕もそれほど綺麗じゃないんですけどね。
ただ、極端な丸文字や角文字じゃないし、左右に激しく偏ったりもしてないから、比較的読みやすいとは言われます。
綺麗といえば、やっぱりアキラかな。
彼の字は、とにかく繊細で、流れるような美しさを感じさせてくれるんだ。
あ、でも、達筆さでいえば、アッキーに適う人はいないかも。
簡単な走り書きですら、思わず唸りたくなるほどの麗筆で、できれば墨と筆で書き直して欲しいくらいだもの。
だからといって墨字にありがちな読み辛さもないしね。
聞いたところによると、書道華道茶道、すべて身に着けてるんだって。
書道はともかく、お茶とお花って、一昔前の花嫁修業みたいだよね。
アキの字は……たぶん、皆さんご想像通りだと思います。
とにかく丸くて、えっと、可愛いです。
で、アーちゃんはというと、字は大きめなんですが、クセがかなり強くて見づらいんです。
といっても丸いわけじゃなく、だからといって角ばってるわけでもなく、なんといえばいいのか……乱暴? 粗野? えっと、雑っていうのが一番しっくりくるのかな?
まぁ、あまり綺麗じゃないってことです。むしろ汚い? あ、いや、えっと、とにかく読み難くって、えっと……。
アーちゃんは暫し、教科書とノートを交互に見比べていた。
だけど無理だと判断したのか、やがて気持ちよさげにクッションに凭れかかるアキラの肩を揺さぶりはじめる。
アキラは当然、例の目隠しに耳栓スタイルだ。
これは、本人意識しなくとも、見聞きしたものなんでも記録してしまうアキラに、何も入れない時間を作るための行為なんだって。
いくらアキラでも、記憶だらけになるのは負担がかかるだろうと、中等部の頃、アーちゃんが提案したものらしい。
実際、どれほどの負担を強いられてるかはわからないけど、アキラ自身もこの無の時間帯をかなり気に入っているみたいだ。
そんな、お気に入りの姿勢を保つアキラを、自分の文字に見切りをつけたアーちゃんが揺り起こすのはいつものことで、テレビをみていたアキはそれに気付くと、一早くヘッドホンを自分の耳に当てた。
ソファで読書中のアッキーも、イヤホンを持ち出してきて耳にはめる。
僕は……これといって何もしないけど、できるだけ意識を他のところに追いやる努力をすることにした。
「ちょっと、アキラさん、起きてちょーだい」
「むぅぅ、何事ですか?」
アキラは寝ているわけじゃない。
だから起こされたあとの反応は、とても早い。
「○日、5限」
「むっ、またですか?」
「そ、また」
「授業は真面目に受けろと、あれほど言っておいたのに」
「んだよ、俺が悪いのかよ? つか、あんたがノート取っとけば、こんなことにならないんじゃねーの」
「んま、なんという言い草、信じられませんっ」
「信じなくてもいいから、はよ5限」
「ぐ、ぐぬぬぬ、この貸しは大きいですよ」
「はいはい、皿洗い一週間な」
「プラス、ゲーム禁止です」
アキラの提示した条件に、アーちゃんが苦渋の表情を見せた。
一週間の間、毎日一人で洗い物というのは、そう辛いことではなさそうだ。
だけど、その間ゲームできないとなると、相当にきついだろう。
もちろん、アーちゃんにとってだけだけど。
「…の、飲んだ」
「おや、そこまで切羽詰っているのですか」
アーちゃんの様子は、それはもう悲惨なものだった。
まるで痛みを耐えるかのように歪められた口元、哀愁をも漂わせるその姿は、状況を把握してなければ庇ってあげたいくらいだ。
もちろん、今回"も"同情の余地はないんだけどね。
これに対し、一ヶ月にすればよかった、とアキラは残念そうに口にし、すぐにコホンと咳払いをしてから、おもむろに怪しい呪文を唱え始める。
呪文といっても、本当に呪い的な文言を唱えてるわけじゃないんだけどね。
僕には、ううん、僕たちには、そう聞こえるっていうだけなんだ。
アキラは、なにもかも記憶する。
それは、日付と時間帯を指定すれば、そのときの詳細をすべて語ることができるということ。
つまり、アーちゃんが眠気と戦っていた日の授業内容や、黒板に書かれていたことをそのままに再現することが可能であり、これにはアーちゃんじゃなくとも感謝するだろう。
だけど、面倒だからなのか意趣返しのつもりなのか、こういうときのアキラは一切の抑揚なく語り続けるのを旨としている。
それこそ、読経のほうがまだ感情豊かといえるくらいに。
反面、実に聞き取りやすいことから、僕たち無関係の人間にとってはいい迷惑ともいえるんだ。
嫌がらせのように、どこまでも感情に乏しく起伏のない声で、アキラが事細かに授業内容を語る。
どこかおどろおどろしい雰囲気で続くSクラスの講義に音を上げた僕は、ちょっと早めの夕飯をとキッチンに逃げ込んだのだった。