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白儿の下っ端かく語りき

[白儿の下っ端かく語りき1]


その御方の御誕生は、我が一族にとっては実に10年振りのオニの誕生を意味し、同胞たちからすれば実に100年以上振りの門音誕生なる慶事でございました。
もちろんその時点では、まだ門音とは成っておられませんでしたがね。
一族の喜びは深く、それこそ三日三晩飲み明かすほどのドンチャン騒ぎとなったのですが、当時の頭首、現在の代理が怪我をなさっておいででしたので、ごく限られたモノだけでのお祝いとなったしだいです。

もちろん僕は、その祝いに参加することはできませんでした。
いくら大酒家の血筋とはいえ、仮にも10歳の子供、しかも外見上はどうみても幼児となれば、いたしかたございません。
あ、はい、門音様、つまり章様が御誕生めされるまで、僕が一番年下のオニでした。
そんな僕も、今では32歳の立派な壮年です。いまだ大学生、下手をすれば高校生に間違えられますが……。
こればかりは仕方ないのです。我ら白儿に科せられた宿命なのですから。
そうです、宿命なのです。年経るのが異常に遅いことも、身長の伸び代がほとんどないことも、宿命宿命。我慢我慢です。
実はここだけの話、白儿で一番の高身長は章様なんですよ。ちなみに次点は僕です。ふふふ、さり気なく自慢しちゃいました。

さて、そんな白儿ですが、本編では紹介しきれない部分が多すぎるということで、この場をお借りしていろいろとご説明することと相成りました。
案内役は、僭越ながら僕が務めさせていただきます。
章様がお生まれになっても、いっかな立場が向上しなかったから押し付けられたなんて、そんな愚痴は申しません。
一所懸命励みますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ようやく生まれた年下が、まさか門音様だったとは、ついてるのかついてないのか……はぁぁぁぁぁ。

では、まずは白儿の住居について触れていきましょう。
白儿の本家は、東国のとある田舎町の御山にございます。
二つの山が連なった片一方を切り開き、そこに屋敷を建て本家といたしました。
もともとは単なる出先機関でしたが、お江戸ができ日本の中心が東国に移ったことで本家を移動させ、ついでに村全体を白儿の里といたしました。
今では外部の方々を多数迎え入れ、普通の田舎町といった雰囲気になっております。
これといった観光名所はございませんが、環境がよいのが自慢です。
もし訪れる機会がございましたら、ぜひとも散策などなさってみてください。
白儿のモノは町のいたるところに住んでおりますから、知らぬ間に擦れ違うかもしれませんよ。
あ、駅前で売ってるまんじゅうは、おすすめの一品です。
そうそう、二つの御山のもう片方、本家のある御山よりももう一段高くそびえる御山には、一際立派な霊廟が建立されております。
霊廟の地下には、代々の雪客様はじめ直系方、その伴侶たる方々と各時代の守人たちの遺骨が納められており、白儿の手により毎朝夕浄められております。

さて、今度は白儿の女たちのことをご説明いたしましょうか。
そもそも生まれる人数も少ないのですが、皆様ご存知のように出産時のことも相俟って、その数はとても少ないのです。
御山には女だけが住まう屋敷があり、そこで大切に守られながら生活しております。
基本的に白儿の女が戦場に出ることはございません。例外は門音様だけで、女性であったときでも率先して戦場へと馳せ参じたそうです。

この女だけの屋敷には、現在妙齢のご婦人方なぞ一人もおられず、一番年若いモノでもとうに適齢を過ぎたモノ、早い話がおばさんしかいないのが現状です。
それつまり、僕の童貞喪失など、期待できないってことなんですけどね。
大丈夫ですよ、白儿の男たちはその運命を受け入れておりますから。なんといっても僕だけが童貞じゃないってのが、心強いです。

さて大事にされている女たちではございますが、そのことで現代女性のように調子付いたり、尊大な態度で過剰な権利主張をしたり、なんてことはいたしません。
常に淑やかでいて、内助の功をも発揮なさる素晴らしき女性ばかりなのです。
怒らせると当主をも上回る恐ろしさと昔語りで聞き及んでいるのですが、僕自身怒らせようなどと考えたこともありませんからね、真偽のほどは定かではございません。
え、怒らせてみろですって?
いやいや、何をおっしゃるのですか。ババア、あ、いや、お姉さま方を怒らせるなんて、あなた正気ですか!?
ぶるぶる、冗談じゃないですよ。僕はお断りいたします。

と、まあ、女を大切にする我が一族ではありますが、やはりそれらすべてが出産の難しさにあるのでしょう。
子が産めるのは女だけ。それはヒトであれ我らであれ変わりません。
それゆえに、白儿は女を宝物のように扱うのです。

ここで一つお話をいたしましょう。
現代のあなた方では到底受け入れられぬ内容となりましょうが、どうか現代の価値観なるものは投げ捨ててお聞きください。
我らにとってはある意味、神聖な事柄なのですから。

白儿と、実は継埜もですが、一族を繁栄に導く大切な役目は、すべて女が担っておりました。
女の生みし子は、例外なく血族として迎え入れられるということです。
これはあなた方でも、少しはご理解いただけるのではないですか。
そう、DNA鑑定などない時代に、確実に一族の子だけを産み落としたいのであれば、女系血統を保つことがより自然なのです。
ヒトの世界でも意外に根強く残っていた風習ですが、継埜は10数年前まで、白儿にいたってはいまだこの手段を用いております。
とはいえ、白儿と継埜、もともとの根拠たるものが、かなり違っておりますけどね。
白儿は、その残酷な出産ゆえ男の交わりを制限したため、継埜はより確実な血統を雪客様へと捧げるためでした。

さて、とうに継埜では消え去った風習ですが、廃止されるまでのことをご説明いたしましょう。
継埜はとくに長女を尊び、ゆえに、長女が他に嫁ぐことは許されておりませんでした。
適齢となれば婿を取り子を成し継埜とす。それが長女たちに課せられた義務だったのです。
その慣例に則り婿取りをした最後のお方が、あの紅様だというのは有名な話です。
そう、当世の守人様の実母にあたられる方ですね。
そうであるのに、同時期に下された詔(みことのり)により、守人様は継埜一族から抹消されることとなりました。
なんとも悲運な方でございますね。

さてさて、過去の継埜と白儿は酷似しているようでいて、その実態たるややはり違っております。
白儿では、子を孕む権限は、すべて当事者たる女にございますからね。
身を捧げるのは女ですから、当然といえば当然のことでしょう。

女が子を成したいと願ったとき、一族の男たちに拒否することはできません。
男の側から願い出ることも、絶対に許されないのです。
そして我ら一族は、とても本能に忠実です。
つまり、より強い血を後世に残したいという気持ちが、とても強いイキモノだということです。
女は、その本能に従いて、男"たち"を選んでゆきます。
ええ、そうです。男"たち"です。
一人の女に、複数の男たち。彼らは同時に交わることで、更なる篩(ふる)いにかけられます。
たった一つを目指す熾烈な争いに生き残ること、それつまり、より強い遺伝子だけが、女の胎内で形となるということなのです。

僕たちは、そうして生まれてきました。
もちろん父親などわかりません。そんなことを知る必要はないですしね。
一族の女が生んだ子は、すべからく一族の子なのです。

これを乱婚として忌み嫌うのを、否定したりはいたしません。
しかしながら、これが我が一族の決まりごと。宿命でもあるのです。
まるで、獣ようですか?
ええ、そのとおりですね。
ですが本能とは、より生き残る術を模索するための知識だと、僕たちはそう思っております。
本能の廃れた生物には、遠からず破滅の未来が待っている。
それが自然の摂理ではないでしょうか。

とはいえ、白儿は自然の理から見離されておりますからね。
新たな一族の産声など、章様を最後として一度も耳にしておりません。子を孕める女も、もういないに等しい状況です。
男が外部で血をなすのも相変わらず禁じられていて、それに異論を唱えるモノもいない。
まさに、理性が本能を駆逐してしまったということでしょう。
遠からず消え逝くのは、決まったも同然です。
ですがそれはそれ、運命だとみなが納得しているので、さしたる問題ではないのです。

ふう、なんだか一気にしゃべってしまいましたね。
そうそう、章様に関してこのことも説明しておかねば。
当世の代理として白儿を取り仕切っている方を、章様は祖父(じい)様と呼び習わしておいでですが、正式には……あれ、正式にはなんて言うんだっけ?
えっと……ですね、章様の母君の母君、つまり祖母君は、代理の同腹の妹にあたられるお方です。
この同腹というのが肝心でして、祖母君と代理はれっきとしたご兄妹であり、母君と代理は伯父姪の関係であるということです。
だから正式にいえば、代理からみて章様は又甥(またおい)でして、それすなわち「姪孫(てっそん)」という続柄になるんだそうです。
皆がみな兄弟みたいなものですが、確実な血の繋がりを感じ取れるのは、どことなく嬉しいものにございます。
だからこそ章様は、祖父様と呼び慕っているというわけです。
代理の外見はともかく、年だけは食ってますからね、違和感なんて全然ございません。
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