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平凡君の日々彼此

[平凡君の日々彼此7]


珍しい。
放課後、アーちゃんのところにお邪魔しての感想がそれだった。
アーちゃん愛用のノートPCはつけっぱなしで放置されていて、アキもアッキーもまだ来てはいないリビング。
アキラは買い物袋の中身を冷蔵庫に移していて、これら全部がいつもとそう変わりない光景だ。
ただ違うのは、大きなソファでアーちゃんが居眠りしてるってことだけ。
いつもいつもPCの前に陣取ってるのに、これは実に珍しいことだった。
しかも、僕が覗き込んでも、まったく目を覚まさないほどの熟睡モードに入ってる。
アキラの説明によると、現在イベント真っ最中で、この数日ほぼ徹夜続きの毎日なんだって。
意味はよく分からないけど、勉強しすぎで寝不足になってるわけじゃないってことは理解した。

「夕飯まで起こすなと言われておりますので」

アキラがそう言うから、僕なりにかなり気を使って静かにしてたんだけど、この眠りは少々の物音では妨げられないみたいです。
それほどに、深く寝入っている。
こんな無防備なアーちゃんが見れるなんて、本当に本当に滅多とないことだ。
観察しちゃうのは、いたしかたないこと、だよね?

アーちゃんの寝息は、とても静かなものだった。
なんとなく、イビキかいてるイメージがあったんだけどな。
今まで気にもとめなかった睫毛は思いのほか長めで、しかもちょっぴり茶色がかってるのに驚いた。
アーちゃんの髪の色は、染めてるわけじゃないってことかな。
そのクセのある茶髪は、肩を少し過ぎるくらいまで伸びていて、そろそろ切りに行かなきゃと言っていた。
わざわざ有名な美容室で切ってもらうなんて、僕からしたらとても贅沢だ。
鼻筋は通っていて、唇は厚すぎず薄すぎずで綺麗な形をしている。
去年出会った頃よりも身長は伸びてるし、全体的に男らしさが増している感じだ。
これといって運動とかしてないのに筋肉も程よくついてて手足も長く、同じ男としてはちょっと妬ましいレベルだね。

起きてたら変なことばかり言うし、オタクだし、たまに恐かったりもするけど、アキラがしょっちゅう言ってるとおり、アーちゃんは格好いい部類に入るんだろうな。

「アッくん」

「は、はい!?」

突然背後から声をかけられて、その場に硬直する。
悪いことはしてないのに、どことなく後ろめたい気持ちで振り返ると、じゃがいも片手のアキラと目が合った。
今から夕飯の準備をするみたいです。

「な、なに?」

「そのままでは風邪をひきそうなので、毛布をかけてあげてください」

確かに、何もかけずに転寝なんて、風邪をひいちゃうかもしれないね。

「うん、分かった」

快く了承すると、アキラはすぐにキッチンに戻った。
僕たちの会話中もアーちゃんが起きる気配はなく、変わらない呼吸音が続いている。
もう一度寝顔を見てから寝室に向かい、毛布を手にして戻ってきても、やっぱりアーちゃんはそのままだ。

「本当に熟睡してるよ…」

いったいどれほどの時間をゲームに費やしたのか、この後どれくらいゲームに励むつもりなのか。
学生の本分は勉学だって自覚あるのかな?
それでもアーちゃんは、Sクラスの特待生にして学年次席をキープしている優等生だ。首席はもちろんアキラだけど、ただ単に丸暗記した結果だと本人が語っていた。
そう考えれば、事実上のトップはアーちゃんといっても過言じゃないってことか。

不公平な世の中だと痛感しながら、まだまだ起きる気のなさそうな寝顔を見下ろし、手にしていた毛布をかけようとしたその瞬間、なんの前触れもなくアーちゃんの目が開かれた。
しかも飛び上がるようにして起き上がるものだから、勢いに押された僕の体はよろめいて尻餅をついていた。

「いたたた…ア、アーちゃん?」

アーちゃんは、僕のことなど完全に眼中にないようで、寝起きにしては妙にしっかりとした足取りでチェストに向かう。
すぐに何かを手にして、今度は脇目もふらずにキッチンに行ってしまった。
気になって、僕もすぐに後を追った。
まさか寝ぼけてるとか?

キッチンを覗いてみると、当然そこには調理中のアキラがいた。
アーちゃんはというと、なぜかアキラの左手を掴み、その指先を凝視しているところだ。
まな板の上にはほとんど皮を剥かれたじゃがいもが転がってて、アキラの右手には包丁が握られたまま。

「もしかして、切ったの?」

そう聞いたら、アキラが苦笑しながら頷いた。
近づいてよく見ると、確かに左の人差し指から、ほんの僅かだけど血が滲んでいる。

「ほんの少しなんですけどね」

特に痛そうでもないし、傷もたいしたことはなさそうだ。
ホッとした僕の目の前で、アーちゃんは手にしていた物をアキラの指先へと近づけた。
その手にあるのは、消毒薬。
シュッシュッと液体を噴きつけてから、人差し指に絆創膏を巻きつける。
一連の作業の間、アキラはおとなしくされるがままになっていて、僕も黙って見ていたけど、ここにきてあることに気が付いた。
起きてからずっと、アーちゃんは一言もしゃべっていない。
しかも、表情が無いに等しいんだ。

「アーちゃんっ?」

手当てが終わった途端クルリと方向転換し、アーちゃんがリビングに戻っていく。
アキラは何事もなかったかのように、じゃがいもを手にした。

「あ、アキラ、僕がするから、そのままでいいよ」

「大丈夫ですよ」

「いいから」

それだけを言い置いて、再度アーちゃんを追いかけた。
やっぱり足元はちゃんとしていて、どこからどう見ても普通だ。

「あっ」

突然に、アーちゃんがソファに倒れこんだ。
パタンと、まるで電池が切れたかのように。

「ア、アーちゃん?」

おもわず駆け寄る僕の耳に届くのは、なんとも心地よさげなアーちゃんの……寝息。
起きたときと同じくらい唐突に、寝入ってしまっている。
いや、そもそも起きていたかすらも怪しい。

「……信じらんない」

幸せそうに眠る姿が、妙に腹立たしく感じた。
尻餅をついたときに放り出した毛布を拾い上げて、もやもやする原因に投げつけるようにして掛ける。
それでも、その眠りを妨げることはできなかった。

「ほんと、アキラしか見えてないんだね……このオタク」

「オタクをばかにすんなー、こんにゃろー……ムニャムニャ…」

間抜けな寝言は、聞こえなかったことにしよっと。
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