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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記15-完]


「レーズン? レア?」

相変わらずベッドから動くことをしない俺に、静が唐突に切り出してきた。
両手には、例の特徴的な丸いカップが二つ。
どちらがいいのか、ってことだな。
実は、ラムレーズンとレアチーズは、どちらも俺の好物だったりする。
わざわざ公言したことはないはずなのに、そんなつまらないことを覚えているとは、ほんと暇人。

「うーん」

どちらを選ぶかジックリと思案すべく、掌の中のアイスを見比べた。
でかい手にスッポリと包めそうなほど、○ッツのスタンダードサイズは、小さい。ゆえに、高級感が増す。

「どっちにすっかなぁ」

あまり時間をかけると、アイスが溶けるかもしれない。が、色素が極端に薄い静の肌を見てるうち、そんな懸念は消え去った。
生き物の持つ熱というのが、伝わってこないせいだ。
生きてる限り体温が無いなんてありえない。んなこたあ承知してんだよ。
だが、東峰や葛西とはまた違う美貌も相俟って、まるで現実感ってのが湧いてこないんだ。
せめてもう少し表情があれば、いや、だからこその美しさなのかもしれない。
まるで稀代の天才が創り上げた氷の彫刻のようで。

真っ白な手から奪い取るようにして、レアチーズを手にしていた。
あまりの様に自分でも呆れたが、つまらないことを考えたせいで、気恥ずかしくなっちまったんだからしょうがない。
さらに誤魔化すように、即座にアイスに口をつけた。
う、冷たい、が、お陰さんで頭が冴えた。

妙なことを考えたのは、体調が悪いせいだな。うん。
頭が冷えてくれば、徐々に俺らしさを取り戻すだろう。

静は特に気分を害した風でもなく、残されたラムレーズンの蓋を開け、同じように冷たい塊を口元へと運んだ。
食ってる間はお互い無言。だから、できるだけそちらは見ないようにして、黙々とアイスを食す。

冷たいアイスで頭も口内も冷えたところで、そのまま横にゴロンと寝転がった。
結局目覚めてから、トイレ以外では一歩もベッドから出ていない。
アキラもいないことだし、思う存分怠惰な一日を過ごして完全復活するつもりだった。

とはいえ眠気のほうはすっ飛んじまったからな、退屈といえば退屈だ。
ぼんやりと天井を眺めながら、仕方なく存在感の薄い男に話しかけてみた。

「なぁ、暇じゃね?」

そもそも俺が寝てたときも、暇でしょうがなかったんじゃないのか?

「……」

デスクの椅子に座る静の表情は、横になった俺からは確認できない。
それでも、その無言が何を意味してるかは、だいたい分かる。

「いっつもそんなだもんな、暇も何もねーか」

「うん」

普段から何をするでもなくボーっとしてる男に、無駄な気遣いでした。

「なんだったら、あっちで横になってろよ」

あっちと言いながら、リビングに続く扉を指した。
こいつには、ボーが過ぎると所かまわず寝るという悪癖がある。
それこそ、図書館での初対面時がそうだった、らしい。
俺の背中に凭れたまま寝ちまうこともざらだ。
つっても、ただ目を閉じてるだけってのが多いんだろうが、基本的にこいつは怠けものだと思っている。
だから、ソファで転寝なりなんなりしろという意味で言ってやった。

「ううん、いる、ここ」

それは、何もない寝室に居続けるという意思表示。
もう日本語のほうが身近だと言えるほどだってのに、どうしてこいつはいつまで経ってもヘタクソなんだろうか。

「あっそ」

一人に慣れてる、いや、愛してるといっても過言ではない俺のためにと、余計なお世話しかできないアキラさんが呼びよせた相手は、同じく孤独を愛する寂しがり屋ときたもんだ。
はっきしいってメンドくせー、だけど、同じ空間にいても苦にはならない。
慣れきったってのもあるし、存在感のなさが理由でもあるし、俺が……結局こいつを嫌ってないってのも理由の一つになるんだろう。
むしろこの綺麗な男は、好きな部類に入るのかもしんねーな。
珍しいことだけど……って、なんでんなこと考えてんだよ、俺は!?
これはあれか? 病気のせいってやつか? 気弱になってるってことか!? まんまとアキラの策略に嵌められたってことかぁぁぁぁぁっ!?

「…昭?」

うがああああぁぁぁっとばかりに上半身を起こした俺に、静が不安そうな顔をしながらペットボトル片手に寄ってきた。
熱のせいで俺がおかしくなったとでも思ったんだろう。
つーか、充分おかしくなりかけてる! 昨日から立て続けに受けてきたアキラさんの攻撃は、見事に俺を弱らせてくれてるよ!
いや、でもでも、待てよ……。

ベッドの端に腰掛けた静から、ペットボトルをひったくりがぶがぶと中身を呷った。
プハーっと親父くさい息を吐き、

「よくよく考えたら、一ヶ月くらいご無沙汰だもんな、そりゃおかしくもなるか」

一人ブツブツ呟きながら、空になったボトルをゴミ箱に投げ捨てる。

「一ヶ月…? なに?」

独り言は、静の耳にもちゃーんと届いていたらしい。
わざわざの問いかけは、俺が何かを口にしたら買いに行くつもりってのがミエミエで、なんちゅーか、カワイイやつだななんて思ったりする。
思いはするが、俺には、それを愛でる趣味がまったくない。

「ん? なにって、セックス?」

平然と答えてやったら、静の挙動が目に見えておかしくなった。
でかい体を小さくし――あ、これはいつも通りか――視線はあっちにいったりこっちにいったり、膝に置いた両手の指をモジモジと絡め合わせたり。
はっきし言って、キモイ以外のなにもんでもなかった。

「ったく、これだからDTは」

「…ち、…っ、…」

慌てて口を開くくせに、結局は口をパクパクと動かしただけ。
そういうところがドーテー臭いんだよ。

そもそも静が経験済みってことくらい、知ってる。
相手が誰だったかも、それが微妙にトラウマになってるってことも。
なんでそんなこと知ってるかって?
こいつがペラペラとしゃべってくれたの。

なんでも、この学園に入る前から、たびたびメイドが乗っかってきたらしい。
小さい頃からガタイは良かったというが、しょせんは小学生だ。しかも超内気な少年相手に、酷いことしやがる。
中二頃までそれが続き、結果、超内気な美少年は、ドーテー臭を撒き散らす立派な晩生になりやがりました。

そのせいか、静は女性がとことん苦手だ。
特に、静の容姿を褒め称えながら、セックスアピールしてくる輩がね。
セックスに持ち込まれた理由が、可愛いやら綺麗やらに起因してんだから、仕方ないっちゃー仕方ない。
だからといって男好きかというと、それはちょっとと首を捻る。
やっぱこいつは、基本ノーマルだと思うんだよね。

まだキョドりっぱなしの静を無視して、枕元にあった携帯を弄る。
体が回復した途端、年相応の性欲も復活した俺としては、次の休日が待ち遠しくてたまらない。
早々に誰かと連絡をつけて、会う予定を組まないとな。
真っ先に浮かんだのは、例の慣れ親しんだ絶壁ジミ顔の女。
そういえば、栞と最後に会ったのが一ヶ月くらい前だっけ。
救命に異動したとかで、俺の都合と合わなくて難儀してんだよなー。
希望出してそれが通ったって話だったから、案外嫌がらせのつもりだったりして……あの女なら、あり得る。
お願いします栞様、どうかヤラセテくださいませ、とでも言わせいたのかよ!
言うかバーカ! 栞が一番気楽だっただけで、他にもセフレくらいいるっちゅーねん!

「っで!? てめーはいつまでキョドってんだ!?」

お断りメールに目を通したあと、携帯を放り出しながら八つ当たり気味に喚いてやったら、肩を竦めた静がオドオドと上目使いで見詰めてきた。
だいたい俺にセフレがいることも、結構な頻度で遊んでるってことも知ってるくせに、いまだに初心な反応を見せるとか、そういうところがドーテー臭いってんだ。

「…次、休み…」

「お前に言われなくても、今度の休みはエッチしまくるっつの」

「うん…」

心なし辛そうに返す静の髪に手を埋め、ぐしゃぐしゃと掻き乱してやった。
繊細でふんわりとした髪質は、実に触り心地がいい。
相変わらず静はされるがままで、耳を垂らした大型犬って風情を最大限に醸し出している。

「もうちょっとちっさかったらなぁ……」

「……?」

思わず零した本音に、静がきょとんと見返してくる。
もう少し小さかったら抱いてやるくらいはできるけど、さすがにこの巨体を相手にして勃たせる自信がないのよね。
逆パターンは、死んでもあり得ねーし。

「なに…?」

「なんもねーよ」

生意気にもツッコミやがったから、撫でていた腕に力をこめ、思いっきり引き寄せてやった。

「っ……!」

急に変わった体勢に、静は慌ててベッドに手を着く。
それにも構わず力を込めれば、無様にも俺の胸元に倒れこんできた。
驚いて見上げてくる菫色の瞳に自然と返した微笑は、アッくんが言うところの、最高に意地悪な笑みってやつかもしれない。
そのまま、冷たそうな唇にキスを落とす。
実のところ、静とは何回もやってたりするのよね。あ、もちろんキスだけよ。
何回やっても、いまだ成長の兆しが見えない男の唇は、案の定引き結ばれたままで、仕方なく舌先でこじ開けて深く口付けた。

「ん……んぅ…」

静の甘ったるい声なんぞ聞きたくもないが、こればかりは止めろとも言えず、我慢しながら縮こまってた舌を捕らえて、散々好き勝手に舐め回してから解放した。
はあはあと荒い息をつきシーツに伏せた巨体は、本日も翻弄されまくりましたとさ。

「ったく、ヘッタクソ。これだからDTは」

「…ち、ちがっ…」

「黙れDT」

こんなときでも否定だけはしようとするから、マジで笑える。
悔しそうにしながらも頬は薄らピンク色、唇は濡れて艶めき妙な色気を撒き散らす。
このまま親衛隊の前に出したら、とんでもない目にあうだろうな。
さすがにそんな酷いマネをする気はないし、だからといって相手をする気も失せた俺は、息を整えるのに必死な静を尻目に布団の中に潜り込んだ。

「寝るし。あとはヨロ」

「うん…」

結局、昨日からの鬱憤と一ヶ月の禁欲のつけを、静相手に晴らしたようなものだった。
完全な意趣返し、しかも相手には無関係なんて、俺ってちょっぴりえげつないのかもしれない。
っつか、これが初めてじゃねーし、静だって憂さ晴らしの相手にされてるってのは自覚あんだろ。
それでも離れないってんなら、こいつの自業自得だ。

しかしながら物理的な性欲、つまり欲求不満ってやつは、静への嫌がらせだけでは解消できない。
一週間後の休日が遥か先に感じるが、今夜あたり、あの女に謙虚なメールでも送るとしますか。

あーくそっ、セックスしてー。
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