アーちゃん■MMO日記
[アーちゃん■MMO日記15-5]
「あ、れ…?」
カーテンで遮り切れない光の中、寝起きのせいで感じる眩しさに細めた目線の先に、見慣れた無愛想な面があった。
「おはよう」
と、ぶっきらぼうに挨拶までしてくれる。
「おは、」
半分寝ぼけて、でも朝の挨拶をし返すのは礼儀だと、ゆっくりと唇を動かした瞬間、俺目掛けて降ってくる物体が。
必死で顔を背けたことで、かろうじて避けることができた。
顔の横、枕にポトリと沈んだのは、体温計だった。
「ばっ、おまっ」
「詰まらん」
「はぁっ!? …あ、やべ」
急激に視界がぶれ、脳みそが揺さぶられた。
重たい頭を、枕に深く沈める。
そうそう、俺って風邪ひいてたんだ。
「熱を計ってろ、飯を持ってきてやる」
「あ? ああ、はいはい」
上から落とすなんて乱暴な渡され方をした体温計を脇に挟み、暫し目を閉じる。
どうやら朝のようだけど、ベッドにいるのは俺ひとりだけだ。
アキラは既に起床しているのか、それとも……アッキーがここに居るってことは、
ピピピ、ピピピ
検温が終わった合図。
ゆっくりと、脇から体温計を取り出した。
「……あー、微妙~」
7.4度なんて、マジで微妙すぎる。
今日一日寝てたら余裕な気もするが、さて、どうだろう。
ぼんやりと天井を眺めていたら、ほどなく盆を携えたアッキーが戻ってきた。
「食えるか?」
「一応」
アッキーから器を受け取り、取り立てて味のしない粥を口に入れる。
副菜は、梅干だった。
「昼は中華粥を作っておいた。気が向いたら食え」
「昼って……付いててくれるんじゃねーのかよ」
「アキの歯医者」
「ああ、そりゃご苦労さん、だ」
俺もアッキーもアキラも虫歯とは縁がないけど、アキは別だ。
御多分に洩れず歯医者嫌いのアキにとっては、この日は地獄を見るに等しく、ひとりで行かせると確実に逃亡するため、アッキーが付き添うのが慣例になっている。
しかも終わったあとのご機嫌は最悪で、直してもらうために一日中外を連れ回さないといけない。
「お母さん役、なかなか卒業できませんね」
「そうか?」
「そうか? って、現にできてねーじゃん」
「今日はたまたまだ。生憎と逃げられたんでな」
「誰に?」
「明石」
「ぶっ」
ご飯粒がちょこっとばかり飛んじゃいましたよ。
「お前、まさかあいつのこと利用してんの!?」
「使えるものを使って、なにが悪い?」
あっさりと言い切りやがった。
綺麗好きで料理が上手くて、びっくりするほどマメな男は、生来の面倒くさがり屋でもありましたね。
楽するために他人を利用するのは、当然といえば当然だな。
明石にはアキも相当に懐いてるし、体力も腕力もそこそこある。
普段は結構甘やかしてるが、いざってときはアキの暴走を止めることができる数少ないやつだ。
お、そう考えると、案外便利な男だな。
つうか、明石もそれなりにオカン属性入ってるようですね。
「いざってときに逃げられたら意味ねーじゃん」
「最近は、察知するのが早くなった」
「さすがは野生。臭いでもすんのかね」
狼も、日々精進してるってことか。
食欲はなかったが、憑かれたように粥を啜り続けた。
食わなきゃ、治るもんも治りません。
「はい、ごっそーさん……で、アキラさんは?」
「飽きたそうだ」
素っ気なく返されたのは、予想したとおりの答え。
「看病に飽きたってか、そりゃ結構なことで、で?」
空になった器を受け取るアッキーに、さらに問いかける。
「で、とは?」
まったく変わらぬ表情で返された。
アキラとはまた異なる種類の無表情だが、やはりその心中を察するのは困難で、だが、こいつの場合は胸に一物あってのことではなく、単に表情筋が発達してないだけなのだと、俺は思ってるんですけどね。
「ごまかすなって」
「……熱はそう高くはない、ただ、食欲がない」
やはり、と、目の前が暗くなった。
「食欲ないとか、マジやばいでしょ……」
「いつもなら5杯のところを、今朝はたったの2杯」
「そりゃ、重症だ」
限界まで打ちのめされた気分だ。
「東峰が薬を飲ませた。今は寝ている」
「うん、了解」
「殴られるのは、覚悟しておけ」
「うん、わかってる」
東峰に殴られるのは、これで何度目だっけか。
あいつのことだから、今回も腹にキメてくれることだろう。
それを期待して、まずは自己回復を優先することにした。
さて、横になりますか。
もぞもぞと布団に入りこんで、ふうと一息。
「あれ、帰らないの?」
「ああ、もう少しな」
「あら、心配してくれてるのね」
返事はなし。
こうして傍に付いててくれるのが、こいつの優しいところだなんて考えながら、瞼を閉じる。
アキラの体調は、どうなんだろうか?
熱は高くないという話だが、それだって今後どうなるかわからない。
やっぱ無理にでも追い出せばよかったと後悔しても後の祭りで、それをしなかったのは結局は俺の我侭なんだ。
たいした高熱でもなかったし、問題なく動くことができた。
なのに東峰の部屋に引き摺って行くことも、携帯を奪い返すこともしなかったなんて、疚しい気持ちがあったのだと受け取られかねない。
「病んでいるときは、孤独に耐える力も衰えるんだそうだ」
「なによ、いきなり」
「そう言われただけだ」
「あっそ、誰に?」
「アキラ」
風邪引いて、ひとりで寝て治す。
特に辛いと感じる部分はないけどね。
そんなことでいちいち孤独だと感じていては、身が持たないだろう。
「寝てるだけなのに、ひとりかどうかなんて、さしたる問題はないと思うけどね」
つーか、あいつとふたりでいるよりは、ひとりのほうがよほど安静にしてられるんだけどね。
「目覚めたときにひとりだと、肉体の回復をも妨げるそうだ」
「それは誰が言ってたの?」
「アキラ」
「ふーん…」
目覚めたときの孤独よりも、あいつの与える衝撃のほうがダメージになりましたが。
「ま、介抱されるのはいいとしても、相手によるわな」
「アキラなら申し分ないだろ?」
「死亡フラグが立ちかけましたけどっ」
「それはそれで、喜ばしいことだろ?」
お前には、なんて、あまりにも感情の篭らない言い方に、本気なのか冗談なのか判断つきかねた。
ここで下手なことを言えば、藪蛇になるかもしれない。
「も、寝る。歯医者でもなんでも行ってきてちょーだい」
もぞもぞと布団の中に潜り込む、いや、逃げ出す俺に、アッキーは何も言うことをしなかった。
その代わりに食器を片付ける音がして、すぐに寝室の戸が開けられる気配がした。
ホッとしながらも、どことなく纏わり付く寂しさに叱咤しながら意識を手放す努力をする。
次に目覚めたときはひとりなのだと、そう言い聞かせるようにして。
しつこくてすみません(´・ω・`)
本当に、あと少しで終わりますから……
「あ、れ…?」
カーテンで遮り切れない光の中、寝起きのせいで感じる眩しさに細めた目線の先に、見慣れた無愛想な面があった。
「おはよう」
と、ぶっきらぼうに挨拶までしてくれる。
「おは、」
半分寝ぼけて、でも朝の挨拶をし返すのは礼儀だと、ゆっくりと唇を動かした瞬間、俺目掛けて降ってくる物体が。
必死で顔を背けたことで、かろうじて避けることができた。
顔の横、枕にポトリと沈んだのは、体温計だった。
「ばっ、おまっ」
「詰まらん」
「はぁっ!? …あ、やべ」
急激に視界がぶれ、脳みそが揺さぶられた。
重たい頭を、枕に深く沈める。
そうそう、俺って風邪ひいてたんだ。
「熱を計ってろ、飯を持ってきてやる」
「あ? ああ、はいはい」
上から落とすなんて乱暴な渡され方をした体温計を脇に挟み、暫し目を閉じる。
どうやら朝のようだけど、ベッドにいるのは俺ひとりだけだ。
アキラは既に起床しているのか、それとも……アッキーがここに居るってことは、
ピピピ、ピピピ
検温が終わった合図。
ゆっくりと、脇から体温計を取り出した。
「……あー、微妙~」
7.4度なんて、マジで微妙すぎる。
今日一日寝てたら余裕な気もするが、さて、どうだろう。
ぼんやりと天井を眺めていたら、ほどなく盆を携えたアッキーが戻ってきた。
「食えるか?」
「一応」
アッキーから器を受け取り、取り立てて味のしない粥を口に入れる。
副菜は、梅干だった。
「昼は中華粥を作っておいた。気が向いたら食え」
「昼って……付いててくれるんじゃねーのかよ」
「アキの歯医者」
「ああ、そりゃご苦労さん、だ」
俺もアッキーもアキラも虫歯とは縁がないけど、アキは別だ。
御多分に洩れず歯医者嫌いのアキにとっては、この日は地獄を見るに等しく、ひとりで行かせると確実に逃亡するため、アッキーが付き添うのが慣例になっている。
しかも終わったあとのご機嫌は最悪で、直してもらうために一日中外を連れ回さないといけない。
「お母さん役、なかなか卒業できませんね」
「そうか?」
「そうか? って、現にできてねーじゃん」
「今日はたまたまだ。生憎と逃げられたんでな」
「誰に?」
「明石」
「ぶっ」
ご飯粒がちょこっとばかり飛んじゃいましたよ。
「お前、まさかあいつのこと利用してんの!?」
「使えるものを使って、なにが悪い?」
あっさりと言い切りやがった。
綺麗好きで料理が上手くて、びっくりするほどマメな男は、生来の面倒くさがり屋でもありましたね。
楽するために他人を利用するのは、当然といえば当然だな。
明石にはアキも相当に懐いてるし、体力も腕力もそこそこある。
普段は結構甘やかしてるが、いざってときはアキの暴走を止めることができる数少ないやつだ。
お、そう考えると、案外便利な男だな。
つうか、明石もそれなりにオカン属性入ってるようですね。
「いざってときに逃げられたら意味ねーじゃん」
「最近は、察知するのが早くなった」
「さすがは野生。臭いでもすんのかね」
狼も、日々精進してるってことか。
食欲はなかったが、憑かれたように粥を啜り続けた。
食わなきゃ、治るもんも治りません。
「はい、ごっそーさん……で、アキラさんは?」
「飽きたそうだ」
素っ気なく返されたのは、予想したとおりの答え。
「看病に飽きたってか、そりゃ結構なことで、で?」
空になった器を受け取るアッキーに、さらに問いかける。
「で、とは?」
まったく変わらぬ表情で返された。
アキラとはまた異なる種類の無表情だが、やはりその心中を察するのは困難で、だが、こいつの場合は胸に一物あってのことではなく、単に表情筋が発達してないだけなのだと、俺は思ってるんですけどね。
「ごまかすなって」
「……熱はそう高くはない、ただ、食欲がない」
やはり、と、目の前が暗くなった。
「食欲ないとか、マジやばいでしょ……」
「いつもなら5杯のところを、今朝はたったの2杯」
「そりゃ、重症だ」
限界まで打ちのめされた気分だ。
「東峰が薬を飲ませた。今は寝ている」
「うん、了解」
「殴られるのは、覚悟しておけ」
「うん、わかってる」
東峰に殴られるのは、これで何度目だっけか。
あいつのことだから、今回も腹にキメてくれることだろう。
それを期待して、まずは自己回復を優先することにした。
さて、横になりますか。
もぞもぞと布団に入りこんで、ふうと一息。
「あれ、帰らないの?」
「ああ、もう少しな」
「あら、心配してくれてるのね」
返事はなし。
こうして傍に付いててくれるのが、こいつの優しいところだなんて考えながら、瞼を閉じる。
アキラの体調は、どうなんだろうか?
熱は高くないという話だが、それだって今後どうなるかわからない。
やっぱ無理にでも追い出せばよかったと後悔しても後の祭りで、それをしなかったのは結局は俺の我侭なんだ。
たいした高熱でもなかったし、問題なく動くことができた。
なのに東峰の部屋に引き摺って行くことも、携帯を奪い返すこともしなかったなんて、疚しい気持ちがあったのだと受け取られかねない。
「病んでいるときは、孤独に耐える力も衰えるんだそうだ」
「なによ、いきなり」
「そう言われただけだ」
「あっそ、誰に?」
「アキラ」
風邪引いて、ひとりで寝て治す。
特に辛いと感じる部分はないけどね。
そんなことでいちいち孤独だと感じていては、身が持たないだろう。
「寝てるだけなのに、ひとりかどうかなんて、さしたる問題はないと思うけどね」
つーか、あいつとふたりでいるよりは、ひとりのほうがよほど安静にしてられるんだけどね。
「目覚めたときにひとりだと、肉体の回復をも妨げるそうだ」
「それは誰が言ってたの?」
「アキラ」
「ふーん…」
目覚めたときの孤独よりも、あいつの与える衝撃のほうがダメージになりましたが。
「ま、介抱されるのはいいとしても、相手によるわな」
「アキラなら申し分ないだろ?」
「死亡フラグが立ちかけましたけどっ」
「それはそれで、喜ばしいことだろ?」
お前には、なんて、あまりにも感情の篭らない言い方に、本気なのか冗談なのか判断つきかねた。
ここで下手なことを言えば、藪蛇になるかもしれない。
「も、寝る。歯医者でもなんでも行ってきてちょーだい」
もぞもぞと布団の中に潜り込む、いや、逃げ出す俺に、アッキーは何も言うことをしなかった。
その代わりに食器を片付ける音がして、すぐに寝室の戸が開けられる気配がした。
ホッとしながらも、どことなく纏わり付く寂しさに叱咤しながら意識を手放す努力をする。
次に目覚めたときはひとりなのだと、そう言い聞かせるようにして。
しつこくてすみません(´・ω・`)
本当に、あと少しで終わりますから……