アーちゃん■MMO日記
[アーちゃん■MMO日記15-4]
玉子酒には、砂糖と生姜が入っていた。
たぶん、そこそこ甘くて美味いものなんだと思う。残念ながら、味覚のほうも役立たずになっていて、本当の味はわからなかった。
ご馳走様と伝え、ペットボトルに入ったポカリも半分ほど飲み、残りをテーブルに置いてから死んだように眠りこむ。
それから夜半にかけて、寒さや痛みよりも全身熱感に苦しめられることになった。
口の中まで猛烈に熱く、吐く息すらも熱を発して呼吸すらも煩わしい。
そのくせ、過呼吸か! とツッコミたくなるほど呼吸速度が速いもんだから、アキラのご期待通りのハアハアを盛大に披露しまくってることだろうよ。
なんて、熱に浮かされながらも深い睡眠に陥っている俺には、どうでもいいことだ。
それにしても、熱なんて出したのは、どれくらいぶりだろうか。
アキラと出会ってからは、一度もなかったんじゃなかったっけ?
実家にいた頃は……そういえば、何度かあったな。
決して病弱ではないが、小さい頃は結構な頻度で風邪をひいていた気がする。
普段はいいかげんでどうしようもないお袋も、そんときばかりは本気で心配して、寝ずに看病……看病? ん? もしかたら違うんじゃね?
今思えば、アレは、アキラの言う所の、ハアハアってやつを見てたんじゃねぇのか? 記憶にあるお袋の傍らに、スケブ(スケッチブック)が置いてあったような、なかったような……。
くそっ、あいつは息子をなんだと思ってやがるんだ!
とはいえ、介抱してくれたのも事実なわけだし、やっぱ感謝しないといけないんだろうな。
夜中でも、必ず傍にいたし水も飲ませてくれた。着替えだって……あ、もしかしたら、そんときに見られてたのか!?
ま、いっか。それよりも、喉が渇いた……。
意識なんかないってのに、そう感じるたび齎される潤いを喘ぐ様に求め続けた。
そうして冷たいとは言えない、それでも口ん中の熱を一瞬だけ鎮める水に、何度も何度も喉を鳴らしていた、ような気がする。
よくよく考えたら、寝ながらポカリを飲めるほど、俺は変人じゃねぇ、きっと夢だ。
発熱してうんうん魘されるのは、仕方ない。
自分の体温のせいでかなり温まった布団が、強烈に重く感じるのも仕方ないのかもしれない。
が、ここまで重苦しいもんなのか?
筆舌に尽くし難いほどの倦怠感を伴うというか、身動きできないほどの圧迫感というか、ぶっちゃけくそ重たい! なんて感じるのは普通なんですかね!?
「あ、お目覚めになっちゃいました?」
ハッと目覚めた先には、マスクなんてとっくに外したアキラさん!
なぜか真上から、俺を見下ろしている。
リビングの電灯は消えていて、辺りは真っ暗。
だが暗がりに慣れた目では、そう不便ではない。
ゆっくりと状況把握といこう。
まず、アキラはどこにいるんだ?
俺を見下ろしてるってことは……、
「はぁ……」
把握した途端、強烈な脱力感に意識を持っていかれそうになる。
「アーちゃん?」
あろうことか、俺の腰に跨ってくれてるじゃありませんか。
これか、重いと感じたのは、このせいか!
「なに、してんの?」
「なにって、汗を拭いております」
視線を下にやってみれば、アキラが俺の胸元をタオルで拭いているところだった。
「とてもたくさんの汗をかいておられたので、早くお着替えをと思いまして」
そう言われれば、ぐっしょりと濡れたパジャマが、全身に張り付いている。
これは、かなり気持ちが悪い。
ましてや、それのせいで体が冷えることになるのだから、早く着替えるという意見には大いに賛成だ。
などと考えてる間にも、アキラの手は休むことなく動き、下へ下へと移動していた。
前開きのパジャマのボタンはすべて外されていて、俺の上半身は完全に晒されている。
ボトムが手付かずだったことは、唯一安堵したけども……もうもうもうね、言いたいことがありすぎて、どこからツッコンでいいのかがわからないのよ!
というか、男の腰に自分から乗っかるようなコに育てた覚えはありませんよ!
あまつさえ相手を剥くなんて、それは襲ってんのか、襲われたいのか、どっちだ!? ってツッコマれても文句言えないよ! 別のモンツッコマれても知らねーぞ!!
……ああ、違う、そんなとこをツッコンでどうすんのよ、俺。
そもそもこいつにそういう感覚がないってのは承知してるし、なにより男じゃんか!
いくら男の恋人がいて、そいつとガッツリエッチしてようとも、騎乗位や対面座位でヤッてようとも、地味でガリな男! わざわざ喰っちまおうなんてやつは、この世にひとりしかいねーんだから、女のように警戒心云々を説く必要はないよな!
「よっ、と」
勢いつけて身を起こせば、アキラがグラリと傾いた。
落とさないように、慌てて腰を支える。
ん? なんか、変だぞ…?
「もうっ、動かないでくださいっ」
「降りろ。重いっ」
上半身を起こしたのをこれ幸いと、パジャマの袖を抜こうとするアキラに、呆れるのも疲れ果てた。
こいつは、俺のことをかなり心配している。
必死で看病しようと、張り切ってくれている。
うん、ようくわかりますよ。とってもありがたいことです。
だけどね、見事に空回りしてるから!
俺の上から降りようとしないアキラを抱え上げ、抵抗されながらもどうにかソファの下に降ろしてやった。
不自由な姿勢でよくやったもんだと、自分で自分を褒めてやりたい。
なんで病人が、こんな力仕事をせにゃならんのよ!
「むぅぅ」
「自分ですっから」
「予定では、僕が着替えさせることに、」
「んな予定知るかっ」
そもそも、俺の体を持ち上げられねーだろが!
「むむぅぅ」
汗まみれの上着を脱ぎ、拗ねるアキラから奪ったタオルで、残りの汗を拭いていく。
素早く終えないと、体が冷えちまう。
「背中は僕がします」
さすがに、それはアキラに任せた。
「ちゃっちゃと拭いてよ、ほれ、もっと手早く」
「わかっておりますっ」
とりあえずさっぱりしたところで、アキラが用意していた新しい上着に袖を通した。
お次は下半身だとウェスト部分に手を当ててから、ふとその手を戻す。
こちらをジッと見ているアキラが、おや? とばかりに首を傾げたところで、その両肩に手をかけた。
あれ……? やっぱ、変だよな。
「アーちゃん?」
ま、それは後でいっか。
訝しげにこちらを窺い見るアキラの体を、肩を押すことでクルリと反転させてやる。
「あ、なにをなさるのですか?」
「そっち向いてて」
「はい?」
「こっち見んな」
「……男同士ですよ」
「わーってるけど、見んな」
「まさか、恥ずかしいのですか?」
「まさかってなによ。いいからそっち向いてろ」
「何度も一緒にお風呂に入りましたのに、いまさらですか?」
アッキーの家にもアキラの家にも俺ん家にも、でっかい浴場がついてるってだけだから、誤解しないように。
「そんなんじゃなくて、いいから動くな」
「変な人ですね」
不服そうではあるが、大人しく従ってくれた。
その間に下着ごとボトムを下ろし、急いで汗を拭いて新しいものに着替えた。
よし、完了。
さて、本当ならこのまま寝落ちといきたいとこだが、そういうわけにもいかない。
「もうよろしいですか?」
「いいよ」
向き合ったアキラに、まずは俺が使用していた布団をかぶせる。
「はて? どういうことでしょう?」
「あんた、どこで寝てた?」
「アーちゃんのお部屋で、ですが」
はは、これじゃ白状したも同然だな。
さっき触れたアキラの体は、とても冷たいものだった。
もともとこいつの体温は低めだし、俺は俺で熱があるから確証は持てなかったが、ベッドで寝ていたと答えないあたり、容易に察することができる。
どこまでとぼけるつもりか判断つかないアキラを見据え、リビングの床を指差しながら言ってやる。
「ここで、寝てただろ」
「……」
こういうとき、アキラは驚くほど無表情になる。
その表情から何かを見出そうとするのは困難で、マジで困ったちゃんだな、なんて思う。
とはいえ、今回はわかりやすいから助かった。
「心配だったの? それとも、ひとりで寝るのが寂しかった?」
「両方です!」
なにこのこ!? なんで偉そうなの!?
まったく悪びれない態度はいっそ爽快で、反省の色なんか、微塵もこれっぽっちも1ミリたりとも見えない様は、怖れすら抱くレベルだわ!
座っていても視界は眩み、脳みそは焼け爛れ、全身を襲う熱感と倦怠感、呼吸はいよいよもって速い。
普段でも滅多に勝てないってのに、この体調ではどう転んでも太刀打ちできやしない。
だから、東峰んとこに行けって言ったのに。
ある意味、最強の男だ。
褒めてないけど。
頭を抱えるようにして項垂れれば、アキラが下から覗き込んできた。
「アーちゃん、お口の中は熱いですか?」
「うん、かなり」
「少しお待ちください」
すっくと立ち上がったことで、せっかくかぶせた布団が落ちた。
アキラはそれを気にするでもなく、汗まみれのパジャマを拾い上げ、洗濯機に放り込みに行く。
待てって、いったい何を待てばいいんでしょうか?
いや、それよりも、寝たいんです。
床を見れば、そこに転がっていたのは、さっき渡した布団だけ。
それは俺が使っていたもので、当然アキラが使用していたものではない。
まだ本格的な寒さではないが、夜中のリビングで寝具もなしに寝転がるのはやばいだろうな。
いや、もしかしたら、ずっと起きていたのかもしれない。
宣言通り、俺が魘されているところを、ニヤニヤと視ていた可能性も高い。
だからといって、パジャマに上着だけって格好は、問題ありありだろう。
体は睡眠を欲していて、今すぐにでも横になりたいってのに、アキラをどうにかしないと、眠れない。
ひとり熱帯にいるような気だるさの中、つらつらと考えてはみたけれど、どれもこれも形にはならず霧散していった。
悩んでも今からできることなんてひとつしかないわけで、だったらもう開き直るしかないか。
よし、と覚悟を決め、寝る前にトイレに行こうと立ち上がった。
ふらつく足を前に出せば、何かがコツンとぶつかり倒れる。
それは、ポカリの残骸。
空っぽのペットボトルを蹴っ飛ばしたらしい。
そういえば、寝る間に飲んだな。
痛む体に鞭打って、ペットボトルを拾いテーブルに置いた。
あれ、寝る前に、ここに置いたんじゃなかったっけ?
つか、飲み干してたっけ?
「……?」
トイレん中ですることは、ひとつ。
すなわち尿意を解放すること。
熱の威力は甚大で、チン○までもが熱かった。
心なしいつもより小さい気がする。
「……」
そういえば、随分とセックスしてねぇな。
熱で精子がおっちんで、不能になったらどうしよう。
あれ、精子死亡は不能の直接の原因にはならなかったんだっけ?
精子死亡の温度は……えーっと……あー駄目だ、頭が働かねぇ。
手を洗ってまたフラフラとソファに戻ると、アキラがちょこんと正座していた。
その手には、小さなガラスの容器が。
「アーちゃん、あーんしてください」
「あ?」
「あーんです」
逆らう気力もトイレに流れちまったのか、素直に口を開けていた。
それに気を良くしたアキラが嬉しそうに微笑みながら、容器の中に入っていた物を摘み上げた。
四角い物体が、すぐに俺の口内に放り込まれる。
「あん?」
「気持ちいいですか?」
「うん…」
口内に染み渡る、ひんやりとして固い感触。
氷だ。
「冷えピ○も取り替えましょうね」
「うん」
これまた素直に、アキラの言葉に従った。
さっそく溶けてゆく氷を舌の上で転がしぼうっとしてる間に、新しい冷えピ○が貼られる。
その清涼感に、大きく息を吐いた。
「では、そろそろお休みください」
「もう一個」
小さくなってきた氷を噛み砕いておかわりを所望した。
アキラが、すぐに次の氷を持ってきてくれる。
「はい、あーん」
「あ」
もう一度入れてもらった氷を、飴玉のように右へ左へと転がした。
あー、冷たくてマジ気持ち良い。
幾分楽になったところで、いいかげんアキラの手を取り立ち上がる。
「ベッド行くから、あんたも寝なさい」
「いいんですか?」
うつすことを恐れて寝室を別にしたけど、まったく意味をなさなかった。
それを悔やんでも手遅れで、だったらもう気にしても始まらない。
「いいも悪いも、ひとりじゃ寝れないんでしょ」
「子ども扱いしないでください」
うわ、むかつく。
しかしながら反論する体力が、今の俺にはないわけで。
「はいはい、俺が悪かったです。いつも通り、一緒に寝てください」
下手に出た途端、アキラが俺の手をグイグイと引っぱる。
「ささ、もう寝ましょう。アーちゃんはお風邪を召しているのですから、これ以上の無駄口は悪化の原因となります」
その言葉、もっと早くに聞きたかったな!
結局、いつもと同じくアキラと並んで就寝して、今日という日を終えることになった。
俺の唯一の懸念は、アキラの無駄な努力によってどうでもいいレベルにまで落とされた。
実際どうでもよくはないんだけど、もうどうしようもできない。
アキラの体調に変化がないことを祈るばかりだ。
まだ続きます。あと一回くらいかな?
次あたりにワンコを出せるといいなぁ……。
玉子酒には、砂糖と生姜が入っていた。
たぶん、そこそこ甘くて美味いものなんだと思う。残念ながら、味覚のほうも役立たずになっていて、本当の味はわからなかった。
ご馳走様と伝え、ペットボトルに入ったポカリも半分ほど飲み、残りをテーブルに置いてから死んだように眠りこむ。
それから夜半にかけて、寒さや痛みよりも全身熱感に苦しめられることになった。
口の中まで猛烈に熱く、吐く息すらも熱を発して呼吸すらも煩わしい。
そのくせ、過呼吸か! とツッコミたくなるほど呼吸速度が速いもんだから、アキラのご期待通りのハアハアを盛大に披露しまくってることだろうよ。
なんて、熱に浮かされながらも深い睡眠に陥っている俺には、どうでもいいことだ。
それにしても、熱なんて出したのは、どれくらいぶりだろうか。
アキラと出会ってからは、一度もなかったんじゃなかったっけ?
実家にいた頃は……そういえば、何度かあったな。
決して病弱ではないが、小さい頃は結構な頻度で風邪をひいていた気がする。
普段はいいかげんでどうしようもないお袋も、そんときばかりは本気で心配して、寝ずに看病……看病? ん? もしかたら違うんじゃね?
今思えば、アレは、アキラの言う所の、ハアハアってやつを見てたんじゃねぇのか? 記憶にあるお袋の傍らに、スケブ(スケッチブック)が置いてあったような、なかったような……。
くそっ、あいつは息子をなんだと思ってやがるんだ!
とはいえ、介抱してくれたのも事実なわけだし、やっぱ感謝しないといけないんだろうな。
夜中でも、必ず傍にいたし水も飲ませてくれた。着替えだって……あ、もしかしたら、そんときに見られてたのか!?
ま、いっか。それよりも、喉が渇いた……。
意識なんかないってのに、そう感じるたび齎される潤いを喘ぐ様に求め続けた。
そうして冷たいとは言えない、それでも口ん中の熱を一瞬だけ鎮める水に、何度も何度も喉を鳴らしていた、ような気がする。
よくよく考えたら、寝ながらポカリを飲めるほど、俺は変人じゃねぇ、きっと夢だ。
発熱してうんうん魘されるのは、仕方ない。
自分の体温のせいでかなり温まった布団が、強烈に重く感じるのも仕方ないのかもしれない。
が、ここまで重苦しいもんなのか?
筆舌に尽くし難いほどの倦怠感を伴うというか、身動きできないほどの圧迫感というか、ぶっちゃけくそ重たい! なんて感じるのは普通なんですかね!?
「あ、お目覚めになっちゃいました?」
ハッと目覚めた先には、マスクなんてとっくに外したアキラさん!
なぜか真上から、俺を見下ろしている。
リビングの電灯は消えていて、辺りは真っ暗。
だが暗がりに慣れた目では、そう不便ではない。
ゆっくりと状況把握といこう。
まず、アキラはどこにいるんだ?
俺を見下ろしてるってことは……、
「はぁ……」
把握した途端、強烈な脱力感に意識を持っていかれそうになる。
「アーちゃん?」
あろうことか、俺の腰に跨ってくれてるじゃありませんか。
これか、重いと感じたのは、このせいか!
「なに、してんの?」
「なにって、汗を拭いております」
視線を下にやってみれば、アキラが俺の胸元をタオルで拭いているところだった。
「とてもたくさんの汗をかいておられたので、早くお着替えをと思いまして」
そう言われれば、ぐっしょりと濡れたパジャマが、全身に張り付いている。
これは、かなり気持ちが悪い。
ましてや、それのせいで体が冷えることになるのだから、早く着替えるという意見には大いに賛成だ。
などと考えてる間にも、アキラの手は休むことなく動き、下へ下へと移動していた。
前開きのパジャマのボタンはすべて外されていて、俺の上半身は完全に晒されている。
ボトムが手付かずだったことは、唯一安堵したけども……もうもうもうね、言いたいことがありすぎて、どこからツッコンでいいのかがわからないのよ!
というか、男の腰に自分から乗っかるようなコに育てた覚えはありませんよ!
あまつさえ相手を剥くなんて、それは襲ってんのか、襲われたいのか、どっちだ!? ってツッコマれても文句言えないよ! 別のモンツッコマれても知らねーぞ!!
……ああ、違う、そんなとこをツッコンでどうすんのよ、俺。
そもそもこいつにそういう感覚がないってのは承知してるし、なにより男じゃんか!
いくら男の恋人がいて、そいつとガッツリエッチしてようとも、騎乗位や対面座位でヤッてようとも、地味でガリな男! わざわざ喰っちまおうなんてやつは、この世にひとりしかいねーんだから、女のように警戒心云々を説く必要はないよな!
「よっ、と」
勢いつけて身を起こせば、アキラがグラリと傾いた。
落とさないように、慌てて腰を支える。
ん? なんか、変だぞ…?
「もうっ、動かないでくださいっ」
「降りろ。重いっ」
上半身を起こしたのをこれ幸いと、パジャマの袖を抜こうとするアキラに、呆れるのも疲れ果てた。
こいつは、俺のことをかなり心配している。
必死で看病しようと、張り切ってくれている。
うん、ようくわかりますよ。とってもありがたいことです。
だけどね、見事に空回りしてるから!
俺の上から降りようとしないアキラを抱え上げ、抵抗されながらもどうにかソファの下に降ろしてやった。
不自由な姿勢でよくやったもんだと、自分で自分を褒めてやりたい。
なんで病人が、こんな力仕事をせにゃならんのよ!
「むぅぅ」
「自分ですっから」
「予定では、僕が着替えさせることに、」
「んな予定知るかっ」
そもそも、俺の体を持ち上げられねーだろが!
「むむぅぅ」
汗まみれの上着を脱ぎ、拗ねるアキラから奪ったタオルで、残りの汗を拭いていく。
素早く終えないと、体が冷えちまう。
「背中は僕がします」
さすがに、それはアキラに任せた。
「ちゃっちゃと拭いてよ、ほれ、もっと手早く」
「わかっておりますっ」
とりあえずさっぱりしたところで、アキラが用意していた新しい上着に袖を通した。
お次は下半身だとウェスト部分に手を当ててから、ふとその手を戻す。
こちらをジッと見ているアキラが、おや? とばかりに首を傾げたところで、その両肩に手をかけた。
あれ……? やっぱ、変だよな。
「アーちゃん?」
ま、それは後でいっか。
訝しげにこちらを窺い見るアキラの体を、肩を押すことでクルリと反転させてやる。
「あ、なにをなさるのですか?」
「そっち向いてて」
「はい?」
「こっち見んな」
「……男同士ですよ」
「わーってるけど、見んな」
「まさか、恥ずかしいのですか?」
「まさかってなによ。いいからそっち向いてろ」
「何度も一緒にお風呂に入りましたのに、いまさらですか?」
アッキーの家にもアキラの家にも俺ん家にも、でっかい浴場がついてるってだけだから、誤解しないように。
「そんなんじゃなくて、いいから動くな」
「変な人ですね」
不服そうではあるが、大人しく従ってくれた。
その間に下着ごとボトムを下ろし、急いで汗を拭いて新しいものに着替えた。
よし、完了。
さて、本当ならこのまま寝落ちといきたいとこだが、そういうわけにもいかない。
「もうよろしいですか?」
「いいよ」
向き合ったアキラに、まずは俺が使用していた布団をかぶせる。
「はて? どういうことでしょう?」
「あんた、どこで寝てた?」
「アーちゃんのお部屋で、ですが」
はは、これじゃ白状したも同然だな。
さっき触れたアキラの体は、とても冷たいものだった。
もともとこいつの体温は低めだし、俺は俺で熱があるから確証は持てなかったが、ベッドで寝ていたと答えないあたり、容易に察することができる。
どこまでとぼけるつもりか判断つかないアキラを見据え、リビングの床を指差しながら言ってやる。
「ここで、寝てただろ」
「……」
こういうとき、アキラは驚くほど無表情になる。
その表情から何かを見出そうとするのは困難で、マジで困ったちゃんだな、なんて思う。
とはいえ、今回はわかりやすいから助かった。
「心配だったの? それとも、ひとりで寝るのが寂しかった?」
「両方です!」
なにこのこ!? なんで偉そうなの!?
まったく悪びれない態度はいっそ爽快で、反省の色なんか、微塵もこれっぽっちも1ミリたりとも見えない様は、怖れすら抱くレベルだわ!
座っていても視界は眩み、脳みそは焼け爛れ、全身を襲う熱感と倦怠感、呼吸はいよいよもって速い。
普段でも滅多に勝てないってのに、この体調ではどう転んでも太刀打ちできやしない。
だから、東峰んとこに行けって言ったのに。
ある意味、最強の男だ。
褒めてないけど。
頭を抱えるようにして項垂れれば、アキラが下から覗き込んできた。
「アーちゃん、お口の中は熱いですか?」
「うん、かなり」
「少しお待ちください」
すっくと立ち上がったことで、せっかくかぶせた布団が落ちた。
アキラはそれを気にするでもなく、汗まみれのパジャマを拾い上げ、洗濯機に放り込みに行く。
待てって、いったい何を待てばいいんでしょうか?
いや、それよりも、寝たいんです。
床を見れば、そこに転がっていたのは、さっき渡した布団だけ。
それは俺が使っていたもので、当然アキラが使用していたものではない。
まだ本格的な寒さではないが、夜中のリビングで寝具もなしに寝転がるのはやばいだろうな。
いや、もしかしたら、ずっと起きていたのかもしれない。
宣言通り、俺が魘されているところを、ニヤニヤと視ていた可能性も高い。
だからといって、パジャマに上着だけって格好は、問題ありありだろう。
体は睡眠を欲していて、今すぐにでも横になりたいってのに、アキラをどうにかしないと、眠れない。
ひとり熱帯にいるような気だるさの中、つらつらと考えてはみたけれど、どれもこれも形にはならず霧散していった。
悩んでも今からできることなんてひとつしかないわけで、だったらもう開き直るしかないか。
よし、と覚悟を決め、寝る前にトイレに行こうと立ち上がった。
ふらつく足を前に出せば、何かがコツンとぶつかり倒れる。
それは、ポカリの残骸。
空っぽのペットボトルを蹴っ飛ばしたらしい。
そういえば、寝る間に飲んだな。
痛む体に鞭打って、ペットボトルを拾いテーブルに置いた。
あれ、寝る前に、ここに置いたんじゃなかったっけ?
つか、飲み干してたっけ?
「……?」
トイレん中ですることは、ひとつ。
すなわち尿意を解放すること。
熱の威力は甚大で、チン○までもが熱かった。
心なしいつもより小さい気がする。
「……」
そういえば、随分とセックスしてねぇな。
熱で精子がおっちんで、不能になったらどうしよう。
あれ、精子死亡は不能の直接の原因にはならなかったんだっけ?
精子死亡の温度は……えーっと……あー駄目だ、頭が働かねぇ。
手を洗ってまたフラフラとソファに戻ると、アキラがちょこんと正座していた。
その手には、小さなガラスの容器が。
「アーちゃん、あーんしてください」
「あ?」
「あーんです」
逆らう気力もトイレに流れちまったのか、素直に口を開けていた。
それに気を良くしたアキラが嬉しそうに微笑みながら、容器の中に入っていた物を摘み上げた。
四角い物体が、すぐに俺の口内に放り込まれる。
「あん?」
「気持ちいいですか?」
「うん…」
口内に染み渡る、ひんやりとして固い感触。
氷だ。
「冷えピ○も取り替えましょうね」
「うん」
これまた素直に、アキラの言葉に従った。
さっそく溶けてゆく氷を舌の上で転がしぼうっとしてる間に、新しい冷えピ○が貼られる。
その清涼感に、大きく息を吐いた。
「では、そろそろお休みください」
「もう一個」
小さくなってきた氷を噛み砕いておかわりを所望した。
アキラが、すぐに次の氷を持ってきてくれる。
「はい、あーん」
「あ」
もう一度入れてもらった氷を、飴玉のように右へ左へと転がした。
あー、冷たくてマジ気持ち良い。
幾分楽になったところで、いいかげんアキラの手を取り立ち上がる。
「ベッド行くから、あんたも寝なさい」
「いいんですか?」
うつすことを恐れて寝室を別にしたけど、まったく意味をなさなかった。
それを悔やんでも手遅れで、だったらもう気にしても始まらない。
「いいも悪いも、ひとりじゃ寝れないんでしょ」
「子ども扱いしないでください」
うわ、むかつく。
しかしながら反論する体力が、今の俺にはないわけで。
「はいはい、俺が悪かったです。いつも通り、一緒に寝てください」
下手に出た途端、アキラが俺の手をグイグイと引っぱる。
「ささ、もう寝ましょう。アーちゃんはお風邪を召しているのですから、これ以上の無駄口は悪化の原因となります」
その言葉、もっと早くに聞きたかったな!
結局、いつもと同じくアキラと並んで就寝して、今日という日を終えることになった。
俺の唯一の懸念は、アキラの無駄な努力によってどうでもいいレベルにまで落とされた。
実際どうでもよくはないんだけど、もうどうしようもできない。
アキラの体調に変化がないことを祈るばかりだ。
まだ続きます。あと一回くらいかな?
次あたりにワンコを出せるといいなぁ……。