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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記15-2]


37.8度、か。
ソファにぐったりと凭れながら、脇で計った結果は、微妙~~~なものだった。
夜になればもっと上がりそうだけど、それほど大げさにする必要もなさそうで、安心は安心なわけだが、

「玉子酒と玉子粥を作りますね」

「玉子ばっかそんなにいらね。普通の粥にして……って、なんでまだいるの!?」

俺、東峰のとこに行けって言いましたよね。

「何を仰っているのですか? 看病ですよ、看病」

「たかが風邪くらいで、看病なんていらねーっての」

「風邪を甘くみてはいけません」

「みてないけど……うつるから、出てけって」

俺がなによりも恐れているのは、それ。
罹患する可能性ってのを考えるだけで、風邪とは違う震えに見舞われるってのに。

「大丈夫ですよ、マスクもしてますし、なにより、僕はこう見えて実に丈夫なのです」

えっへんと腰に手を当てるアキラに、俺の気力はますます減退していった。

「あのね、」

「僕は看病というものをしたことがないのです、だから、やりたくて仕方ないのです!」

どや顔で、本音ぶちまけたよ!

「ささ、アーちゃん、ベッドで寝込んでください」

「寝込むとか、言うな」

早く寝室に行けとばかりに、俺の腕を引っ張るアキラから、丁寧に腕を引き抜き暫し思案。

俺の診立てでは、たぶん疲れからくるどうってことない風邪のはずだ。
ウィルス性ではないとみていいだろう。
多少熱が高くなろうとも、冷蔵庫に解熱用の薬液を置いてるから、いざとなれば自分で注射すりゃいいこと。

「アーちゃん、早く寝室に」

またもや俺の腕を持ち上げたアキラから再度腕を引き抜いて、ふと目に付いたテーブルの上の物体。
それは、さっきアキラに奪われた俺の携帯だった。

有無を言わさずアキラを追い出すことができるのは、アッキー様だ。
ついでに、俺の看病とやらもしてくれるはず。
あいつの面倒見の良さといったら、オカンか嫁に匹敵するからな。
しかも、口うるさくないし、必要なことしかしない。

よし、まずはアッキーに、

「あ、携帯の充電をしておきますね」

普段ならば、アキラに遅れをとるなど絶対に有り得ない、しかし、今の俺は普段の俺ではないのだった。
俺の携帯を手に、寝室にある充電器へと向かうアキラを見送りながら、泣きたくなるほど不安になる。
まるで、すべてのライフラインを断ち切られたような気分だ……。

そのうちに寝室から戻ってきたアキラが、再再度ベッドへ行けと喚き始めた。
さすがに、俺だとてそろそろ横になりたい。
しかし、アキラをどうにかしなければ……、

「あのさ、東峰んとこに、」

「お粥を食べたあとはお薬ですね。水分はたっぷりと取りましょうね。大丈夫ですよ、風邪なんてすぐに治ります」

ソファにぐったりと座り込む俺の額に、何気ない動作で押し当てられた掌を振り解く気力はない。
こりゃ、大人しく白旗を振るしかないか。

「ポカリと、冷えピ○持ってきて…」

陥落の合図に、アキラは心底嬉しそう、いや、心の底から楽しそうに目を細めていた。



デコに冷え○タを貼っただけで、幾許か頭がスッキリした気分になる。
ついでに、ポカリをがぶ飲みすれば、早く横になりたいと体が訴えてきた。
一日ゆっくりと寝れば、すぐに治りそうな気配。

「アーちゃん、寝室に」

「いい、ここで寝る」

「ここでって、まさかソファでですか?」

うん、と頷き、重い体をソファに沈める。

「ベッドは、あんたが使いなさい」

「そういうわけにはいきませんよ」

「こっちのがトイレに近いから楽なの」

そこそこ本気の発言だ。
ベッドの方が落ち着くのは当然だが、まさかアキラと一緒に寝るわけにはいかないし、アキラをソファで寝させるわけにもいかない。
ならば、俺がリビングで寝るのが一番いい。
アッくんだって寝泊りしていたくらいだし、ここのソファベッドは本当に寝心地がいいわけで、特に問題はないはず。

「わかりました。では、お布団とパジャマを持ってきますね」

「うん」

また無駄な言い合いにならなくて、本当に安心した。
このまま飯食って寝ておけば、マジでどうにかなりそう。

熱のせいで痛む体に堪えながら、アキラが持ってきてくれるだろう布団をその場で待ち、少し目を閉じる。
はぁ、このまま寝たい。

「はい、お布団とパジャマです」

「ぶはっ」

俺の頭に落とされた重みは、布団のそれ。

「お、おま、こういうときは、丁寧に掛けるのがデフォでしょーー」

「重いんですよ」

「……」

あっけらかんと返されて、まさに開いた口が塞がらない。
こいつは、俺が病人だということを、失念してるんじゃなかろうか。

「パジャマに着替えたら、寝ててくださいね。その間にお粥を作りますから」

何を言っても疲れるだけだと悟り、アキラが選んだ吸湿性の良さげなパジャマに黙って着替えることにした。
今の俺がしなければならないことは、早々にこの風邪を追い出すことだけだ!

緩慢な動作でどうにか着替え終わり、ソファをベッドの形に整えて、枕を置き、布団の中に潜り込む。
これだけで、もう息が上がって仕方ない。
あまりにも苦しくて、さすがにマスクは外した。
アキラは着用しているし、加湿空気清浄機もフル稼働してんだ、まず大丈夫だろう。
つか、もう何も考えたくないし、眠りたい。

ガタン、ガタガタ、ガタッ

「……」

ガタン、ガタン、ガラガラ、ガタタターーン

うるせーーー!!

急いで起き上がり、音の発生源――キッチンへと駆け出した。
途中、ちょっとだけクラリときました。

「なにしてんの!?」

「あ、申し訳ありません。土鍋を出そうとして」

高い位置にある棚に向かって背伸びをし、尚且つ腕を伸ばしながら出迎えてくれたアキラの表情は、少しばかり情けないものだった。

「土鍋?」

見れば、普段は棚の一番上に保管されているものが、キッチンの床に散乱している。
この一番上の棚ってやつは、アキラやアッくんでは背伸びしても届かない高さにあり、いつもなら俺かアッキーしか出し入れしない場所だ。
仕舞ってあるのは、鍋やらホットプレート、頻繁には使わない重箱やタッパーの類。
アキラに何かがぶつかった形跡はなく、散乱した物の中にもやばそうな物がないのを見て取り、まずは、アキラが必死で手を伸ばし落ちないようにと支えている物に、横から手を添え押さえることにした。

「まさか、これ、出そうとして?」

「はい、そうです」

まったく悪気なく答えるアキラに、深々と溜息を吐きながら立ち位置を入れ替え、俺がそれを棚から下ろす。
その間に、アキラは下に散乱した物を拾い上げていた。

「一応聞くけど、何のために?」

「お粥は、土鍋で作るものですよ」

アキラが大騒ぎしてまでも取り出そうとしていた物は、土鍋だ。
しかも、5人用の……。
残念ながら一人用の土鍋は、うちにはない。
駄菓子菓子だ! 常に使用する鍋には、小鍋だって平鍋だってあるわけで、それらは手の届く範囲に置かれている。
粥くらい、普通の鍋で作っても、問題なくね!?

「誰が、そんな大量に食うのよ…」

搾り出すようにして発した声は、寒さ以外の理由で震えていた。

「僕と、アーちゃんです」

「は?」

「味気ないお粥も、ふたりで食せば美味しく感じますよ、きっと」

「あ、そう……」

にっこりと、まったく邪気のない様でそんなことを言われてしまえば、怒るに怒れなくなってしまう。

「アーちゃん、後のことは任せて、どうぞお眠りになってください」

グイグイと俺の背を押すアキラに、起こしたのはあんたですよね! なんて文句を言う気にはならなかった。
熱のせいだろうな、うん、そうだ。
とにかく睡眠が第一だとソファに戻り、神様、どうかこれ以上、アキラが余計なことをしませんように、と祈りながら布団に包まった。
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