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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記15-1]


それは、唐突にやってきた。

「ヘックション……あー、ちくしょー」

狭いとはいえない室内で、突如としてオヤジ臭いくしゃみを披露したのは、誰あろう俺だ。
アキラしかいないリビングで、遠慮なんてする必要はないからね。
だがしかし、すぐに背中を走り抜けた身に覚えのある寒気に、微かな懸念が頭をよぎった。

まずは、と、常に用意してあるマスクを、棚から引っ張り出す。
取り出したのは、超細密フィルターの三次元マスク。
二枚取り出し、一枚は即効で自分に使用した。

「おい、ちょっと」

マスクのせいで多少篭る声で声かけしながら、床に寝転ぶアキラを揺り起こす。
寝ているわけではない相手は、のろのろとアイマスクと耳栓を外して起き上がった。

「んもう、なんですか?」

「これ着けてろ。んで、東峰んとこに行ってろ」

きょとんとするアキラの耳にゴムをかけ、口と鼻を覆うようにマスクを装着させる。

「もしかして、風邪ですか?」

うんともすんとも応えることなく、寝室から上着を持ち出し、薄手のトレーナー一枚だけのアキラに羽織らさせた。
あ、自分の分忘れた、まいっか。
さて、東峰に連絡して、アキラを引き取らせないとな。

んなことをしてる間にも、どんどんと体調が悪化してるのに気付いた。
喉は少しいがらっぽくて、震えがくるほどの寒さを感じ、呼吸も心なし早くなっていて、なにより、体がだるくて頭が重い……。

「アーちゃん、風邪をひいたのですか?」

「あ、」

東峰に掛けようと手にしていた携帯を、奪い取られてしまった。
犯人は、考えるだけ面倒だ。

「こら、返せ。つうか、早く出てけ」

「な、なんと、出て行けとはけしからん」

「けしからんの使い方違うから……」

「なにを仰っているのですか、けしからんとは道理にはずれていて、はなはだよくないことを」

「いやいやネットに於いては……って、そんなことどうでもいいんだよ。つうかさ、出て行けは道理にはずれてないっしょ」

そこまで言った途端、軽く目眩がした。
同時に、とてつもない寒気が襲ってくる。

「わかった、俺が悪かった、ごめんなさい。だから早く出て行ってください」

「風邪なんですね?」

「たぶん、そうです」

ソファに腰を下ろして、アキラの無駄口に少しだけ付き合う。

「すごいです、アーちゃんでも風邪をひくんですね、感動です」

「俺も、ひとの子ですからね、風邪くらいひきますって、なにしてんの!?」

クラクラする視界の先では、ゴソゴソと棚を漁る背中が。

「まずはお熱を測らなくては」

「いいから、自分でするからっ」

アキラは、体温計を探しているようだ。

「あ、ありました。実測と予測、どちらがよろしいですか?」

実測と予測ってのは体温計の種類のことを指している。
うちには二種類の電子体温計があって、その違いは……悪いけど、各自で調べてちょうだい。

俺の体調はますます絶好調に下降気味で、それに反比例して熱が上がっていくのを自覚するばかり。
なのに、アキラはどこかしらウキウキとしているようで、両手に持った体温計を交互に見比べている。

「も、どっちでもいいから、寄越せ。んで、あんたは東峰んとこに、」

「やはりここは、実測ですね。正確な体温がわかるほうがいいです」

「ひとの話聞いてよ…」

「一度試してみたかったことがあるのです。今からそれを実践しましょう」

まったくひとの話を聞く気のないアキラは、実測体温計を取り出して、妙に浮かれた表情をしていた。
もうね、悪い予感しかしないよね。
こちとら風邪っぴきなんだ、ここは静かに過ごさせてくれてもいいんじゃねーの!?

「脇と直腸と舌下の違いを、この目で見てみたいのです」

「……はぁ?」

熱でぼうっとする頭では、何を言われているのか判断ができなかった。

「まずは脇、それから直腸、最後に舌下の体温を計りましょう」

「……」

えーっと、アキラは俺の熱を計ろうとしてるんだよな。
それは、オッケーだ。
んで、人間の体温を計るのに最適な場所は、三箇所、耳をいれたら四箇所ある。
今アキラが言ったように、脇。
これはとても有名で、だいたいがここで計るだろう。
ただし、脇は汗の気化熱で体温を奪われやすく、外部の気温の影響も受けやすい。
で、直腸。
ここは、内臓の温度ってのが、一番わかりやすい場所だ。
で、舌下。
ここも、内臓に程近いことから、人間の体温を割り出すのには最適な場所だ。
ただし、脇と同じく気化熱に注意し、体温計の先を密着させることに留意しないといけない。
だから、しっかりと舌の下に入れる必要がある。

……って、なんで熱で朦朧とした頭で、こんなこと考えなきゃならないの!
つうかさ、こいつとんでもないこと言ったよね、言った、確かに言った!!

「今、なんつった?」

「ですから、脇、それから直腸、最後に舌下を計りましょうと」

せめて、順番変えろ!! その取り合わせなら、舌下→脇→直腸のがマシだろ!
どうして一番最悪な順番を思いつくの!?
アホなの!? アホなの!? 死ぬの!? 俺が!!

「普通に、予測で脇だけを計ります…」

言いたいことは山ほどあったが、堪え切れずにソファに倒れ伏した俺が口にできたのは、それだけだった。

「おや、残念」
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