平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此-無理矢理質問編4-]
本日の夕飯は焼き魚に煮物という、いたってシンプルな和食だ。
キッチンで作り上げたものを、順次盆に載せ運ぶんだけど、5人分(実質7人分)もあるとこれが結構な手間になる。
主にアキが手伝ってくれるんだけど、
「あう」
盆から転がり落ちたお箸を、たまたま立っていたアーちゃんが拾い上げた。
そのまま台所へと持っていく姿を見ながら、ふと思う。
「アーちゃん、意外と体が柔らかいんだね」
「意外ってどういう意味よ」
「えっと、なんとなく…」
箸を拾うとき、まったく膝を曲げなかったアーちゃんが、なんとなく気になってしまっただけのこと。
僕だったら、絶対に曲げている、というよりも、屈んでいたと断言できる。
「昔は、とても硬かったのですよ」
昔って、今よりも確実に若いというか、子供時代ってことだよね。
そんなときに硬いってのも問題ありそうだけど……。
「へぇ、そうなんだ。ストレッチでもしたの?」
「お酢飲んだからねー」
「ええっ、そ、それって本当のことだったんだ!?」
お酢を飲めば体が柔らかくなるという説なら、何度か耳にしたことがある。
まさか真実だとは、思わなかった。
「あうう、アーちゃん、わるいの、いうの、いやなのよ」
アキの責めるような発言に、アーちゃんが肩を竦めた。
「え、う、嘘なの…?」
「お酢で魚の骨が柔らかくなることから、そう思われていたようですが、実際に体が柔らかくなったというデータはありませんよ」
ぷぷぷと笑いながら教えてくれたのは、アキラ。
アッキーは、呆れた顔で僕を見ている。
そして、アーちゃんは、にやにやと……、
「もうっ、からかわないでよっ」
「なのよ、わるいのよ、アーちゃん、いやなのよ」
「はいはい、ごめんなさいね、っと」
適当な謝罪を口にしながら、アーちゃんは定位置――アキラの隣りに腰を下ろした。
そして、運ばれてきた箸や茶碗を、どんどんと卓上へと並べてゆく。
アキラもそれを手伝いながら、
「中学一年の夏休みまでは、硬くてどうしようもなかったのですよ。それはもう、この年でと不安になるほどに」
と、親切にも教えてくれた。
「ほっとけ」
「ふーん、それで不安になって柔軟に励んだの?」
「ふふ、この方が、自分を律するはずがございませんでしょう」
「うっせ」
「それもそうだね。それで、どうして柔らかくなったの?」
僕の素朴な疑問に、アーちゃんはアッキーを指差し不機嫌に答えてくれた。
「こいつと、アキのふたり係りでやられたのっ」
「アキが背中に乗り、アッキーがアーちゃんの太股を、こう……」
突如アキラが、アーちゃんの両太股に足裏を押し付けた。
そのまま力を込めれば、自然とアーちゃんの両足が開脚するという寸法だ。
「あ、もしかして、股割り?」
「正解です。アッキーのお陰で、初回から150度ほど開いたのですよ」
「下手したら、靭帯逝っちゃうからね!!」
「そのような下手を、アッキーが打つわけございませんでしょう」
な、なんて乱暴な股割りなんだろう……。
「もみもみ、したのよ、ないの、いいのよ」
マ、マッサージしたからって、平気なものなんだろうか……。
いやいや、アッキーのしたことだし、たぶんきっと大丈夫だったんだろう。僕は絶対に遠慮するけどね。
「そ、そっか、良かったねアーちゃん……」
「そうまでして覚えた体術も、あまり身につきませんでしたけどね」
「うっせ、俺は道具使うほうが向いてるのっ」
「もしかして、合気道とか教わるために?」
アッキーの所に居るひとたちは、全員が全員武術に長けてるようなものだ。
アキも合気道を教わっていたことだし、僕も勧められた。
今思えば、丁重にお断りしたのは、正解だったのかもしれない。
「そ、空手? 拳法? ま、そういう類のことを教わったんだけどね」
「才能がない」
まさに切り捨てるようなアッキーの言葉も、珍しいことにアーちゃんからの反論はなかった。
ただ憮然とした表情ではあるけども。
「その代わりといってはなんですが、弓術と剣術に関しては、見事な腕前ですよ」
「ええええっ、ア、アーちゃんが、弓!? 剣道とかしちゃうってこと!?」
なんか、間違ってる気がする。というか、似合わない。
「いや、真け……ま、どうでもいいじゃん」
しんけ? まさか、真剣?
はは、まさかね。
アーちゃんが……茶髪で、軽くて、お調子ものでいい加減なあのアーちゃんが、侍のように刀を振り回すとか、とっても理不尽なものを感じちゃうのは、僕だけなんだろうか。
「そ、そうだよね。うん、あんまり聞かない。というか、聞きたくない」
「はぁ、どういう意味よ」
「格好いいアーちゃんとか、きっと許されないことなんだよ……」
「ちょっと何言ってるか、分かんないんだけど」
変に動揺する僕を、アーちゃんが胡乱な目付きで見詰めてくる。
その視線を遮るように、大きく頭を振りながら話題を元へと戻した。
「うん、いい、気にしないでっ、アッキーは、体柔らかそうだよね。アキも。アキラは……」
「むむ、確かにアッキーはとても柔らかいですよ。余裕で240度の開脚ができますからね。アキも柔らかい方だと思います」
「あい、なの」
「ですが、僕も、とても柔らかいと思いますよ。前屈程度なら、ほら」
急に両足を前に伸ばしたかと思うと、アキラがそのまま前屈をして見せた。
宣言通り、膝は一切曲がらずに、額は両膝にピッタリと引っ付いている。
情けないことに、僕にはできないことだ。
アッキーの240度には、驚きと同時に納得もしたし、アキもやはりという気持ちが先んじたけど、まさかまさかのアキラの柔らかさに唖然とした。
「やっぱ、筋肉がないからだよな」
「もうっ、失敬ですよ!」
筋肉云々はともかくも、アキラの柔軟さには意外性がありすぎる。
「運動神経と柔軟性に関連性を見出せない、画期的な例だよねー」
肯定しかけた僕の面前で、アキラの両頬がそれはもう見事に膨れ上がり、アーちゃんの皿からは魚が消えていた。
「あ、ちょっと!」
「あなたはお酢でも飲んでいなさい!」
「なのよ、なの、のむのよ」
走るようにしてキッチンに向かうアキを、アーちゃんが慌てて追いかける。
狭いキッチン内では、捕まえようとするアーちゃんと、それをかわすアキがいて、これでは、アッキーの怒りの号令が上がるのも時間の問題だろう。
アキラはそんな喧騒などどこ吹く風で、魚の身を丁寧に解している。
これはこれでとても平和な日常に、微笑みながら僕も箸を手にした。
本日の夕飯は焼き魚に煮物という、いたってシンプルな和食だ。
キッチンで作り上げたものを、順次盆に載せ運ぶんだけど、5人分(実質7人分)もあるとこれが結構な手間になる。
主にアキが手伝ってくれるんだけど、
「あう」
盆から転がり落ちたお箸を、たまたま立っていたアーちゃんが拾い上げた。
そのまま台所へと持っていく姿を見ながら、ふと思う。
「アーちゃん、意外と体が柔らかいんだね」
「意外ってどういう意味よ」
「えっと、なんとなく…」
箸を拾うとき、まったく膝を曲げなかったアーちゃんが、なんとなく気になってしまっただけのこと。
僕だったら、絶対に曲げている、というよりも、屈んでいたと断言できる。
「昔は、とても硬かったのですよ」
昔って、今よりも確実に若いというか、子供時代ってことだよね。
そんなときに硬いってのも問題ありそうだけど……。
「へぇ、そうなんだ。ストレッチでもしたの?」
「お酢飲んだからねー」
「ええっ、そ、それって本当のことだったんだ!?」
お酢を飲めば体が柔らかくなるという説なら、何度か耳にしたことがある。
まさか真実だとは、思わなかった。
「あうう、アーちゃん、わるいの、いうの、いやなのよ」
アキの責めるような発言に、アーちゃんが肩を竦めた。
「え、う、嘘なの…?」
「お酢で魚の骨が柔らかくなることから、そう思われていたようですが、実際に体が柔らかくなったというデータはありませんよ」
ぷぷぷと笑いながら教えてくれたのは、アキラ。
アッキーは、呆れた顔で僕を見ている。
そして、アーちゃんは、にやにやと……、
「もうっ、からかわないでよっ」
「なのよ、わるいのよ、アーちゃん、いやなのよ」
「はいはい、ごめんなさいね、っと」
適当な謝罪を口にしながら、アーちゃんは定位置――アキラの隣りに腰を下ろした。
そして、運ばれてきた箸や茶碗を、どんどんと卓上へと並べてゆく。
アキラもそれを手伝いながら、
「中学一年の夏休みまでは、硬くてどうしようもなかったのですよ。それはもう、この年でと不安になるほどに」
と、親切にも教えてくれた。
「ほっとけ」
「ふーん、それで不安になって柔軟に励んだの?」
「ふふ、この方が、自分を律するはずがございませんでしょう」
「うっせ」
「それもそうだね。それで、どうして柔らかくなったの?」
僕の素朴な疑問に、アーちゃんはアッキーを指差し不機嫌に答えてくれた。
「こいつと、アキのふたり係りでやられたのっ」
「アキが背中に乗り、アッキーがアーちゃんの太股を、こう……」
突如アキラが、アーちゃんの両太股に足裏を押し付けた。
そのまま力を込めれば、自然とアーちゃんの両足が開脚するという寸法だ。
「あ、もしかして、股割り?」
「正解です。アッキーのお陰で、初回から150度ほど開いたのですよ」
「下手したら、靭帯逝っちゃうからね!!」
「そのような下手を、アッキーが打つわけございませんでしょう」
な、なんて乱暴な股割りなんだろう……。
「もみもみ、したのよ、ないの、いいのよ」
マ、マッサージしたからって、平気なものなんだろうか……。
いやいや、アッキーのしたことだし、たぶんきっと大丈夫だったんだろう。僕は絶対に遠慮するけどね。
「そ、そっか、良かったねアーちゃん……」
「そうまでして覚えた体術も、あまり身につきませんでしたけどね」
「うっせ、俺は道具使うほうが向いてるのっ」
「もしかして、合気道とか教わるために?」
アッキーの所に居るひとたちは、全員が全員武術に長けてるようなものだ。
アキも合気道を教わっていたことだし、僕も勧められた。
今思えば、丁重にお断りしたのは、正解だったのかもしれない。
「そ、空手? 拳法? ま、そういう類のことを教わったんだけどね」
「才能がない」
まさに切り捨てるようなアッキーの言葉も、珍しいことにアーちゃんからの反論はなかった。
ただ憮然とした表情ではあるけども。
「その代わりといってはなんですが、弓術と剣術に関しては、見事な腕前ですよ」
「ええええっ、ア、アーちゃんが、弓!? 剣道とかしちゃうってこと!?」
なんか、間違ってる気がする。というか、似合わない。
「いや、真け……ま、どうでもいいじゃん」
しんけ? まさか、真剣?
はは、まさかね。
アーちゃんが……茶髪で、軽くて、お調子ものでいい加減なあのアーちゃんが、侍のように刀を振り回すとか、とっても理不尽なものを感じちゃうのは、僕だけなんだろうか。
「そ、そうだよね。うん、あんまり聞かない。というか、聞きたくない」
「はぁ、どういう意味よ」
「格好いいアーちゃんとか、きっと許されないことなんだよ……」
「ちょっと何言ってるか、分かんないんだけど」
変に動揺する僕を、アーちゃんが胡乱な目付きで見詰めてくる。
その視線を遮るように、大きく頭を振りながら話題を元へと戻した。
「うん、いい、気にしないでっ、アッキーは、体柔らかそうだよね。アキも。アキラは……」
「むむ、確かにアッキーはとても柔らかいですよ。余裕で240度の開脚ができますからね。アキも柔らかい方だと思います」
「あい、なの」
「ですが、僕も、とても柔らかいと思いますよ。前屈程度なら、ほら」
急に両足を前に伸ばしたかと思うと、アキラがそのまま前屈をして見せた。
宣言通り、膝は一切曲がらずに、額は両膝にピッタリと引っ付いている。
情けないことに、僕にはできないことだ。
アッキーの240度には、驚きと同時に納得もしたし、アキもやはりという気持ちが先んじたけど、まさかまさかのアキラの柔らかさに唖然とした。
「やっぱ、筋肉がないからだよな」
「もうっ、失敬ですよ!」
筋肉云々はともかくも、アキラの柔軟さには意外性がありすぎる。
「運動神経と柔軟性に関連性を見出せない、画期的な例だよねー」
肯定しかけた僕の面前で、アキラの両頬がそれはもう見事に膨れ上がり、アーちゃんの皿からは魚が消えていた。
「あ、ちょっと!」
「あなたはお酢でも飲んでいなさい!」
「なのよ、なの、のむのよ」
走るようにしてキッチンに向かうアキを、アーちゃんが慌てて追いかける。
狭いキッチン内では、捕まえようとするアーちゃんと、それをかわすアキがいて、これでは、アッキーの怒りの号令が上がるのも時間の問題だろう。
アキラはそんな喧騒などどこ吹く風で、魚の身を丁寧に解している。
これはこれでとても平和な日常に、微笑みながら僕も箸を手にした。