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単発もの

[変愛教室]


男が男を好きになることに、この学園はとても寛容だ。
いや、推奨されていると言っても過言じゃない。
全寮制の中高一貫で、一応大学も付いてはいるものの、そちらに進むよりも有名私大や国立を目指す者が多数を占めるこの学園は、たまに授業に付いていけないことはあっても、僕にとってはそれはそれは居心地のいい所だった。

そんな僕は、中等部でも高等部でも、一条先輩の親衛隊に入っている。
けれど、一条先輩とどうこうだなんて、皆みたいな大それた夢は持っていない。
ただ、スクリーンの向こう側の俳優に憧れるような気持ちで入隊しただけだ。

この学園の有名人なんて、まさにそんなレベルの人物たちだと思わない?
桁外れに美しすぎて、現実感がまったく伴わない。
だけど、やはり綺麗なものには憧れるし、できるだけ近い場所で観賞もしたい、だから入隊を決めたわけで、あくまで一条静という遙か遠くにいる存在を目で楽しみたいというだけのこと。
本気の恋愛なんていうのは、現実世界でのみ望むものだ。

「あれ? 台帳ねーじゃん」

カウンターで、彼が不満気に呟いた。
貸出台帳を出し忘れていたせいだ。

図書室の本の貸出は、基本的にはセルフサービスで、生徒のカードとパソコンで管理されている。
これのおかげで当番の仕事はかなり楽で、戻ってきた本を整理するだけで済むんだ。
だけど、すべての本でそれが可能なわけじゃない。
そもそも古い本には管理するためのバーコードが付いていないし、滅多に読まれない類の本たちは、登録が後回しになっているため、機械とは別に貸出用の台帳がカウンターには準備されている。

なのに、カウンターの上にそれが見当たらなかった。
カウンター内に座っていた僕は、大慌てで台帳を探し、謝罪の言葉と共に彼に差し出した。

「サンキュ、つか、忘れんなって話なんだけどね」

皮肉っぽい笑みでさり気なくこちらを非難する言葉を口にした彼に、またもや謝罪しておいた。
彼が本気で腹を立てていないことを、僕はちゃんと知っているもの。

「えーっと、2-S、た、か、は、し、あ、き、ら、と、毎回メンドーなのよねー」

クラスと名前、そして借りる本の名を記帳しなければならない台帳を、彼は頻繁に利用している。
彼の借りる本はそうそう誰も読まないから、仕方がない。

「貸出期間は、1週間で、」

「わーってるって」

月に二度ほど利用しているのだから、それくらい知っていて当然なんだろうけども、僕は毎回必ず説明する。
少しでも会話できる機会を、逃してなるものか。

彼が記帳している姿を眺めながらも、図書委員としての仕事はちゃんとこなした。
貸し出す本の背表紙にある袋から、カードを抜き出してのアナログな作業。

記帳しおわると、彼は本を手にすぐに別の棚を目指した。
別れの挨拶がないことを寂しく思いながらも、その背を見送る。

中等部の終わり頃から一気に成長したのが、よく分かる背中だ。
身長はどんどん伸びて、肩幅もがっしりとしてきた。
もう少年ぽさなんて感じない体躯は、きっとまだまだ大きくなることだろう。

足の長さに比例してか、その一歩がかなり大きい彼が、早々に目的の棚、新刊コーナーに到着した。
そして、誰かに話しかける。
誰かじゃない、また、あいつだ。

本を手に取ったかと思うと適当にめくっては戻し、別の本にまた同様のことをしては戻すを繰り返す、地味な男。
読む気がなければ来なければいいのに、いつも彼に付いて来る。
同じクラスで中等部の頃は同室だったから、仲が良いのは仕方ないけど、だからといって興味のない場所にまで付いて来ることないのに。

彼が地味な男に話し続けていると、急に地味な男がプクリと頬を膨らませた。

きっと、待たせたことを怒っているんだ。
付いて来る方が悪いのに、優しい彼はきっと謝ってしまうんだろうな。
案の定、彼は少し困った表情で、地味な男になにかを言っていた。

気の毒だとは思うけど、そんな顔もやっぱり格好いい。

会長様や会計様のような、非現実的な格好よさじゃない。
彼のそれは、大地に根を下ろしたような確実な現実感があるものだ。
つまり、世間一般でいうところの、カッコいいの範疇。

この学園ではどうしても埋没してしまうけれど、一歩表に出てしまえば、きっともてることだろう。
かくいう僕だって、ここ以外の場所では、相当に可愛いといわれるレベルだ。
だからね、僕も、現実的な可愛いさなんだと思うんだ。

夢のように美しい住人たちを眺めているのは好きだけど、そこに愛情というものは伴わない。
本当の意味で愛すべき対象というのは、僕の住む現実世界にこそ存在しているものなのだ。

彼と地味男のやり取りを遠く眺めていると、他の委員に名を呼ばれた。
奥の書庫で、戻ってきた本のチェックをしなければならないのだ。
もっと彼を見ていたいのに、ひじょうに残念だ。

だけど、どうやら向こうも帰るつもりらしい。
機嫌の直ったらしき地味男と彼が、並んで出口に向かい始めた。
いつも広い歩幅も、地味男と並ぶと途端に狭くなってしまう。
彼の優しさゆえの行動。

単なる友人にもそんな心遣いができるなんて、彼の恋人になればそれはもう大切に甘やかしてくれそうだと、そんな未来に胸を躍らせながら、カウンターから立ち上がった。
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