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アーちゃん■MMO日記

[アーちゃん■MMO日記14]


寮生活の朝は早…くはないかもしれないが、俺にとっては、かなりの早起きを強いられるのは確かだ。
一応は高校生やってるわけだし、ちゃんと起きて登校し、真面目に授業を受けるのが正しい。
うん、正しい。正しいんだけど……。

「そろそろ、お目覚めになってください」

枕を抱きかかえるようにして突っ伏したままでいると、肩を緩く揺すられた。

「ぁと、ご、ふ……」

ん、まで言い切ることは断念し、もぞもぞとシーツの中に逃げ込む。
平日恒例の、朝の行事。
5分後、迫力のない怒声で起きろと喚かれ、背中に飛び乗られ、その重みに降参すればそこで起床完了だ。
いつも通りの、平日の朝……平日の、朝?

「5分経ちましたよ。いい加減起きてください」

再び優しく声をかけられた。ついでに、シーツの上から撫でるようにして、軽く背中を叩いてきもした。
あれ、怒声じゃなくね? つか、起こし方が、やけに穏やかすぎね?
そんな疑問が湧きはするものの、いつも以上にダルさの残る体に、起きるなんて選択肢は浮かんでこない。

肌に接するシーツの温もった箇所を無意識に避け、冷たい場所を探しながら妙な違和感に襲われた。
あれ、パジャマ着てなくね? つうか……今日、日曜じゃね!?

掛かるシーツを跳ね飛ばし、勢い良く起き上がれば、目の前には、

「ああ、ようやくお目覚めですね。おはようございます、昭様」

「……ぉ、はよぅ…」

にっこりと微笑む相手に、一瞬ドキリとした。
ああ、そうだ、ここ、寮じゃなかったんだ。

起き抜けにポカリを勧められたから、黙ってそれを受け取った。
キャップを開けて最初の一口を飲み下し、ようやく昨夜のことが思い出される。

「何時?」

「8時です」

「7時半に起こせって言わなかったっけ?」

「起こしましたよ! 何度も何度もっ」

「ちょっ、」

温和な態度で起こしてくれた相手が、急に目尻を吊り上げたかと思うと、手に持っていた何かを投げつけてきた。
もろに顔に当たってから、シーツの上にパラリと落ちる。
青いチェックには見覚えが……DIESELのボクサーパンツは、昨日俺が穿いてたものですよね!
投げるか、普通!?

「んだよ、俺の寝起きが悪いのなんか、今に始まったことじゃねーだろ」

「それでも悪すぎです。そろそろ、ひとりで起きられるようになられたほうが、よろしいかと」

「おまえは、オカンか」

「代理も、そうおっしゃっておいででした」

「はいはい、さいですか」

「昭様は、ご自身のことに関して、適当すぎです」

んなことは今に始まったことじゃねーと心の中でぼやき、ダルい体に鞭打ちながらベッドから足を下ろす。
絡まるシーツを横にどかせば、案の定、その下は素っ裸だ。
昨夜は、そのまま寝ちまったらしい。

「はぁぁ、やっべ、だる、シャワー浴びてくる」

裸のままでバスルームを目指せば、既に慣れきっている相手は目を逸らすこともなく頷いた。
お互いの黒子の位置まで知ってんだし、今更恥ずかしがるような仲じゃない。

まずは冷たいシャワーを頭から浴びれば、ようやくスッキリとしだした。
元から朝は苦手な性質だが、今日は余計に辛く感じる。
そりゃそうだ、昨夜の酒量はかなりのもんだったからな。
アッキーほどではないが、そうそう酒に酔わない体質のお陰で、二日酔いもなければ頭痛もない。
しかしながら、体が重く感じるのだけは、どうしようもなかった。

あ? 状況がまったくわかんねーって?
そりゃそうだろね。はは、許せ許せ、なんつってもこっちは寝起きなんだからさ。
つーかさ、状況説明なんて必要か?
ここは寮じゃねーし、今日は休日、ほんで目覚めた俺はマッパとくれば、なんとなくピーンとこない?

そそ、つまりはそういうこと。
アキラさんが土曜の夕方から東峰さんとこにご宿泊中だから、俺はここぞとばかりに外泊届けを出さずに寮外で一泊つうわけよ。

へ? 俺と会話してたやつはダレかって?
それってさ、説明いる? BLに女なんて必要なくね?
そ、アレ、女。
ま、詳細は後にするとして、まずはシャワーくらいゆっくりと浴びさせてくれ。

寮と違ってホテルの浴室ってのは狭い。
が、かなりのランクに位置する高級ホテルなだけに、外国客にも対応できるようにとそれなりの広さは確保されているのが分かる。
駄菓子菓子だ、浴室だけとってみれば、ラブホのほうが使い勝手はいい、ってのが本音だったりもする。
するが、備え付けのアメニティセットは格段に勝るうえ、ペラペラゴワゴワ感なんてゼロの清潔感溢れるバスローブを考えたら、やはり高級なとこは違うな、なんて得心もしちまう。
やっぱヤルだけ目的のホテルより、こういうとこの方が遙かに格上だ、なんて当たり前のことを考えながら、せっかくのソープ類は使わずにたっぷりのお湯だけを使ってバスルームを出た。

酒の抜けた状態で室内に戻ると、アルコールの匂いに迎えられ、多少げんなりとした。
大量のビールとチュウハイを買い込み、それら全部を開けきって、あまつさえホテルのボトルにも手をつけたってんだから、いったい俺はどれ程飲んじまったんだろう。
だが室内には空き缶の類は散らばっておらず、よく見ると潰された缶がまとめられているビニール袋を発見した。
どうやら俺が寝ている間に、片付けておいたらしい。
できる女は、違いますね。

「車を出してもらいますね」

俺が出てくるのを待っていた相手が、内線片手に声をかけてきた。
すかさず歩み寄って、電話のフックを指で押す。
こちらを不思議そうに見上げるのを無視し、まったくヘタレ感のないソファに腰を下ろして、濡れた頭をガシガシと拭いた。

「早々に戻られるご予定では?」

「あー、別にいいや」

できるだけ早く寮に戻るつもりで、朝の7時半なんて無茶な起床を頼んだけど、どうでもいいといえばどうでもいいことなんだよな。
早く帰ったからって用事があるわけじゃなし、アキラの戻りを待つだけとあっては、なんで早起きなんてしたのか今更ながらに謎だ。
滅多とない泊まりだったせいかな。

「寮まで、1時間以上はかかりますよ」

「んー、夕方までに戻れればいいし」

俺の気が変わるなんてよくある話で、それに慣れている相手は特に何を言うでもなく、ただ軽く苦笑だけしてドライヤーを差し出してきた。
受け取ったドライヤーで、鏡も見ずに適当に乾かしていると、昨夜脱ぎ散らかしたままにしていた服が、キチンと畳まれた状態でベッド上に用意されているのに気が付いた。
いつもながら、感心する。
自然とそういう気配りができるってことは、普段の仕事振りもさぞかしソツがないんだろうな。

「そういえば、おめー、仕事は?」

「あら、私の都合を気に掛けてくださるなんて、お珍しいこと」

「うっせ…ひょっとして、夜勤?」

夜勤が入ってるって日に、無理矢理呼び出したのは、先週のことだ。

「いいえ、今日は一日フリーです。明日からは、日勤夜勤の怒涛の勤務ですけど」

「あっそ」

こいつの仕事は、看護師だ。
アッくんと明石が入院してた、例の病院のね。
ま、だいたい想像ついてるだろうけど、こいつは俺の身内みたいなもんなのよ。
直接の血の繋がりがあるわけじゃないが、血族には違いない。
だからふたりきりのときは、敬称をつけて俺のことを呼びやがる。

名は、栞(しおり)。
中二のときに知り合って、いわゆるセフレってのになったのは、俺が中三のときだった。
……そうだよ! 俺のDTは、こいつに捧げたの!
既にそのときには看護師としてバリバリ働いてたから、結構な年上のはずだ。けど、何歳だかは知らね。
女性に年齢を聞くのは失礼にあたるって言うし、興味もないしね。
とりあえず、かなりの童顔には違いない。

俺が髪を乾かしてる間、栞は特に何をするでもなく、ベッドの端に座っていた。
とっくに身支度なんて終わっていて、どうしようもなく地味な顔には、薄い化粧が施されている。
女性としては当然の装いも、どうもこいつには似合わない。
何度も止めろと言いはしたけど、女のたしなみだとかで、そこは絶対に譲ろうとしない。

ようやく乾いた髪を適当に手櫛で整えれば、栞が俺の服を差し出してきた。
それを受け取って、まずは先ほど投げつけられたパンツに足を通す。続いてシャツ、ズボンと身に着けた。
初めの頃は手伝おうとしていた栞も、俺がそういうのに慣れていないと気付いてから、手を出してはこない。

「なぁなぁ、朝食ついてなかったっけ?」

「ついてますよ」

「んじゃ、このポカリ飲んだら、飯な」

「承知いたしました」

以前アッくんに目撃されてからは、横着などせず地元から離れたホテルを使用するようにしている。
当然いつもはラブホなわけだが、今日に限っては違った。
栞がネットの抽選で当てたという、高級ホテルのご宿泊券のおかげだ。
ツインかダブルにペアご招待、ついでに朝食付きとくれば、それを利用しない手はないよな。
迷わずダブルを選び、久しぶりの泊まりがけでのセックス、だがどうにも不完全燃焼の気分だった。
それもそのはず、多量の酒のせいで、多分二回くらいしかしてないんだもんな。
若い俺には物足りないの!
だからといって、どこぞの獣とは違い、朝からそんなことをいたしたりはしない。
ここはホテルの朝食ってやつを楽しむのが、健全だな。

最初に貰ったポカリは、少しばかり温くなっていたが、それでも乾いた喉にはありがたかった。
ゆっくりと飲んでいる間、栞は大人しくベッドに佇んだまま。
出会ってからは3年、こんな関係になってからなら2年、会話がないと息が詰まるなんてのは、とっくに過ぎ去ってしまった。
傍にいても苦にならない相手ってのは、楽でいい。

ポカリも残すところ数口というところで、栞が急にバッグを引き寄せ、中から携帯を取り出した。
暫く画面を目で追って、すぐに詰まらなそうにバッグの中へと投げ戻す。

「なに? 呼び出し?」

職場から、緊急の呼び出しでもあったのかな?

「いいえ、友人からの合コンの誘いです」

「こんな時間にかよ」

「ちょうど夜勤明けの時間です。申し送りが終わって、すぐにメールしてきたんでしょうね」

病院で働いてる人間は、全員が全員俺たちの関係者というわけではなく、むしろ一般人のほうが多いくらいだ。
そんな職場で普通の看護師として働いている栞には、同じ看護師の友人が大勢いる。
そして看護師たちの楽しみといえば、言わずと知れた合コンだ。

「ふーん、行くの?」

会話の流れ的に、ここは訊くのが礼儀ってもんでしょ。

「行きませんよ」

「なんで?」

「どうせ、引き立て役ですから」

淡く口紅のひかれた唇を尖らせて俯く様が、とても幼く見えた。

そんな仕草も、とても、似ている……。

世が世なら、アキラの影武者の任を与えているところだな。
そんな思考に、やはり自分は継埜の当主なのだと、強く実感した。

「悪ぃ、否定できねーわ」

言い終わる前に、既に準備されていた枕に急襲された。
柔らかいそれを笑って受け止めれば、もうひとつ飛んできた。
そちらも難なく受け止めておく。

「どうせ私は地味でガリで、モテ期? なにそれ美味しいの? ってやつですけどね、そんな女を抱いてる貴方様にだけは、言われたくありませんっ」

「んだよっ、地味はどうしようもねーけど、ちっぱいはステータスじゃん」

「お黙りくださいっ」

慰めたつもりが、般若のような顔で凄まれただけだった。

恐ろしいことに、化粧ってやつは、整形したのかと思わせるほどに変わることが可能だ。
そのお陰で読モレベルの女なら、掃いて捨てるほど闊歩しているが、そんな奴らも素顔は栞と大差なかったりする。
だから栞も、そういう風にしようと思えばできるんだ。
現に一度、そういう出で立ちで現れたことがある。
アイプチと過剰なラインに付け睫毛、確かに華やいだ印象にはなっていたが、すぐに洗い落としてやった。
ついでに、パット入りブラは詐欺に匹敵すると説教もしてやった。

俺もね、美人でグラマーな女性は大好きよ、つか、大好物です。
でもね、人には向き不向きがあると思うんだよね。
つまり、こいつにはそういうのはまったく似合わないってわけ。
本人もどこかで納得しているのか、それ以来はしてこなくなったが、貧乳と呼ぶのもド厚かましい胸も、美人からは果てしなく遠い位置にある顔立ちも、コンプレックスであることに変わりはないんだろう。
俺にとっては、どうでもいいことなんだけどね。

「合コンで男の物色なんてのも、おめーには縁が無いんだし、ここは大人しく見合いでもしたら?」

「それは、嫌です」

「なんでよ? 成久(なりひさ)が大量に持ってきてんでしょ」

成久ってのは、栞の親父の名前。
年頃の娘に男の気配がまったく無いことで、自分の娘はそれほどにもてないのか、と日々嘆いているらしい。

「父の薦める男性は、できたお方ばかりですもの。私…ダメンズがいいんです。それも、どうしようもなく駄目駄目なのが」

「うわー、趣味わるー」

「そうですね、昭様とこうしているくらいですから」

「ん……?」

般若から一点、どことなく皮肉っぽい笑みを浮かべる栞に、首を傾げる。

「俺がダメンズだとでも言いたいのかよっ」

「いやですわ、それだと私が惚れてるみたいじゃありませんか。冗談でもよしてください」

「うわ、なんかムカつく」

栞は、口元に手を当てて笑っていた。

「父には申し訳ないですが、ダメンズ好きの私に、まともな結婚なんて無理なようです。子は欲しいとは思いますが」

「んじゃ、産めば?」

実際に子を作ろうが作るまいがどうでもいい話で、単なる世間話の一環で言ったまでのこと。
だが栞は、やけに神妙な顔つきで、こちらを見詰めていた。

「そうですね、ピルを止めれば済む話ですね」

「は?」

栞とのセックスに、ゴムなんてもんは使用してない。
最初の頃は使ってたけど、いつからかこいつがピルを常用しだしたからだ。
他との性交渉はないと言うし、俺自身も栞以外とはゴム着用ってなわけで、病気の心配はしていない。

「もし、ピルは飲んでいません、と言ったら、どうします?」

さもおかしなことを思いついたといわんばかりの目に、少し怯んだ。
内容がどうのじゃない、その目付きにしてやられたんだ。
やはり、表の人間とは違うのだと、こういうときに思い知らされる。

「どうって……別にどうもしねーけど」

「あら、意外」

「孕みたきゃ、勝手に孕めばいいじゃん。養育費が欲しいんなら、いくらでも払ってやるよ。但し、俺んとこには持ってくんなよ」

「最低な御方」

「はは、最高の褒め言葉じゃん」

「ホントに最低です。まかり間違って出来たとしても、貴方様には決してお知らせはいたしません」

「あら、残念」


なぜだか人気のあるアーちゃん。
実は結構な最低男というのに気付いてもらうために、書きました。
こんな奴なんですよーーーー!
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