平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此5-完]
「まだ食うのかよっ、まんまあんたじゃんか」
「なっ、は、発育期にある猫は、とても大食なのです。このコだけがおかしいのではございません」
「んにゃ、他の猫は満足してるでしょ。こいつだけが異常」
「きぃぃぃぃぃぃ」
二人は放っておいて、残り僅かとなってきたおかずを『あきにゃ』へと差し出すため、僕はお箸と重箱を手に立ち上がった。
その直後、茶トラが身構えたように感じたのは、気のせいではないだろう。
この猫って、もしかしたら……。
「大丈夫。そのコに何もしないよ」
そう茶トラに囁きかけながら、次々におかずを移動させていく。
その間、行儀良く座って待つ『あきにゃ』に、育ちの良さが窺えた。そして、傍で見守り続ける茶トラから、彼との共通点を見出してしまった。
この茶トラは、『あーにゃん』とでも名付けるべきかな。
一番最初に食べ始め、最後まで食べ続けていた『あきにゃ』がようやっと満足してくれた頃、他の三匹の子猫たちはそれぞれ好きなことをして過ごしていた。
『にゃっきー』は僕たちから一番離れた場所で、尚且つ全体が見渡せる所を選んで丸くなっている。
きっと、何かあったらすぐにこちらへと向かってくるんだろうな。
『にゃき』はアキラやアキを相手に、遊び呆けているところだ。
やっぱり、とても元気でやんちゃな子猫だったね。
『にゃっくん』は『にゃき』の傍にうずくまりながら、時に暴れすぎた『にゃき』を止めたりなんかしていた。
なんだか、身につまされるなぁ。
そして、『あきにゃ』
食事を終えた猫は、グルーミングを始めるものだと思っていた。
だって、『あきにゃ』の口元も髭も、とっても汚れているんだもの。
どのコよりも上品に食べてはいたけど、汚れてしまうのは仕方のないことで、だから余計にグルーミングを心待ちにしていたんだ。
だけど『あきにゃ』は僕の期待に応えてくれることはなく、特に何をするでもなくその場に佇んでいるだけだった。
あの美しい毛並みを整える姿はさぞ愛らしいだろうに、なかなか始めてくれないのがちょっと残念だ。
少しだけ気落ちして、それでもいつ始めるかとワクワクしていたとき、茶トラが『あきにゃ』の首元を銜え、その小さな体を持ち上げた。
「あれ…」
抵抗なんて欠片も見せず、逆に4本の足をこじんまりと纏めた『あきにゃ』が、さも当たり前のように茶トラに運ばれていく。
そして木陰の涼しげな場所に到着するとソッと降ろされ、あろうことか茶トラがその口元を舐めはじめた。
こういうのを呆気に取られるというんだろうか。
気持ち良さそうに目を閉じる『あきにゃ』に、せっせとグルーミングをする茶トラ。
このグルーミングは自分に対し行ってるものじゃなく、アーちゃんがみすぼらしいだなんて形容した黒猫に対し行われているものなのだ。
『あきにゃ』は完全に茶トラ任せで、かといって茶トラにグルーミングしてあげるわけでもなく、とうとう地面に転がってしまった。
それでも舐めることを止めない茶トラは、背中も尻尾も綺麗に舐め上げ、それでも何度も何度も舐め続け、しまいには前足で『あきにゃ』を仰向けに転がし、そのお腹までもを舐めていた。
完璧な降参ポーズとなった黒猫は、茶トラにすべてを委ね……寝ている。
これって、相手をかなり信頼してるってことなのかな?
それにしても、この茶トラ任せな感じは、まんまアキラのようではないか。
全身を綺麗にしていく茶トラも嫌そうな素振がなく、まさしくアーちゃんのようだった。
本当に、不思議な子猫たちだなぁ。
「にゃごにゃご、なのよ」
「おや、グループ結成ですか」
『にゃき』との遊びに夢中になりながらも、アキはこの子猫たちのグループ名を考えていたようだ。
にゃごにゃご会とはとても可愛い名称だけど、果たして彼らは気に入ってくれるだろうか。
一通り舐め終わると、茶トラがようやく自分のグルーミングを始めた。
眠り続ける『あきにゃ』の毛並みは輝くほどの艶を放っていて、普段から茶トラが整えているのだと容易に察することができた。
『あきにゃ』は、そういうことにはとことん無関心なのかもしれない。
「そろそろ戻ろっか」
アーちゃんがそう声を掛けたとき、遠くから猫の鳴き声が響いた。
誰かを呼ぶような少し大人っぽいそれに、『あきにゃ』が目を覚ます。
地面に伏せていた『にゃっくん』も、むくりと起き上がった。
「友達かな?」
「そうなんじゃねーの」
「もう、何も残っていませんね」
「あう、なのよ」
「必要なさそうだ」
アッキーの言うとおり、新たな猫がこちらへとやって来ることはなく、ただ『あきにゃ』が脇目もふらずに森の中へと消えていくだけだった。
『にゃっきー』の素早さを見たせいか、その走りはとても遅く感じたけど、途中で躓く姿を見てしまい、いっそ複雑な気分になった。
そして『にゃっくん』も、僕たちの方を何度も振り向きながら、それでも急ぎ足で消えていく。
もしかしたら、この二匹の恋人が迎えに来たのかもしれない。
「おや、行くのは二匹だけですか」
「恋人でも来たんじゃねーの」
アーちゃんは、僕と同じことを考えていたようだ。
「あなたの言うみすぼらしい子猫にも、ちゃんと恋人がいるんですねぇ」
「あんたでもいるくらいだしね」
「きぃぃぃぃ、どういう意味ですか!?」
この二人は相変わらずだ。
もちろん相手になんかせず、置いていかれた茶トラの様子を窺ってみた。
彼は黒猫が消えた場所を、見詰めていた。
まんじりともせず背を伸ばし、もう何も無い空間に、ただただ視線を注ぐだけ。
こちらからは、彼の後姿しか確認できない。
その表情を垣間見たいと思いはしたけど、きっと何も悟らせはしないのだろう……って、猫相手に、僕は何を考えてるだよ!
あまりにも不思議な子猫たちと出会ったせいか、どうも変な想像に捕らわれてしまったみたいだ。
二匹が消えて暫くした後、丸くなっていた『にゃっきー』が、長い尻尾をピシリと地面に叩きつけた。
その音に、『にゃき』が慌てて駆け寄っていく。
そして『にゃっきー』が立ち上がり、一度だけ僕たちの方を向いた。
そこに、背筋が凍えそうな恐ろしさはない。
そのまま茶トラと合流した『にゃっきー』たちが、三匹並んで消えて行くのを見送った。
『にゃき』は何度も振り返り、たまにぴょんぴょん飛び跳ねては『にゃっきー』の尻尾に小突かれていたのが、とても微笑ましかった。
茶トラは、一度もこちらを見ようとはしなかったけど。
「んじゃ、帰りますか」
「そうですね、さすがに食べ足りませんし」
「はぁぁぁ!? ちょっとー、冗談は顔だけにしてくれるー」
「それは、どういう意味なのですか!?」
重箱とレジャーシートを片付けると、そこはなんの変哲も無い剥き出しの地面だ。
食べ残しのひとつもない場所に、今更ながらに『あきにゃ』のすさまじさを思い知りながら、どこか彼らの存在があやふやになっていく自分に驚かされた。
彼らが、確かに存在していたという証は、何も残ってはいないのだ。
ただ僕の記憶にあるというだけ。
なんて不明瞭で、心許ないものなのだろう。
アキラのような能力があれば、こんな気分に陥ることはないんだろうか。
いや、それでもやはり、真実だと言い切れる確証は、どこにもないのかもしれない。
視たものすべてが現実だと、幻しではなかったのだと、いったい何が、誰が証明してくれるというのだろう。
「アッくん、行くよー」
「あ、うん」
陽は長いはずなのに、山の上に位置するせいで、どうしても日没が早い。
部屋に戻ったら、既に空腹を訴えているアキラのために、軽食を用意することにしよう。
おやつを取られたアキのためにもね。
「また、あのコたちに会えるかな」
「食い物持ってったら、喜んで出てくんじゃねーの」
「そっか、そうかもね」
確かな証など、どこにもありはしないのだ。
それはここに存在するすべてのものに、言えること。
だったら、君たちにも当て嵌まるんだろうか。
僕の前にある日常。
君たちと出会えた奇跡、それらすべてが幻しではないのだと、証明する術のない世界もそう悪くはないのかもしれない。
猫ドットジェネレータで作成しましたw
「まだ食うのかよっ、まんまあんたじゃんか」
「なっ、は、発育期にある猫は、とても大食なのです。このコだけがおかしいのではございません」
「んにゃ、他の猫は満足してるでしょ。こいつだけが異常」
「きぃぃぃぃぃぃ」
二人は放っておいて、残り僅かとなってきたおかずを『あきにゃ』へと差し出すため、僕はお箸と重箱を手に立ち上がった。
その直後、茶トラが身構えたように感じたのは、気のせいではないだろう。
この猫って、もしかしたら……。
「大丈夫。そのコに何もしないよ」
そう茶トラに囁きかけながら、次々におかずを移動させていく。
その間、行儀良く座って待つ『あきにゃ』に、育ちの良さが窺えた。そして、傍で見守り続ける茶トラから、彼との共通点を見出してしまった。
この茶トラは、『あーにゃん』とでも名付けるべきかな。
一番最初に食べ始め、最後まで食べ続けていた『あきにゃ』がようやっと満足してくれた頃、他の三匹の子猫たちはそれぞれ好きなことをして過ごしていた。
『にゃっきー』は僕たちから一番離れた場所で、尚且つ全体が見渡せる所を選んで丸くなっている。
きっと、何かあったらすぐにこちらへと向かってくるんだろうな。
『にゃき』はアキラやアキを相手に、遊び呆けているところだ。
やっぱり、とても元気でやんちゃな子猫だったね。
『にゃっくん』は『にゃき』の傍にうずくまりながら、時に暴れすぎた『にゃき』を止めたりなんかしていた。
なんだか、身につまされるなぁ。
そして、『あきにゃ』
食事を終えた猫は、グルーミングを始めるものだと思っていた。
だって、『あきにゃ』の口元も髭も、とっても汚れているんだもの。
どのコよりも上品に食べてはいたけど、汚れてしまうのは仕方のないことで、だから余計にグルーミングを心待ちにしていたんだ。
だけど『あきにゃ』は僕の期待に応えてくれることはなく、特に何をするでもなくその場に佇んでいるだけだった。
あの美しい毛並みを整える姿はさぞ愛らしいだろうに、なかなか始めてくれないのがちょっと残念だ。
少しだけ気落ちして、それでもいつ始めるかとワクワクしていたとき、茶トラが『あきにゃ』の首元を銜え、その小さな体を持ち上げた。
「あれ…」
抵抗なんて欠片も見せず、逆に4本の足をこじんまりと纏めた『あきにゃ』が、さも当たり前のように茶トラに運ばれていく。
そして木陰の涼しげな場所に到着するとソッと降ろされ、あろうことか茶トラがその口元を舐めはじめた。
こういうのを呆気に取られるというんだろうか。
気持ち良さそうに目を閉じる『あきにゃ』に、せっせとグルーミングをする茶トラ。
このグルーミングは自分に対し行ってるものじゃなく、アーちゃんがみすぼらしいだなんて形容した黒猫に対し行われているものなのだ。
『あきにゃ』は完全に茶トラ任せで、かといって茶トラにグルーミングしてあげるわけでもなく、とうとう地面に転がってしまった。
それでも舐めることを止めない茶トラは、背中も尻尾も綺麗に舐め上げ、それでも何度も何度も舐め続け、しまいには前足で『あきにゃ』を仰向けに転がし、そのお腹までもを舐めていた。
完璧な降参ポーズとなった黒猫は、茶トラにすべてを委ね……寝ている。
これって、相手をかなり信頼してるってことなのかな?
それにしても、この茶トラ任せな感じは、まんまアキラのようではないか。
全身を綺麗にしていく茶トラも嫌そうな素振がなく、まさしくアーちゃんのようだった。
本当に、不思議な子猫たちだなぁ。
「にゃごにゃご、なのよ」
「おや、グループ結成ですか」
『にゃき』との遊びに夢中になりながらも、アキはこの子猫たちのグループ名を考えていたようだ。
にゃごにゃご会とはとても可愛い名称だけど、果たして彼らは気に入ってくれるだろうか。
一通り舐め終わると、茶トラがようやく自分のグルーミングを始めた。
眠り続ける『あきにゃ』の毛並みは輝くほどの艶を放っていて、普段から茶トラが整えているのだと容易に察することができた。
『あきにゃ』は、そういうことにはとことん無関心なのかもしれない。
「そろそろ戻ろっか」
アーちゃんがそう声を掛けたとき、遠くから猫の鳴き声が響いた。
誰かを呼ぶような少し大人っぽいそれに、『あきにゃ』が目を覚ます。
地面に伏せていた『にゃっくん』も、むくりと起き上がった。
「友達かな?」
「そうなんじゃねーの」
「もう、何も残っていませんね」
「あう、なのよ」
「必要なさそうだ」
アッキーの言うとおり、新たな猫がこちらへとやって来ることはなく、ただ『あきにゃ』が脇目もふらずに森の中へと消えていくだけだった。
『にゃっきー』の素早さを見たせいか、その走りはとても遅く感じたけど、途中で躓く姿を見てしまい、いっそ複雑な気分になった。
そして『にゃっくん』も、僕たちの方を何度も振り向きながら、それでも急ぎ足で消えていく。
もしかしたら、この二匹の恋人が迎えに来たのかもしれない。
「おや、行くのは二匹だけですか」
「恋人でも来たんじゃねーの」
アーちゃんは、僕と同じことを考えていたようだ。
「あなたの言うみすぼらしい子猫にも、ちゃんと恋人がいるんですねぇ」
「あんたでもいるくらいだしね」
「きぃぃぃぃ、どういう意味ですか!?」
この二人は相変わらずだ。
もちろん相手になんかせず、置いていかれた茶トラの様子を窺ってみた。
彼は黒猫が消えた場所を、見詰めていた。
まんじりともせず背を伸ばし、もう何も無い空間に、ただただ視線を注ぐだけ。
こちらからは、彼の後姿しか確認できない。
その表情を垣間見たいと思いはしたけど、きっと何も悟らせはしないのだろう……って、猫相手に、僕は何を考えてるだよ!
あまりにも不思議な子猫たちと出会ったせいか、どうも変な想像に捕らわれてしまったみたいだ。
二匹が消えて暫くした後、丸くなっていた『にゃっきー』が、長い尻尾をピシリと地面に叩きつけた。
その音に、『にゃき』が慌てて駆け寄っていく。
そして『にゃっきー』が立ち上がり、一度だけ僕たちの方を向いた。
そこに、背筋が凍えそうな恐ろしさはない。
そのまま茶トラと合流した『にゃっきー』たちが、三匹並んで消えて行くのを見送った。
『にゃき』は何度も振り返り、たまにぴょんぴょん飛び跳ねては『にゃっきー』の尻尾に小突かれていたのが、とても微笑ましかった。
茶トラは、一度もこちらを見ようとはしなかったけど。
「んじゃ、帰りますか」
「そうですね、さすがに食べ足りませんし」
「はぁぁぁ!? ちょっとー、冗談は顔だけにしてくれるー」
「それは、どういう意味なのですか!?」
重箱とレジャーシートを片付けると、そこはなんの変哲も無い剥き出しの地面だ。
食べ残しのひとつもない場所に、今更ながらに『あきにゃ』のすさまじさを思い知りながら、どこか彼らの存在があやふやになっていく自分に驚かされた。
彼らが、確かに存在していたという証は、何も残ってはいないのだ。
ただ僕の記憶にあるというだけ。
なんて不明瞭で、心許ないものなのだろう。
アキラのような能力があれば、こんな気分に陥ることはないんだろうか。
いや、それでもやはり、真実だと言い切れる確証は、どこにもないのかもしれない。
視たものすべてが現実だと、幻しではなかったのだと、いったい何が、誰が証明してくれるというのだろう。
「アッくん、行くよー」
「あ、うん」
陽は長いはずなのに、山の上に位置するせいで、どうしても日没が早い。
部屋に戻ったら、既に空腹を訴えているアキラのために、軽食を用意することにしよう。
おやつを取られたアキのためにもね。
「また、あのコたちに会えるかな」
「食い物持ってったら、喜んで出てくんじゃねーの」
「そっか、そうかもね」
確かな証など、どこにもありはしないのだ。
それはここに存在するすべてのものに、言えること。
だったら、君たちにも当て嵌まるんだろうか。
僕の前にある日常。
君たちと出会えた奇跡、それらすべてが幻しではないのだと、証明する術のない世界もそう悪くはないのかもしれない。
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