平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此5-2]
アキラvsアーちゃん、アッキーとなりそうな展開も、アーちゃんたちが相手にしないことで無事回避することができた。
確かにアキラは鈍い、僕でも感じる異様さを、まったく感じ取ってないんだもの。
だけどアキラが言うように、やっぱり子猫は子猫だ。
僕たちにいかほどの危険があるというのか、アキだってとても和やかにしているよ。
アーちゃんが置いたお皿に、黒猫がすぐに近づいてきた。
アーちゃんがみすぼらしいなんて失礼なことを言ったけど、確かにとても小さくて細い子猫だ。
ガリガリというか華奢というか、とにかくかなり頼りない。
だけど全身を覆う短い黒毛はやけに美しく輝いていて、人の手により念入りに手入れされているのではと見紛うほどだった。
ピンと延びたしっぽまで、その様が行き届いている。
でも、顔は……猫としては少々地味で、瞳も……少し小さめで、総じて、あまり目立たない地味な印象の子猫だ。
鳴き声はあんなに可愛いのにな……。
その黒猫が皿へと鼻を近づけたとき、急に後ろにいた茶トラが前面へと飛び出してきた。
そして一回り大きな体を使って、黒猫をお皿から遠ざけてしまう。
え、もしかして意地悪でもされてるのかな?
猫には猫の力関係とかありそうだし、ひょっとしてボスが一番最初に食べるとか、そういうことなのかな?
その考えが正しかったのか、一番後ろで謎の威圧感を発していた例のサバトラ『にゃっきー』が、真っ直ぐにお皿へと近づいた。
その存在感からしても、もしかしたらこの子猫がボスなのかもしれない。
『にゃっきー』は4皿の匂いを順に嗅ぎ、次いで一口ずつ口を付けていく。
黒猫が不服そうな声を上げ、茶トラへと小さな頭をぶつけていた。
何度も頭突きを受けた茶トラは、黒猫に向かって一度シャーと威嚇をしてから、『にゃっきー』に続いて4皿の臭いを嗅ぎはじめた。
同じように、一口ずつ味わってもいく。
黒猫はとても不満そうにし、とび三毛は砂の上を転がりまわり、ハチワレはとび三毛に体当たりされながらも大人しくしていた。
ようやく茶トラがすべてのお皿に口を付け終わると、一声にゃんと鳴いた。
それが合図だったのか、黒猫が一番ボリュームのあるお皿に真っ先に食らい付いた。
すぐにとび三毛も二番目に多いお皿に飛びつく。
残されたハチワレは黒猫たちの後ろを右往左往し、なんだか遠慮しているみたいに見えた。
それを見かねたように、『にゃっきー』と茶トラがハチワレに軽く頭を押し付ける。
まるで「早く食べろ」と勧めているみたいだ。
どうやらそれが正解らしく、ハチワレがゆっくりと食事に参加しはじめた。
「毒見とか、いったいどこの御猫様だよ」
「え、毒見?」
「そこのサバトラと茶トラがしてたのって、もろお毒見でしょー」
「ふふ、確かにそれっぽい雰囲気が漂っておりましたね。とても面白い子猫たちです」
「なのー、なのよ、いいの、ごいのよ、あう、にゃっくん、なのよー」
前半はアキラの意見に同意する言葉だった。
なのに後半は、一匹の子猫を指差しながら、まったく関係のないことを口にするアキに、面喰った。
「ちょ、ちょっと、それってどういう意味?」
「ぷっ、あひゃひゃひゃひゃ、確かにそれっぽいわ」
アキの言葉を正しく受け取ったアーちゃんが、なんとも不躾な大笑いを見せてくれた。
「ぷくく、た、確かにそれっぽいですね」
アキラまでそんなことを言い出し、アッキーまでもが声もなく笑っている。
「なのよ、にゃっくん、なの、のよ」
「ちょ、ちょっとっ」
勝ち誇ったようなアキの言い様に、反論しようとして言葉を詰まらせる。
アキが指差した『にゃっくん』は、常に遠慮がちにしていたあのハチワレ模様の子猫のことだ。
隣りでは、全身を使ってガツガツと食事するとび三毛が居て、そのコが飛び散らかすご飯をさり気なく片付けたりしている。
その、なんというか慎ましやかな地味さみたいなものが、自分と相通ずる気がしてしまった。
大きすぎず小さすぎず、特に目を引くような顔でもなく、世間が持っている普通の日本猫のイメージはさもありなん、みたいな姿や、この集団に入っていなければ、その存在になかなか気付かないだろう雰囲気が、平凡を地でいく僕と似ている気がしてしまったからだ。
「じゃ、じゃあ、あの三毛はにゃきだよっ」
「あ、あうあっ」
「ぎゃーははははははは」
負け惜しみのような一言は、意外にもアーちゃんたちの琴線に触れたようだ。
皆が皆、腹を抱えんばかりにして笑っている。
アキは別にして。
正直言って、三毛猫がアキに似てるかどうかなんて、どうでも良かった。
だけど改めて見ると、遊びたいときに遊び、小さいのにたっぷりとおかずの乗った皿を選ぶ所が、どことなくアキっぽいんじゃないだろうか。
しかも、結局はさして口をつけることもなく、早々に満腹になったのか地面を転がり始めてしまったところも。
「う、ううう、あ、あきにゃ、なのよっ、あきにゃっ」
「な、なぜ僕を引き合いに出すのですか!?」
負けじとアキが指し示したのは、黒猫だった。
「あのみすぼらしさとか、食いっぷりがソックリじゃん」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ」
警戒心なんて微塵も見せずにエサを強請るところは、確かにアキラに似ているかも。
一番おかずの多い皿を迷うことなく選び、とても上品ではあるけれど猛烈な勢いで片付けていく様を見ても、そっくりだと頷くしかないかもしれない。
みすぼらしい、というのは置いといて……。
アキは自分の意見が通ったことに満足したのか、おやつの袋を抉じ開け始めた。
今日のおやつは、真ん中に生クリームが挟まれたソフトケーキだ。
驚いたことに、三毛猫――『にゃき』が、アキの膝へと飛びついてきた。
「あ、あうっ」
つい先ほどまで無邪気に砂遊びをしていた『にゃき』が、喉を呻らせながらアキの手元を狙っている。
「おいおい、甘いものは別腹とか、まんまアキじゃん」
「あうっ、ちがうのよ、ないの、アキ、ちがうのよっ」
「いーえ、まともなお食事よりもお菓子を優先するあたり、どう見てもアキと同じです。ほら、まるで獲物を狙うかの如き眼差しですよ」
愛らしさを封印した『にゃき』が牙を剥き出しに呻り続けたことで、アキは観念したように最初の一個目を譲った。
お菓子を譲るアキなんて滅多に見れないことだ。
しかし、菓子のためにそこまでするとは、この三毛猫、意外と危険なコなのかもしれない。
一瞬、『にゃっきー』と『にゃっくん』が申し訳無さそうに頭を下げたように見えたけど、きっと気のせいだよね。
あはは、ちょっと疲れてるのかな。
「そういえば、あの茶トラさんだけお名前が決まっておりませんね」
ソフトケーキを堪能する『にゃき』、満腹になったのか口の周りを丁寧に舐め出す『にゃっくん』、いまだ食事の終わらない『あきにゃ』、そしてやっと食べ始めた『にゃっきー』に、同じくようやく『あきにゃ』の横で口を動かし始める茶トラ。
この茶トラだけ、おかしな名前を付けられてはいない。
この流れでゆけば、残っているのは、
「余計なことは、言わなくていいのっ」
「どうしてですか? あなただけ仲間外れなんて寂しいでしょうに」
「まったく寂しくございませんっ。つーか、あんなのに俺の名前とか、マジやめてちょーだいよ」
「もうっ、本当に変なところで意地を張りますね」
「意地とかじゃねーしっ。だいたい、あれと俺に似たとこなんてねーじゃん」
「なんとっ、それでは僕と黒猫さんが似ているとでも!?」
「だからー、あのみすぼらしい、みすぼらしいっ! 姿とか、大食らいなとことか」
「二度も言う必要はございません!」
「いやいや、大事なことだし」
アキラとアーちゃんの詰まらない言い合いを余所に、僕は子猫たちの観察を続けた。
手の平サイズのソフトケーキ、つまり自分とそれほど変わりない大きさのケーキを平らげた『にゃき』は、今度こそ満足したのか口の周りを綺麗にしだす。
前足で口元をなぞり、それを舌で舐め上げる、同じことを繰り返したあと全身を舐め始める――所謂グルーミングは、猫の愛らしい仕草のひとつだ。
『にゃっくん』も器用に首を曲げ、背中あたりを舐めていた。
食事の済んだ『にゃっきー』も、ここに危険はないと分かってくれたのか、リラックスムードでグルーミングを始めている。
最初はおっかなかったけど、やっぱりとても可愛いなぁ。
「みぃ~、みぃ~」
三匹の子猫に見惚れていたら、足元から愛くるしい鳴き声が寄せられた。
すぐに『あきにゃ』だと気付いたけど、まさか、これは……。
アキラvsアーちゃん、アッキーとなりそうな展開も、アーちゃんたちが相手にしないことで無事回避することができた。
確かにアキラは鈍い、僕でも感じる異様さを、まったく感じ取ってないんだもの。
だけどアキラが言うように、やっぱり子猫は子猫だ。
僕たちにいかほどの危険があるというのか、アキだってとても和やかにしているよ。
アーちゃんが置いたお皿に、黒猫がすぐに近づいてきた。
アーちゃんがみすぼらしいなんて失礼なことを言ったけど、確かにとても小さくて細い子猫だ。
ガリガリというか華奢というか、とにかくかなり頼りない。
だけど全身を覆う短い黒毛はやけに美しく輝いていて、人の手により念入りに手入れされているのではと見紛うほどだった。
ピンと延びたしっぽまで、その様が行き届いている。
でも、顔は……猫としては少々地味で、瞳も……少し小さめで、総じて、あまり目立たない地味な印象の子猫だ。
鳴き声はあんなに可愛いのにな……。
その黒猫が皿へと鼻を近づけたとき、急に後ろにいた茶トラが前面へと飛び出してきた。
そして一回り大きな体を使って、黒猫をお皿から遠ざけてしまう。
え、もしかして意地悪でもされてるのかな?
猫には猫の力関係とかありそうだし、ひょっとしてボスが一番最初に食べるとか、そういうことなのかな?
その考えが正しかったのか、一番後ろで謎の威圧感を発していた例のサバトラ『にゃっきー』が、真っ直ぐにお皿へと近づいた。
その存在感からしても、もしかしたらこの子猫がボスなのかもしれない。
『にゃっきー』は4皿の匂いを順に嗅ぎ、次いで一口ずつ口を付けていく。
黒猫が不服そうな声を上げ、茶トラへと小さな頭をぶつけていた。
何度も頭突きを受けた茶トラは、黒猫に向かって一度シャーと威嚇をしてから、『にゃっきー』に続いて4皿の臭いを嗅ぎはじめた。
同じように、一口ずつ味わってもいく。
黒猫はとても不満そうにし、とび三毛は砂の上を転がりまわり、ハチワレはとび三毛に体当たりされながらも大人しくしていた。
ようやく茶トラがすべてのお皿に口を付け終わると、一声にゃんと鳴いた。
それが合図だったのか、黒猫が一番ボリュームのあるお皿に真っ先に食らい付いた。
すぐにとび三毛も二番目に多いお皿に飛びつく。
残されたハチワレは黒猫たちの後ろを右往左往し、なんだか遠慮しているみたいに見えた。
それを見かねたように、『にゃっきー』と茶トラがハチワレに軽く頭を押し付ける。
まるで「早く食べろ」と勧めているみたいだ。
どうやらそれが正解らしく、ハチワレがゆっくりと食事に参加しはじめた。
「毒見とか、いったいどこの御猫様だよ」
「え、毒見?」
「そこのサバトラと茶トラがしてたのって、もろお毒見でしょー」
「ふふ、確かにそれっぽい雰囲気が漂っておりましたね。とても面白い子猫たちです」
「なのー、なのよ、いいの、ごいのよ、あう、にゃっくん、なのよー」
前半はアキラの意見に同意する言葉だった。
なのに後半は、一匹の子猫を指差しながら、まったく関係のないことを口にするアキに、面喰った。
「ちょ、ちょっと、それってどういう意味?」
「ぷっ、あひゃひゃひゃひゃ、確かにそれっぽいわ」
アキの言葉を正しく受け取ったアーちゃんが、なんとも不躾な大笑いを見せてくれた。
「ぷくく、た、確かにそれっぽいですね」
アキラまでそんなことを言い出し、アッキーまでもが声もなく笑っている。
「なのよ、にゃっくん、なの、のよ」
「ちょ、ちょっとっ」
勝ち誇ったようなアキの言い様に、反論しようとして言葉を詰まらせる。
アキが指差した『にゃっくん』は、常に遠慮がちにしていたあのハチワレ模様の子猫のことだ。
隣りでは、全身を使ってガツガツと食事するとび三毛が居て、そのコが飛び散らかすご飯をさり気なく片付けたりしている。
その、なんというか慎ましやかな地味さみたいなものが、自分と相通ずる気がしてしまった。
大きすぎず小さすぎず、特に目を引くような顔でもなく、世間が持っている普通の日本猫のイメージはさもありなん、みたいな姿や、この集団に入っていなければ、その存在になかなか気付かないだろう雰囲気が、平凡を地でいく僕と似ている気がしてしまったからだ。
「じゃ、じゃあ、あの三毛はにゃきだよっ」
「あ、あうあっ」
「ぎゃーははははははは」
負け惜しみのような一言は、意外にもアーちゃんたちの琴線に触れたようだ。
皆が皆、腹を抱えんばかりにして笑っている。
アキは別にして。
正直言って、三毛猫がアキに似てるかどうかなんて、どうでも良かった。
だけど改めて見ると、遊びたいときに遊び、小さいのにたっぷりとおかずの乗った皿を選ぶ所が、どことなくアキっぽいんじゃないだろうか。
しかも、結局はさして口をつけることもなく、早々に満腹になったのか地面を転がり始めてしまったところも。
「う、ううう、あ、あきにゃ、なのよっ、あきにゃっ」
「な、なぜ僕を引き合いに出すのですか!?」
負けじとアキが指し示したのは、黒猫だった。
「あのみすぼらしさとか、食いっぷりがソックリじゃん」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ」
警戒心なんて微塵も見せずにエサを強請るところは、確かにアキラに似ているかも。
一番おかずの多い皿を迷うことなく選び、とても上品ではあるけれど猛烈な勢いで片付けていく様を見ても、そっくりだと頷くしかないかもしれない。
みすぼらしい、というのは置いといて……。
アキは自分の意見が通ったことに満足したのか、おやつの袋を抉じ開け始めた。
今日のおやつは、真ん中に生クリームが挟まれたソフトケーキだ。
驚いたことに、三毛猫――『にゃき』が、アキの膝へと飛びついてきた。
「あ、あうっ」
つい先ほどまで無邪気に砂遊びをしていた『にゃき』が、喉を呻らせながらアキの手元を狙っている。
「おいおい、甘いものは別腹とか、まんまアキじゃん」
「あうっ、ちがうのよ、ないの、アキ、ちがうのよっ」
「いーえ、まともなお食事よりもお菓子を優先するあたり、どう見てもアキと同じです。ほら、まるで獲物を狙うかの如き眼差しですよ」
愛らしさを封印した『にゃき』が牙を剥き出しに呻り続けたことで、アキは観念したように最初の一個目を譲った。
お菓子を譲るアキなんて滅多に見れないことだ。
しかし、菓子のためにそこまでするとは、この三毛猫、意外と危険なコなのかもしれない。
一瞬、『にゃっきー』と『にゃっくん』が申し訳無さそうに頭を下げたように見えたけど、きっと気のせいだよね。
あはは、ちょっと疲れてるのかな。
「そういえば、あの茶トラさんだけお名前が決まっておりませんね」
ソフトケーキを堪能する『にゃき』、満腹になったのか口の周りを丁寧に舐め出す『にゃっくん』、いまだ食事の終わらない『あきにゃ』、そしてやっと食べ始めた『にゃっきー』に、同じくようやく『あきにゃ』の横で口を動かし始める茶トラ。
この茶トラだけ、おかしな名前を付けられてはいない。
この流れでゆけば、残っているのは、
「余計なことは、言わなくていいのっ」
「どうしてですか? あなただけ仲間外れなんて寂しいでしょうに」
「まったく寂しくございませんっ。つーか、あんなのに俺の名前とか、マジやめてちょーだいよ」
「もうっ、本当に変なところで意地を張りますね」
「意地とかじゃねーしっ。だいたい、あれと俺に似たとこなんてねーじゃん」
「なんとっ、それでは僕と黒猫さんが似ているとでも!?」
「だからー、あのみすぼらしい、みすぼらしいっ! 姿とか、大食らいなとことか」
「二度も言う必要はございません!」
「いやいや、大事なことだし」
アキラとアーちゃんの詰まらない言い合いを余所に、僕は子猫たちの観察を続けた。
手の平サイズのソフトケーキ、つまり自分とそれほど変わりない大きさのケーキを平らげた『にゃき』は、今度こそ満足したのか口の周りを綺麗にしだす。
前足で口元をなぞり、それを舌で舐め上げる、同じことを繰り返したあと全身を舐め始める――所謂グルーミングは、猫の愛らしい仕草のひとつだ。
『にゃっくん』も器用に首を曲げ、背中あたりを舐めていた。
食事の済んだ『にゃっきー』も、ここに危険はないと分かってくれたのか、リラックスムードでグルーミングを始めている。
最初はおっかなかったけど、やっぱりとても可愛いなぁ。
「みぃ~、みぃ~」
三匹の子猫に見惚れていたら、足元から愛くるしい鳴き声が寄せられた。
すぐに『あきにゃ』だと気付いたけど、まさか、これは……。