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平凡君の日々彼此

[平凡君の日々彼此5-1]


僕たちキラキラ会が彼らと出会ったのは、偶然だ。
彼らなんて、そう言っていいのか少し悩むけど、彼らは『彼ら』としか表しようがない。

それは休日のことだった。
休みともなれば会長の部屋に行ってしまうアキラが、その日は珍しくも在室していた。
学園内で問題が発生したらしく、急遽風紀と生徒会の協議が行われたせいだ。
だから僕も、裕輔さんの部屋ではなく、アーちゃんの部屋に遊びに来ていた。

休日は滅多なことでは揃わないキラキラ会フルメンバーにアキはいたくご機嫌で、好天ということもあり散歩に出かけようと提案してきた。
もちろん全員大賛成で、散歩だというのにお弁当を大量に作りレジャーシートまで用意して、それはもうピクニックという出で立ちで出発したのだ。

当初は芝生でお弁当を広げる予定だったけど、気がつけば広大な敷地の大部分を占める山林を進んでいた僕たちは、ちょっとした探検気分を味わいながら人の手のほとんど入っていない空間を見つけ、そこでお昼をとることにした。
土が剥き出しの地面にシートを敷き、たくさん用意したお弁当とお菓子にペットボトルを並べてゆけば、アキラはいの一番におにぎりに手を伸ばし、アキも負けじとおかずを奪ってゆく。

そんなほのぼのとした昼下がり、最初に彼らの存在に気づいたのは、アッキーだった。
鬱蒼と生い茂る木々を見詰めていたかと思えば、急に紙皿にチキンを乗せ立ち上がった。

「どうなさいました?」

アキラの問いかけに応えることなく、アッキーは見詰めていた木の傍まで行き、根元にお皿を置いてまたシートに戻ってきた。

「あ、う、にゃんよ、にゃんなの」

「なななんと、子猫ではないですか」

「え、猫?」

先ほどアッキーがお皿を置いた場所に、いつの間にやら一匹の子猫が出現していた。
まだまだ小さいサバトラ模様の子猫は、紙皿に乗るチキンに興味を馳せることなく僕たち5人を観察している。

その視線に、なぜだか背筋が冷たくなった……。

「猫のくせになんつー眼力」

アーちゃんが子猫を睨み返しながら、呟く。

「猫ですよ、猫。子猫です。はぁぁ、可愛いです」

アキですら戸惑い気味の中、まったく空気の読めていないアキラが手にしていたお皿を下に置き、立ち上がる仕草を見せた。
しかしそれは、アーちゃんの手によって阻まれる。
そしてその瞬間、気を失いそうなほどの冷たい空気に見舞わられ、僕の冷えた背中はそのまま凍りつくようにして固まってしまった。

「んもう、なにをなさるんですか!?」

「この殺気に気付かないのは、あんたくらいよ」

殺気!?
ああ、そうか、このただならぬ空気の正体は、殺気だったんだ。
しかもそれは例の子猫から発せられているのだと、ようやく気付くことができた。
小さな体にまったく見合わない猛獣のようなその気配に、素直に驚嘆する。

「うう、あう、しないのよ、ないの、アキ、ないのよ、アキラも、なの、みんななの、わるいのないの、のよ」

誰も何も悪いことはしないと、アキが真剣に子猫へと訴えかけた。

「そ、そうだよ、誰も何もしないよ。大丈夫だから」

落ち着いて考えれば、猫に人間の言葉が通じるとは思えない。
だけどそのときの僕はなんの疑問も抱くことなく、アキと一緒になり悪意のないことを子猫に知ってもらおうとしていた。
結果的に、その判断は正しかったのだと、そう信じている。

暫し続く緊迫した雰囲気の中、アキラはアーちゃんの静止など気にも止めずに指をチョコチョコ動かしては子猫の関心を引こうとし、アッキーはなんの気遣いもなくサンドイッチを頬張っていた。
そんな状況でも敵意がないことを感じ取ってくれたのか、子猫はフンと鼻を鳴らしてから皿に盛られたチキンのにおいを嗅ぎだした。

「隙がないとか、マジキモくね?」

アーちゃんが、アッキーを横目で見やる。

「後ろに四匹控えている。守っているつもりなんだろ」

「げっ、まだ四匹もいんのかよ」

「なんと、全員で五匹ですか。おかずは足りますかね?」

「あう、アキラ、すこしよ、するの」

8つある大きな重箱の中身は、まだまだ大量に残っている。
だけどアキが言うようにアキラが我慢すればするだけ、子猫たちはお腹いっぱいになるだろう。

さて、どれを子猫たちに譲ろうか、などと考えていたとき、子猫がチキンを一舐めしたあと、とても素早い動作でそれを銜えて森の中へと消え去った。
速い、とにかく速い身のこなしに、とある人物が思い浮かんだ。

「うおう、にゃっきー、なの、のよっ」

僕と同様に子猫の素早さに感心したのか、アキが興奮気味にとんでもないことを叫んでくれた。
そして、ポテトサラダに咽るアッキー。

「なるほど、確かにアッキーぽいですね」

「うんうん、確かに似てるわ」

実は僕もそう感じてはいたけど、心底不服そうなアッキーの前でそれを言うのは、さすがに遠慮しておいた。

「あ、アキ、そちらも乗せてしまいましょう」

「あい、なの」

アッキーだけがあまり乗り気でない中、子猫たちのためにとアキラが率先して、いろいろなおかずを紙皿へと移動させた。
頼りない紙のお皿はすぐにいっぱいになり、気がつけば4皿も使っていて、それでも盛るのを止めないアキラとアキにさすがのアーちゃんもうんざりしたようにこう言った。

「ちょっとー、相手は子猫でしょ。どんだけ食わせる気よ」

「生後1年未満の子猫は発育期にあるんですよ。たっぷりと食べさせてあげる方がいいんです」

「なの、のよー」

いくらなんでもその量は、なんて不安になったけど、いつまでも発育期のようなふたりはまったく気にした様子もなく、皿に盛ることを止めなかった。
なんだかんだ言ってもアキラのことを本気で止める気のないアーちゃんは、黙って見守ることに決めたようだ。
僕はといえば、結局アキを手伝うことにし、アッキーも文句なんて言わずに黙認している。
アキラたちが大量に奪っていったとしても、重箱にはまだたくさんのおかずが残っていることが、幸いしているのかもしれない。

子猫にはあるまじき量を移動しおわり、皿を木の根元に置こうかとなったとき、木々の間からわらわらと近づいてくる影たちを発見した。

「みぃ~~」

その子猫らしい高いトーンの鳴き声は、例の子猫――『にゃっきー』のものではなかった。
乱れることなくこちらへと向かってくる集団の先頭をいく人物――あ、人じゃないよね――真っ黒の子猫から発せられたものだ。
耳にはっきりと届くなんとも愛らしい鳴き声に、アキはポッと頬を染め、アキラは限界まで表情を弛ませた。

その黒猫の隣りには、まるで纏わり付くようにして進むとび三毛の子猫がいた。
五匹の中で一番小さい体つきだけど、一番元気でやんちゃな雰囲気が出ている。
そのすぐ隣りには白地に黒色が鮮やかな、ハチワレという模様のついた子猫が、どことなくオドオドとして付いて来ていた。

「あ、あ、あうあっ、いいの! いいのよ!」

「ご、五匹おりますよっ。皆さん出てきてくれましたよっ。可愛いです!」

アーちゃんの隣りで腰を浮かせて大興奮のアキラは、それでも子猫たちに駆け寄ったりはしなかった。
アキも同様で、やはり嬉しそうにしているが、決して子猫たちを驚かせるような行動はしない。
やっぱり彼らは、こういうところがとても理性的だ。

「なんつうか、声はいいのにみすぼらしい猫だね」

「むむ、なんということをっ、みすぼらしいなどと失礼です。黒猫さんに謝りなさい!」

アーちゃんの何気ない言葉にアキラが怒りを露わにしたけど、それ以前に憤ったらしき人物――だから違うって――猫がいた。
愛らしい声で鳴く黒猫の一歩後ろを歩く少し大きめの茶トラが、とてつもなく鋭い目付きでアーちゃんの方を睨んでいたのだ。

「ちょ、ちょっと、なにあいつ」

猫に睨まれただけなのに、なぜだかアーちゃんが動揺していた。
アッキーも困惑気味にしていて、この子猫たちが一般の子猫とは違うということを如実に知らしめてくれる。
一見して普通なのにどこかしら普通ではないだなんて、まるでどこかの会の会員たちのようだ。

「みぃ~、みぃ~」

子猫たちの愛らしさに舞い上がるばかりの僕たちに、先頭の黒猫が再度鳴き声を披露した。
まるで訴えかけるようなそれは、とっとご飯を寄こせ、なんて意味合いなのかもしれない。

「あ、ご飯ですね、ご飯。アーちゃん、子猫さんたちにお食事を」

「はいはい」

子猫用にと用意していたお皿は、アキとアキラの手元にあるというのに、アキラはそれをアーちゃんへと押し付けた。
アーちゃんは文句も言わずに受け取り、よっこいせなんて年寄り臭い掛け声で立ち上がると、シートの切れたすぐ傍の地面にそれを置く。

その動作を警戒心を怠ることなく見守る二匹――初めに僕たちと相対した『にゃっきー』と、茶トラだ。
『にゃっきー』は集団の一番後ろから、茶トラは黒猫の後ろに控え、微動だにせずアーちゃんのことを窺っていた。

「なんか、恐いんですけど」

「同感だ」

アーちゃんにしては気弱な発言も、アッキーが同意を示したことで笑うに笑えなくなった。

「何をおかしなことを。こんな愛らしい子猫さんたちが、いったい何をなさるというんですか?」

「その鈍さ、たまにマジでムカつくんだけど……」

「同感だ」

「な、なんと失敬なっ!」
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