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平凡君の日々彼此

[平凡君の日々彼此4-完]


とりあえず何かを言って誤魔化しちゃえ! とか考えていたところに、テレビ側から救いの手が上がった。
アキの滅多にない驚きの表情に場は一瞬静まり、そして指差す方向を全員が注視した。

「こ、これは…」

最初に声を出したのは、アキラ。
表情は驚きのそれになっていた。

「ぷっ」

小さく噴出したのは、これまた滅多にないことだが、アッキーだった。

「に、似てる……」

そして、僕。

「なの、のよ、くりくり、なのよ!」

テレビの中に存在するひとりの男性を、全員が食い入るように見詰めた。

「やや、美少女とのキスシーンとは、やはり美形のお相手は美形なのですね」

「どこぞのボルゾイとは、違うな」

「ボルゾイ?」

「犬種ですよ。飼い主にとても忠実で優しいロシ、」

「飯っ、飯にしよ!」 

ずっとダンマリだったアーちゃんが、突然叫んだ。
遮られたアキラの言葉は、だけどその続きは充分に予想できる。
…ア生まれの犬。とでも説明してくれるつもりだったんだろう。

テレビの画面に大アップで登場したアニメの人物。
その容姿はとてもつもなく、あの先輩に似ていた。
流れるような銀髪に透き通るような白い肌、そして印象的な紫の瞳を携えたアニメの人物はとても美しい男性で、どう見ても一条先輩にしか見えやしない。

「ちょっとアッくん、早く飯にして!」

「あ、ああ、うん、そうだ、」

「あなたもじゃないですか!」

キッチンに行こうと腰を上げかけたときに、アキラの勝ち誇ったような声。
すぐにアーちゃんが応戦する。

「ちゃうっつの!」

「いくら僕よりも見栄えがよいといっても、所詮あなたも美形平凡なのですよ!」

「ばーか! 俺にはまったく関係ねーっつの!」

「関係ないと仰りながら、常にお相手のことを考えているではないですか!」

「はぁ!? バッカじゃねーの。そんなもん考えてるわけねーじゃん。つか、今の今まで忘れてたわ!」

「んま! なんという嘘を」

「はぁぁぁぁ!? 嘘とか意味分かんねーし!」

「ここに証拠がございます!」

「あ、馬鹿、止めなさい、止めなさいっつの!」

突然アキラがアーちゃんの……アーちゃんのズボンを脱がしにかかった。
当然アーちゃんは、脱がされまいと必死になる。なるんだけど、どこかで躊躇っているのか、真剣にアキラを押し止めることができないでいるみたいだ。

「わわ、馬鹿、馬鹿、止めーっつの!」

「ええい、往生際の悪い! とっととキリル文字の入ったパンツをお見せなさい」

「こりゃ、ただのデザインだって!」

アキラの言うキリル文字っていうのは、なんのことだろう?
気にはなったけど、少しずらされたアーちゃんのズボンのほうがもっと気にかかってしまった。

「アーちゃん、ぱんつ、するのよ、みるのよ」

いつの間にやらアキが参戦してきた。

「わわわ、この馬鹿バカばか!」

さすがにアキラを押しやって、立ち上がって逃げようとしたアーちゃんの腕を、掴んだのはアッキーだ。

「ひえっ、」

そのまま床に転がされたアーちゃんは、すぐにアキに右腕を取られてしまった。

「あぐえぇぇぇ」

「あう、あう、ううー、アーちゃん、ぱんつ、するのよー」

捉えたアーちゃんの右腕を、アキは両足で挟みこみ、そして、そのままをアーちゃんの首あたりに両足を乗せ後ろへと倒れこんだ。
アキの左足はアーちゃんの首に見事に引っ掛かっていて、それだけでこれがなにかしらの技であることを知る。
柔道とかで見たことあるような、ないような……。

「ア、アッくん、た、助け…」

情け容赦のないアキの寝技に、両足にはアキラが乗っかるという状態では、さすがのアーちゃんにも逃げ道はないだろう。
助けるべきかどうか悩んだ末、温かく見守ることに決めた僕は、きっと卑怯者に違いない。
だけど、ごめんね。どうにも助ける気が湧かないんだもの。

「ほら、御覧なさい。キリル文字の書かれた下着など穿いているのが、その証拠ですよ」

悲しいかな、アキラの手に寄って、アーちゃんのズボンは膝までずり下ろされていた。

「だ、だから、それはデザインであって、たまたま穿いてただけで」

「ええい、まだ言うか!」

アーちゃんの、僕なんかからしたらごく普通の言い分を、アキラが遮った。

「言うわ! 何度でも言うわ! 単なるデザイン以外のなんでもないっつのーーー!」

アーちゃんのグレイを基調としたパンツには、白色で文字が書かれていた。
僕なんかからしたらかなり雑多で判別しづらいけど、英語ではなさそうだ。

「ねぇ、キリル文字ってなに?」

「キリル文字というのは、ロシ、」

「ああああ! もういい加減にしろ!」

アーちゃんの、今までで一番の抵抗。
既にキッチンの入口からこちらを窺うだけのアッキーが、もう参加する気は無しという意思表示をする中、アキラが手を上げた。
なんの躊躇いもなく、その手を振り下ろす。

「もうっ、五月蝿いです!」

「あっ、」

「あうっ」

僕とアキ、同時に声を上げた。
アキは右腕を解放し、慌ててアーちゃんの顔色を確認する。

「……っ、……」

顔面蒼白、脂汗をタラタラ流す中、声も上げられない状態のアーちゃんに、僕とアキは深く深く同情した。
なんの迷いもなく中心に振り下ろされた掌の威力に、アーちゃんの体はくの字へと折り曲がっていく。
両膝にアキラを乗せてるせいか、その動きはとても遅い。

そして今まさに攻撃を受けた中心部分を、今更ながらに守るようにと、解放された右腕と無事だった左腕が添えられた。

「キリル文字とは、ロシア文字のことです。この下着に書かれている文字が、それなのですよ」

「ふ、ふーん、そうなんだ……」

アーちゃんのお尻を笑顔で指差すアキラに、そう返すことしかできなかった僕は、とても、とても弱虫だ。



キッチンで、アッキーとふたりで夕飯の準備にとりかかる。
それにしても、とても騒がしい午後だったなぁ。

あれからアキラの、アーちゃんのパンツ講座が始まって、漢字、ラテン、イタリア、英語の文字がデザインされた下着があることも発覚。
もともとアーちゃんは、言語関係が好きなんだもの。
そこにロシアが含まれていても、なんらおかなしなことはないよね。

変な邪推で、男としては致命傷にもなりかねないことをされたんじゃ、アーちゃんも浮かばれない。
でも、もともと変な流れになった原因は、ほぼアーちゃんにあるわけだよね。
だったら、そこまで同情しなくても、いいのかな?

「ねぇ、アッキー、どうしてアーちゃんは、アキラを不安にさせるようなことばかり言うのかな?」

そう、もともとの原因はここなんだ。
アッキーも珍しく参戦したとはいえ、大元はアーちゃんにあると言っても過言じゃない。

「……恋慕」

「え?」

「手に入らぬなら、せめて孤独でいて欲しい。愛する者と添い遂げて欲しい。相反する想い。まさに恋、慕っている」

アーちゃんの、秘めたる想い。

偶然にも、僕はそのことを知ってしまった。
そう、本当に、偶然知っただけなんだ。
では、アッキーは?
アーちゃんが語ることなど、決してないはず。
では、アッキーは感じ取ったのだろうか?
それほどに、アーちゃんは分かりやすい態度を取っているだろうか?
ううん、そんなことはないはずだ。

だったら、それはアッキーの勘、だろうか。
誰よりも敏感なアッキーは、アーちゃんの心に気が付いてしまったってことか。
たぶん、そうだ。

だったら……だったら、アッキーは、藤村先輩の気持ちにも気付いてるはずだ。
アッキーに対して本気だと語っていた先輩。
それが本物なのか、それとも単なる思い込みか、アッキーには分かっているのかもしれない。

「あまり、余計なことは考えるな」

「え、か、考えてないよ、なんにも」

こちらを見ることも無くそう告げるアッキーに、慌てて首を振り否定をした。
やっぱり、見透かされちゃってる。

他人の恋愛に口を挟むなんてしたくないし、ましてや僕は藤村先輩の味方はできないと悟ったんだ。
ここは、何も考えないようにしておこう。

「そ、そういえば、アキラってどうしてあんなことばかり言うんだろうね。会長が心変わりなんてするはずないのに、どうしてあんなに不安がるのかな? アーちゃんのせいってのも、あるんだろうけど」

話を逸らそうとした意図を見破られたのか、アッキーがクスリと笑った。

「真実(ほんもの)だから」

「ほんもの……」

それは、会長の想いが、真実のものであるという意味だろう。
そんなことは、誰の目にも明らかだと思う。
なのに、アキラは気付かないってことかな?

「それが偽りであればと、ギリギリまで足掻く者もいるってことだ」

「……」

丁度そのとき、炊飯器が高らかな電子音を奏でた。
ご飯が炊き上がった合図だ。

アッキーが冷蔵庫からチキンの塊りを取り出した。
ローズマリーとレモンで味付けされたチキンが、今日のメインディッシュ。
こういう料理は、ほぼアッキーの独壇場だから、あとはお任せすることにしよう。

僕は、炊き上がった大量のご飯を掻き混ぜる。
湯気の向こう側に、静かになったリビングでお腹を空かせて待ちわびている3名の顔が、見える気がした。


※アーちゃんとアキラがPCで見ていたのは、茜さんのお友達サイトです。
そこでは美男子と女の子のように可愛い顔した美少年の恋愛が繰り広げられておりましたとさ(笑)。
アッキーが口出ししたのは、藤村とのことを勘違い(?)しまくっているアキラへの、ちょっとした意趣返しです。
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