平凡君の日々彼此
[平凡君の日々彼此4-1]
放課後は、自然とアーちゃんの部屋に集まるのは、キラキラ会の習性かもしれない。
特に約束なんてしてないけど、学校から自室に戻って普段着に着替えたら、宿題を手になんとなく特別棟に向かっている。
出不精のアキラとアーちゃんは大概部屋にいるから、突然訪ねてもいつでも部屋へと招き入れてくれるのが、とてもありがたい。
僕ももともとは結構な出不精だったりする。
姫宮君との一件で、それに拍車がかかったように思っていた。
だけど、たとえ部屋から部屋とはいえ、これも外出に他ならないはずなのに、しょっちゅう訪ねて来てしまうのは、この場所がとても安心できる空間だからだと思う。
他の部屋と大きな違いなんてないのに、アーちゃんの部屋は不思議と居心地が好い。
そういえば、アッキーたちの部屋もとても落ち着く気がする。
それは単なる気の持ちようとは言い切れないほどで、あの明石君も同様に感じてる節があったりするんだ。
もしかしたら、実際に空気が違ってたりして……そういうことは深く追求することじゃないよね。
さて、いつも通りに全員集合となったアーちゃんの部屋。
アキはリビングに入ると、真っ先にTVの電源を入れちゃいます。
といってもニュースとかを観るんじゃなくて、もっぱら録り溜めしたアニメとか、持参したDVDを観ている。
同じ物でも何度も目を通すし、毎月新しい物を何枚も買ったりしてるから、意外と観る物が溜まって大変だそうだ。
まずは録画したアニメが流れている中で、皆でおやつをとることになった。
そして出てきた今日のおやつは、アッキーが焼いてくれたホットケーキ。
アキラが7枚、アキが5枚。
二人ともそれ以上を要求したけど、アッキーとアーちゃんに駄目だしされた。
僕ははちみつをたっぷりとかけて、1枚だけ。
ちなみに、アッキーとアーちゃんは食べてはいない。
二人とも、おやつは3回に1回くらいしか食べないんだよ。
別腹じゃないから、よっぽど小腹が空いてるときじゃないと、食べる気にならないんだって。
僕も別腹ではないけど、やっぱり食べたい気持ちが勝るので、おやつは毎回食べちゃいます。
「あ、う、アーちゃん、みるのよ、アキの、するのよ」
そんなこんなで食べ終ったアキが、はちみつがべったりとついた指を、持参したDVDの方へと伸ばした。
「ああ、こないだ買ったやつね。はいはい、セットしといてやるから、手洗ってきな」
「あい、なのよ」
アキのDVD再生の権限は、実はアーちゃんにあったりします。
普通の、僕なんかからしたら、本当に普通の、使い勝手の良いレコーダーが各部屋には完備されているんだけど、アーちゃんはなぜか自分用のレコーダーを持ってます。
なんでも容量がたっぷりで、すべての記憶媒体に対応してるんだそうだ。
僕にはさっぱりと理解できない理由で購入されたレコーダー。
アーちゃんもアキラも、テレビなんてほとんど観ないのに、そこまでの機能が必要なのかな?
でもそれだけでは終わりません、アーちゃんの部屋の隅には謎のスピーカーが置かれていたりする。
えっと、アンプって言うのかな? つまり音響機器で、5.1chだそうです。
せめて7.1chにしたかったそうだけど、この数字の意味を僕ははっきりとは知らない。
性能に関するものだと理解はしてるんだけど、その違いってなに?
確かに映画館に来たような錯覚に陥ることはあるけど、これって必要あるんだろうかと首を傾げたくなる。
アキラにいわすと、アーちゃんは軽度の機械オタク。
リモコンもたくさんあって下手に触ると怒られるから、アキはこの部屋でビデオを観るときは、全部アーちゃんにセッティングしてもらうのが通例になっています。
「したのよ、おてて、したのよ」
ちゃんと手を洗ってきたアキが、テレビの真前に陣取った。
既にアーちゃんが準備していたDVDが再生されれば、あとはもうアキの自由だ。
アーちゃんはすぐにPCに夢中になり、そのすぐ脇からアキラがいろいろと茶々を入れる。
アッキーは持参した小説をソファに座りながら読み、僕は持ってきた宿題をアーちゃんの前でひたすら片付ける。
これが、キラキラ会の平和な、
「やはりそうですよね」
日常風景……を壊すのは、概ねアキラが原因だったりするのも、いつも通りと言われればいつも通りのことだ。
「なにが?」
かなり投げやりに聞き返したのは、アーちゃん。
なにが、なんて問いながらも、その内容は察してるんだと思う。
アーちゃんのぞんざいな対応に気付かないのか無視してるのか、アキラはやけに神妙な顔つきでこう言った。
「やはり美形攻めと美少年受けが、マジョリティですよね」
ナニが、多数派だって?
「美形攻めに平凡な受けなんて、マイノリティです。ましてや地味な不細工なんて……レッドリストに登録できるやもしれませんね」
「保護する必要ないでしょ…」
アーちゃんの呆れ果てた物言いと表情は、アキラが詰まらないことを言い出したときに100%の確率で齎されるものだ。
つまり、またもやどうでもいいことで騒いでるってことなんだね。
アキとアッキーはこんな状況慣れっこだから、まったく相手にしてはいない。
斯く言う僕もだ。
「ああでも、いかに手を尽くそうとも、どうせ廃れる世界なのです。ならば、放っといても結果は同じですよね」
「んなこたーないっしょ。最近増えて、」
「絶対的マイノリティのこの世界に、未来などありえません。茜さんには、別ジャンルに進まれるが正しい道かと」
「うん、人の話はちゃんと聞こ、」
「そもそも雅人が、僕のような地味で不細工で貧相な男に惚れるなど、おかしな話なのですよ」
「はは、リアルと妄想、どっちがメインだ?」
「両方ですよ!」
「あら、聞いてくれてたのね」
こんなアキラ相手でも、真面目に返そうとするアーちゃんに、拍手したくなった。
アキラのこういった発言は、結構頻繁にある。
しかも、こうやって僕たちといるときに、突然飛び出すことが多い。
そういえば、会長本人の前ではあまり言わないって言ってたな……。
その理由を思い出し、自然と顔が熱くなってきちゃった。
とてもイヤラシイ御仕置きをされるから、なんて、そういうことをケロッと言っちゃうのが、アキラだ。
聞かされたほうはどんな顔をしたらいいのか、とても困るんだけどね。
「だからね、東峰の浮気なんてありえねーのっ」
余計な回想で火照った頬を冷ましてる間、アーちゃんはアキラを宥めるべく説得していたらしい。
アキラは何か言いたげに唇をキュッと尖がらせていたけど、黙ってそれを聞いている。
アーちゃんの言うとおり、会長の浮気なんて絶対にありえないことだ。
天地が逆さまになったってないってことを、周囲の人間は皆承知しているのに、どうして当の本人はいつも自信がないんだろう。
アキラは自分の外見が駄目だからって、そればかり気にしてるけど、そんなこと言ったら僕だって……。
「つか、やってくれたら、それはそれで面白いんだけどねー」
「むぅぅぅっ」
そっか、これがアキラが自信を持ちきれない原因のひとつかもしれない。
「性格悪い美人より、性格良いブスって男も多いけど……あんた、特にいいわけじゃないもんなー」
ぎゃははって笑うアーちゃんを見るアキラの瞳が、涙ぐんでるように見えた。
アキラがたまに自分を卑下しちゃうのは、アーちゃんのこういう発言のせいじゃないのかな、なんて思っている。
騒ぐと宥めるくせに、落ち着いたらたまにこうしてからかうアーちゃん。
そりゃアキラだって、自信喪失しちゃうよ。
どうしてそんなことをするんだろう?
アキラのことを何よりも大切に思ってるのに、どうして酷いことを言ったりするんだろ。
会長がアキラを愛してるのは間違いのないことだし、美形でもてるからって浮気も心変わりもありえない。
それをアーちゃんは、誰よりも理解してるはずだ。
どうしてそれをアキラにちゃんと伝えないんだろう。
どうして伝えたあとに、また疑わせるようなことをするんだろう。
分からないことばかりで、だけどさすがに止めてあげないとアキラが気の毒すぎる。
「ア、アーちゃ、」
「長所は、記憶力のみ、か」
唖然とした。
こういった会話には絶対に参加しないアッキーが、本から目を離さずにそんなことを呟いたからだ。
「それもかなり怪しいけどねー」
「ぐしっ」
追い討ちをかけるアーちゃんを、鼻を啜りながら睨みつけるアキラの瞳は潤んでいて、それがとても痛々しかった。
「ア、アキラ、あのねっ、」
どう慰めるか思いつかないまま、アキラに声をかけようとしたその瞬間、アキラが突然に立ち上がった。
そして両の拳を握り締め、アッキーを力強く見据える。
当のアッキーは一瞥すらすることなく、読書を続けていた。
「そもそも美形平凡など成立しないのが、世の道理。ならば僕のように悩むのが正道であり、悩まないなど邪道以外のなにものでもありません!」
「そうだ、その通りだ」
アキラが、また訳の分からないことを言い出しちゃいました。
アーちゃんの掛け声を後押しに、アキラが僕の方へと向き直る。
「アッくん!!」
「は、はい!」
なななななんだろう!?
「だいたいあなたのところも、邪道なのですよ。どうして僕のように苦悩なさらないのですか!?」
「え、えええ、苦悩って!?」
「雅人ほどとは申しませんが、葛西先輩も紛れも無く美丈夫です! 平凡なアッくんは、もっと悩んで然るべき」
「え、えっと、それって、裕輔さんが浮気するとか、しないとかで、ってこと?」
「そうですよ!」
「だ、だって、裕輔さんは、」
裕輔さんとのことをどう考えているのかを、アキラには知ってもらうほうがいいと考えた。
浮気だとか分不相応だとか考えるのが、いかに相手に対して失礼なのかを説明すれば、きっとアキラも会長に対し申し訳ない気持ちが溢れてくるだろうと、期待して。
「アッキー! あなたのところも例外ではありませんよ! しかもお相手は、あのチャラ男さんです。ひとりでは満足できず、何人にもお手を出されていたという実績のある方ですよ」
振るだけ振って、僕の話を聞こうともしなかったアキラには、開いた口が塞がらないほどに驚いたが、アッキーにこんなことを言い出すのには、もっと驚いちゃいました。
だけど、床に這い蹲るようにして体全体を震わせているアーちゃんを発見したら、猛烈に呆れ返った。
アキラの奇行を、心の底から楽しんでるんだ……。
もうっ、どうしてアーちゃんは、こういうことを楽しんだりできるんだよ!?
「あなたのように偏屈で可愛げのない男など、早々に飽きられてしまいますよ!」
ああ、アキラは矛先をアッキーへと向けたままだ。
この手の話題をアッキーに振るなんて、なんて……命知らずなんだろう。
ででででも、最初に参加を表明したのは、アッキーのはずだ。
アキラの長所は「記憶力」のみ、なんて発言をしたんだもの。
動揺と焦りで微妙に混乱した頭は、とりとめのないことばかりを考えてしまう。
「いやいや、アッキーんとこは、美形平凡とは限んないでしょー」
相手にしないアッキーに、これでお終いかと思われたとき、やっぱりアノ人がかき乱しにかかった。
「はっ、僕としたことがその点を失念しておりました。……ああっ、なんたること! 平凡美形など邪道の中でも邪道極まりないジャンル!! 絶滅危惧もなにも、既に絶滅していてもおかしくはないのです!」
いきなりよよと崩れ落ちるアキラに、アーちゃんがぎゃはははと下品な笑いを浴びせかけた。
「僕よりも悲惨です。まったく悲惨すぎます。アッキー、初めてあなたに同情いたしました」
いったいどこに同情すべき点があるのかは謎だけど、アッキーが一切相手しないのが、逆に恐いです。
「いやいや、わかんねーぞ」
ああ、また彼が何か言い出した。
止めなくちゃ、止めなくちゃ。
「あっちのがいろいろ長けてんだから、やっぱここは美形平凡で、」
と、止める――!
「あうあーーーー、みるのっ、なの!」
放課後は、自然とアーちゃんの部屋に集まるのは、キラキラ会の習性かもしれない。
特に約束なんてしてないけど、学校から自室に戻って普段着に着替えたら、宿題を手になんとなく特別棟に向かっている。
出不精のアキラとアーちゃんは大概部屋にいるから、突然訪ねてもいつでも部屋へと招き入れてくれるのが、とてもありがたい。
僕ももともとは結構な出不精だったりする。
姫宮君との一件で、それに拍車がかかったように思っていた。
だけど、たとえ部屋から部屋とはいえ、これも外出に他ならないはずなのに、しょっちゅう訪ねて来てしまうのは、この場所がとても安心できる空間だからだと思う。
他の部屋と大きな違いなんてないのに、アーちゃんの部屋は不思議と居心地が好い。
そういえば、アッキーたちの部屋もとても落ち着く気がする。
それは単なる気の持ちようとは言い切れないほどで、あの明石君も同様に感じてる節があったりするんだ。
もしかしたら、実際に空気が違ってたりして……そういうことは深く追求することじゃないよね。
さて、いつも通りに全員集合となったアーちゃんの部屋。
アキはリビングに入ると、真っ先にTVの電源を入れちゃいます。
といってもニュースとかを観るんじゃなくて、もっぱら録り溜めしたアニメとか、持参したDVDを観ている。
同じ物でも何度も目を通すし、毎月新しい物を何枚も買ったりしてるから、意外と観る物が溜まって大変だそうだ。
まずは録画したアニメが流れている中で、皆でおやつをとることになった。
そして出てきた今日のおやつは、アッキーが焼いてくれたホットケーキ。
アキラが7枚、アキが5枚。
二人ともそれ以上を要求したけど、アッキーとアーちゃんに駄目だしされた。
僕ははちみつをたっぷりとかけて、1枚だけ。
ちなみに、アッキーとアーちゃんは食べてはいない。
二人とも、おやつは3回に1回くらいしか食べないんだよ。
別腹じゃないから、よっぽど小腹が空いてるときじゃないと、食べる気にならないんだって。
僕も別腹ではないけど、やっぱり食べたい気持ちが勝るので、おやつは毎回食べちゃいます。
「あ、う、アーちゃん、みるのよ、アキの、するのよ」
そんなこんなで食べ終ったアキが、はちみつがべったりとついた指を、持参したDVDの方へと伸ばした。
「ああ、こないだ買ったやつね。はいはい、セットしといてやるから、手洗ってきな」
「あい、なのよ」
アキのDVD再生の権限は、実はアーちゃんにあったりします。
普通の、僕なんかからしたら、本当に普通の、使い勝手の良いレコーダーが各部屋には完備されているんだけど、アーちゃんはなぜか自分用のレコーダーを持ってます。
なんでも容量がたっぷりで、すべての記憶媒体に対応してるんだそうだ。
僕にはさっぱりと理解できない理由で購入されたレコーダー。
アーちゃんもアキラも、テレビなんてほとんど観ないのに、そこまでの機能が必要なのかな?
でもそれだけでは終わりません、アーちゃんの部屋の隅には謎のスピーカーが置かれていたりする。
えっと、アンプって言うのかな? つまり音響機器で、5.1chだそうです。
せめて7.1chにしたかったそうだけど、この数字の意味を僕ははっきりとは知らない。
性能に関するものだと理解はしてるんだけど、その違いってなに?
確かに映画館に来たような錯覚に陥ることはあるけど、これって必要あるんだろうかと首を傾げたくなる。
アキラにいわすと、アーちゃんは軽度の機械オタク。
リモコンもたくさんあって下手に触ると怒られるから、アキはこの部屋でビデオを観るときは、全部アーちゃんにセッティングしてもらうのが通例になっています。
「したのよ、おてて、したのよ」
ちゃんと手を洗ってきたアキが、テレビの真前に陣取った。
既にアーちゃんが準備していたDVDが再生されれば、あとはもうアキの自由だ。
アーちゃんはすぐにPCに夢中になり、そのすぐ脇からアキラがいろいろと茶々を入れる。
アッキーは持参した小説をソファに座りながら読み、僕は持ってきた宿題をアーちゃんの前でひたすら片付ける。
これが、キラキラ会の平和な、
「やはりそうですよね」
日常風景……を壊すのは、概ねアキラが原因だったりするのも、いつも通りと言われればいつも通りのことだ。
「なにが?」
かなり投げやりに聞き返したのは、アーちゃん。
なにが、なんて問いながらも、その内容は察してるんだと思う。
アーちゃんのぞんざいな対応に気付かないのか無視してるのか、アキラはやけに神妙な顔つきでこう言った。
「やはり美形攻めと美少年受けが、マジョリティですよね」
ナニが、多数派だって?
「美形攻めに平凡な受けなんて、マイノリティです。ましてや地味な不細工なんて……レッドリストに登録できるやもしれませんね」
「保護する必要ないでしょ…」
アーちゃんの呆れ果てた物言いと表情は、アキラが詰まらないことを言い出したときに100%の確率で齎されるものだ。
つまり、またもやどうでもいいことで騒いでるってことなんだね。
アキとアッキーはこんな状況慣れっこだから、まったく相手にしてはいない。
斯く言う僕もだ。
「ああでも、いかに手を尽くそうとも、どうせ廃れる世界なのです。ならば、放っといても結果は同じですよね」
「んなこたーないっしょ。最近増えて、」
「絶対的マイノリティのこの世界に、未来などありえません。茜さんには、別ジャンルに進まれるが正しい道かと」
「うん、人の話はちゃんと聞こ、」
「そもそも雅人が、僕のような地味で不細工で貧相な男に惚れるなど、おかしな話なのですよ」
「はは、リアルと妄想、どっちがメインだ?」
「両方ですよ!」
「あら、聞いてくれてたのね」
こんなアキラ相手でも、真面目に返そうとするアーちゃんに、拍手したくなった。
アキラのこういった発言は、結構頻繁にある。
しかも、こうやって僕たちといるときに、突然飛び出すことが多い。
そういえば、会長本人の前ではあまり言わないって言ってたな……。
その理由を思い出し、自然と顔が熱くなってきちゃった。
とてもイヤラシイ御仕置きをされるから、なんて、そういうことをケロッと言っちゃうのが、アキラだ。
聞かされたほうはどんな顔をしたらいいのか、とても困るんだけどね。
「だからね、東峰の浮気なんてありえねーのっ」
余計な回想で火照った頬を冷ましてる間、アーちゃんはアキラを宥めるべく説得していたらしい。
アキラは何か言いたげに唇をキュッと尖がらせていたけど、黙ってそれを聞いている。
アーちゃんの言うとおり、会長の浮気なんて絶対にありえないことだ。
天地が逆さまになったってないってことを、周囲の人間は皆承知しているのに、どうして当の本人はいつも自信がないんだろう。
アキラは自分の外見が駄目だからって、そればかり気にしてるけど、そんなこと言ったら僕だって……。
「つか、やってくれたら、それはそれで面白いんだけどねー」
「むぅぅぅっ」
そっか、これがアキラが自信を持ちきれない原因のひとつかもしれない。
「性格悪い美人より、性格良いブスって男も多いけど……あんた、特にいいわけじゃないもんなー」
ぎゃははって笑うアーちゃんを見るアキラの瞳が、涙ぐんでるように見えた。
アキラがたまに自分を卑下しちゃうのは、アーちゃんのこういう発言のせいじゃないのかな、なんて思っている。
騒ぐと宥めるくせに、落ち着いたらたまにこうしてからかうアーちゃん。
そりゃアキラだって、自信喪失しちゃうよ。
どうしてそんなことをするんだろう?
アキラのことを何よりも大切に思ってるのに、どうして酷いことを言ったりするんだろ。
会長がアキラを愛してるのは間違いのないことだし、美形でもてるからって浮気も心変わりもありえない。
それをアーちゃんは、誰よりも理解してるはずだ。
どうしてそれをアキラにちゃんと伝えないんだろう。
どうして伝えたあとに、また疑わせるようなことをするんだろう。
分からないことばかりで、だけどさすがに止めてあげないとアキラが気の毒すぎる。
「ア、アーちゃ、」
「長所は、記憶力のみ、か」
唖然とした。
こういった会話には絶対に参加しないアッキーが、本から目を離さずにそんなことを呟いたからだ。
「それもかなり怪しいけどねー」
「ぐしっ」
追い討ちをかけるアーちゃんを、鼻を啜りながら睨みつけるアキラの瞳は潤んでいて、それがとても痛々しかった。
「ア、アキラ、あのねっ、」
どう慰めるか思いつかないまま、アキラに声をかけようとしたその瞬間、アキラが突然に立ち上がった。
そして両の拳を握り締め、アッキーを力強く見据える。
当のアッキーは一瞥すらすることなく、読書を続けていた。
「そもそも美形平凡など成立しないのが、世の道理。ならば僕のように悩むのが正道であり、悩まないなど邪道以外のなにものでもありません!」
「そうだ、その通りだ」
アキラが、また訳の分からないことを言い出しちゃいました。
アーちゃんの掛け声を後押しに、アキラが僕の方へと向き直る。
「アッくん!!」
「は、はい!」
なななななんだろう!?
「だいたいあなたのところも、邪道なのですよ。どうして僕のように苦悩なさらないのですか!?」
「え、えええ、苦悩って!?」
「雅人ほどとは申しませんが、葛西先輩も紛れも無く美丈夫です! 平凡なアッくんは、もっと悩んで然るべき」
「え、えっと、それって、裕輔さんが浮気するとか、しないとかで、ってこと?」
「そうですよ!」
「だ、だって、裕輔さんは、」
裕輔さんとのことをどう考えているのかを、アキラには知ってもらうほうがいいと考えた。
浮気だとか分不相応だとか考えるのが、いかに相手に対して失礼なのかを説明すれば、きっとアキラも会長に対し申し訳ない気持ちが溢れてくるだろうと、期待して。
「アッキー! あなたのところも例外ではありませんよ! しかもお相手は、あのチャラ男さんです。ひとりでは満足できず、何人にもお手を出されていたという実績のある方ですよ」
振るだけ振って、僕の話を聞こうともしなかったアキラには、開いた口が塞がらないほどに驚いたが、アッキーにこんなことを言い出すのには、もっと驚いちゃいました。
だけど、床に這い蹲るようにして体全体を震わせているアーちゃんを発見したら、猛烈に呆れ返った。
アキラの奇行を、心の底から楽しんでるんだ……。
もうっ、どうしてアーちゃんは、こういうことを楽しんだりできるんだよ!?
「あなたのように偏屈で可愛げのない男など、早々に飽きられてしまいますよ!」
ああ、アキラは矛先をアッキーへと向けたままだ。
この手の話題をアッキーに振るなんて、なんて……命知らずなんだろう。
ででででも、最初に参加を表明したのは、アッキーのはずだ。
アキラの長所は「記憶力」のみ、なんて発言をしたんだもの。
動揺と焦りで微妙に混乱した頭は、とりとめのないことばかりを考えてしまう。
「いやいや、アッキーんとこは、美形平凡とは限んないでしょー」
相手にしないアッキーに、これでお終いかと思われたとき、やっぱりアノ人がかき乱しにかかった。
「はっ、僕としたことがその点を失念しておりました。……ああっ、なんたること! 平凡美形など邪道の中でも邪道極まりないジャンル!! 絶滅危惧もなにも、既に絶滅していてもおかしくはないのです!」
いきなりよよと崩れ落ちるアキラに、アーちゃんがぎゃはははと下品な笑いを浴びせかけた。
「僕よりも悲惨です。まったく悲惨すぎます。アッキー、初めてあなたに同情いたしました」
いったいどこに同情すべき点があるのかは謎だけど、アッキーが一切相手しないのが、逆に恐いです。
「いやいや、わかんねーぞ」
ああ、また彼が何か言い出した。
止めなくちゃ、止めなくちゃ。
「あっちのがいろいろ長けてんだから、やっぱここは美形平凡で、」
と、止める――!
「あうあーーーー、みるのっ、なの!」