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ひねもすのたりのたり

[ひねもすのたりのたり2-4]


久しぶりに一人で朝食を食べた。
アキよりもかなり早くに起床した同居人は朝食の準備を済ませ、既にアキラの元に行っている。
一日シェフは重労働ではあるが、彼ならば絶対にやり遂げるだろう。

「あむ、あむ」

アキも早く準備をせねば。

アッキーの作ってくれたサンドイッチを食べながら、バスの時刻表に目を通す。
苺は街のスーパーで購入する予定だ。
そして、アッくんが作る3個のケーキのうち、アキラ専用のケーキに乗せる。

白いケーキに、赤い苺はさぞ栄えることだろう。

「う、あむ、あむ、おおおおお」

出来上がったケーキを想像しながら食べていると、挟まれていたトマトまで知らぬ間に食していた。
気付かなかった自分がすごい、と妙に興奮するアキなのだった。



まだ時間が早いせいか、バスはかなり空いていた。
空いてる座席に座り、忘れ物はないか念のため確認する。

アキラの作ってくれたデニムの小銭入れは、四角い形状で取り出し口がとても大きい。
長い紐も付いていて、落としたり失くしたりしないよう、首から下げられるようになっているのだ。

ジジジとファスナーを開け中を覗き込んで見る。
バスの回数券と一緒に、ちゃんと682円入っていた。
11月の気温は低いが、どことなくほっこりと暖かくなった胸元を、アキはそっと押さえた。

ちょっとだけ、ドキドキしている。

アキラに誕生日の贈り物ができると考えるだけで、どうしようもなく胸が弾んでしまうのだ。
ああ、ちゃんと甘い甘い苺を購入できるだろうか。
どうしてもアタリハズレがあるのが、フルーツの難儀なところなのだ。
自分は大アタリを選ぶことができるだろうか……。

30分後、バスが街の停車場に止まった。
回数券を運賃箱に落とすと、運転手さんがいってらっしゃいと優しく声を掛けてくれた。

「あい、いくのよ、なの」

アキは笑顔でそう応え、ぴょんとステップから飛び降りる。
外は思った以上に肌寒い。
だけど秋晴れの空は青々と心地好く、とても清清しい空気を運んでくれていた。

まるで天の神様が、アキラの生まれた日を祝福してくれてるようだ。



「あう、ぅぅぅ、あぅあぁぁぁ」

ただ泣くだけの、自分。
首にかかる小銭入れを抱き締め、泣くことしかできない自分に、アキはほとほと呆れかえった。

本当に、自分は愚かで役立たずだ……。

街のスーパーは、品揃えの豊富さで有名だった。
まだ出だしの苺、ハウス物の苺がたくさん並ぶのは、主に12月なのだ。
だけど、あまおうは少し早めの11月から出荷される。
先週の休日に、アキはスーパーに行きチェックしておいた。
価格も色合も、きちんとチェックして……チェック……。

「あぁぁぁん、あうっぅぅ」

先週見たときには、1パック680円で売られていたあまおう。
だけど今日の価格は、780円だった。
そういえば、先週は広告の品と赤い文字で書かれていた気がする。

とんでもないミスをした。
アキの手持ちのお小遣いでは、足りない。
あと、98円も足りないのだ。

一瞬、アッキーに電話を、と考えた。
だけど、それではアキのお小遣いでプレゼントという大前提が覆ってしまう。

アキはアキラと約束したのだ。
アキのお小遣いで、アキラを喜ばせると。

これまで、アキラの誕生日を祝ったことはなかった。
アキラの誕生日は、大切なお母様が亡くなった日だから。
それをアキラは知っている。
だから、祝ったことなんてなかった。

11月13日、アキラはその日、お母様とお父様のことをひっそりと想い偲ぶことに費やす。
アキラは自分の誕生の日を、己の罪を再認識する日と定めているのだ。

アキは、いつも考えていた。
お母様はアキラが生まれた瞬間に、最大の喜びを得たのではないだろうかと。
アキラが年を重ねることを、お母様もお父様も祝福したいのではないかと。
そう、アキは考えていたのだ。

今年、アキは思い切って提案した。
お母様とお父様に、生んでくれてありがとうと言おうと。
そう、アキラに提案してみた。

アッくんも後ろ押ししてくれた。
アーちゃんはただ静かに見ていた。
アッキーも、何も言わずにいた。

そしてアキラは……微笑ながらアキに頷いてくれたのだ。

「皆さんからプレゼントをいただけるとは、今から非常に楽しみです」

そう、言ってくれた。

最初は全員で贈り物をするつもりだった。
だけど、それをアキは拒否したのだ。

ちゃんと自分で選んだ物を、アキラに贈りたかったから。
そしてアキラと約束した。
アキの個人的なお金で、喜ぶ物を贈ると。

だから、アッキーに甘えてはいけないのだ。
ここでアッキーがお金を出せば、それはもうアキからのプレゼントではなくなるのだから。

だけど、だけど……。

「あ、あ、あ、あぅあああああ」

本当は分かっている。
妖精さんや小人さんが悪いんじゃない。

我慢しきれなかった自分が、一番悪いのだ――!!

「あう、あうあぁぁああぁぁ」

自分から約束をしたのに、それを破る不誠実なアキ。
どうしようもなく浅はかなアキに、たくさんの人が声を掛けてくれた。

見知らぬおじさんが、ハンカチをくれた。
見知らぬおばさんは、飴をくれた。
皆が皆、事情を聞こうとしてくれる。

だけど親切な彼らに説明できるだけの言葉を、アキは持たない。
そして、こればかりは誰にも解決できないことなのだと、アキはちゃんと分かっている。

だから、ただ歩き続けていた。
どこをどう歩いているのか、アキにはもう判断がつかない。

「アキ?」

誰かが、アキの名を呼んだ。
どうしようもなくお馬鹿で、どうしようもなく駄目駄目なアキの名を、呼んでくれた。



柔らかい色合いの服を爽やかに着こなした休日の王子様は、優しい笑みを浮かべながら、涙に暮れるアキの話を、ただ黙って聞いてくれた。
きっと、いつも以上に、おかしな言葉になっていることだろう。
だけど王子様――三井右京は、焦れる様子も見せずに、アキの言葉に耳を傾けてくれる。

「そうですか、そんなことが……。アキ、こんな時になんですが、実は急ぎ戻らねばならないのです」

「あ、あい」

どうやら、副会長様はとても忙しいらしい。
そんなときに、アキのことで迷惑を掛けてしまうとは、実に申し訳ないことをしてしまった。

「しかし荷物が重くてどうにもバス停まで辿り着けずに、弱っていたのです。申し訳ないのですが、手伝っていただけますか?」

「い、いいのよ、アキ、するのよ」

忙しいにも関わらず、アキの話を聞いてくれたのだ。
もちろんアキに、否やなどあろうはずがない。

「では、こちらの荷物をお願いします」

「あ、あい、なのよ」

三井は両手に持っていた紙袋の内、ひとつをアキに渡した。

「あう?」

そのあまりの軽さに、アキは少しばかり困惑するも、王子様は菓子より重たい物を持ったことがないのかもしれない、と納得する。

「あ、割れ物なので、丁寧にお願いしますね」

「あい、なのよ」

なんと、割れ物とは。
ならば、慎重に運ばねば。

「新しいカップを買いに来たのですが、駄目ですね、どうにも選びきれなくて、結局気に入った物を全部買ってしまいました」

三井が困ったように笑うから、アキも釣られてクスクスと笑う。
どうやら三井は、少しばかり優柔不断らしい。

どんなカップで、どうして惹かれてしまったのかを、三井はバス停までの道々に語ってくれた。
それがとても楽しくて、いつしかアキの涙も引っ込んだ。

「ふう、アキ、ありがとうございました」

「いいのよ、なの」

バスはもうすぐ来るだろう。
そのバスに、三井は乗車し寮まで戻る。
だけど、アキは……。

項垂れるアキを見詰めながら、三井が財布を手にする。
回数券でも取り出すのかと思いきや、なぜだか二枚の小銭を財布から出してきた。

「お陰で助かりました。お礼をしたいのですが、残念ながら忙しい身なので、これでジュースでも買ってくれませんか?」

「あ、あ、あ、あう……」

これは、もしかして。

「自動販売機の缶ジュースなんて、実に失礼ですけど、本当に時間がないもので……」

「い、いいのよっ、アキ、いいのっ!」

「そうですか、申し訳ありません。今度改めてお礼いたしますね」

ちょうどそこで、バスが到着した。
忙しいと言っていた三井は、慌ててアキの、アキの、震える手の平に小銭を乗せた。

「それではこれで失礼します。アキ、また学校で」

「あ、あい、なの、ありがと、なのよ!」

最後に優雅な微笑みを残し、三井はバスの中へと消えて行った。
どこか放心したように立ち尽くしたまま、アキはバスの後姿を見送る。

手の中に確かに存在するそれを固く握り締め、アキは確信した。

やはり彼は魔法使いなのだ。
アキの窮地に颯爽と現れ、そうして鮮やかに去って行く。

彼のかけた魔法は、アキを救ってくれた。
魔法使いのお手伝い、その報酬150円として――。


ブタさん貯金箱デニム小銭入れの中身――832円
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