ひねもすのたりのたり
[ひねもすのたりのたり2-2]
それを思いついたとき、おもわず自分を褒めたくなった。
お金が無いなら、手に入れればいいのだ。
つまり、アルバイトをすればいい。
本業のかたわら、収入を得るためにする仕事がアルバイト。
暫くの間は戦士業も冒険者もお休み、アキは労働者となるのだ。
「うきゃ、うきゃ、なのよ、のよ」
そうと決まれば、まずは仕事を探さなくてはならない。
普段とは違った目的で周囲に視線を配りながら、アキは校内を走り回っていた。
「あうう」
しかし、手助けを必要としている人は、そういないものだと実感した。
だが、諦めるわけにはいかない。
適当にうろつくだけでは見つからないというならば、こちらから赴けばいい。
「あう、するのよ、アキ、なのよ」
開けっ放しの扉の前で、腰に手をやり高らかに言い放つ。
常に忙しい風紀室。
ここならば、仕事がたくさんあるに違いない。
さぁ、遠慮なくアキに仕事を持ってくるがいい。
風紀室にはアッくんのダーリン葛西裕輔はじめ、副田やその他委員がざっと10名ほどが在室していた。
アキに気付き、なぜか動きを止めた皆の中から、まずは副田が歩み寄ってくる。
「す、鈴木? なんか、あったのか?」
「あう、するの、アキ、おてつ、するのよ」
「はぁぁ?」
お手伝いをするのだと、張り切って宣言するアキに、副田が間抜けな顔で間抜けな返事をしてきた。
「お手伝い?」
次に、アッくんの旦那様がそう声を掛けてきた。
「あう、なの、なのよ」
さすがは葛西、アキの言葉をほぼ理解してくれている。
ちなみに、副田もほぼ理解している。
アキのお手伝いもちゃんと通じていたが、その意味を計りかねての間抜けな返事だった。
「するの、なの」
ちゃんと通じているのなら大丈夫と、アキは机の上に散らばった紙を纏めはじめた。
「あ、おい、鈴木」
アキを止めようとする副田を、葛西が制する。
「その書類はそこのファイルに綴じてくれ。それから、そっちの書類はシュレッダーだ」
「あい、なのよ」
葛西の指差す場所を確認し、アキは承知したと頷いた。
「後は、お前に任せた」
肩を叩かれながらそう言われた副委員長は、やれやれと眉を下げるのだった。
アキはお片付けがあまり好きじゃない、らしい。
いつもアッキーに怒られるから、たぶんそうなんだろうと思うだけ。
但し、キチンとした形の物は、ちゃんと並べておきたい。
たとえば、本。
こういうものは、綺麗に並んでいるほうが気持ち良いと思っている。
風紀室にはファイルや書類や資料など、アキがちゃんと片付けておきたいものが沢山あった。
それらをどんどんとファイリングしていき、最後は棚に戻していく。
いらないものは、ちゃんとシュレッダーにかける。
そんなことをしてるうちに、気が付いたら他の委員たちが見回りから戻ってきた。
どうやらアキの仕事もこれでお終いになりそうだと、いっぱいになったシュレッダーから、紙くずたっぷりの袋を取り出し袋の口をしっかりと結ぶ。
それらの作業を終わらせて、アキはふぅぅっと息を吐きながら、近くの椅子に座り込んだ。
「鈴木、お疲れさん」
「あい、なの、なの」
すぐに副田から、労いの言葉が掛けられた。
「お疲れ様。手伝ってくれた鈴木に、礼をしないとな」
アキの待ち望んだ言葉。
それを齎したのは、葛西、アッくんのダーリンだ。
「あ、あう」
「やっぱ、お菓子っすかね?」
副田の提案に、葛西が頷きかける。
「あ、ああ、ちがうのよ、じゅう、なのよ、じゅう、のよ」
「ジュース? まさか缶ジュースってことか?」
葛西が眉を顰めたくなる気持ちは、アキにも分かる。
いつものアキなら、お菓子という言葉に飛び上がらんばかりに喜ぶのだから。
しかし、今日のアキは違うのだ。
「うんうん、なの」
「じゃあ、買いに、」
「あああ、あう、アキ、するの、いいのよ、アキ、いくのよ」
葛西が言い切る前に、副田が扉に向かってしまった。
それを上着の裾を引っ張ることで引き止めて、自分で買いに行くのだとアキは叫ぶ。
「……なるほど」
なにを思ってか、軽く目を伏せる葛西。
やや、まさかアキの意図に気がついたか。
どうしよう、実はジュースではなく、お金が目的だとばれたら、この恐い風紀委員長はアキを叱るだろうか。
「そうだな俺たちは忙しい。悪いが自分で買いに行ってくれ」
アキの目的に気がついたのか、気がついていないのか、アキの望む言葉をそのまま口にしてくれる葛西。
「あ、あい、なの」
いつもの厳しい表情で財布を取り出す相手に、アキは心の底から感激した。
「本当に、ジュースだけでいいのか?」
アキの手の平に小銭を乗せながら、葛西が不思議な問いかけをする。
「あう? いいのよ、じゅう、なのよ」
「そうか、だったらそれで好きな物を買え。そのまま帰っていいからな」
「あい、ありがと、なのよ」
大急ぎで部屋に駆け戻った。
アッキーがおやつを用意してくれていたけど、まずは自室へと飛び込む。
「あう、あう」
大切なブタさん貯金箱に、葛西から貰った小銭を入れる。
ちゃりんと響くその音は、アキのバイト料150円の音だ。
色んな理由から、心臓がドキドキとしていた。
これでアキラへの誕生日プレゼントが購入できるという喜び。
初めてのバイト料への感動。
そして……嘘を吐いてしまったことへの罪悪感。
アキはとても悪いことをしているのかもしれない。
ジュースを買いなさいと貰ったお金なのに、アキはそのお金を自分のものにしてしまっているのだから。
「ううう、う、あうっ」
このまま嘘を吐き続けていいのかと悩むこと数秒、はたと気がついた。
今の自分にピッタリのことわざを思い出したのだ。
"嘘もペンペン"
物事をうまく運ぶためには、嘘が必要なときもあるという意味だ。
但し、その嘘がばれたとき、お尻ペンペンだけで許される範囲までしか吐いては駄目なのだ。
アキには大きな目的がある、そのために嘘を吐いている。
その嘘は、きっとお尻ペンペンで許される範囲なのだと、そう信じることにしよう。
「うきゃ、なのよ、うきゃ」
かなり気分が楽になったアキは、おやつを食べるためにリビングへと移動した。
今日のおやつは、おからのパウンドケーキだ。
ちょっとだけ気分が滅入ったが、美味しかったからよしとする。
ブタさん貯金箱の中身――295円
それを思いついたとき、おもわず自分を褒めたくなった。
お金が無いなら、手に入れればいいのだ。
つまり、アルバイトをすればいい。
本業のかたわら、収入を得るためにする仕事がアルバイト。
暫くの間は戦士業も冒険者もお休み、アキは労働者となるのだ。
「うきゃ、うきゃ、なのよ、のよ」
そうと決まれば、まずは仕事を探さなくてはならない。
普段とは違った目的で周囲に視線を配りながら、アキは校内を走り回っていた。
「あうう」
しかし、手助けを必要としている人は、そういないものだと実感した。
だが、諦めるわけにはいかない。
適当にうろつくだけでは見つからないというならば、こちらから赴けばいい。
「あう、するのよ、アキ、なのよ」
開けっ放しの扉の前で、腰に手をやり高らかに言い放つ。
常に忙しい風紀室。
ここならば、仕事がたくさんあるに違いない。
さぁ、遠慮なくアキに仕事を持ってくるがいい。
風紀室にはアッくんのダーリン葛西裕輔はじめ、副田やその他委員がざっと10名ほどが在室していた。
アキに気付き、なぜか動きを止めた皆の中から、まずは副田が歩み寄ってくる。
「す、鈴木? なんか、あったのか?」
「あう、するの、アキ、おてつ、するのよ」
「はぁぁ?」
お手伝いをするのだと、張り切って宣言するアキに、副田が間抜けな顔で間抜けな返事をしてきた。
「お手伝い?」
次に、アッくんの旦那様がそう声を掛けてきた。
「あう、なの、なのよ」
さすがは葛西、アキの言葉をほぼ理解してくれている。
ちなみに、副田もほぼ理解している。
アキのお手伝いもちゃんと通じていたが、その意味を計りかねての間抜けな返事だった。
「するの、なの」
ちゃんと通じているのなら大丈夫と、アキは机の上に散らばった紙を纏めはじめた。
「あ、おい、鈴木」
アキを止めようとする副田を、葛西が制する。
「その書類はそこのファイルに綴じてくれ。それから、そっちの書類はシュレッダーだ」
「あい、なのよ」
葛西の指差す場所を確認し、アキは承知したと頷いた。
「後は、お前に任せた」
肩を叩かれながらそう言われた副委員長は、やれやれと眉を下げるのだった。
アキはお片付けがあまり好きじゃない、らしい。
いつもアッキーに怒られるから、たぶんそうなんだろうと思うだけ。
但し、キチンとした形の物は、ちゃんと並べておきたい。
たとえば、本。
こういうものは、綺麗に並んでいるほうが気持ち良いと思っている。
風紀室にはファイルや書類や資料など、アキがちゃんと片付けておきたいものが沢山あった。
それらをどんどんとファイリングしていき、最後は棚に戻していく。
いらないものは、ちゃんとシュレッダーにかける。
そんなことをしてるうちに、気が付いたら他の委員たちが見回りから戻ってきた。
どうやらアキの仕事もこれでお終いになりそうだと、いっぱいになったシュレッダーから、紙くずたっぷりの袋を取り出し袋の口をしっかりと結ぶ。
それらの作業を終わらせて、アキはふぅぅっと息を吐きながら、近くの椅子に座り込んだ。
「鈴木、お疲れさん」
「あい、なの、なの」
すぐに副田から、労いの言葉が掛けられた。
「お疲れ様。手伝ってくれた鈴木に、礼をしないとな」
アキの待ち望んだ言葉。
それを齎したのは、葛西、アッくんのダーリンだ。
「あ、あう」
「やっぱ、お菓子っすかね?」
副田の提案に、葛西が頷きかける。
「あ、ああ、ちがうのよ、じゅう、なのよ、じゅう、のよ」
「ジュース? まさか缶ジュースってことか?」
葛西が眉を顰めたくなる気持ちは、アキにも分かる。
いつものアキなら、お菓子という言葉に飛び上がらんばかりに喜ぶのだから。
しかし、今日のアキは違うのだ。
「うんうん、なの」
「じゃあ、買いに、」
「あああ、あう、アキ、するの、いいのよ、アキ、いくのよ」
葛西が言い切る前に、副田が扉に向かってしまった。
それを上着の裾を引っ張ることで引き止めて、自分で買いに行くのだとアキは叫ぶ。
「……なるほど」
なにを思ってか、軽く目を伏せる葛西。
やや、まさかアキの意図に気がついたか。
どうしよう、実はジュースではなく、お金が目的だとばれたら、この恐い風紀委員長はアキを叱るだろうか。
「そうだな俺たちは忙しい。悪いが自分で買いに行ってくれ」
アキの目的に気がついたのか、気がついていないのか、アキの望む言葉をそのまま口にしてくれる葛西。
「あ、あい、なの」
いつもの厳しい表情で財布を取り出す相手に、アキは心の底から感激した。
「本当に、ジュースだけでいいのか?」
アキの手の平に小銭を乗せながら、葛西が不思議な問いかけをする。
「あう? いいのよ、じゅう、なのよ」
「そうか、だったらそれで好きな物を買え。そのまま帰っていいからな」
「あい、ありがと、なのよ」
大急ぎで部屋に駆け戻った。
アッキーがおやつを用意してくれていたけど、まずは自室へと飛び込む。
「あう、あう」
大切なブタさん貯金箱に、葛西から貰った小銭を入れる。
ちゃりんと響くその音は、アキのバイト料150円の音だ。
色んな理由から、心臓がドキドキとしていた。
これでアキラへの誕生日プレゼントが購入できるという喜び。
初めてのバイト料への感動。
そして……嘘を吐いてしまったことへの罪悪感。
アキはとても悪いことをしているのかもしれない。
ジュースを買いなさいと貰ったお金なのに、アキはそのお金を自分のものにしてしまっているのだから。
「ううう、う、あうっ」
このまま嘘を吐き続けていいのかと悩むこと数秒、はたと気がついた。
今の自分にピッタリのことわざを思い出したのだ。
"嘘もペンペン"
物事をうまく運ぶためには、嘘が必要なときもあるという意味だ。
但し、その嘘がばれたとき、お尻ペンペンだけで許される範囲までしか吐いては駄目なのだ。
アキには大きな目的がある、そのために嘘を吐いている。
その嘘は、きっとお尻ペンペンで許される範囲なのだと、そう信じることにしよう。
「うきゃ、なのよ、うきゃ」
かなり気分が楽になったアキは、おやつを食べるためにリビングへと移動した。
今日のおやつは、おからのパウンドケーキだ。
ちょっとだけ気分が滅入ったが、美味しかったからよしとする。
ブタさん貯金箱の中身――295円