ひねもすのたりのたり
[ひねもすのたりのたり2-1]
この部屋には、妖精さんが住んでいる。
いや、もしかしたら小人さんかもしれない。
どちらにしろ、不思議な生物が生息しているのは間違いない。
「あうぅ、あうあぁぁ……」
100円玉1枚と10円玉が4枚、そして5円玉が1枚転がった机の前で、アキは小さな頭を抱え呻った。
アッキーから3000円分の500円玉と100円玉を貰ったのは、今月初めのこと。
それなのに、半ばにしてこれだけしか残っていないなんて、またもや妖精さんが現れたとしか思えない。
試しに、ピンクのブタさんを振ってみた。
やっぱりチャリンとも言わない。
ブタさん貯金箱の中身は空っぽということだ。
「あう、ううう」
確かにあったはずのお小遣いが、いつの間にか消えてしまう毎月ごとの不思議現象。
ここで妖精さんなり小人さんなりが現れて、アキくんごめんね、と言ってくれるならともかく、さすがに今回は仕方ないでは済まされない。
今日は11月10日、かなり肌寒くなったこの月の13日に、とても大切なイベントが控えているのだ。
今日を入れてたった3日しかない。
そう、11月13日は、とてもとても大事な日なのだ。
アキの大好きな大好きな友人のひとりアキラが、この世に生を受けた大切な日なのだから。
アーちゃんの誕生日には皆でお金を出し合って、なんとかいうブランドのシャツをプレゼントした。
アキはちゃんと200円出したのだ。
アッキーの誕生日には、皆で一日お母さんをした。
アキはちゃんとお風呂掃除をしたのだ。
そしてアキラの誕生日……個別で何かをすることになっている。
アッキーは一日中アキラのコックさんをすることになった、
朝目覚めてから夜寝るまでの間、いったいどれほどの時間キッチンに立つことになるんだろう。
とても可哀想かもしれない。
アーちゃんは一日パシリ。
いつもとあまり変わりないが、アキラに言われるままにおやつだろうと飲み物だろうと自費で購入し、はてはトイレ掃除だろうが肩揉みだろうがしなければならない。
意外に過酷だ。
アッくんは、大きなケーキを3個も焼くと言っていた。
これは、かなりの重労働だ。
そして、アキは……食への欲求の強いアキラのために、甘くて美味しい苺を贈るつもりでいた。
時季が時季だけに当然ハウス物だが、みずみずしくて濃厚で後味すっきりな、大きな赤い宝石あまおうは、この時季でも充分に食べ応えが有る。
しかし、それなりの高級品だ。
だから、お小遣いの確認をしていたというのに、さすがに145円での購入は無理だろう。
誕生日まであと3日。
アキはひとり自室にて苦悩するのであった。
1日経っても、解決策など見つからない。
「あうぅぅ」
昨日に引き続き情けない呻き声を出すだけで、今日も終わってしまうのだろうか。
何かいい案はないものかと、アキは途方に暮れながらただ校内を彷徨っていた。
「う、あ?」
そんなアキの目の前を横切るひとりの生徒。
ここは学校なのだから、そんな光景はよくあることだ。
だが、アキの視線はその生徒に釘付けとなった。
やけにふらふらとした足取りで、歩いていたから。
当然お酒を飲んでいるわけではない、体調が悪いわけでもなさそうだ。
ただ両腕に抱える3箱の段ボール箱が、彼の視界を危うくしているだけ。
すかさず後を追いかけて、相手を驚かせないよう慎重に声をかける。
「う、あう、むらかみくん、なの、のよ」
「あ、鈴木君」
アキに気付いた相手は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
両腕が微かにプルプルしているのを、アキは見逃さない。
「おおいのよ、なのよ、アキ、するのよ」
重そうだから、アキが手伝うと申し出てみた。
失礼ながら、村上の体躯は見るからに貧弱だ。
アキラまでとはいかないが、それでも重い荷物をたくさん持つのは彼には辛い作業だろう。
顔見知りとしては、その窮地を放っておくことはできない。
「ありがとう鈴木君。でも、大丈夫だよ」
どうみても無理をしている笑みに、アキは両手を伸ばして一番下の荷物を揺すった。
「あ、あああああ」
当然のことながらバランスを崩した村上は、その場にしゃがみこむようにして荷物を置いた。
「う、あう」
「す、鈴木君っ」
とりあえず、一番上の荷物を持ってみた。
大きさはそれほどなく、かなり軽い。
それは一旦脇に置き、二番目の荷物を抱えてみる。
こちらはそこそこ大きく、重さもそれなりにある。
最後に一番下の荷物を持ってみた。
これもそれなりに重たい。
よし、この最後の荷物を持つことにしよう。
早々にそこまで決めて、アキは改めて一番下の荷物を抱え上げた。
「いくのよ、なのよ」
「鈴木君。……ありがとう」
笑顔で礼を言いながら、残りの荷物を重ね持った村上は、アキを先導するように歩き出した。
その足取りは三段重ねでの移動のときよりもかなりしっかりしていて、アキはそれを嬉しく感じるのだった。
「手伝ってくれて、ありがとう」
「いいのよ、なのよ」
荷物を運び入れた先は、例の副会長の庭園だった。
頼んでいた肥料と土が届いたということで、それらを一度の移動で運ぼうとしたところにアキと出くわしたのだ。
ちなみに、あの軽い荷物は紅茶だった。
ついでとばかりに、箱から取り出したそれらを棚に仕舞うのも手伝ったアキは、今心地良い倦怠感に見舞われている。
とはいえ、この程度ではそれほど疲れはしないが。
「あ、そうだ、喉渇かない?」
「う、ああ」
「お礼代わりに僕が奢るよ、といっても缶ジュースだけどね」
「うおう、ありがと、なのよ」
謝礼なんて期待してたわけじゃないが、村上の好意を素直に受け入れることにした。
実際、ジュースは飲みたいし。
「それじゃ、行こうか」
「あい、なのよ」
副会長の大切な庭園を後にして、次に目指すは自動販売機。
たくさん並んだジュースの缶を見ながら、アキはどれにするかを決めかねていた。
村上は、既にぶどうのジュースを手にしている。
「あう、あう、アキ、するの、なのよ」
「大丈夫。ゆっくり考えてね」
すぐに決めるから待ってとお願いしたところ、村上はニコニコと微笑みながら頷いてくれた。
ああ、だからといってその言葉に甘えてはいけない。
ぶどうのジュースが温くなってしまえば、きっと美味しさが半減してしまうだろう。
そうなれば村上はもちろん、作ってくれた会社にも悪い。
「あ、う」
しかし困った。
オレンジにするか、それともグレープフルーツにするか……うぬぬ、りんごも捨てがたい。
「あ、ちょっとごめんね」
いまだ悩むアキの横で、村上がポケットから携帯を取り出した。
どうやら、メールが来たらしい。
村上は携帯の画面に目を走らせたあと、、非常に申し訳無さそうな表情でアキに視線を戻した。
「あう?」
「ごめん鈴木君。僕、すぐに行かないといけなくて…」
なにやら急を要する用事ができたということらしい。
ならば仕方がない、ジュースは諦めよう。
「いいのよ、アキ、いいの、いくのよ」
一緒にジュースを飲むなどいつでも出来るのだ。
今は用事を片付けるほうが大事だろう。
「本当にごめんね。あ、そうだ、これで好きなの買って飲んで」
「あう、いいの、いいのよ、アキ、いいの」
財布から小銭を取り出す村上に、アキは慌てて手を振りながらそれを辞退した。
そもそも、なかなか決められなかったアキが悪いのだ。
「それじゃ僕の気が済まないんだ。お願い、僕のためだと思って」
「あう」
半ば押し付けられるようにして握らされた150円。
それを見て、村上は満足そうに去って行った。
残されたアキは、一度手の中の小銭を眺め、それから自動販売機に投入した。
これは、村上の気持ちなのだ。
だったら、ありがたく頂戴するのがいい。
アキは躊躇うことなくりんごジュースのボタンを押した。
甘くて濃厚なりんごジュースは、実に美味しかった。
空っぽになった空き缶をゴミ箱に入れながら、ふと思う。
そうだ、この手があった。
これならばアキラの誕生日までに、目標の金額に達する可能性がある。
そうと決まればのんびりとはしていられない。
さぁ、忙しくなってきた。
この部屋には、妖精さんが住んでいる。
いや、もしかしたら小人さんかもしれない。
どちらにしろ、不思議な生物が生息しているのは間違いない。
「あうぅ、あうあぁぁ……」
100円玉1枚と10円玉が4枚、そして5円玉が1枚転がった机の前で、アキは小さな頭を抱え呻った。
アッキーから3000円分の500円玉と100円玉を貰ったのは、今月初めのこと。
それなのに、半ばにしてこれだけしか残っていないなんて、またもや妖精さんが現れたとしか思えない。
試しに、ピンクのブタさんを振ってみた。
やっぱりチャリンとも言わない。
ブタさん貯金箱の中身は空っぽということだ。
「あう、ううう」
確かにあったはずのお小遣いが、いつの間にか消えてしまう毎月ごとの不思議現象。
ここで妖精さんなり小人さんなりが現れて、アキくんごめんね、と言ってくれるならともかく、さすがに今回は仕方ないでは済まされない。
今日は11月10日、かなり肌寒くなったこの月の13日に、とても大切なイベントが控えているのだ。
今日を入れてたった3日しかない。
そう、11月13日は、とてもとても大事な日なのだ。
アキの大好きな大好きな友人のひとりアキラが、この世に生を受けた大切な日なのだから。
アーちゃんの誕生日には皆でお金を出し合って、なんとかいうブランドのシャツをプレゼントした。
アキはちゃんと200円出したのだ。
アッキーの誕生日には、皆で一日お母さんをした。
アキはちゃんとお風呂掃除をしたのだ。
そしてアキラの誕生日……個別で何かをすることになっている。
アッキーは一日中アキラのコックさんをすることになった、
朝目覚めてから夜寝るまでの間、いったいどれほどの時間キッチンに立つことになるんだろう。
とても可哀想かもしれない。
アーちゃんは一日パシリ。
いつもとあまり変わりないが、アキラに言われるままにおやつだろうと飲み物だろうと自費で購入し、はてはトイレ掃除だろうが肩揉みだろうがしなければならない。
意外に過酷だ。
アッくんは、大きなケーキを3個も焼くと言っていた。
これは、かなりの重労働だ。
そして、アキは……食への欲求の強いアキラのために、甘くて美味しい苺を贈るつもりでいた。
時季が時季だけに当然ハウス物だが、みずみずしくて濃厚で後味すっきりな、大きな赤い宝石あまおうは、この時季でも充分に食べ応えが有る。
しかし、それなりの高級品だ。
だから、お小遣いの確認をしていたというのに、さすがに145円での購入は無理だろう。
誕生日まであと3日。
アキはひとり自室にて苦悩するのであった。
1日経っても、解決策など見つからない。
「あうぅぅ」
昨日に引き続き情けない呻き声を出すだけで、今日も終わってしまうのだろうか。
何かいい案はないものかと、アキは途方に暮れながらただ校内を彷徨っていた。
「う、あ?」
そんなアキの目の前を横切るひとりの生徒。
ここは学校なのだから、そんな光景はよくあることだ。
だが、アキの視線はその生徒に釘付けとなった。
やけにふらふらとした足取りで、歩いていたから。
当然お酒を飲んでいるわけではない、体調が悪いわけでもなさそうだ。
ただ両腕に抱える3箱の段ボール箱が、彼の視界を危うくしているだけ。
すかさず後を追いかけて、相手を驚かせないよう慎重に声をかける。
「う、あう、むらかみくん、なの、のよ」
「あ、鈴木君」
アキに気付いた相手は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
両腕が微かにプルプルしているのを、アキは見逃さない。
「おおいのよ、なのよ、アキ、するのよ」
重そうだから、アキが手伝うと申し出てみた。
失礼ながら、村上の体躯は見るからに貧弱だ。
アキラまでとはいかないが、それでも重い荷物をたくさん持つのは彼には辛い作業だろう。
顔見知りとしては、その窮地を放っておくことはできない。
「ありがとう鈴木君。でも、大丈夫だよ」
どうみても無理をしている笑みに、アキは両手を伸ばして一番下の荷物を揺すった。
「あ、あああああ」
当然のことながらバランスを崩した村上は、その場にしゃがみこむようにして荷物を置いた。
「う、あう」
「す、鈴木君っ」
とりあえず、一番上の荷物を持ってみた。
大きさはそれほどなく、かなり軽い。
それは一旦脇に置き、二番目の荷物を抱えてみる。
こちらはそこそこ大きく、重さもそれなりにある。
最後に一番下の荷物を持ってみた。
これもそれなりに重たい。
よし、この最後の荷物を持つことにしよう。
早々にそこまで決めて、アキは改めて一番下の荷物を抱え上げた。
「いくのよ、なのよ」
「鈴木君。……ありがとう」
笑顔で礼を言いながら、残りの荷物を重ね持った村上は、アキを先導するように歩き出した。
その足取りは三段重ねでの移動のときよりもかなりしっかりしていて、アキはそれを嬉しく感じるのだった。
「手伝ってくれて、ありがとう」
「いいのよ、なのよ」
荷物を運び入れた先は、例の副会長の庭園だった。
頼んでいた肥料と土が届いたということで、それらを一度の移動で運ぼうとしたところにアキと出くわしたのだ。
ちなみに、あの軽い荷物は紅茶だった。
ついでとばかりに、箱から取り出したそれらを棚に仕舞うのも手伝ったアキは、今心地良い倦怠感に見舞われている。
とはいえ、この程度ではそれほど疲れはしないが。
「あ、そうだ、喉渇かない?」
「う、ああ」
「お礼代わりに僕が奢るよ、といっても缶ジュースだけどね」
「うおう、ありがと、なのよ」
謝礼なんて期待してたわけじゃないが、村上の好意を素直に受け入れることにした。
実際、ジュースは飲みたいし。
「それじゃ、行こうか」
「あい、なのよ」
副会長の大切な庭園を後にして、次に目指すは自動販売機。
たくさん並んだジュースの缶を見ながら、アキはどれにするかを決めかねていた。
村上は、既にぶどうのジュースを手にしている。
「あう、あう、アキ、するの、なのよ」
「大丈夫。ゆっくり考えてね」
すぐに決めるから待ってとお願いしたところ、村上はニコニコと微笑みながら頷いてくれた。
ああ、だからといってその言葉に甘えてはいけない。
ぶどうのジュースが温くなってしまえば、きっと美味しさが半減してしまうだろう。
そうなれば村上はもちろん、作ってくれた会社にも悪い。
「あ、う」
しかし困った。
オレンジにするか、それともグレープフルーツにするか……うぬぬ、りんごも捨てがたい。
「あ、ちょっとごめんね」
いまだ悩むアキの横で、村上がポケットから携帯を取り出した。
どうやら、メールが来たらしい。
村上は携帯の画面に目を走らせたあと、、非常に申し訳無さそうな表情でアキに視線を戻した。
「あう?」
「ごめん鈴木君。僕、すぐに行かないといけなくて…」
なにやら急を要する用事ができたということらしい。
ならば仕方がない、ジュースは諦めよう。
「いいのよ、アキ、いいの、いくのよ」
一緒にジュースを飲むなどいつでも出来るのだ。
今は用事を片付けるほうが大事だろう。
「本当にごめんね。あ、そうだ、これで好きなの買って飲んで」
「あう、いいの、いいのよ、アキ、いいの」
財布から小銭を取り出す村上に、アキは慌てて手を振りながらそれを辞退した。
そもそも、なかなか決められなかったアキが悪いのだ。
「それじゃ僕の気が済まないんだ。お願い、僕のためだと思って」
「あう」
半ば押し付けられるようにして握らされた150円。
それを見て、村上は満足そうに去って行った。
残されたアキは、一度手の中の小銭を眺め、それから自動販売機に投入した。
これは、村上の気持ちなのだ。
だったら、ありがたく頂戴するのがいい。
アキは躊躇うことなくりんごジュースのボタンを押した。
甘くて濃厚なりんごジュースは、実に美味しかった。
空っぽになった空き缶をゴミ箱に入れながら、ふと思う。
そうだ、この手があった。
これならばアキラの誕生日までに、目標の金額に達する可能性がある。
そうと決まればのんびりとはしていられない。
さぁ、忙しくなってきた。