榊著、晃様御成長記録
[榊著、晃様御成長記録2]
晃様が難産の末にようやく御誕生めされてから、5ヶ月も過ぎた頃のお話をさせていただきましょう。
そのお血筋ゆえかお身体は実に小さく、なかなか御成長の兆しが見えないことだけが不安ではあり申したが、それ以外はいたってお健やかにお育ちでございました。
夜鳴きなさることはなく、お首のすわりも早く、ただ赤子のわりに静かに泣くことしかなさらないのは、少々気には懸かりましたが。
「おやおや、お元気でございますな」
総代との会談を終えた夜更け、とうにお眠りであろうと立ち寄ったお部屋では、まだまだ眠気などもよおしてはいないご様子の晃様が出迎えてくださった。
布団の上にうつ伏せた夜着姿の晃様が、小さな手足を落ち着きなくばたつかせていらっしゃる。
紅殿たちが困ったように見守る中、今にもどこかへ這いずって行きそうな気配だ。
「昼のうちによくお眠りになられたせいか、なかなか寝付かれぬご様子です」
紅殿が諦めたように、おくるみで晃様を包み始めた。
「少し動けば、きっとお眠りになるでしょう」
どうやら寝付くまでの間、抱いてあやすようだ。
「よければ某(それがし)に」
「あら、榊殿がお抱きになられますか」
お首がしっかりなさるまでは当然のことながら、その後もやはり恐々としかお抱き申すことができなかったが、今ではかなり上達したと自負している。
お身体が小さい反面、お腰の具合はしっかりなさっておられるから、もう以前のように怯えることもない。
3人の侍女たちがおかしそうに笑い声を漏らす中、紅殿から桃色のおくるみに包まれた晃様を託された。
正絹の色鮮やかな美しい一つ身のおくるみは、総代の命を享け継埜たちが用意した物のひとつ。
他にも、懇意にしている職人たちの手により、丁寧に織られ仕立てられた御衣裳やお道具類が、晃様の納殿(おさめどの、納戸)へと日々運ばれている。
「少しは御身大きくなられましたかな」
晃様の好まれる縦抱きでお抱きもうしあげながら、そう囁きかければ、すぐに肩の辺りをペチペチと叩かれた。
いつも考えてしまう。
ひょっとして晃様は、こちらの言葉をご理解なさっているのではなかろうか、と。
しかし、まだ5ヶ月の赤様に、まさかという気持ちのほうが強く、その考えは常に消し去ることにしていた。
「もう桜はございませんが、葉桜見物と参りましょうか」
そのまま広い部屋を横切り、壁際へと歩を進める。
すぐさま侍女たちが障子を開けば、丸く切り取られた空間から、外の庭を一望することができた。
指紋ひとつ、埃ひとつない丸い窓硝子から見える樹木は、既に季節を逸してはいるもののその麗姿に翳りはない。
真昼に見るとは異なり、月明かりだけを頼りに臨む光景は、新緑の葉の瑞々しさが埋もれ、また別の艶を引き出していた。
「う、んー、あー」
健やかではあられるが、咽頭部が発達しきっていないせいか、その年の赤子と比べ晃様のお言葉の成長は少しばかり遅い。
簡単な略語程度もいまだ発することはできないが、晃様のご様子からして、どうやら少しばかり不機嫌なことが見て取れた。
「どうなさいましたか?」
抱き方が悪いのかと多分に焦る心を静めながら、心持ち返事を期待して問うてみた。
「んー、あっ、ああ、うううー」
おくるみの中から必死で手を伸ばし、なにかしら訴えているような仕草に、いよいよもって焦燥感が募る。
「外に何か見えまするか?」
伸ばした先には硝子窓、外が暗いため晃様のお姿がぼんやりと映し出されている、もちろん私の姿も。
晃様の視線は、どうやら硝子に映る御自分へと向けられておるようだ。
もしかしたら、向こう側に人がいると思っておられるのやも知れぬ。
そう考えれば、なんとも愛らしい仕草ではないか。
「晃様、窓に映っておりまするは、貴方様のお姿でございますよ。ほら、私も一緒に映っておりますでしょう」
あまりの可愛らしさに自然と頬を緩めながら、鏡面と化した硝子との距離をいささか縮める。
晃様は一瞬不思議そうに私を見た後、またすぐに硝子へと視線を戻した。
好奇心からか、黒目がちの小さな瞳を、じっくりと硝子へと注がれる姿は、紅殿と侍女たちをも微笑ませ……、
「ど、どうなさりました?」
晃様のまだ薄い眉毛が、見るからにはっきりと寄せられていく。
そして、すべすべとした白い眉間には、浅い皺が。
「う、うう、あ、あーん、いー、いやーーー、ちゃー、ちや、ちやう、あーん、やー、いやー」
「あ、晃様!?」
途端、火が点いたように泣き叫ぶ晃様に動転する。
すぐさま紅殿が脇から現れ、泣く赤子に手も足も出せないでいる私から、晃様を奪い取った。
「いやー、やー、ちやう、ちやう」
「そうですか、違いましたか」
意味を理解してのことではなかろうが、紅殿は晃様のお言葉に同意し何度も頷き、優しく背を叩き続けた。
これほどに泣く晃様を目にしたのは、初めてのこと。
紅殿と一緒に晃様を宥めている侍女たちを目の端にとどめながら、言いようのない不安の過ぎる胸を押さえる。
力の限りに泣いたせいか、すぐに晃様は疲れ果て、そのまま寝入ってしまわれた。
紅殿がそっと布団へと移動させ、そうしてようやく私の動揺もおさまりはじめた。
「い、いったい何がご不満だったのでしょう」
「榊殿、どうぞお気落ちなきよう。御子様にはよくあることでございます」
確かに普通の御子であるならば、急にむずかるなどとはよくあることであろう。
とはいえ、妻子ありながら子育ての経験のない私には、情けないことによく分からぬが。
「しかし、こんなことは一度も」
ないはずだ。
晃様の日常は絶えず総代の耳へと届けられ、また、私たちも耳にしている。
「今までがお手がかからなさすぎたのでございます。むしろ、これくらいのほうが、良いかと」
そういうものなのだろうか。
これといって慌ててはいない侍女たち、やはり私が気にしすぎなのかもしれない。
「それよりも、初めてのお言葉が"いや"と"違う"では、総代がどう思われるか」
クスクスと笑う紅殿の姿に、大事なことを思い出した。
そうだ、今のお言葉は、晃様にとっては初めてのまともなお言葉なのだ。
呻り声に近い発声しかできなかったこの御方が、初めてそれ以外のお言葉を発せられたというのに……。
なにも私の名を最初に呼んでくださるのでは、などと大それたことは期待してはいない。
「じいじいが最初だと期待なさっておいででしたのに、まことに残念ですわ」
そうなのだ、総代は大いに期待なさっていたのだ。
晃様のもとへと日参なさりながら、周りのモノにもじいじいと呼ばせていた総代の姿が思い出される。
その期待が儚くも散ってしまうとは、実にお傷ましいことこのうえない。
「いったい、何がいやで何が違ったのでしょうか…」
今さらそんなことを知ったとてどうにもならぬが、せめて理由でも分かればなどと詮無いことを考えた。
「さあ、御子様のお考えになることは、どうにも分からないことだらけです」
確かに、まだまだ言葉も不自由な赤子が、何を考えているかなどさっぱりと理解はできない。
自分にも同じ時があったとはいえ、残念ながらその当時のことなど、何一つ覚えてはいないものだ。
いつか尋ねてみたいとは思っても、晃様が御成長なされた折には、この日のことも忘れ去られてしまうのであろう。
「とまあ、斯様なことがございまして」
話し終える前から、既に涙を見せる勢いで腹を抱えて笑う相手に、無礼などという気持ちは湧いてはこない。
むしろ、あの当時の晃様が何を訴え泣いたのかを、彼ならばご存知なのではと期待している。
「あーひゃっひゃっひゃ、うけるーー、マジうけるーー」
「守人様、いったい何がそこまで受けるのでございましょうか?」
晃様の学園でのご様子は、すべて東殿から聞き及んでいる。
生活態度に関してもお任せし、なにかしら事を起こせば御仕置き云々も視野にとお願いしてあるが、やはり一番身近な要人からの聞き取りも大切。
そういうわけで、機会あれば守人様より晃様のご報告を受けるつもりが、なぜかいつも彼のペースにはまり、気がつけば私ばかり話すことが多く、本日も、幼き頃の晃様のことをお聞かせしたばかりだ。
何がそれ程におかしいのか甚だ疑問ではあるが、まだ笑い止まぬ相手へと再度口を開く。
「守人様、何かしらお心当たりがおありなら、どうぞこの爺にご教示願いたい」
「んあ? ちょっとー、まさか分かんないとか言っちゃう?」
「恥ずかしながら、晃様がお泣きになった理由が、某にはさっぱり」
「うっそー、マジで!?」
「マジでございます」
幼きときよりお傍につき、奥院を出られてから学園に入られるまでは、生活のすべてを共にしてはきたが、やはり年老いた身では、お若い晃様の感性など想像すらつかない。
ご本人に確認したくとも、あのように酷く泣いた思い出を、御自身の口から語らせることは憚られる。
なにより、私の抱き方が悪かったのだと言われることが、怖ろしい。
「やはり、某の抱き方が…」
「いやいや、まったく関係ないでしょ」
「では、いったい何がいやで違ったのでございましょうか」
よくよく考えれば、守人様は直接ご覧になったわけではない。
そこになにかしらの理由があったわけではなく、やはり私の抱き方がお気に召さなかっただけかもしれぬのだ。
「あのさー、俺はアキラの御母堂様にお会いしたことないし、写真なんかも見たことないけど、美人だったんでしょ」
「は?」
「御尊父様も、イケメンだったんでしょ」
「活け麺?」
「とにかく、アキラのご両親は綺麗なお顔立ちだったわけだ。総代も」
守人様は何を仰りたいのであろうか。
確かに晃様の御祖父様にあたられる総代も御尊父様も、素晴らしく整ったご容貌であらした。
御母堂様にいたっては、年召すごとに愛らしさが増し、晃様を御身篭りになられてからは、日毎女性としての美しさが溢れておられた。
もしお外にてお過ごしであられれば、皆様一様に他者を魅了なさることとなり、我らの気苦労は絶えなかったであろう。
「確かに、皆様実にお美しくあらせました。晃様はまことよく似ておいででございます」
日々愛らしくなってゆかれる晃様に、やはり血は争えぬとしみじみ感じ入ったものだ。
御母堂様そっくりに御成長なされたことで、東殿を惑わしてしまったことは、晃様にとっては心安からぬことであったやもしれぬが、それも致し方あるまい。
「…………あ、そうですか」
「それが、なにか?」
「いえいえ、なんもないです。……やっぱ、爺さんの抱き方が悪かったんじゃねーの」
「や、やはり、某が原因でございますかっ!」
「うん、もうそれしか思いつかねー」
アキラの両親や祖父が地味だったわけじゃありません。
本当に美形家族でした。
単に、榊のフィルターが有り得ないほどに強力なだけですw
晃様が難産の末にようやく御誕生めされてから、5ヶ月も過ぎた頃のお話をさせていただきましょう。
そのお血筋ゆえかお身体は実に小さく、なかなか御成長の兆しが見えないことだけが不安ではあり申したが、それ以外はいたってお健やかにお育ちでございました。
夜鳴きなさることはなく、お首のすわりも早く、ただ赤子のわりに静かに泣くことしかなさらないのは、少々気には懸かりましたが。
「おやおや、お元気でございますな」
総代との会談を終えた夜更け、とうにお眠りであろうと立ち寄ったお部屋では、まだまだ眠気などもよおしてはいないご様子の晃様が出迎えてくださった。
布団の上にうつ伏せた夜着姿の晃様が、小さな手足を落ち着きなくばたつかせていらっしゃる。
紅殿たちが困ったように見守る中、今にもどこかへ這いずって行きそうな気配だ。
「昼のうちによくお眠りになられたせいか、なかなか寝付かれぬご様子です」
紅殿が諦めたように、おくるみで晃様を包み始めた。
「少し動けば、きっとお眠りになるでしょう」
どうやら寝付くまでの間、抱いてあやすようだ。
「よければ某(それがし)に」
「あら、榊殿がお抱きになられますか」
お首がしっかりなさるまでは当然のことながら、その後もやはり恐々としかお抱き申すことができなかったが、今ではかなり上達したと自負している。
お身体が小さい反面、お腰の具合はしっかりなさっておられるから、もう以前のように怯えることもない。
3人の侍女たちがおかしそうに笑い声を漏らす中、紅殿から桃色のおくるみに包まれた晃様を託された。
正絹の色鮮やかな美しい一つ身のおくるみは、総代の命を享け継埜たちが用意した物のひとつ。
他にも、懇意にしている職人たちの手により、丁寧に織られ仕立てられた御衣裳やお道具類が、晃様の納殿(おさめどの、納戸)へと日々運ばれている。
「少しは御身大きくなられましたかな」
晃様の好まれる縦抱きでお抱きもうしあげながら、そう囁きかければ、すぐに肩の辺りをペチペチと叩かれた。
いつも考えてしまう。
ひょっとして晃様は、こちらの言葉をご理解なさっているのではなかろうか、と。
しかし、まだ5ヶ月の赤様に、まさかという気持ちのほうが強く、その考えは常に消し去ることにしていた。
「もう桜はございませんが、葉桜見物と参りましょうか」
そのまま広い部屋を横切り、壁際へと歩を進める。
すぐさま侍女たちが障子を開けば、丸く切り取られた空間から、外の庭を一望することができた。
指紋ひとつ、埃ひとつない丸い窓硝子から見える樹木は、既に季節を逸してはいるもののその麗姿に翳りはない。
真昼に見るとは異なり、月明かりだけを頼りに臨む光景は、新緑の葉の瑞々しさが埋もれ、また別の艶を引き出していた。
「う、んー、あー」
健やかではあられるが、咽頭部が発達しきっていないせいか、その年の赤子と比べ晃様のお言葉の成長は少しばかり遅い。
簡単な略語程度もいまだ発することはできないが、晃様のご様子からして、どうやら少しばかり不機嫌なことが見て取れた。
「どうなさいましたか?」
抱き方が悪いのかと多分に焦る心を静めながら、心持ち返事を期待して問うてみた。
「んー、あっ、ああ、うううー」
おくるみの中から必死で手を伸ばし、なにかしら訴えているような仕草に、いよいよもって焦燥感が募る。
「外に何か見えまするか?」
伸ばした先には硝子窓、外が暗いため晃様のお姿がぼんやりと映し出されている、もちろん私の姿も。
晃様の視線は、どうやら硝子に映る御自分へと向けられておるようだ。
もしかしたら、向こう側に人がいると思っておられるのやも知れぬ。
そう考えれば、なんとも愛らしい仕草ではないか。
「晃様、窓に映っておりまするは、貴方様のお姿でございますよ。ほら、私も一緒に映っておりますでしょう」
あまりの可愛らしさに自然と頬を緩めながら、鏡面と化した硝子との距離をいささか縮める。
晃様は一瞬不思議そうに私を見た後、またすぐに硝子へと視線を戻した。
好奇心からか、黒目がちの小さな瞳を、じっくりと硝子へと注がれる姿は、紅殿と侍女たちをも微笑ませ……、
「ど、どうなさりました?」
晃様のまだ薄い眉毛が、見るからにはっきりと寄せられていく。
そして、すべすべとした白い眉間には、浅い皺が。
「う、うう、あ、あーん、いー、いやーーー、ちゃー、ちや、ちやう、あーん、やー、いやー」
「あ、晃様!?」
途端、火が点いたように泣き叫ぶ晃様に動転する。
すぐさま紅殿が脇から現れ、泣く赤子に手も足も出せないでいる私から、晃様を奪い取った。
「いやー、やー、ちやう、ちやう」
「そうですか、違いましたか」
意味を理解してのことではなかろうが、紅殿は晃様のお言葉に同意し何度も頷き、優しく背を叩き続けた。
これほどに泣く晃様を目にしたのは、初めてのこと。
紅殿と一緒に晃様を宥めている侍女たちを目の端にとどめながら、言いようのない不安の過ぎる胸を押さえる。
力の限りに泣いたせいか、すぐに晃様は疲れ果て、そのまま寝入ってしまわれた。
紅殿がそっと布団へと移動させ、そうしてようやく私の動揺もおさまりはじめた。
「い、いったい何がご不満だったのでしょう」
「榊殿、どうぞお気落ちなきよう。御子様にはよくあることでございます」
確かに普通の御子であるならば、急にむずかるなどとはよくあることであろう。
とはいえ、妻子ありながら子育ての経験のない私には、情けないことによく分からぬが。
「しかし、こんなことは一度も」
ないはずだ。
晃様の日常は絶えず総代の耳へと届けられ、また、私たちも耳にしている。
「今までがお手がかからなさすぎたのでございます。むしろ、これくらいのほうが、良いかと」
そういうものなのだろうか。
これといって慌ててはいない侍女たち、やはり私が気にしすぎなのかもしれない。
「それよりも、初めてのお言葉が"いや"と"違う"では、総代がどう思われるか」
クスクスと笑う紅殿の姿に、大事なことを思い出した。
そうだ、今のお言葉は、晃様にとっては初めてのまともなお言葉なのだ。
呻り声に近い発声しかできなかったこの御方が、初めてそれ以外のお言葉を発せられたというのに……。
なにも私の名を最初に呼んでくださるのでは、などと大それたことは期待してはいない。
「じいじいが最初だと期待なさっておいででしたのに、まことに残念ですわ」
そうなのだ、総代は大いに期待なさっていたのだ。
晃様のもとへと日参なさりながら、周りのモノにもじいじいと呼ばせていた総代の姿が思い出される。
その期待が儚くも散ってしまうとは、実にお傷ましいことこのうえない。
「いったい、何がいやで何が違ったのでしょうか…」
今さらそんなことを知ったとてどうにもならぬが、せめて理由でも分かればなどと詮無いことを考えた。
「さあ、御子様のお考えになることは、どうにも分からないことだらけです」
確かに、まだまだ言葉も不自由な赤子が、何を考えているかなどさっぱりと理解はできない。
自分にも同じ時があったとはいえ、残念ながらその当時のことなど、何一つ覚えてはいないものだ。
いつか尋ねてみたいとは思っても、晃様が御成長なされた折には、この日のことも忘れ去られてしまうのであろう。
「とまあ、斯様なことがございまして」
話し終える前から、既に涙を見せる勢いで腹を抱えて笑う相手に、無礼などという気持ちは湧いてはこない。
むしろ、あの当時の晃様が何を訴え泣いたのかを、彼ならばご存知なのではと期待している。
「あーひゃっひゃっひゃ、うけるーー、マジうけるーー」
「守人様、いったい何がそこまで受けるのでございましょうか?」
晃様の学園でのご様子は、すべて東殿から聞き及んでいる。
生活態度に関してもお任せし、なにかしら事を起こせば御仕置き云々も視野にとお願いしてあるが、やはり一番身近な要人からの聞き取りも大切。
そういうわけで、機会あれば守人様より晃様のご報告を受けるつもりが、なぜかいつも彼のペースにはまり、気がつけば私ばかり話すことが多く、本日も、幼き頃の晃様のことをお聞かせしたばかりだ。
何がそれ程におかしいのか甚だ疑問ではあるが、まだ笑い止まぬ相手へと再度口を開く。
「守人様、何かしらお心当たりがおありなら、どうぞこの爺にご教示願いたい」
「んあ? ちょっとー、まさか分かんないとか言っちゃう?」
「恥ずかしながら、晃様がお泣きになった理由が、某にはさっぱり」
「うっそー、マジで!?」
「マジでございます」
幼きときよりお傍につき、奥院を出られてから学園に入られるまでは、生活のすべてを共にしてはきたが、やはり年老いた身では、お若い晃様の感性など想像すらつかない。
ご本人に確認したくとも、あのように酷く泣いた思い出を、御自身の口から語らせることは憚られる。
なにより、私の抱き方が悪かったのだと言われることが、怖ろしい。
「やはり、某の抱き方が…」
「いやいや、まったく関係ないでしょ」
「では、いったい何がいやで違ったのでございましょうか」
よくよく考えれば、守人様は直接ご覧になったわけではない。
そこになにかしらの理由があったわけではなく、やはり私の抱き方がお気に召さなかっただけかもしれぬのだ。
「あのさー、俺はアキラの御母堂様にお会いしたことないし、写真なんかも見たことないけど、美人だったんでしょ」
「は?」
「御尊父様も、イケメンだったんでしょ」
「活け麺?」
「とにかく、アキラのご両親は綺麗なお顔立ちだったわけだ。総代も」
守人様は何を仰りたいのであろうか。
確かに晃様の御祖父様にあたられる総代も御尊父様も、素晴らしく整ったご容貌であらした。
御母堂様にいたっては、年召すごとに愛らしさが増し、晃様を御身篭りになられてからは、日毎女性としての美しさが溢れておられた。
もしお外にてお過ごしであられれば、皆様一様に他者を魅了なさることとなり、我らの気苦労は絶えなかったであろう。
「確かに、皆様実にお美しくあらせました。晃様はまことよく似ておいででございます」
日々愛らしくなってゆかれる晃様に、やはり血は争えぬとしみじみ感じ入ったものだ。
御母堂様そっくりに御成長なされたことで、東殿を惑わしてしまったことは、晃様にとっては心安からぬことであったやもしれぬが、それも致し方あるまい。
「…………あ、そうですか」
「それが、なにか?」
「いえいえ、なんもないです。……やっぱ、爺さんの抱き方が悪かったんじゃねーの」
「や、やはり、某が原因でございますかっ!」
「うん、もうそれしか思いつかねー」
アキラの両親や祖父が地味だったわけじゃありません。
本当に美形家族でした。
単に、榊のフィルターが有り得ないほどに強力なだけですw