ひねもすのたりのたり
[ひねもすのたりのたり1-完]
せっかくアキラから貰った兵器も、残すところたったの2個。
しかも必要ない場面でばかり使用して、アキにとってはほとほとつまらない。
「うう、ああ」
でも、まだハズレは出ていない。
喜べばいいのか悲しめばいいのか……静と三井が引かなかったことは喜ばしい。
しかし、残り2個の飴玉のうち、確実に1個はハズレという現状を、手放しでは喜べない。
「ああああ、たべるのよ、アキ、たべるの、なの」
絶対にひとつは食べたい!
なのに、二分の一の確率で自分が引く可能性がある。
激辛キャンディを食べるのは、嫌!
「う、あっ」
よし、決めた。
次こそは、必ず確信的に使用する。
そして、確実にアタリを舐めてみせる!
キラキラ会マスコットの自分にならそれも可能と、アキは自信に満ちた表情で放課後のお散歩と決め込んだ。
今回の散歩の目的は、標的を探すことだ。
さあ、某スナイパー以上に冷酷で非情なアキに、恐れ戦くがいい。
ぐふふ、と人の悪い笑みを浮かべながら、アキはスキップとともに密林へと消えて行った。
普通の散歩道を行っていては、そうそう獲物とは出会えない。
顔見知りはたくさんいるだろう。
だが美しく平和な場所には、それに見合った人物がいるものだ。
いくら残虐非道な狩人アキでも、善良な一般市民を手にかけることはできない。
それをしても気に病まない相手、そう裏街道を行く人物こそが獲物として相応しい。
そしてそんな人物は、人目を避けるようにして過ごしているものだ。
両手に小さな菓子袋を抱き、迷うことなく林の中を突き進んだ。
アキは方向音痴ではない。
どちらかというと、方向感覚はばっちりな方だ。
背中にお日様を背負い、向かうこの先の空き地。
果たして目的の人物はいるのか、もしいなければ、別の人物を探しに行こう。
時間はたっぷりとある。
今日が駄目なら明日でもいいのだ。
いざとなれば、アーちゃんでもいい。
アキラに言われれば、渋々ながらも獲物と化すはず。
ん? 案外その方が楽しいか?
もうすぐ目的の場所。
方向転換をするならば、今だ。
いやいや、ちょっと待て、標的がここにいると決まったわけじゃない。
ならば確認だけして、相手がいなければアーちゃんにしよう。
ようやく考えの纏まったアキは、止まりかかっていた足を再度力強く動かした。
「う、あ、するのよ、するの、なのよ」
気分はさながら虎のよう。
密林の王にして、肉食獣の頂点とも言うべき存在。
さあ、我の前に跪くがよい!
「うう、ああ!」
「うわ、わわわ!」
「あう」
「な、なんだ、チビか。ふぃー、ビビッた」
地面がポッカリ顔を見せるその場所に、アキの探す人物がいた。
この時点で、アキの脳裏からアーちゃんは綺麗さっぱり消え去っていた。
アキが現れたことでかなり驚いたらしい明石大雅は、左手に摘んでいたものを大慌てで土に擦りつけ、ついでにその上に砂を被せていた。
どうやら木にもたれながら、煙草を吸っていたようだ。
「う、あ、だめなのよ、わるいのよ」
「教師みたいなこと言うんじゃねーよ」
高校生の分際で煙草を吸うなどと、アキにとっては許されぬ行為だ。
ちなみに、アッキーとアーちゃんの飲酒は、見てみぬフリをする。
アキくらい大人になると、そういう狡さも必要なのだ。
「あ、う、おおさん、わるいのよ、だめなのよ、なのよ」
だが、明石に関しては別。
このままでは、どうしようもない不良になってしまうのではと、アキは猛烈に心配になった。
「固いこと言うなって」
素知らぬフリで、明石が新しい紙巻を取り出した。
これが、親の心オラ知らん、というやつか。
「あう、だめなの、のよ!」
「あ、てめっ」
もちろん、それはアキが没収する。
見事な手際で明石の手から煙草を取り上げ、それを手の中で折った。
ついでに、横に置いてあった煙草の箱を踏んづけて、グリグリと地面に押し付けてやる。
「おま、なんつーことを!」
「いいのよ、アキ、いいの」
えっへんと、腰に手をあてドヤ顔のアキ。
はぁ、と深い溜息をついた明石は、怒ることをせず、諦める道を選んだようだ。
「で、チビはなんでこんなところにいるんだ? まさか、ナベも一緒じゃねーだろうなっ」
アッくんと風紀委員長の親しさを知ってるだけに、明石の焦りは相当なものだった。
「う、アッくん、ないの、ごほんなのよ」
「なんだよ、図書室かよ。マジで焦ったぜ」
明石が大袈裟に額を拭った。
どうやら、停学になったときのことをまざまざと思い出したらしい。
その時の理由は、バイクの無断持込。
本来なら謹慎程度で終わるところを、東峰の鶴の一声であっさり停学に決まり、葛西がそれに大賛成したことは、明石には内緒だ。
だいたい、バイクの持込に関しては、不問に伏すこともできたのだ。
アッくんとアキのために明石がしてくれたことを思えば、そうしてあげるのが最良だとアキは考えていた。
だがしかし、葛西の妙な嫉妬が原因で、明石の処分は決定された。
そして、アーちゃんのおふざけにより、バイクはお釈迦、東峰の嫉妬で処分はより重くなった。
よくよく考えれば葛西と東峰、この2人は自分の立場を利用したのだ。
アキは賢いからちゃんと知っている。
そういうのを、職権ランランということを。
その言葉通り、2人は職権を利用して、ランランと口ずさみながら明石に処分を下したのだろう。
そう考えると、なんとも気の毒な男だ。
煙草でも吸わないと、やっていられないのかもしれない。
「あう、おおさん、なくのよ、ないのよ」
「は? なんで俺が泣くんだよ。つか、チビッ、煙草の弁償しやがれ!」
「あうあっ」
なんという男だ。
慰めてあげたアキに対して、あろうことか煙草代を請求してきた。
ふつふつと、いや、メラメラと怒りの炎が立ちこめる。
「あうっ」
「なんだ?」
突然アキが大声を出した。
ビックリする明石を前に、そのままフフフと不気味な笑いを見せる。
アキは思い出したのだ。
今、自分の手の中にある、恐るべき凶器の存在を。
この救いようのない不良を、恐怖のどん底へと突き落としてやる。
アキはしっかりと握ったキャンディの袋を、これでもかと明石の胸元に押し付けた。
「なんだ?」
「あ、あう、あげるの、のよっ」
「これ、飴か?」
明石の眉がギュッと寄せられた。
アキの行動を、測りかねてるのだ。
「てめぇが食いもんを譲るとは、どういう風の吹き回しだ」
さすがは明石、アキのことをよく理解している。
なんだかんだで明石は面倒見のよい男で、たまに皆で会ったときにも、気が付けばアキの世話を一番焼いている。
「う、あう、いいのよ、あげるの、のよっ」
どっからどう見ても疑いの眼差しで、明石がアキをジッと見詰めてきた。
「う、うう、ち、ちがうのよ、たべるのよ」
これでは激辛キャンディを食べさせるという作戦を実行できない。
一計を案じ、アキは袋を逆さまにして、中身だけを手の平へと移した。
コロンと転がる2個の飴玉。
まだ外装に包まれているそれを、1個だけ指で摘んでみせる。
「いっしょなの、のよ、あげるのよ」
最後の2個を一緒に食べようと誘いをかけると、徐々に明石の警戒が解けてきた。
ふふふ、さあ、この罠にかかるがよい!
表面上は穏やかに笑うアキ、が、心中ではニンマリと鋭い牙を剥いていた。
「煙草の代わりに、これでも舐めてろってことか。んじゃ、遠慮なく貰うぜ」
「あ、あい、なの」
ようやく明石が恐るべき破壊兵器、大ハズレ激辛キャンディを手にしてくれた。
これで、目的は達成だ。
一仕事終え、アキは初めて口にする飴に想いを馳せた。
包みをペリッと破ってみれば、オレンジ色の丸い丸いキャンディが。
ああ、なんという輝きだろう。
見れば、明石の指に摘まれているのは、黄緑色をしていた。
あっちはあっちで、とても美しく煌いている。
ゴクリと唾を飲み込んで、アキはこのビックリドッキリキャンディの特殊性を考えていた。
赤色はメロン味、黄色はマスカット味、紫色はりんご味だった。
では、今アキの手にあるオレンジ色は、きっと、いちご味に違いない。
明石とアキは、同時にキャンディを口の中にいれた。
明石の表情が、みるまにしかめられていく。
不審さをもろに出し、右に左に飴を舐め……、
「ぬぅああああああっ、あああ、うううっ!」
人気のない山中に、アキの絶叫が響き渡った。
「お、おい、なんだ、どうした!?」
「ああああああ、あうああああっ!!」
驚き戸惑う明石をよそに、なおもアキの悲鳴は続く。
とうとう涙まで溢れさせ、苦鳴を漏らす口元を押さえながら、倒れるようにして地面に伏した。
「おい、チビッ!?」
「あああ、あう、あうあぁぁぁああ」
アキラから貰った大事なキャンディ。
人にあげるばかりで、気が付いたら残り2個になっていた。
最後の最後に、ようやく口にできたその一粒。
アキは、甘い甘いいちご味を堪能するつもりだったのに……。
アキの口内は今、燃えさかる炎に襲われている。
自慢ではないが、キラキラ会のマスコットであるアキは、とても運が良い。
それはもう、ありえないほどに、それこそ端から恨まれるほどに、最大限に運が良いのだ。
それなのに、それなのに……。
「なるほどな…」
苦しみのたうつアキを尻目に、明石はアキの手から零れ落ちたキャンディの袋を拾い上げ、なんとも呆れた声を出した。
「大当たりは激辛だよって、てめぇが引いてりゃ世話ねーな」
ゲラゲラと笑う明石、しかし、今のアキにそれを止める手立てはない。
苦悶の呻きをあげながら、それでもなんとか明石の手にある袋を毟り取ることだけはできた。
「あ、あ、あ、あう、あうあっ」
震える手で広げて、涙の向こう側にあるポップ調の文字を読む。
"ロシアン・キャンディ"
派手な色文字で、でかでかと……違う、そこじゃない!
もっと下、赤い文字で書かれた注意文――"大当たりは激辛だよ"
大当たり……
「あ、あああ、いあう、いあうのよおお(ちがう、ちがうのよ)」
ちがう、ちがうーーー!! ハズレじゃない!!
普通は、激辛がハズレではないのか!?
アキラだってそう言ってたし、アキだってそう信じた。
それなのに、それなのに、この赤文字は、くっきりはっきり"大当たり"だと宣言している。
「あ、あう、あうう、ああああ」
自分の幸運が引き寄せた、大当たりの激辛キャンディ。
その味は、アーちゃんを渋面にさせ、アキを奈落の底へと突き落とした。
まさに、兵器。
遠くなる意識の下、アッキーの手作りおやつが脳裏を過ぎる。
トマトゼリーに、ごぼうのプリン、どれもこれも美味しかった。
ああ、こんなことになるならば、もっともっと、褒めてあげればよかった。
ちょっと残念、なんて思ってごめんなさい。
これからは文句なんて言わない、おかわりさせてくれなくても拗ねたりしない。
だから、だから、もし無事に帰ることができたら……。
ああ、もう駄目。
アッくん、アッキー、アキラ、ついでにアーちゃん、皆、皆、ありがとう、そして、さよう……、
「おい、口ん中のもん、出せ」
「……あう、あ」
「ほら、とっとと出せっ」
声のするほうへと、必死で視線を巡らせた。
ただでさえ悪い目付きを、さらにギュッと細めた明石が、アキを睨みつけている。
「あぐぅ、あぐ、えぐ」
アキの、もう感覚すら無くなってきた口元に、大きな手の平が差し出されていた。
「ほら、とっととしろ」
とても乱暴な口調。
だけど、その気持ちは伝わった。
「あう、うううう」
明石の手に向かって唇を突きつけるが、如何せん、キャンディが上顎に張り付いてしまっている。
どこまでも凶悪な飴め!
「ったく、アーンしろ、アーン」
「あー、あー」
幼い甥がいるせいか、明石はたまに幼稚な言葉を使う。
まさかアキを、同じような子供だと思っているわけではないだろうが。
「あう、えう」
アキは口を大きくアーンと開けて、熱を持った口内を曝した。
すぐに明石の指が差し込まれ、顎に引っ付く大きな飴玉を器用に摘んだ。
無事取り出された凶器。
しかし、それでも口の中の炎は消えない。
ヒーヒーと悲痛な呼吸を繰り返すアキを、明石は困ったように眺めた。
例の凶器は、まだ指の先にある。
「ったく、しょうがねーやつだな」
そう言って、凶器を持つ手とは逆の手に、明石は自分の舐めるキャンディをプッと吐き出す。
「ほら、これ舐めて、ちょっと待ってろ」
「あ、あぐぅ、あぐ」
出したばかりの明石の飴玉が、アキの口に放り込まれた。
燃える炎を鎮める力はまったく無いが、それでも、ほんの僅かに甘味を感じた。
本当に微かにしか感じないが、これは、この甘さは。
「あう、いひお(いちご)、なにょ」
「うっ、結構、辛いじゃねーかっ」
どうやら明石は、アキのキャンディを舐めたようだ。
どんなものであれ、食べ物を粗末にしたくないアキにとっては、その行為に大変満足だ。
「ちょっと、ここで待ってろ。すぐ戻ってくるからなっ」
ヒィハァと複雑な呼吸を繰り返す明石がそう言うので、アキもヒィヒィと唸りながら頷いた。
涙は、ほんの少しだけ止まった気がする。
辛うじていちごの味のするキャンディを必死で舐めながら、待つこと数分。
ようやく戻ってきた明石は、息も絶え絶えな様子だった。
全力で走ってきたのだと、額から滲み出る汗が教えてくれる。
「くっそ、かれーーーっ!」
明石が怒鳴りながら地面に座り込んだ。
その手には、行きは持っていなかったビニール袋。
中身を乱暴にぶちまけて、ゴロンと地面に転がり出た物体は、特大ヨーグルトではないか。
「あ、あう、あう」
「ほら、食え!」
2つの特大ヨーグルト。
その1つを大急ぎで開けて、スプーンごとアキに渡してくれた。
「あむ、あぐ」
奪うように受け取って、アキは白い流動体を掻き込んだ。
明石がもう1つも開封し、アキと同じ動作をとる。
辛い物を食べたときには、ヨーグルトが効果的だと聞いたことがある。
明石もそれを知っていたのだろう。
明石は辛い辛いと文句を言いながら、ヨーグルトをほぼ平らげた。
もちろんアキも、ほぼ完食。
燃える炎に投じられた消火剤、ヨーグルトは、その効果をいかんなく発揮し、無事に辛味を抑えてくれた。
だけど、いちご味の飴玉は、まだアキの舌の上にある。
明石から譲られた大切な一粒は、ヨーグルトとともに嚥下されないよう、右頬に避難させておいたのだ。
ヒリヒリも治まり、熱も退いた舌の上に移動させて、アキはかなり小さくなった粒をじっくりと堪能する。
「はぁぁ、ヒデェ目にあった」
まだ中身が残っているパックを手に、明石がガチリと歯を合わせた。
続けてカチカチとなにかが潰れるような音。
アキと同じように、口の中にキャンディが残っていたのだろう。
「くっそ、やっぱかれーな!」
残りのヨーグルトを最後まで食べきって、明石がぼやく。
「あう、いいのよ、なのよ」
「なんだと!? もとはといえば、てめぇのせいじゃねーか!」
「う、アキ、ないの、のよ」
「どう考えても、てめぇのせいだろ!」
「きゃうっ、あうう」
強烈なデコピンは、アーちゃんにされるよりも、かなり痛い。
せっかく引っ込んだ涙が、またもやじんわりと滲み出た。
「うう、うう」
「おら、そろそろ行くぞ」
「あ、あい、なの、なの」
明石に促がされ、空いた容器をビニールに詰め、ついでに潰れた煙草もその中に入れる。
一瞬だけ、明石が惜しそうな顔をしたが、それは無視する。
最後に、白く汚れた口元をシャツで拭い、ついでに顔もゴシゴシと擦った。
ハンカチは毎日持たされているけれど、こっちの方が早いし楽だ。
同じシャツは6枚ある、ネクタイだって6本持ってるし、アッキーがマメに洗濯してくれるから、汚したって問題ない、たぶん。
ゴミを全部纏め終わり、ズボンのお尻をはたきながら立ち上がった。
「夕飯くらい、食わせろよ」
「あうう、いやなのよ」
「っんだとおっ、てめぇのせいで激辛食ったあげくに、売店まで走らされたんだぞ!」
「うう、あう」
それを言われると、辛い。
今夜の夕飯は、キラキラ会全員で食べることになっている。
今頃アッキーとアッくんが、大量の食事の準備に追われていることだろう。
そこに明石が加わっても、アキラのおかわりが一回分減るくらいで、それほど影響はないと思われる。
「う、あ、ないの、なのよ」
ブツブツと文句をたれる明石に、アキは仕方がないと返事をした。
いつもなら、もっと強気な態度を取るが、どうにも本日はアキの方が分が悪い。
「よし、だったら行くか」
「あ、あい、なの、なの」
自然と差し出された左手を、これまた自然と握った。
ゴミの入ったビニール袋は、アキがしっかりと持ち、沈みはじめた太陽に向かって、二人並んで歩き出す。
アキの目論見は脆くも崩れ去ったのだが、結果としてはまあまあだった気がするのは何故だろう。
大当たりの激辛キャンディに苦しめられ散々なはずなのに、明石もその洗礼を受けたからだろうか。
ただ、明石は辛味に強かったらしく、アキの期待通りの反応がなかったことだけは、非常に残念だ。
「あー、肉食いてー」
「う、あう、なのよ、なの」
さすがにお腹が空いてきた。
それは明石も同様だったのか、何気に歩く速度が速まった。
置いていかれぬよう、大きくて硬くて武骨で、だけどとても暖かい手を力を込めて握る。
「今日、肉出んのかよ?」
「あう、ないのよ、アキ、ないの」
「ちっ、知らねーのかよ、使えねーな」
「あうっ」
ギュッと握り返してくれた分厚い手を、さらにさらに力を込めて握り締めてやる。
「いてぇっ、チビッ、てめぇは自分の馬鹿力を自覚しろ!」
「あう、ないのよ、のよっ」
そんなことは知らないと、しかめっ面の相手を鼻で笑ってやった。
アーちゃんの部屋に着いたら、早速ビデオを観ることにしよう。
今日は、硬いけど暖かいクッションがあるから、前に行き過ぎて注意されることはない。
ご飯を食べた後は、アッキーが怒らない範囲で、プロレスごっこをするのもいいかもしれない。
ほぼ欠片だけになったキャンディを、舌の上でチュッと吸い上げた。
最後のいちごがほんのりと口の中に広がって、その幸福感にアキはうふふと微笑んだ。
残りの飴数――0個。
せっかくアキラから貰った兵器も、残すところたったの2個。
しかも必要ない場面でばかり使用して、アキにとってはほとほとつまらない。
「うう、ああ」
でも、まだハズレは出ていない。
喜べばいいのか悲しめばいいのか……静と三井が引かなかったことは喜ばしい。
しかし、残り2個の飴玉のうち、確実に1個はハズレという現状を、手放しでは喜べない。
「ああああ、たべるのよ、アキ、たべるの、なの」
絶対にひとつは食べたい!
なのに、二分の一の確率で自分が引く可能性がある。
激辛キャンディを食べるのは、嫌!
「う、あっ」
よし、決めた。
次こそは、必ず確信的に使用する。
そして、確実にアタリを舐めてみせる!
キラキラ会マスコットの自分にならそれも可能と、アキは自信に満ちた表情で放課後のお散歩と決め込んだ。
今回の散歩の目的は、標的を探すことだ。
さあ、某スナイパー以上に冷酷で非情なアキに、恐れ戦くがいい。
ぐふふ、と人の悪い笑みを浮かべながら、アキはスキップとともに密林へと消えて行った。
普通の散歩道を行っていては、そうそう獲物とは出会えない。
顔見知りはたくさんいるだろう。
だが美しく平和な場所には、それに見合った人物がいるものだ。
いくら残虐非道な狩人アキでも、善良な一般市民を手にかけることはできない。
それをしても気に病まない相手、そう裏街道を行く人物こそが獲物として相応しい。
そしてそんな人物は、人目を避けるようにして過ごしているものだ。
両手に小さな菓子袋を抱き、迷うことなく林の中を突き進んだ。
アキは方向音痴ではない。
どちらかというと、方向感覚はばっちりな方だ。
背中にお日様を背負い、向かうこの先の空き地。
果たして目的の人物はいるのか、もしいなければ、別の人物を探しに行こう。
時間はたっぷりとある。
今日が駄目なら明日でもいいのだ。
いざとなれば、アーちゃんでもいい。
アキラに言われれば、渋々ながらも獲物と化すはず。
ん? 案外その方が楽しいか?
もうすぐ目的の場所。
方向転換をするならば、今だ。
いやいや、ちょっと待て、標的がここにいると決まったわけじゃない。
ならば確認だけして、相手がいなければアーちゃんにしよう。
ようやく考えの纏まったアキは、止まりかかっていた足を再度力強く動かした。
「う、あ、するのよ、するの、なのよ」
気分はさながら虎のよう。
密林の王にして、肉食獣の頂点とも言うべき存在。
さあ、我の前に跪くがよい!
「うう、ああ!」
「うわ、わわわ!」
「あう」
「な、なんだ、チビか。ふぃー、ビビッた」
地面がポッカリ顔を見せるその場所に、アキの探す人物がいた。
この時点で、アキの脳裏からアーちゃんは綺麗さっぱり消え去っていた。
アキが現れたことでかなり驚いたらしい明石大雅は、左手に摘んでいたものを大慌てで土に擦りつけ、ついでにその上に砂を被せていた。
どうやら木にもたれながら、煙草を吸っていたようだ。
「う、あ、だめなのよ、わるいのよ」
「教師みたいなこと言うんじゃねーよ」
高校生の分際で煙草を吸うなどと、アキにとっては許されぬ行為だ。
ちなみに、アッキーとアーちゃんの飲酒は、見てみぬフリをする。
アキくらい大人になると、そういう狡さも必要なのだ。
「あ、う、おおさん、わるいのよ、だめなのよ、なのよ」
だが、明石に関しては別。
このままでは、どうしようもない不良になってしまうのではと、アキは猛烈に心配になった。
「固いこと言うなって」
素知らぬフリで、明石が新しい紙巻を取り出した。
これが、親の心オラ知らん、というやつか。
「あう、だめなの、のよ!」
「あ、てめっ」
もちろん、それはアキが没収する。
見事な手際で明石の手から煙草を取り上げ、それを手の中で折った。
ついでに、横に置いてあった煙草の箱を踏んづけて、グリグリと地面に押し付けてやる。
「おま、なんつーことを!」
「いいのよ、アキ、いいの」
えっへんと、腰に手をあてドヤ顔のアキ。
はぁ、と深い溜息をついた明石は、怒ることをせず、諦める道を選んだようだ。
「で、チビはなんでこんなところにいるんだ? まさか、ナベも一緒じゃねーだろうなっ」
アッくんと風紀委員長の親しさを知ってるだけに、明石の焦りは相当なものだった。
「う、アッくん、ないの、ごほんなのよ」
「なんだよ、図書室かよ。マジで焦ったぜ」
明石が大袈裟に額を拭った。
どうやら、停学になったときのことをまざまざと思い出したらしい。
その時の理由は、バイクの無断持込。
本来なら謹慎程度で終わるところを、東峰の鶴の一声であっさり停学に決まり、葛西がそれに大賛成したことは、明石には内緒だ。
だいたい、バイクの持込に関しては、不問に伏すこともできたのだ。
アッくんとアキのために明石がしてくれたことを思えば、そうしてあげるのが最良だとアキは考えていた。
だがしかし、葛西の妙な嫉妬が原因で、明石の処分は決定された。
そして、アーちゃんのおふざけにより、バイクはお釈迦、東峰の嫉妬で処分はより重くなった。
よくよく考えれば葛西と東峰、この2人は自分の立場を利用したのだ。
アキは賢いからちゃんと知っている。
そういうのを、職権ランランということを。
その言葉通り、2人は職権を利用して、ランランと口ずさみながら明石に処分を下したのだろう。
そう考えると、なんとも気の毒な男だ。
煙草でも吸わないと、やっていられないのかもしれない。
「あう、おおさん、なくのよ、ないのよ」
「は? なんで俺が泣くんだよ。つか、チビッ、煙草の弁償しやがれ!」
「あうあっ」
なんという男だ。
慰めてあげたアキに対して、あろうことか煙草代を請求してきた。
ふつふつと、いや、メラメラと怒りの炎が立ちこめる。
「あうっ」
「なんだ?」
突然アキが大声を出した。
ビックリする明石を前に、そのままフフフと不気味な笑いを見せる。
アキは思い出したのだ。
今、自分の手の中にある、恐るべき凶器の存在を。
この救いようのない不良を、恐怖のどん底へと突き落としてやる。
アキはしっかりと握ったキャンディの袋を、これでもかと明石の胸元に押し付けた。
「なんだ?」
「あ、あう、あげるの、のよっ」
「これ、飴か?」
明石の眉がギュッと寄せられた。
アキの行動を、測りかねてるのだ。
「てめぇが食いもんを譲るとは、どういう風の吹き回しだ」
さすがは明石、アキのことをよく理解している。
なんだかんだで明石は面倒見のよい男で、たまに皆で会ったときにも、気が付けばアキの世話を一番焼いている。
「う、あう、いいのよ、あげるの、のよっ」
どっからどう見ても疑いの眼差しで、明石がアキをジッと見詰めてきた。
「う、うう、ち、ちがうのよ、たべるのよ」
これでは激辛キャンディを食べさせるという作戦を実行できない。
一計を案じ、アキは袋を逆さまにして、中身だけを手の平へと移した。
コロンと転がる2個の飴玉。
まだ外装に包まれているそれを、1個だけ指で摘んでみせる。
「いっしょなの、のよ、あげるのよ」
最後の2個を一緒に食べようと誘いをかけると、徐々に明石の警戒が解けてきた。
ふふふ、さあ、この罠にかかるがよい!
表面上は穏やかに笑うアキ、が、心中ではニンマリと鋭い牙を剥いていた。
「煙草の代わりに、これでも舐めてろってことか。んじゃ、遠慮なく貰うぜ」
「あ、あい、なの」
ようやく明石が恐るべき破壊兵器、大ハズレ激辛キャンディを手にしてくれた。
これで、目的は達成だ。
一仕事終え、アキは初めて口にする飴に想いを馳せた。
包みをペリッと破ってみれば、オレンジ色の丸い丸いキャンディが。
ああ、なんという輝きだろう。
見れば、明石の指に摘まれているのは、黄緑色をしていた。
あっちはあっちで、とても美しく煌いている。
ゴクリと唾を飲み込んで、アキはこのビックリドッキリキャンディの特殊性を考えていた。
赤色はメロン味、黄色はマスカット味、紫色はりんご味だった。
では、今アキの手にあるオレンジ色は、きっと、いちご味に違いない。
明石とアキは、同時にキャンディを口の中にいれた。
明石の表情が、みるまにしかめられていく。
不審さをもろに出し、右に左に飴を舐め……、
「ぬぅああああああっ、あああ、うううっ!」
人気のない山中に、アキの絶叫が響き渡った。
「お、おい、なんだ、どうした!?」
「ああああああ、あうああああっ!!」
驚き戸惑う明石をよそに、なおもアキの悲鳴は続く。
とうとう涙まで溢れさせ、苦鳴を漏らす口元を押さえながら、倒れるようにして地面に伏した。
「おい、チビッ!?」
「あああ、あう、あうあぁぁぁああ」
アキラから貰った大事なキャンディ。
人にあげるばかりで、気が付いたら残り2個になっていた。
最後の最後に、ようやく口にできたその一粒。
アキは、甘い甘いいちご味を堪能するつもりだったのに……。
アキの口内は今、燃えさかる炎に襲われている。
自慢ではないが、キラキラ会のマスコットであるアキは、とても運が良い。
それはもう、ありえないほどに、それこそ端から恨まれるほどに、最大限に運が良いのだ。
それなのに、それなのに……。
「なるほどな…」
苦しみのたうつアキを尻目に、明石はアキの手から零れ落ちたキャンディの袋を拾い上げ、なんとも呆れた声を出した。
「大当たりは激辛だよって、てめぇが引いてりゃ世話ねーな」
ゲラゲラと笑う明石、しかし、今のアキにそれを止める手立てはない。
苦悶の呻きをあげながら、それでもなんとか明石の手にある袋を毟り取ることだけはできた。
「あ、あ、あ、あう、あうあっ」
震える手で広げて、涙の向こう側にあるポップ調の文字を読む。
"ロシアン・キャンディ"
派手な色文字で、でかでかと……違う、そこじゃない!
もっと下、赤い文字で書かれた注意文――"大当たりは激辛だよ"
大当たり……
「あ、あああ、いあう、いあうのよおお(ちがう、ちがうのよ)」
ちがう、ちがうーーー!! ハズレじゃない!!
普通は、激辛がハズレではないのか!?
アキラだってそう言ってたし、アキだってそう信じた。
それなのに、それなのに、この赤文字は、くっきりはっきり"大当たり"だと宣言している。
「あ、あう、あうう、ああああ」
自分の幸運が引き寄せた、大当たりの激辛キャンディ。
その味は、アーちゃんを渋面にさせ、アキを奈落の底へと突き落とした。
まさに、兵器。
遠くなる意識の下、アッキーの手作りおやつが脳裏を過ぎる。
トマトゼリーに、ごぼうのプリン、どれもこれも美味しかった。
ああ、こんなことになるならば、もっともっと、褒めてあげればよかった。
ちょっと残念、なんて思ってごめんなさい。
これからは文句なんて言わない、おかわりさせてくれなくても拗ねたりしない。
だから、だから、もし無事に帰ることができたら……。
ああ、もう駄目。
アッくん、アッキー、アキラ、ついでにアーちゃん、皆、皆、ありがとう、そして、さよう……、
「おい、口ん中のもん、出せ」
「……あう、あ」
「ほら、とっとと出せっ」
声のするほうへと、必死で視線を巡らせた。
ただでさえ悪い目付きを、さらにギュッと細めた明石が、アキを睨みつけている。
「あぐぅ、あぐ、えぐ」
アキの、もう感覚すら無くなってきた口元に、大きな手の平が差し出されていた。
「ほら、とっととしろ」
とても乱暴な口調。
だけど、その気持ちは伝わった。
「あう、うううう」
明石の手に向かって唇を突きつけるが、如何せん、キャンディが上顎に張り付いてしまっている。
どこまでも凶悪な飴め!
「ったく、アーンしろ、アーン」
「あー、あー」
幼い甥がいるせいか、明石はたまに幼稚な言葉を使う。
まさかアキを、同じような子供だと思っているわけではないだろうが。
「あう、えう」
アキは口を大きくアーンと開けて、熱を持った口内を曝した。
すぐに明石の指が差し込まれ、顎に引っ付く大きな飴玉を器用に摘んだ。
無事取り出された凶器。
しかし、それでも口の中の炎は消えない。
ヒーヒーと悲痛な呼吸を繰り返すアキを、明石は困ったように眺めた。
例の凶器は、まだ指の先にある。
「ったく、しょうがねーやつだな」
そう言って、凶器を持つ手とは逆の手に、明石は自分の舐めるキャンディをプッと吐き出す。
「ほら、これ舐めて、ちょっと待ってろ」
「あ、あぐぅ、あぐ」
出したばかりの明石の飴玉が、アキの口に放り込まれた。
燃える炎を鎮める力はまったく無いが、それでも、ほんの僅かに甘味を感じた。
本当に微かにしか感じないが、これは、この甘さは。
「あう、いひお(いちご)、なにょ」
「うっ、結構、辛いじゃねーかっ」
どうやら明石は、アキのキャンディを舐めたようだ。
どんなものであれ、食べ物を粗末にしたくないアキにとっては、その行為に大変満足だ。
「ちょっと、ここで待ってろ。すぐ戻ってくるからなっ」
ヒィハァと複雑な呼吸を繰り返す明石がそう言うので、アキもヒィヒィと唸りながら頷いた。
涙は、ほんの少しだけ止まった気がする。
辛うじていちごの味のするキャンディを必死で舐めながら、待つこと数分。
ようやく戻ってきた明石は、息も絶え絶えな様子だった。
全力で走ってきたのだと、額から滲み出る汗が教えてくれる。
「くっそ、かれーーーっ!」
明石が怒鳴りながら地面に座り込んだ。
その手には、行きは持っていなかったビニール袋。
中身を乱暴にぶちまけて、ゴロンと地面に転がり出た物体は、特大ヨーグルトではないか。
「あ、あう、あう」
「ほら、食え!」
2つの特大ヨーグルト。
その1つを大急ぎで開けて、スプーンごとアキに渡してくれた。
「あむ、あぐ」
奪うように受け取って、アキは白い流動体を掻き込んだ。
明石がもう1つも開封し、アキと同じ動作をとる。
辛い物を食べたときには、ヨーグルトが効果的だと聞いたことがある。
明石もそれを知っていたのだろう。
明石は辛い辛いと文句を言いながら、ヨーグルトをほぼ平らげた。
もちろんアキも、ほぼ完食。
燃える炎に投じられた消火剤、ヨーグルトは、その効果をいかんなく発揮し、無事に辛味を抑えてくれた。
だけど、いちご味の飴玉は、まだアキの舌の上にある。
明石から譲られた大切な一粒は、ヨーグルトとともに嚥下されないよう、右頬に避難させておいたのだ。
ヒリヒリも治まり、熱も退いた舌の上に移動させて、アキはかなり小さくなった粒をじっくりと堪能する。
「はぁぁ、ヒデェ目にあった」
まだ中身が残っているパックを手に、明石がガチリと歯を合わせた。
続けてカチカチとなにかが潰れるような音。
アキと同じように、口の中にキャンディが残っていたのだろう。
「くっそ、やっぱかれーな!」
残りのヨーグルトを最後まで食べきって、明石がぼやく。
「あう、いいのよ、なのよ」
「なんだと!? もとはといえば、てめぇのせいじゃねーか!」
「う、アキ、ないの、のよ」
「どう考えても、てめぇのせいだろ!」
「きゃうっ、あうう」
強烈なデコピンは、アーちゃんにされるよりも、かなり痛い。
せっかく引っ込んだ涙が、またもやじんわりと滲み出た。
「うう、うう」
「おら、そろそろ行くぞ」
「あ、あい、なの、なの」
明石に促がされ、空いた容器をビニールに詰め、ついでに潰れた煙草もその中に入れる。
一瞬だけ、明石が惜しそうな顔をしたが、それは無視する。
最後に、白く汚れた口元をシャツで拭い、ついでに顔もゴシゴシと擦った。
ハンカチは毎日持たされているけれど、こっちの方が早いし楽だ。
同じシャツは6枚ある、ネクタイだって6本持ってるし、アッキーがマメに洗濯してくれるから、汚したって問題ない、たぶん。
ゴミを全部纏め終わり、ズボンのお尻をはたきながら立ち上がった。
「夕飯くらい、食わせろよ」
「あうう、いやなのよ」
「っんだとおっ、てめぇのせいで激辛食ったあげくに、売店まで走らされたんだぞ!」
「うう、あう」
それを言われると、辛い。
今夜の夕飯は、キラキラ会全員で食べることになっている。
今頃アッキーとアッくんが、大量の食事の準備に追われていることだろう。
そこに明石が加わっても、アキラのおかわりが一回分減るくらいで、それほど影響はないと思われる。
「う、あ、ないの、なのよ」
ブツブツと文句をたれる明石に、アキは仕方がないと返事をした。
いつもなら、もっと強気な態度を取るが、どうにも本日はアキの方が分が悪い。
「よし、だったら行くか」
「あ、あい、なの、なの」
自然と差し出された左手を、これまた自然と握った。
ゴミの入ったビニール袋は、アキがしっかりと持ち、沈みはじめた太陽に向かって、二人並んで歩き出す。
アキの目論見は脆くも崩れ去ったのだが、結果としてはまあまあだった気がするのは何故だろう。
大当たりの激辛キャンディに苦しめられ散々なはずなのに、明石もその洗礼を受けたからだろうか。
ただ、明石は辛味に強かったらしく、アキの期待通りの反応がなかったことだけは、非常に残念だ。
「あー、肉食いてー」
「う、あう、なのよ、なの」
さすがにお腹が空いてきた。
それは明石も同様だったのか、何気に歩く速度が速まった。
置いていかれぬよう、大きくて硬くて武骨で、だけどとても暖かい手を力を込めて握る。
「今日、肉出んのかよ?」
「あう、ないのよ、アキ、ないの」
「ちっ、知らねーのかよ、使えねーな」
「あうっ」
ギュッと握り返してくれた分厚い手を、さらにさらに力を込めて握り締めてやる。
「いてぇっ、チビッ、てめぇは自分の馬鹿力を自覚しろ!」
「あう、ないのよ、のよっ」
そんなことは知らないと、しかめっ面の相手を鼻で笑ってやった。
アーちゃんの部屋に着いたら、早速ビデオを観ることにしよう。
今日は、硬いけど暖かいクッションがあるから、前に行き過ぎて注意されることはない。
ご飯を食べた後は、アッキーが怒らない範囲で、プロレスごっこをするのもいいかもしれない。
ほぼ欠片だけになったキャンディを、舌の上でチュッと吸い上げた。
最後のいちごがほんのりと口の中に広がって、その幸福感にアキはうふふと微笑んだ。
残りの飴数――0個。