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榊著、晃様御成長記録

[榊著、晃様御成長記録]


奥院のとある場所、長老などと呼ばれている我々10人が、一堂に会するのは月に二度。
これといって大きな問題は生じていないため、この集まりも単なる世間話の場と化している。

「では、本日の集まりは、ここまでと、」

会の終了を伝えようとした折、バタバタと慌しい足音が近づいて来たことで、些か嫌な予感がした。

「あ、晃様っ」

「いけません、晃様っ」

継埜たちの静止の声が空しく響く中、乱暴に襖が開けられた。

「い、いったい、何事が、」

大事がおきたかと腰を上げる我らを、襖を開けた張本人――振袖姿の晃様が目だけで制し、そうして、ゆっくりと私に視線を合わせてこられた。
晃様の左手には、なにやら小さな容器。
良く見れば、消毒薬として有名なマ○ロンの文字が印字されている。

それを、平伏する我らに掲げて見せ、

「榊、出血した○ン○ンの皮には、これをプシュウとすればよいぞ」

その瞬間、豪快に笑うどこぞの御隠居と晃様が、見事に重なって見えたのは、おそらくは私だけではないだろう。



「ああああーーん、私は、悪いことは、しておらぬーー! あっ、あああっ」

小さな尻を叩きはするものの、当然のことながら力など入ってはいない。
それでも、まだ5歳の晃様には充分な効果があったようで、既にお顔は流れる涙でぐっしょりと濡れておられた。

「ご自分の記憶以外の話をなさってはいけないと、何度申し上げたとっ」

「ああーん、15度目じゃーーー」

此度も合わせ、15回もお説教をしたらしい。

「でしたら良くお分かりでしょう。そのような話を、」

「ちゃんと選んで話しておる。御祖父様も過去の方々も、問題ない範囲で話していたではないか。どうして私は駄目なのだ?」

グシグシと目を擦りながら泣く幼い御姿に、自責の念が込み上げる。
次代として記憶を移されるのは、本来ならばもっと年高となってからのこと。
それなのに、晃様は御誕生のときから、無数の記憶を保持していなさる。
晃様はようやく5歳、物の分別など、まだまだつかぬお年頃だ。
たいした内容ではなくとも、他者の恥を暴露する行為が、いかに乱暴な行いであるか、まだまだご理解できないのであろう。

「じぃが言い過ぎました。お許しください」

エグエグとしゃくりあげながら、上目使いでこちらをご覧になる晃様に、反省の意味を込め、できるだけ優しく声をおかけした。

「ん」

まだ少し膨れながらも、両手を伸ばしてこられたので、いつものようにお抱き申し上げることにした。

そういえば、午後からは御昼寝をなさると、紅殿がおっしゃっていた。
あまり甘やかすのもどうかとは思うが、謝罪を兼ねてこのまま自室までお運びいたすとしよう。

たいして重さを感じさせないお身体を、左腕にお乗せしながら長い廊下を歩き続けた。
すぐ後ろには、継埜のモノが2名。

急に晃様が、私の頭をペチリと叩かれた。

「晃様?」

「禿ると嘆いておったが、まだフサフサしておる、良かったの榊」

祖父の髪が薄いから、いつかは自分もそうなると、総代相手に愚痴ってしまったのは、いったいいくつのときであったか。

「だが、抜かるでないぞ、貴様の祖父の――」

舌足らずに、私の先祖の名を順々に読み上げる晃様。
そろそろ、始祖にまで辿り着くかというところで、

「――も、皆禿ておったからの、決して気を抜くでないぞ」

ペチペチと、再度頭を叩きながら、まったく喜ばしくないことをお教えくださった。
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