アーちゃん■MMO日記
[アーちゃん■MMO日9]
「うっそ、今日ギル戦かよっ」
授業が終わると早速のように集まるキラキラ会の面々が、いつものように好き勝手に過ごす放課後。
俺とて例外ではなく、いつものようにネトゲ中。
夜までは放置のふりしながらのんびり、なんて思っていたら、チャット欄には、
▲▲:今夜のギル戦参加できる人挙手~w
の文字がくっきりはっきり。
あ、発言者の名前は大人の事情により、伏せさせてもらってます。
しかし、こんな週のど真ん中にギル戦をしようなどとは、けしからん廃人どもだ!!
蒼雷:ノ
よし、そうと決まれば、床に転がる屍にも協力させなければ。
この間負け越した、にっくきギルドが相手となれば、こちらも真剣に迎え撃たねばなるまい。
「アッくん、今日の飯鍋にしよ、鍋!」
「今日結構暑いよ…」
「いいじゃん、鍋鍋」
冬には程遠い気候のせいか、夕食作り班長のアッキーは渋い顔。
そのせいか、アッくんもあまり乗り気じゃない。
駄菓子菓子! あとの片付け考えたら、鍋が楽なんだよ!
ま、俺が鍋好きってのが、最大の理由ではあるんだけどね。
毎日は無理だけど、週3くらいならOKだw
「はい鍋決定。あ、どうせならトマト鍋ってのにしてよ」
最近知ったレシピをモニターに出せば、アッくんがやや乗り気でそのページを読み始めた。
「最近、トマト使った料理が多いね」
無表情に読書していたアッキーも、トマトの文字に興味津々な様子だ。
「すごく美味しそう。これならアキも平気だろうし、いいかもしれないね」
野菜嫌いのアキではあるが、トマトとはいえイタリアンな風味なら問題なしだ。
しめはパスタにすれば、喜ぶこと請け合いだろう。
台所を牛耳っているボスが頷いたことで、今夜の夕飯が確定した。
よし、これで夕飯後の片付けはすべて俺が引き受けて、その間にアキラを風呂に入れたら完璧だな。
できるだけ洗い物を増やさないために、使用する食器の少ないメニューを選ぶ。
俺って、できる男だねーwww
つか、食洗機くらいつけてくれてもいいんじゃね?
「本当に鍋物が好きだね。なにか思い入れでもあるの?」
ギル戦の作戦を練っていたところにかけられた、アッくんの何気ない一言。
思い入れ……?
鍋が好きなだけですが……そういえば、実家ではそれほど執着してなかったような。
いつから、ここまで拘るようになったんだっけ……。
確か、中等部のとき、あの不思議な場所で、己の姿を取り戻したあと……あの、広い部屋で…………
なんじゃ、これは……。
人が100人は入れそうな広すぎる座敷には、これまた大きな黒檀の座卓。
座卓には、たったひとりのためだけに用意された食事が乗せられていて、それを、お行儀良く正座しながら、黙々と食べているアキラさんの姿に、正直、言葉を失った。
座敷には俺はじめ、アキラの食事を見守っている3名の女性がいる。
誰も言葉を発しもせず、ただ静かに座すだけ。
ときおり、別の人間が膳を持ってきてはそれを受け取り、卓の上に乗せ空いた器を下げる。
それだけだ。
不思議とは感じなかった。
あくまでアキラは主人であり、それ以外の人間は単なる使用人のようなもの。
主従が同じテーブルに着き、物を食うなんてありはしまい。
「ぁ……」
急に腰を上げた俺に、横にいた女が小さな声をあげた。
特に諌める気持ちがあったわけではなく、ただ反射で漏れただけの音だ。
彼女たちには、俺の行動を止めるという概念は、存在してはいない。
誰の制約を受けることもなく、そのままアキラの傍らまで進み、当然のような顔をして横に座る。
アキラはきょとんとしながら俺を見詰めてきたが、箸を止める様子はない。
「毎日、こんなもんばっか食ってたの?」
「はい、とても美味しいですよ。アーちゃんもご一緒にいかがですか?」
建物は純和風で、生活様式もそれに近い印象を持ったが、ここに居る人間たちは、アキラも含め実に柔軟な思考をしている。
俺の部屋もアキラの部屋も、寝室にはベッドが入ってるしね。
目の前に大量に並んでいる料理ですら、和洋折衷な雰囲気。
季節の食材をふんだんに使用し、美しい器に彩りよく盛り付けられていて、それはもう見事なほどの出来栄えだ。
だが、料理人の腕の良さが窺える豪華絢爛な昼食に、俺の食指は動かない。
伊勢海老の赤だしに、揚がり具合が最高だと見ただけで想像のつく大きな天麩羅、甘酢のあんが絡んだ肉団子や、他にも多種多様な物がアキラのために用意されている。
庶民には考えられないほどの贅沢な昼食、だが、俺の目には美味しそうだとは映らなかった。
これらの料理からは、なんの温度も感じることができない。
胃袋をもろに刺激するような、こうばしい匂いも、ほんの微かに香るだけ、湯気などは一切見当たらない。
すべてが、冷めきっているせいだ。
こんなに広いんだ、厨房からここまで運ぶ間に冷めるのも仕方ないかもしれない。
だけど、それだけが理由じゃない。
普段は姿を見せず、気配すらもままならないくせに、必要なときにはすぐに現れる大勢の継埜たち。
そんな彼らに囲まれながらも、たった一人で食事をするアキラ。
それこそが、原因なんだ。
だけど、それを責める気は、更々ない。
ましてや、変えていくものでもないと思っている。
アキラも彼らも、それ以前の人々も、そうやって生きてきて、それが当たり前の世界。
そこに疑問を持つなど、ありえないことで、それが、ここでの常識。
だいたい主とご相伴なんて、普通の継埜には気が遠くなるほどの行為だしね。
寂しい食事をただ傍で見守った後、俺は厨房に顔を出した。
ここに居る料理人までもが、すべて継埜、つまりは俺の親戚なのだと知り、少しばかり感心する。
俺の姿に気付くと、忙しそうに動いていた全員が、畏まった態度を見せた。
別に誰でも良かったのに、すぐに料理長が飛んできて、彼自らが俺の相手をしはじめる。
それに対し、なんの違和感も感じない。
彼らにとっては俺は家長で、アキラとはまた違った意味で、仕えるべき相手だから。
つい昨日までは普通の中学生やってた俺が、その夜には守人です、なんて現実も、彼らはあっさりと受け入れた。
他家の奴らが批判する可能性はあるだろうけど、この料理長はもちろんのこと、長老たちも継埜の誰も、俺を軽んじることなどなく、むしろ尊敬と畏れを抱き接してくる。
それを特別ありがたいとか、感謝するなんて気持ちは湧かない。
そんなのは、当たり前のことだからね。
彼らも俺も、この俺――高橋昭こそが、継埜守人だと感じ取っている。
心の底から、まさに本能の命じるままに。
なるほど、継埜の血とは、よくできているものだ。
「守人様?」
「あ、ああ、悪い」
料理長が不安そうな目を向けてきた。
黙り込む俺に、なにか不快感を与えたのかと焦っているのが分かり、急いで人当たりの良いと称される笑顔を作った。
できるだけ高橋昭でいること、そう約束したからには、努力しないとな。
「土鍋あったら、用意して欲しいんだけど。あ、できるだけ大きいやつね」
「大きな土鍋、ですか。色んな種類がありますが、どこの物になさいますか?」
「は? どこの物?」
驚いた。
つか、マジ呆れた。
久谷、瀬戸、信楽等々、とにかくいろんな産地を並べる料理長に、本当に呆れ果てました。
結局有田焼に落ち着いて、次は食材を見せてもらうことにした。
邸内の人間すべての胃袋を満たすために、厨房の外には大きな食品庫が設けられている。
まずは野菜と、ひんやりとした暗い庫内で適当な物を見繕う。
そして、-10度の世界からは肉と魚だ。
‐30度の世界は……今回は見送りにさせてもらいます。
適当に選んだ食材は、料理長と副料理長が厨房まで運んでくれた。
既に他のモノたちは夕食の準備を始めていて、それに些か驚いた。
確かに仕込みだなんだと、料理には時間がかかるものだが、ついさっき昼食を終えたばかりなのに、ほとんどが出来上がってるように見えたからだ。
「なーんで、こんなに早くから作ってんの?」
普通に、気になったから訊いてみた。
だが、その返答にまたもや呆然。
アキラの料理はすべて前もって、継埜のモノが口を通しているんだそうだ。
そして間を置いてから、誰の体調にも変化がなければ、はじめてその料理がアキラの元に供されることになる。
「何があるか分かりませんからね」
確かに、料理長のいうとおりなんだろう。
こればかりは、素人の俺が口出すことじゃない。
だけど、それってある意味、毒見だよね。
実際、継埜が厨房を取り仕切るようになったのも、それを懸念してらしい。
継埜には、雪客や直系を脅かすなんて思考はないからね、当然の処置だろう。
料理が冷めきっている理由も、よく分かった。
そういえば、貴い身分の人は、猫舌だっていうな。
昔の将軍様なんかは、確実に猫舌だったらしいしね。
アキラも猫舌だし、なんとなく納得。
それはそれで、まぁいいんだけど、やはり飯は温かい物も食べたいよね。
それを二人で食べれば、美味さ倍増間違いなしだ。
ってなわけで、今夜の飯は俺が用意すると申し出ると、たちまち料理長の顔色が真っ青になってしまった。
「本日の昼食は、晃様の御口に合わなかったのでしょうか?」
「違う違う。俺がしてやりたいだけなの」
悲壮感漂う料理人たちを、一応安心させてやってから、お袋がよく作ってくれた鍋の味を思い出す。
熱すぎる料理は体に良くないと聞いたことがあるが、ちゃんと冷ましてやれば問題ないでしょう。
お袋がやってたように、出汁はきちんと昆布からとって、酒や醤油を目分量で足す。
今夜はたっぷりのみぞれ鍋を、アキラと食すといたしますか。
「アーちゃん、どうかしたの?」
「へ? は? なに?」
俺の顔を覗きこむアッくんに、自分が半ばトリップしていたことに気がついた。
そういえば、あのときから事あるごとに鍋ばかり作っていた気がする。
それまでのあいつが、確実に口にしたことがないだろう、料理。
『ひとつの鍋から分け合って食べるなど、初めての経験です』
あの広い座敷で、白い湯気を出す土鍋を目にし、子供のように興奮しながら鍋をつついていた。
さすがにすぐに食べることはできなくて、器に移してから冷めるまでの時間を、俺との会話に費やした。
ちなみに、熱いときにするアレ、例のフーフーってやつは、俺がした。
適当に選んだものを、これまた適当に放り込んだだけのごった鍋に、目を輝かせていたアキラが、心に嬉しいと感じているのがひしひしと伝わって、胸が切なくなったのを覚えている。
あのとき、本当に喜んでいたのは、俺のほうなのに。
あんな寂しい光景は、もう見たくはない、そんな勝手な理由だけでした行為。
前日から引き続き、俺の願望を押し付けただけだ。
守人は自分の選んだ雪客の望みだけを叶えるモノ。
ならば、やはり俺は、どこかおかしいんだろう。
自覚はあるが、それを異常だとは感じない。
一瞬、狂った女の顔が浮かんできて、すぐに消えた。
そもそも、守人とはそういうイキモノなんだ。
なにより、そうあれと望んだのは……。
「やっぱトマト鍋やめー」
「ええええ、アッキー買物に行っちゃったよ」
アッくんの不満気な声は華麗にスルーして、大急ぎでアッキーにメールを送信だ。
用意してもらう物に、しっかりと大根をいれておく。
「あ、今日の飯、俺が作るから」
「ええええ、もうっ、本当にいきなりなんだから」
「片付けはよろしくねー」
「もうっ、わかったよ」
文句を言いたげだが、アッくんは俺の申し出を素直に聞き入れてくれた。
よく考えたら、飯作ってやるって言ってんだから、文句言われる筋合いはないわなw
そういえば、あのときから鍋は何度も作ってきたけど、みぞれ鍋は何回くらい作ったっけ?
現在床で屍体と化してる方に訊けば、作った回数も日付も、何時何分のことだったかも、すべて答えてくれるに違いない。
けど、どうでもいいっちゃいいよな。
どんな過去の出来事も、ついさっきのことのように感じるアキラにとって、郷愁という概念はない。
だったら、俺にも必要ないんだ。
よし、今夜のギル戦に向けて、しっかりと腹ごしらえさせとくか。
なんせ、長期戦になるからねwww
「もう、寝たいです……」
「負けたまま落ちとか、ありえねーし!!」
「うっそ、今日ギル戦かよっ」
授業が終わると早速のように集まるキラキラ会の面々が、いつものように好き勝手に過ごす放課後。
俺とて例外ではなく、いつものようにネトゲ中。
夜までは放置のふりしながらのんびり、なんて思っていたら、チャット欄には、
▲▲:今夜のギル戦参加できる人挙手~w
の文字がくっきりはっきり。
あ、発言者の名前は大人の事情により、伏せさせてもらってます。
しかし、こんな週のど真ん中にギル戦をしようなどとは、けしからん廃人どもだ!!
蒼雷:ノ
よし、そうと決まれば、床に転がる屍にも協力させなければ。
この間負け越した、にっくきギルドが相手となれば、こちらも真剣に迎え撃たねばなるまい。
「アッくん、今日の飯鍋にしよ、鍋!」
「今日結構暑いよ…」
「いいじゃん、鍋鍋」
冬には程遠い気候のせいか、夕食作り班長のアッキーは渋い顔。
そのせいか、アッくんもあまり乗り気じゃない。
駄菓子菓子! あとの片付け考えたら、鍋が楽なんだよ!
ま、俺が鍋好きってのが、最大の理由ではあるんだけどね。
毎日は無理だけど、週3くらいならOKだw
「はい鍋決定。あ、どうせならトマト鍋ってのにしてよ」
最近知ったレシピをモニターに出せば、アッくんがやや乗り気でそのページを読み始めた。
「最近、トマト使った料理が多いね」
無表情に読書していたアッキーも、トマトの文字に興味津々な様子だ。
「すごく美味しそう。これならアキも平気だろうし、いいかもしれないね」
野菜嫌いのアキではあるが、トマトとはいえイタリアンな風味なら問題なしだ。
しめはパスタにすれば、喜ぶこと請け合いだろう。
台所を牛耳っているボスが頷いたことで、今夜の夕飯が確定した。
よし、これで夕飯後の片付けはすべて俺が引き受けて、その間にアキラを風呂に入れたら完璧だな。
できるだけ洗い物を増やさないために、使用する食器の少ないメニューを選ぶ。
俺って、できる男だねーwww
つか、食洗機くらいつけてくれてもいいんじゃね?
「本当に鍋物が好きだね。なにか思い入れでもあるの?」
ギル戦の作戦を練っていたところにかけられた、アッくんの何気ない一言。
思い入れ……?
鍋が好きなだけですが……そういえば、実家ではそれほど執着してなかったような。
いつから、ここまで拘るようになったんだっけ……。
確か、中等部のとき、あの不思議な場所で、己の姿を取り戻したあと……あの、広い部屋で…………
なんじゃ、これは……。
人が100人は入れそうな広すぎる座敷には、これまた大きな黒檀の座卓。
座卓には、たったひとりのためだけに用意された食事が乗せられていて、それを、お行儀良く正座しながら、黙々と食べているアキラさんの姿に、正直、言葉を失った。
座敷には俺はじめ、アキラの食事を見守っている3名の女性がいる。
誰も言葉を発しもせず、ただ静かに座すだけ。
ときおり、別の人間が膳を持ってきてはそれを受け取り、卓の上に乗せ空いた器を下げる。
それだけだ。
不思議とは感じなかった。
あくまでアキラは主人であり、それ以外の人間は単なる使用人のようなもの。
主従が同じテーブルに着き、物を食うなんてありはしまい。
「ぁ……」
急に腰を上げた俺に、横にいた女が小さな声をあげた。
特に諌める気持ちがあったわけではなく、ただ反射で漏れただけの音だ。
彼女たちには、俺の行動を止めるという概念は、存在してはいない。
誰の制約を受けることもなく、そのままアキラの傍らまで進み、当然のような顔をして横に座る。
アキラはきょとんとしながら俺を見詰めてきたが、箸を止める様子はない。
「毎日、こんなもんばっか食ってたの?」
「はい、とても美味しいですよ。アーちゃんもご一緒にいかがですか?」
建物は純和風で、生活様式もそれに近い印象を持ったが、ここに居る人間たちは、アキラも含め実に柔軟な思考をしている。
俺の部屋もアキラの部屋も、寝室にはベッドが入ってるしね。
目の前に大量に並んでいる料理ですら、和洋折衷な雰囲気。
季節の食材をふんだんに使用し、美しい器に彩りよく盛り付けられていて、それはもう見事なほどの出来栄えだ。
だが、料理人の腕の良さが窺える豪華絢爛な昼食に、俺の食指は動かない。
伊勢海老の赤だしに、揚がり具合が最高だと見ただけで想像のつく大きな天麩羅、甘酢のあんが絡んだ肉団子や、他にも多種多様な物がアキラのために用意されている。
庶民には考えられないほどの贅沢な昼食、だが、俺の目には美味しそうだとは映らなかった。
これらの料理からは、なんの温度も感じることができない。
胃袋をもろに刺激するような、こうばしい匂いも、ほんの微かに香るだけ、湯気などは一切見当たらない。
すべてが、冷めきっているせいだ。
こんなに広いんだ、厨房からここまで運ぶ間に冷めるのも仕方ないかもしれない。
だけど、それだけが理由じゃない。
普段は姿を見せず、気配すらもままならないくせに、必要なときにはすぐに現れる大勢の継埜たち。
そんな彼らに囲まれながらも、たった一人で食事をするアキラ。
それこそが、原因なんだ。
だけど、それを責める気は、更々ない。
ましてや、変えていくものでもないと思っている。
アキラも彼らも、それ以前の人々も、そうやって生きてきて、それが当たり前の世界。
そこに疑問を持つなど、ありえないことで、それが、ここでの常識。
だいたい主とご相伴なんて、普通の継埜には気が遠くなるほどの行為だしね。
寂しい食事をただ傍で見守った後、俺は厨房に顔を出した。
ここに居る料理人までもが、すべて継埜、つまりは俺の親戚なのだと知り、少しばかり感心する。
俺の姿に気付くと、忙しそうに動いていた全員が、畏まった態度を見せた。
別に誰でも良かったのに、すぐに料理長が飛んできて、彼自らが俺の相手をしはじめる。
それに対し、なんの違和感も感じない。
彼らにとっては俺は家長で、アキラとはまた違った意味で、仕えるべき相手だから。
つい昨日までは普通の中学生やってた俺が、その夜には守人です、なんて現実も、彼らはあっさりと受け入れた。
他家の奴らが批判する可能性はあるだろうけど、この料理長はもちろんのこと、長老たちも継埜の誰も、俺を軽んじることなどなく、むしろ尊敬と畏れを抱き接してくる。
それを特別ありがたいとか、感謝するなんて気持ちは湧かない。
そんなのは、当たり前のことだからね。
彼らも俺も、この俺――高橋昭こそが、継埜守人だと感じ取っている。
心の底から、まさに本能の命じるままに。
なるほど、継埜の血とは、よくできているものだ。
「守人様?」
「あ、ああ、悪い」
料理長が不安そうな目を向けてきた。
黙り込む俺に、なにか不快感を与えたのかと焦っているのが分かり、急いで人当たりの良いと称される笑顔を作った。
できるだけ高橋昭でいること、そう約束したからには、努力しないとな。
「土鍋あったら、用意して欲しいんだけど。あ、できるだけ大きいやつね」
「大きな土鍋、ですか。色んな種類がありますが、どこの物になさいますか?」
「は? どこの物?」
驚いた。
つか、マジ呆れた。
久谷、瀬戸、信楽等々、とにかくいろんな産地を並べる料理長に、本当に呆れ果てました。
結局有田焼に落ち着いて、次は食材を見せてもらうことにした。
邸内の人間すべての胃袋を満たすために、厨房の外には大きな食品庫が設けられている。
まずは野菜と、ひんやりとした暗い庫内で適当な物を見繕う。
そして、-10度の世界からは肉と魚だ。
‐30度の世界は……今回は見送りにさせてもらいます。
適当に選んだ食材は、料理長と副料理長が厨房まで運んでくれた。
既に他のモノたちは夕食の準備を始めていて、それに些か驚いた。
確かに仕込みだなんだと、料理には時間がかかるものだが、ついさっき昼食を終えたばかりなのに、ほとんどが出来上がってるように見えたからだ。
「なーんで、こんなに早くから作ってんの?」
普通に、気になったから訊いてみた。
だが、その返答にまたもや呆然。
アキラの料理はすべて前もって、継埜のモノが口を通しているんだそうだ。
そして間を置いてから、誰の体調にも変化がなければ、はじめてその料理がアキラの元に供されることになる。
「何があるか分かりませんからね」
確かに、料理長のいうとおりなんだろう。
こればかりは、素人の俺が口出すことじゃない。
だけど、それってある意味、毒見だよね。
実際、継埜が厨房を取り仕切るようになったのも、それを懸念してらしい。
継埜には、雪客や直系を脅かすなんて思考はないからね、当然の処置だろう。
料理が冷めきっている理由も、よく分かった。
そういえば、貴い身分の人は、猫舌だっていうな。
昔の将軍様なんかは、確実に猫舌だったらしいしね。
アキラも猫舌だし、なんとなく納得。
それはそれで、まぁいいんだけど、やはり飯は温かい物も食べたいよね。
それを二人で食べれば、美味さ倍増間違いなしだ。
ってなわけで、今夜の飯は俺が用意すると申し出ると、たちまち料理長の顔色が真っ青になってしまった。
「本日の昼食は、晃様の御口に合わなかったのでしょうか?」
「違う違う。俺がしてやりたいだけなの」
悲壮感漂う料理人たちを、一応安心させてやってから、お袋がよく作ってくれた鍋の味を思い出す。
熱すぎる料理は体に良くないと聞いたことがあるが、ちゃんと冷ましてやれば問題ないでしょう。
お袋がやってたように、出汁はきちんと昆布からとって、酒や醤油を目分量で足す。
今夜はたっぷりのみぞれ鍋を、アキラと食すといたしますか。
「アーちゃん、どうかしたの?」
「へ? は? なに?」
俺の顔を覗きこむアッくんに、自分が半ばトリップしていたことに気がついた。
そういえば、あのときから事あるごとに鍋ばかり作っていた気がする。
それまでのあいつが、確実に口にしたことがないだろう、料理。
『ひとつの鍋から分け合って食べるなど、初めての経験です』
あの広い座敷で、白い湯気を出す土鍋を目にし、子供のように興奮しながら鍋をつついていた。
さすがにすぐに食べることはできなくて、器に移してから冷めるまでの時間を、俺との会話に費やした。
ちなみに、熱いときにするアレ、例のフーフーってやつは、俺がした。
適当に選んだものを、これまた適当に放り込んだだけのごった鍋に、目を輝かせていたアキラが、心に嬉しいと感じているのがひしひしと伝わって、胸が切なくなったのを覚えている。
あのとき、本当に喜んでいたのは、俺のほうなのに。
あんな寂しい光景は、もう見たくはない、そんな勝手な理由だけでした行為。
前日から引き続き、俺の願望を押し付けただけだ。
守人は自分の選んだ雪客の望みだけを叶えるモノ。
ならば、やはり俺は、どこかおかしいんだろう。
自覚はあるが、それを異常だとは感じない。
一瞬、狂った女の顔が浮かんできて、すぐに消えた。
そもそも、守人とはそういうイキモノなんだ。
なにより、そうあれと望んだのは……。
「やっぱトマト鍋やめー」
「ええええ、アッキー買物に行っちゃったよ」
アッくんの不満気な声は華麗にスルーして、大急ぎでアッキーにメールを送信だ。
用意してもらう物に、しっかりと大根をいれておく。
「あ、今日の飯、俺が作るから」
「ええええ、もうっ、本当にいきなりなんだから」
「片付けはよろしくねー」
「もうっ、わかったよ」
文句を言いたげだが、アッくんは俺の申し出を素直に聞き入れてくれた。
よく考えたら、飯作ってやるって言ってんだから、文句言われる筋合いはないわなw
そういえば、あのときから鍋は何度も作ってきたけど、みぞれ鍋は何回くらい作ったっけ?
現在床で屍体と化してる方に訊けば、作った回数も日付も、何時何分のことだったかも、すべて答えてくれるに違いない。
けど、どうでもいいっちゃいいよな。
どんな過去の出来事も、ついさっきのことのように感じるアキラにとって、郷愁という概念はない。
だったら、俺にも必要ないんだ。
よし、今夜のギル戦に向けて、しっかりと腹ごしらえさせとくか。
なんせ、長期戦になるからねwww
「もう、寝たいです……」
「負けたまま落ちとか、ありえねーし!!」